目次
「生きづらさ」に寄り添う作品へ
― 今作は、「この人は運命の人かもしれないという“恋の感情”は、実は虫の仕業なのかもしれない」というユニークな設定で「恋する心」を描いた作品ですが、その感覚はお二人ともわかるものでしたか?
小松 : 私、実は、この役のお話をいただく少し前に、目黒区にある寄生虫館に行ってみようとしたことがあって。
林 : 寄生虫館?
小松 : 前から深海魚とか風貌が個性的な生物に興味があるというか、そういうのが好きなんです。
林 : そうなんだ!
小松 : それで、寄生虫館にも行ってみたいなと思って、調べていたんですけど、ちょうど休館日にあたってしまって行けなくて。そしたら、その数日後に今作のお話をいただいたので、「えー!!」って驚きました。なんか運命だったのかなって。何かに呼ばれている気がしました。
林 : どうして寄生虫が好きなの?
小松 : 寄生虫は面白いですよ。例えば、カタツムリに寄生する虫(ロイコクロリディウム)は、蛍光色で脈動しながらカタツムリの触覚を芋虫に擬態させて、あえて鳥に食べられるように仕向けるんです。それで、今度は鳥の体内に卵を産んで、フンに混ざって外に出てくる…そうやって生き続けていくんです。
林 : へーー!
小松 : しかも、カタツムリのその寄生虫は、「自然界でこんなに美しい色があるの?」というくらい綺麗なんです! 寄生した生物に順応して、どんどん変化していくので、それも面白くて。神秘的な魅力があるんですよね。
― 小松さんが惹かれていた、その寄生虫館も、今作で美術協力というかたちで関わっていますね。
林 : 僕は、最初に脚本を読ませていただいたとき、この設定をファンタジックな世界観の中、生身の人間が演じたときに僕はどのくらい説得力を持たせられるだろうと感じました。でも同時に、小松菜奈さんなら、説得力を持たせることができるということも感じて。そこに柿本(ケンサク)監督独自の視点や映像が加わるので、心強い方々と一緒にこの世界をつくってみたいなと思いました。
― 林さんが演じる高坂は潔癖症、小松さんが演じる佐薙は視線恐怖症と、それぞれに病を抱え、人と関わることができず孤独に生きてきた人物です。二人が感じている居心地の悪い世界が、手にカビのようなものが生えて見えたり、人の目がグロテスクな生き物に見えたりと、CGによって視覚化され、観ている側も体感できるようになっていますね。
小松 : 「心の変化」という見えないものを見せる、柿本監督のCGを使った演出が、どのように広がるのか撮影中もワクワクしていました。そこに、高坂や佐薙の心の動きが映し出されることで、言葉にしなくても感じるものがある。アートのような映像でもあるけど、痛さや切なさ、巡り会えた必然性みたいなものも伝わる。新しい感覚を表現している、と思いました。
― 「主人公たちの心の繊細な動きを、どうダイナミックにビジュアル化するかがチャレンジだった」と、柿本監督もコメントされていましたね。
小松 : 柿本監督からあとでこういうCGが入るから、というのはざっくりと教えていただいたのですが、そこを想像しながらどう動くのかは結局自分たち次第だなと。
二人が感情をぶつけ合う終盤の湖のシーンも、実際に始めてみないと自分たちの感情がどのくらい動くのかわからない。マスク越しのキスシーンも、撮影時はコロナ前だったので、現実的ではなかったというか。伝わるかなという不安もありました。だから、現場にいって、とにかく演じてみる。演じる私たちも、頭で考えるより、心が動いていくものを表現できたらいいなと思っていました。
林 : 柿本監督も菜奈ちゃんも、感覚を大事にされていて、その場で起こることを楽しんでいたので、3人で新しいアイデアを共有し合って「心」を表していくというのは、とても楽しかったです。
小松 : 1シーンごとに、私と遣都さんと柿本監督の3人で話し合って、ひとつひとつにみんなで向き合っていく現場でしたね。セリフひとつとっても、「これを際立たせたいからこっちのセリフはいらないね」とか。現場でどんどん変化していきました。
林 : 最初の脚本では、もっと恋心をぶつけ合うようなシーンが多かったのですが、現場でつくりながら、この主人公たちのキャラクター像は、身近に感じる人も多いだろうなと思ったんです。だから、「恋」という心だけでなく、「生きづらさ」を感じている心にも焦点を当ててもいいのではないかと。
― 生きづらさや孤独を抱えている、という設定に共感する人も多いと?
林 : はい。生きづらさを感じている人が、何に気づいて、どこを突破口に人生を切り開いていくかが大事なんじゃないかと三人で話し合いながら落とし込んでいって。だんだんと、その方向性に転換していったんです。
ラストシーンも、実は、当初脚本に書かれていたセリフとは結構変わっているんです。そうやって、「生きづらさ」を抱えながら生きていく、その心の変化の表現をしっかり話し合いながらつくっていきました。
自分と他人の生き方を比べる必要はない
― 今、林さんがおっしゃったように、今作は、生きづらさを抱えながら生きていく人たちを描いた作品でもありました。お二人も、高坂や佐薙のように、誰かと付き合う上で、自分に後ろめたさや引け目を感じてしまうことはありますか?
小松 : 生きづらさ、ということですよね。
― はい。
林 : 日々…感じてます(笑)。
小松 : そうですね。
林 : 僕は、高坂のように潔癖症というわけではないんですけど、もともと、コミュニケーションが得意な方ではなかったので、この役に共感する部分もありました。また、世の中が今大変だからこそ、尚更強くいなきゃいけない、自分に厳しくいなきゃいけない、みたいなことも、お仕事をしている中でもあるんです。
林 : でも逆に大変なときだからこそ、疲れを感じやすかったり、孤独を感じやすかったりすることもあると思うんです。だから、いかに自分を労ってあげるか、ということも大事なんじゃないかなと、最近よく感じます。
― 強くならなきゃ、変わらなきゃと思うのではなく、その弱さやネガティブな部分も含めて、自分なんだと受け止めると。
林 : はい。自分でもだめだなと思う部分…例えば、僕だと「話すのが得意じゃないところ」。頑張って言葉を選んで…ダメな部分を補おうとした結果、返って疲れてしまい、よりネガティブになってしまう(笑)。
変わろうとすることで、そこに自分に負荷が生まれてくるのであれば、自分に向き合う時間をとって、無理しないことも大事なんじゃないかなって。そのことは、今作でも感じましたし、最近いろんな場面でも感じます。
小松 : 今は、やっぱりコミュニケーションが不足してる時期だと思うんです。だから、自分とも他人ともちゃんと向き合うということが、すごく大事だなって。友だちや家族も、仲がいいからこそ、わかってるようで実はわかっていない部分もあるし。近いと感じている人でも、言葉にして話し合わないといけないことがたくさんあるというのは、いつも感じます。
― 身近な存在の人ほど、実は言葉にして気持ちを伝える機会が少ないですよね。
小松 : そうですね。心を閉ざして避けてしまうことも、背を向けることも、簡単なことだけど、相手に寄り添う、聞く、自分の気持ちも伝えるということをしていかないと、相手の心には近づけないのかなって。
今の世の中の状況——コロナで、2年ぶりに家族に今度会える、という話も、周りでもよく聞くので——だからこそ、会えるときは会おう、伝えられることは今伝えよう、と強く思うようになりましたね。
― 孤独をより感じやすい今の状況で、自分と他人の「心」にしっかりと向き合うことがより求められているということですね。
林 : 情報に溢れている世の中で、どうしても「誰がどういう生き方をしてるか」というのが目に入ってくる機会が多いじゃないですか。それで、自分と人を比べてしまったり、自分に厳しくいなきゃ、と思う瞬間が増えてしまったり。そういうことにとらわれてしまう自分に、だんだんうんざりしてきてしまって(笑)。
小松 : (笑)。
林 : それよりも、いかに別のところに目を向けるか、ということで、最近は自分を奮い立たせてるかもしれないです。高坂や佐薙のように、それぞれの世界に大切な存在がいて、それは趣味でも動物でもなんでもいいんです、そこに向き合う時間をしっかりと味わって、心を満たしてリラックスしていけたら。他人を傷つけることさえなければ、生き方に関わらず誰にでもその人の望む方法で幸せを感じる権利はあると思います。
林遣都、小松菜奈の「心の一本」の映画
― 映画はときに、生きづらさを抱えている人にとって、寄り添ってくれるものでもあると思います。お二人が、もし孤独や悩みを抱えている人におすすめするとしたら、どんな作品が頭に浮かびますか?
林 : これから公開する映画でもいいですか? 最近、試写に行って観た映画なんですけど。
― はい! ぜひ教えて下さい。
林 : 『彼女が好きなものは』(2021年12月3日公開)です。僕が出演した『にがくてあまい』(2016)の草野翔吾監督の作品で。今作もセクシュアリティを扱った作品なんですけど、これがとても素晴らしくって…観終わったとき、心の中でひとりスタンディングオベーションしました。
― 『彼女が好きなものは』は、同性愛者である主人公の男の子が、BL好きの女の子に出会い、自分のセクシュアリティを秘密にしながら付き合い始める、というストーリーですね。
林 : シングルマザーの家庭で育ってきた主人公は、誰にも自分の本当の気持ちを話せないでいるんです。いわゆる…世間体とかに悩みながら生きていて、でも一方で、結婚して家庭を持つという、普通の生き方にも憧れている。その中で、女の子と交際することで、一歩勇気を持って踏み出していくんです。
それを包み込む周りの人たちも素敵ですし、主人公の神尾楓珠くんが、本当に…心から演じきってるというか。説明しても難しいので(笑)、ぜひ観てほしいです。
小松 : 私が、最初にぱっと思い浮かんだ映画は……でも、それはさすがにやめておこうかな(笑)。
― なんでですか!?(笑)気になります!
小松 : 『スプリット』(2017)というシャマラン監督の映画です。高校生3人が友だちとパーティーをした帰りに、誘拐されて監禁されてしまうんですが、その誘拐犯が多重人格で。すごいんですよ、お芝居が。24人の人格を持っていて、子供になったり老人になったり、瞬間的にコロコロ変わっていくんです!
林 : 24人も。すごいですね…。
― 『シックス・センス』(1999)などを手がけたM.ナイト・シャマラン監督のホラー・スリラー映画ですね。
小松 : 私、もともと海外のホラー映画が好きなんです。『ミッドサマー』(2019)とか、人間の持つ「怖さ」を感じる作品が好きで。『スプリット』をきっかけに、多重人格を表した映画も、いろいろ観てみたいなと思いました。犯人を演じているジェームズ・マカヴォイさんがすごすぎて、芝居なのか、その人そのものなのか、その境界がわからないくらい。もう何度も観ている作品です。
― 映画の後半、4分ほどの短い時間に8人もの人格が入れ替わっていく、素晴らしいシーンがありますよね。ショッキングでもありますが、あまりの演技に圧巻されます。
小松 : ひとりであんなにたくさんの人格を演じきるって、どんな心を持っているんだろう…って想像してしまいます。観たあと、楽しい気持ちにはならないですが、とにかく衝撃的で、この作品に出会えてよかったなと思えるんです。仕事柄、役者さんとしても気になってしまって。ジェームズ・マカヴォイさんがどんなお仕事してきた方なんだろうって、調べたり、他の作品も追いかけて観るようになりました。
― お二人にとって映画を観る時間というのは、仕事や生活の中でどのような時間になっていますか?
小松 : 私は、基本的に映画はひとりで観るのが好きなんです。最近は、3時間とか4時間とか、長い映画を観るのが好きになってきました。
― 最近だと、第74回カンヌ国際映画祭にて脚本賞などを受賞した濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』(2021)は、2時間59分の上映時間でした。
小松 : 観ました、観ました! 長い映画をじっくり観る時間って、ひとりで味わいたいというか。あえて誰かと感想を共有したくないんです。自分の中で感じていたいので。ミニシアターに行くのも好きで、濱口監督の『親密さ』(2012)という映画が上映されたときも観に行きました。深夜だったんですけど、それも4時間くらいあって。
― 濱口監督の『ハッピーアワー』(2015)も5時間17分の上映時間でしたね。
小松 : 濱口監督の作品を観ると、こういう作品に出会いたかったんだ、と思うんです。長く感じない。4時間の映画を観たって人にいうと「そんなに長い時間?」って驚かれるんですけど、それが没入するにはちょうどいい時間なんですよね。音楽や音も含めた、監督のこだわりは映画館じゃないと感じられないなって。
家で観ていると、つい他のことをしちゃうんですけど、映画館に行ったら映画を観ることに集中できるから、自分にとっては貴重で大切な時間だなと思っています。映画を観た帰り道は、いつも歩いて帰りたいなーと思うんですよ。
林 : あーー。
小松 : ちょっと遠くても、歩いて次の駅で電車に乗ったり。「見える世界」が変わるんですよね、急に。映画館を出た瞬間、「あー。人はみんな孤独を抱えているんだなー」とか(笑)。影響されちゃって。面白いですよね。
林 : あの…言おうとしてたこと、菜奈ちゃんに全部言われちゃった感じなんですけど(笑)。
小松 : (笑)
林 : 僕もひとりで映画を観るのは好きですね。心がうるおいますよね。映画を観て、普段にはない感情が自分の中に生まれることで、「生きてるな」と実感できるんです。感情が生まれた瞬間にじっくり向き合うことができる、という意味では、ひとりで観るのはいいですよね。
― 普段の自分には生まれない感情、というのは、例えば?
林 : 例えば、人生ボロボロになった登場人物を観ると経験したことはないけれど、そういうときの絶望を感じることがある。普段は健康志向な生活を送っていても、映画の中で役者さんがかっこよくタバコを吸ってるのを観ると真似したくなったり。僕も結構影響されやすいので(笑)。別世界を体験できますよね。
小松 : 勇気をもらったり、強い気持ちになったり。その影響は目に見えるものじゃないけど、確実にありますよね。