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ポリフォニーのような世界を描く
― 今作の舞台は、山陽地方と山陰地方を結ぶ「国道29号線」です。この、兵庫県姫路市を起点とし、鳥取県鳥取市を終点とする総延長118.6kmの国道は、関西から鳥取砂丘へ向かう「美しい道」としても有名ですね。
― オールロケで撮影された今作には、国道を取り囲む密林や音水湖、鳥取砂丘が映し出されていますが、大自然での撮影はいかがでしたか?
森井 : そういえば台風が1回きて。
綾瀬 : ね! 撮影順が変わったんじゃなかったでしたっけ?
森井 : そうそう。湖でカヌーに乗るシーンが、最後の日になったよね。湖一帯が木の枝だらけになって、それは大変でした。流れて綺麗になるまで待ったんですけど。
大沢 : でも、まだ木がちょこちょこ浮いてた。
綾瀬 : すごい土砂降りでしたもんね。
森井 : 撮影期間中、だいたいが雨と風だったので色んなところから心配されましたもん。無事を心配されるくらいの風雨で。真夏の撮影だったので、暑さもすごくて。
― 2023年7月下旬からの1ヶ月におよぶロケということなので、それは暑かったですね。
森井 : (大沢)一菜が特にね、大変そうだったよね。
― 綾瀬さん演じる主人公・のり子と一緒に「ルート29」を旅するハルを演じた大沢さんは、『こちらあみ子』(2022)以来、森井監督作品への出演は二度目となります。
― 「監督とまた一緒にやれると聞いて“やったー”と思いました」とコメントされていましたね。
大沢 : 『こちらあみ子』が初めての映画の出演だったのもあったし、森井監督独自の現場の雰囲気が大好きだったから。
森井監督が醸し出してる“ふわふわ”としたあの現場に戻ってこれる、というのが嬉しかったです。
― 今作に出演する高良健吾さんも「ふわふわ漂う雰囲気」を感じたとおっしゃっていました。待ち時間にみんなで川の横で小石を積み上げて遊んでいた時、ふと石の塔が並ぶ光景を眺めていると、「この世に決して定まらず、ふわふわ漂う作品の雰囲気」を掴めた気がしたと。
綾瀬 : あー!
森井 : はいはい。小石は、気づいたらみなさんが勝手にやりはじめていて(笑)。
大沢 : 「負けない!」って。
綾瀬 : 競争してたんだよね。そうだね、石積んで遊んでた。
森井 : 川沿いのあの一帯が、石の塔だらけになったもんね(笑)。
― 森井監督の“ふわふわ”とした現場の空気感は、綾瀬さんも感じられましたか?
綾瀬 : はい。現場にいるみんなが親戚の人たちのように思えてくるんです。だんだん「一菜ちゃんと親戚のおじちゃんたちが夏休みに集まっている」みたいに見えてきて(笑)。
森井 : (笑)。
― 先ほどの写真撮影でも、大沢さんと森井監督がお互いにふざけて突っついてみたり、そこへ綾瀬さんが寄り添ったりと、それぞれがとても和やかな距離感でしたね。
綾瀬 : そうなんです。兄妹でもないし、親子でもないし、なんか不思議な感じなんですよね。
― みなさんが撮影現場で感じられた「ふわふわ漂う雰囲気」は、森井監督の「今生きている世界を、また別の角度から感じ取ることができるような映画にしたかった」というコメントにも繋がるようにも感じたのですが、いかがでしょう?
森井 : それを言った当時と今とでは、またちょっと考え方が変わってきていて。というか、時間が経ってちゃんと言葉にできるようになってきたんですけど。
まず企画を考え始めた際、『こちらあみ子』の時はひとりの主人公だったので、今回は二人の主人公を撮りたいと思ったんです。
森井 : そこから、中尾太一さんの詩集を手がかりにつくっていく時に、中尾さんの詩集が、ひとりだけではなく、多数の声、たくさんの人たちの言葉からできているイメージがあったので、いろんな声がざわざわと漂う中を、のり子とハルの二人が歩いていく話にしよう、と考えました。
― 今作は、詩人である中尾太一さんの詩集『ルート29、解放』からインスピレーションを受けたオリジナル作品ですね。“たくさんの声”にあたるものが、のり子とハルが旅の途中で出会う、現世と異世界の境界を彷徨うような、不思議な人々なのでしょうか。
森井 : それもありますし、人だけじゃなくて、森の中の木や、虫のような生き物にもそれぞれの宇宙があって、それがぷつぷつと存在している世界にしようと。ポリフォニーのようになっている世界の中を二人が進んでいく、そういう世界をイメージしました。
― 木々が風に揺れる音や、虫や鳥が鳴く声に耳を澄ませるような、日常とは異なる時間の流れを映画の中で体感することができましたが、そのゆったりとした映画のテンポも、自然を撮るうえで意識されていたのでしょうか?
森井 : それは意図したものというよりは、心地いいと思う、僕の中にある生理かもしれないですね。
心に“自分だけの宇宙”を持つ人たちの物語
― 綾瀬さんは、プレス資料の中で「森井監督がかけてくださる言葉が好きで、忘れないようにメモを取っていた」とおっしゃっていましたが、それはどんな言葉だったのでしょう。
綾瀬 : 「のり子は、心の中にある宇宙が大きい人」と、森井監督が伝えてくださったことがあったんです。
― それは脚本をもらったタイミングで、ですか?
綾瀬 : 現場で、でしたよね?
森井 : そうですね。
― 「心の中にある宇宙が大きい人」という言葉をどう捉えられましたか?
綾瀬 : 自分を持っている人、自分の時間を持っている人なんだろうな、って思ったんです。
森井 : それぞれに違う宇宙を持っている人たちが出会う、そういう作品をつくろうと思ったんです。だから、綾瀬さんに「のり子の中には宇宙がある」と話しました。
― つまり、大沢さんが演じたハルも共通することだと。
森井 : そうですね、ハルも自分の中に大きな宇宙がある。でも、大沢さんには伝えてなかったです。
大沢 : 監督、あの、 「宇宙にひとりぼっちになっているような感覚で」って私に言ってた。
森井 : あ、言ったね! のり子とハルがホテルに二人で泊まるシーンで言ったね。覚えてくれてるんだ、嬉しい。
― 鳥取に辿り着いて、この旅の目的である「ハルの母親に会う」前夜のシーンですね。
綾瀬 : ハルが宇宙でひとりぼっち?
森井 : あのシーンは、結構何度も撮り直したんです。僕からは、その時の一菜が少し気を遣ってるように見えて。だから、一菜に「宇宙にひとりぼっちだと思って演じてくんない?」って途中で言ったよね。
綾瀬 : 狭い空間に、人がいっぱいいたもんね。
森井 : そうそう。小さな部屋の中で、スタッフもみんな距離が近くてね。それでもあのシーンは、ハルにひとりぼっちになってほしくて、そう伝えました。
― 森井監督は『こちらあみ子』の現場では、大沢さんに「芝居しないようにしよう」と伝えていたそうですが、今回も監督の意図を多くは伝えないようにされていたのでしょうか。
大沢 : 監督に「台詞忘れろ」って台本取られた。
綾瀬 : そうなんだ! 覚えるなって?
森井 : 基本的に、台詞は方言指導の時に耳で覚える、っていう方法をとってたんだよね。
綾瀬 : そうだそうだ、してましたね。
森井 : 前日の夜に、翌日の台詞の方言指導をしてもらってたんですけど、その時に一菜が台本持ってきて開こうとすると、僕が預かったりしてました。
台詞として事前に準備をすると、自分の抑揚になってしまう気がしたんです。抵抗はありましたけどね、本人から(笑)。
大沢 : 台本、奪い返した。
森井 : 追いかけてきてね。
綾瀬 : でも、一菜ちゃんは準備してもあまり変わらない気もする…どうだろう?
― 大沢さんが現場に立ったその時に生まれてくるものが見たくなる、ということもあるのでしょうか?
森井 : というよりは、『こちらあみ子』の時も、そうしてたからなんですよね。僕と一菜の間での、ひとつの方法というか。
大沢 : 確かに、『こちらあみ子』の時はいつも側に台本なかった気がする。
森井 : そう思って今回も試してみたんですけど、事前に準備する・しないは、関係ないと思うようになってきました。
カメラ越しに一菜を見て、「この人は、前作の時とは違う方向性で表現しようとしてるな」と感じたんです。その意志を、こちらが蔑ろにしちゃいけないなと。
森井 : 「これは、失礼なことをしてるんじゃないのか私!」って思うようになりました。その行為が、屈辱を感じさせることになってはいけないし。途中から台本返したよね。
大沢 : うん。勝ったぜ、って思った。
綾瀬 : (笑)。
― 『こちらあみ子』では、小学校のシーンなども多く、大沢さんと同世代のキャストも多く現場にいましたが、今回は大人に囲まれてのお芝居がメインだったと思います。その中で、大沢さん自身は“演じる”ことに対する変化のようなものを感じましたか?
森井 : あー、確かに。
大沢 : でも、後半は大人…お父さん(井浦新)やお母さん(尾野真千子)との掛け合いがほとんどだったから、そんなに変わらない気もする。
綾瀬 : 一菜ちゃんの中にも「宇宙」はあるから。うん。存在感もあるし、ブレないんですよね。大事なことってそういうことだよね、って一緒にいて何度も思いました。
あと、一菜ちゃんは現場でお菓子くれたりとか、すごく優しいんです。
― のり子とハルは、旅の中でいわゆる“世俗”からは少しずれた、独自のリズムを持つ人々に出会いますが、特に動揺することもなく、隣に並んで同じ時間を過ごしていきます。場の空気を読み、合理的に物事を進めることが求められる今の時代では、自分のリズムを保ったまま他者と生きることが難しい場面も多くあります。
― でもだからこそ、それぞれの“宇宙”を持つ人々が、ごく自然に隣り合っているこの映画の世界は印象に残りました。
森井 : あー、なるほど。それはすごく嬉しいです。のり子とハルは自分の宇宙を持っている人で、だからお互いのリズムを同調しなくても一緒にいられるんですよね。
そういう二人にしたかったんです。そして、一緒に過ごす時間が、いつのまにか大切な時間になっていたという。
― 綾瀬さんや大沢さん、森井監督も、それぞれ自分のリズムや宇宙を持っているように感じるのですが、普段誰かと一緒にいる時に、相手と自分のリズムが違っても、気にせず一緒にいられる方ですか?
大沢 : うーん…時と場合による。
森井 : はははは!
綾瀬 : そうだよね(笑)。
大沢 : 学校にいる時は、友たちのテンポにあわせて話すこともあります。家では自分のままだけど。
― 撮影現場ではどうでしたか?
大沢 : 終わった後は自分のテンポだったと思うけど、撮影している時は、あわせるとか自分のテンポとか何も考えてなかった。
綾瀬 : 仕事では、他人のリズムにあわせていくことも必要ですよね、きっと。
“宇宙を持った人たちが出会う”という話で言うと、この映画の一菜ちゃんと琥之佑君のシーンが、私はすごく好きで。
― “人間社会から逃れるために旅をしている”と語る父親と一緒に山奥で暮らしている少年が、ハルと会話をする場面ですね。“人間の社会は牢獄だ”と父から聞かされていた彼は、ハルと話していく中で「やっぱり人間がいいな」と言います。
綾瀬 : 自分が学校から離れてしまったことを「俺、また戻れんのかな」と気にする少年に、ハルが「そういうの全然気になんない」と伝えるんですけど、その時に少年が「お前みたいなのが同じクラスだったら良かったな」って言うんです。
ほんとにそうだなって、そこにすごく共感して。
― 「自分だけの宇宙を持つ人は、他人の宇宙も受け入れてくれる」のだなと感じた場面でした。
綾瀬 : そうですよね! 私もそう思いました。ハルは多くを語っていなくても、言葉がすごく優しいんですよね。だから、ひとりだったのり子がハルに出会えてよかったと思えたし、初めて台本を読んだ時も胸がいっぱいになりました。
周りの視線や反応がどうしても気になってしまう世の中だけど、そこを全く気にしない、自分だけの宇宙を持っているというのは、やっぱりかっこいい。そして、そういう人に出会えることも幸せなことですよね。
綾瀬はるか、大沢一菜、森井勇佑の「心の一本」の映画
― 最後に、みなさんにとっての「心の一本」の映画を教えていただけたらと思います。
綾瀬 : 「心の一本」ってなんだろうなー。
大沢 : うーん…。
森井 : 100本だったら挙げられるけど、一本は悩みますね(笑)。
綾瀬 : えー何にしよう!
森井 : 宿題にさせてください! ちょっと考えてみます。
【取材後、お三方に考えていただきました】
子供の頃から
魔女の世界や、不思議な世界に憧れて何度も何度も観た映画です。
子供ながらに
空を杖に乗って飛ぶ魔女や
家が竜巻でとんでいったり
ブリキのロボットが話をしたり
不思議な世界に魅了されていました。
マチルダを演じていたナタリーポートマンが私とほぼ同じ年だったのに衝撃を受けました。台詞がないところでの目線や仕草などで感情の動きを表現しているところが本当に凄いなと思いました。
そして、レオンの殺し屋じゃない時の可愛らしい部分やマチルダがアパートの窓からいきなり銃をぶっ放したり、2人のギャップがある部分も魅力的だったし、悲しい話だけど最後もしかしたらある意味とてもバッピーエンドなのかもしれないという感じもあって、とても感動する作品なので一度ではなくて、今後何度もずっと観ていきたい作品だと思いました。
のび太が、夜中にトイレに行こうと廊下を歩いているとピンクのもやもやが廊下に出来ていて、寝ぼけながらそこに入っていくと、動物たちが人間のように会話する惑星にいつのまにか行ってしまう話なのですが、この時代の劇場版ドラえもんシリーズは、どこか不気味で、とても心に残っています。特にこの『アニマル惑星』は、ちょっとしたトラウマみたいになっていて、『ルート29』でも、その何とも言えない不気味さを目指しました。もう一本だけ挙げると、タルコフスキーの『ストーカー』という映画にも影響を受けています。この2本が、『ルート29』の元ネタです。