目次
便利なツールの先を目指して
人と熱量を交わす
― 伊藤さんが今回演じられた稔がいる阿岐本組は、ヤクザと言っても正義感が強かったり人に優しかったり、義理と人情を大切にしている人たちです。ひょんなことから関わるようになった高校生たちにも、積極的に向き合い、声をかけていきますよね。
伊藤 : 僕自身は、あんなに誰かにアドバイスしたり声をかけたりできるタイプではないので、「本当はこうできたら素敵だよな」と思いました。今は、SNSだったりメールだったり、人とコミュニケーションを取るための便利なツールが溢れていて、人との付き合いも、面と向きわなくても成立してしまう時代ですよね。だからこそ、西島(秀俊)さん演じる日村や稔たちの「面と向かう」行動や言葉が響くのだと思います。
便利なツールから抜け出して、その先のコミュニケーションを目指すことで、自分では導き出せなかった一筋の希望の光が見えてくるのかなと。
― 高校生たちは学校や社会の中で壁にぶつかり、悩みながら居場所を探していく中で、阿岐本組の皆さんと出会い、一歩を踏み出していきます。伊藤さんは壁にぶつかった時、誰かに支えてもらったり、声をかけてもらったりしたことはありますか?
伊藤 : 僕は、毎回現場に入る前はものすごくプレッシャーを感じます。仕事も役もいただき物だと思っているので、自分が「こんな役をやってみたい」とか、そういう憧れやこだわりはないんですけど、本当に自分にできるのかとか、期待に応えられるのかとか、いつも壁は感じています。
― 子供の頃から役者を務めている経歴の長い伊藤さんでも、毎回壁を感じていらっしゃるんですね。
伊藤 : はい。でも、壁を乗り越えるとまた次の仕事で壁が待っていて、そうやって仕事を経験する度に壁がつながっていくので、常に高いところで気持ちを維持して、頑張ることができるのかもしれません。ただどうしても肩に力が入ってしまう。そういう時、現場で一緒になった先輩たちに「なんとかなるよ」とか「始まればいつか必ず終わるから大丈夫」と言っていただいたことがあって。その言葉には助けられました。
― 楽観的になることができたのでしょうか。
伊藤 : そうですね。「なんとかなる」という考えは、捉え方によっては逃げているように感じるかもしれませんが、僕は真面目に考えすぎてしまうところがあるので、肩の力を抜くことができた大切な言葉ですね。
― 今回の作品では、西田敏行さんや西島秀俊さんといった先輩世代だけではなく、阿岐本組の後輩を演じた佐野和真さんや前田航基さん、高校生を演じた葵わかなさんや葉山奨之さん、桜井日奈子さんなど、年下の世代も多い撮影現場でした。
伊藤 : 年下の世代は、やっぱり勢いがすごいですよね。エネルギーに満ちている。この作品は、撮影の後に、みんなで毎日のように“反省会”と称して西島さんを中心に集まっていました。時には、西田(敏行)さんが参加する日もあって。これまで僕が出演してきた作品の中で、最も飲み会の多い現場でした。そこで、SNSのグループを作っていて、誰かが「集まりましょう」って書くとすぐに集合するという(笑)
― その日の撮影について、話し合うんですか?
伊藤 : そうです。もっとこうすればよかったとか、次はこうしてみようとか。そこに若い役者さんが来てくれるのがすごく楽しくて。特に、佐野和真君は、別の仕事で地方ロケをしている日でも、必ず“反省会”に来るんです。「今日、お前の撮影なかったじゃん!」って(笑)。でも、佐野君の「来ました!」という一言が嬉しいんですよね。熱いなーと。
― 反省会の皆勤賞ですね!
伊藤 : お酒も入っているので、無礼講も含めて、みんなだんだん熱くなったり。楽しかったですね。僕も、西田さんや西島さんから見たらまだ若手ですけど、今回の現場で更に若い役者さんたちの熱量に触れたら、「僕も負けないように頑張らなくちゃ!」と背中を押してもらいました。
― なるほど…! まさに、映画の根底にある「一歩踏み出せ」というテーマにも通じる心意気ですね。
伊藤 : 今回の作品はコメディ的な要素も強かったので、一つの笑いに対してここまで計算するんだとか、笑いを取りに行くことはこんなに怖いんだとか、僕にとっては挑戦したところも沢山ありました。
印象深かったのは、西田(敏行)さんのアドリブです。思いつきのような何気ない一言だけど、そこにキャラクターの性格と作品の軸となるテーマが重ねられていたり。凄みを感じる演技を間近で観ることができたので、刺激になりました。
伊藤淳史の「心の一本」の映画
― 伊藤さんが、これまでご覧になった映画で、背中を押してもらったり、勇気をもらったりした作品はありますか?
伊藤 : 実は…声を大にして言えないんですけど、あまり映画を観てないんです(笑)。
― そうなんですか! お忙しいからでしょうか?
伊藤 : いえ、時間は作ろうと思えばあります。あえて観ない、という美学があるわけでもない…。自分でも観なくちゃなと思って、スイッチを入れようとした時期があったんですけど、単純に、映画がたくさんありすぎて何から観ていいかわからなかったんです…。
― 「何から観ていいかわからない」という悩みをもつ人は多いと思います。特に役者さんだと、映画の話で激論を交わしたりしそうですよね。
伊藤 : そうなんです! みなさんすごく映画に詳しいじゃないですか。どの俳優や監督が好きだとか、あのシーンがいいとか。そういう話に1ミリもついていけなくて…(笑)。でも、ちょっと観たからって、さも詳しそうに語っている自分も嫌ですし。
― 知ったかぶりしたくない気持ちもわかります。
伊藤 : でも最近、子どもと一緒に『となりのトトロ』(1988)を観て、それがすごくいい時間だったんです。絵の力の強さとか、風が流れていく気持ち良さを感じて。ひとつの映画を通して、年齢関わらず今同じ思いを共有できてるなと。そういうのは映画の良さですよね。
― お子さんが生まれたことが、映画を観る一つのきっかけになったんですね。
伊藤 : 僕、中学時代に本気でサッカー選手を目指したことがあって、当時所属していた劇団を一度やめたことがあるんです。でも、劇団のマネージャーが、芝居を離れていた僕に「これ、絶対、伊藤くんにいいと思う」と、映画のオーディションの話を持ってきてくれて。そこまで言ってくれるならと受けたら、幸運にも主役に抜擢していただいて。それが『独立少年合唱団』(2001)という映画でした。この映画に出演したことで、やっぱり芝居の仕事がしたいと思うようになりました。
― 当時のマネージャーさんが背中を押してくれて出会うことができた、伊藤さんにとって大切な作品なんですね。
伊藤 : そうなんです。その時に共演させていただいた、大先輩の香川照之さんにお声がけいただき、本格的に役者の仕事を再開しました。だから、『独立少年合唱団』は、僕にとって人生を左右した大切な一本だと言えると思います。