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今の時代に「普通」って?
身体の癖からアプローチ!?
― 今回の佐藤という役は、「どこにでもいる、ごく普通の会社員」という設定でした。これまで三浦さんが演じてきた様々な役と比べても、性格も含めて特徴の少ないキャラクターだったと思うのですが、どのようにして、その「普通」を表していったのでしょうか?
三浦 : 原作でも映画でも、この「佐藤」という役は名字だけで下の名前がないんです。「右を向いたらこんな人いるよね」と誰でも思えるような、普遍性のあるキャラクターを目指すことで、映画を観る人が自分の毎日と重ねてくれたらいいなと思いました。ありふれているように感じる日常の中にも、後に自分にとって大切だったと思えるような時間や出会いが溢れているんだよ、というのが作品のテーマでもあるので。
でも、今泉監督とも「普通ってなんでしょうね。一番難しいですよね」と最初の頃によく話していましたね。
― 三浦さんの考える「普通の人物」って、どういう人ですか?
三浦 : 今の時代、どういう人を普通の人というのか、よくわからないですよね。こんな趣味を持っている人はこういう生活スタイル、というわかりやすい感じでもない。SNSでいくつもアカウントを持っているような情報に敏感な人でも、家にテレビを持っていなかったりするし。そういう方が、今の時代はもう普通なんじゃないかなと思ったりします。
― 確かに、ライフスタイルも働き方も、昔に比べるとどんどん細分化されてますよね。
三浦 : それに、性格にしても仕草にしても、どんな人だって何かしらの特徴や癖があると思うんですよ。だから、引き算というよりは、むしろ佐藤らしいエッセンスを足していこうと思いました。そんなことを考えていた時、撮影中に「体癖論」という言葉に出会ったんです。
― 身体の癖、ですか?
三浦 : そうです。「身体の重心の偏りや脊椎の歪みには、その人の心理的な感受性が作用している」という、身体の癖と人の性格を関連付けた「体癖」という考え方があって、それについてまとめた本を読んだんです。例えば、勝ち負けが感情の中心にある人は、ねじる動きで体のバランスを取るので腎臓が疲れやすいとか、利害関係が感情の中心にある人は、胸にエネルギーが集まるので疲れると腕を組む癖がある、というように、その人の価値観や性格によって身体の癖が分類されるという概念なんです。
― 面白いですね!
三浦 : 呼吸ひとつとっても、その人の癖が出るんですよね。今回の映画は、「10年前」と「現在」という2つの時間が交差するんですけど、「現在の佐藤」は「10年前の若い頃」と比べたら、落ち着いてゆっくり物事に向き合えているだろうから、腹式呼吸じゃなくて胸式呼吸で肺の中にゆったり呼吸を響かせてみようとか。
「普通」という設定に囚われすぎるのではなく、そうやって身体から役柄に向き合ってみようと。その中に、佐藤らしい優しさとか思いやりを足していきました。
― これまでの映画でも、役の内面的な部分だけではなく、そうした身体的な部分からアプローチしていたのでしょうか?
三浦 : 演じる役にもよりますね。特殊な技能や性格を持った役の場合は、内面的な特徴がしっかりあるのでまた別のアプローチをしますけど、佐藤のように「普通」や「普遍性」が鍵になる人物の場合は、身体から向き合うのがはまるんじゃないかなと思ったんです。
そういう意味で、今回役のヒントを探すために一人で動物園にも行ったんです。
― 動物園ですか!?
三浦 : 人間は時代と共に生活スタイルや言葉遣いなども変化していくけど、動物は変わらないじゃないですか。あと、以前『地獄のオルフェウス』という舞台の仕事をした時に、プロデューサーの方にメソッド演技法(役柄の内面に注目し、その役の感情や状況を追体験することで、自然な演技を追求する演技法・理論)について書かれている本を勧めてもらったんです。そこに、そのメソッド演技法を確立した人たちが影響を受けた、俳優・演出家コンスタンチン・スタニスラフスキーが取り組んでいた演技法が書かれています。それが「動物の身体的特徴を演技の中に組み込む」という方法なんです。
映画に登場する俳優も、この演技法を取り入れていて、例えば『ゴッドファーザー』(1972年)でのアル・パチーノも、振り向く時に身体を揺らして少しけだるい感じにしたり、威圧的な雰囲気をまとったり、実はゴリラのエッセンスを入れているんですよね。
― なるほど…! ちなみに、今回の役作りのヒントになる動物は見つかりましたか?
三浦 : 使えるな、と思って取り入れている動物はいます! 何の動物かは内緒ですけど(笑)。
三浦春馬の「心の一本」の映画
― 今回の映画は「出会い」が大きなテーマでした。映画の序盤で、佐藤は運命的な出会いを探していましたが、三浦さん自身も、運命的な出会いを求める方ですか?
三浦 : どうでしょうね…でも、妄想してしまうところは佐藤に共感できます。こういうシチュエーションだったらいいな、とか。僕は一人っ子なので、妄想して遊ぶことに昔から長けているんです(笑)。
― 三浦さんが考える、理想の出会いを教えてください
三浦 : 図書館とか美術館とかで、自分が最近気になっている人、それは男女問わずですけど、と偶然居合わせるとか。お互いに「この前もいましたよね?」っていう感じが、4回くらい続くという出会い。
― それは運命的ですね。そういう時は、声をかけますか?
三浦 : かけないです(笑)。多分、一人でストーリーを想像して盛り上がるだけだと思います。でも、きっと今回の映画のように、どんな出会い方をするかよりも、その人と出会えてよかったと、後から思えることが大切なんでしょうね。
― 三浦さんにとって、今振り返ってみて、自分の転機になったと思えるような大切な出会いはありますか?
三浦 : 舞台の仕事は、自分にとっても大きな出会いでした。先程話したような、身体表現に向き合うきっかけにもなりましたし。特に大きかったのは、2016年に出演させていただいた、ブロードウェイミュージカル『キンキーブーツ』のプロデューサーと知り合えたことですね。ニューヨークで出会ったその方から、『キンキーブーツ』が現地でどうやって生まれて、海外で成功していったのかというプロセスを伺って。日本にこの舞台を持ってくるなら、こういう結果が待っているといいよね、と話が盛り上がったのを覚えています。
― その方との出会いがあって、出演を決めたのでしょうか?
三浦 : そうです。日本でもっとミュージカルを広めていきたいよねとか、一緒に夢を語ったこともすごく大切な時間で、この方との出会いがなかったら、『キンキーブーツ』に出演を決めていなかったかもしれません。
この舞台に出演したことで、身体表現だけじゃなくて、歌唱という分野にもより力を入れるようになりました。その経験がなかったら、主題歌を担当するということもしていなかっただろうし、このプロデューサーとの出会いが、今自分が経験している仕事の土壌を与えてくれたんだなと思います。もっともっと活躍して、恩返ししたいという気持ちがあります。
― 最後に、三浦さんにとって大切な出会いとなった映画がありましたら、教えてください。
三浦 : 滝田洋二郎監督の『壬生義士伝』(2003)です。ストーリーにも、登場人物の生き様にも惹かれて、すごく説得力のある作品だなと思ったのを覚えています。大人になった今観ると、登場人物とも年齢が近づいて、また捉え方が違うんでしょうね。
― 幕末の新選組を舞台に、男同士の友情や、家族の絆を描いた時代劇ですね。初めてご覧になったのは、いつ頃でしたか?
三浦 : 13歳か14歳…中学生の頃でした。登場人物から人間の奥行きが感じられるような、こういう作品の中で僕も真ん中に立って演じられたらいいなと、役者として憧れを感じた作品です。それ以来、テレビで放送をされると必ず観ていました。
― その年齢だと、三浦さんはすでにドラマや映画など、役者として活躍されていた時期ですよね。
三浦 : だからこそ、この映画を観て、役者として背中を押してもらえた気がしていました。そういえば、『壬生義士伝』を初めて観た当時は、ちょうど今回と同じ、伊坂幸太郎さん原作のドラマに出演していた時期だったんです。あれから十数年が経って、今度は同じ伊坂作品の真ん中に立たせていただくことができた、というのは純粋に嬉しかったですし、自分のモチベーションにも繋がっていると思いますね。