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横浜という街に、生きている人たちを捉えたい
― 本日は、横浜・若葉町のミニシアター「ジャック&ベティ」で取材をさせていただいています。30年以上営業を続ける老舗の映画館で、終戦後に米軍の飛行場として使用された跡地にあった「横浜名画座」を引き継ぎ運営されていますね。
― 黄金町駅や横浜橋商店街が近くにあるエリアにあり、「みなとみらい」や「赤レンガ倉庫」などのいわゆる「横浜観光地のイメージ」とは異なる、独特な雰囲気を感じます。
平井 : 良くも悪くも 整備されきってないというか、「人のシミ」というか、「生活のシミ」みたいなものがありますよね。「人が生きてるんだ!」って強く感じるような。
飯塚 : 生っぽいんでしょうね。
― 生っぽい。
飯塚 : このあたりは昔からある飲み屋もたくさんあるし、風俗店があったり、そういう人間の欲望のすごく近いとこにあるから、「生っぽい」ところを感じるんだと思います。
平井 : ちょっとハラハラする感じや、少年心というか、冒険心をくすぐられる感じがある。
飯塚 : 海外の人も多いし、一体何の仕事をしているのか…という人たちもいらっしゃるし。かと思えば、子どもたちも多く見かけるし、人が生活をする街でもある。
― 人の欲望を感じる場や、生活を感じる場。また、映画館やアートレジデンス(※)などの文化的な場所もあって、それぞれの距離が近いところが、この独特の空気を醸し出しているのでしょうか。
※2005年に神奈川県警によって一斉退去となった、大岡川沿いに軒を連ねていた違法風俗店の空き店舗を利用し、アートを通して街の再生を目指している。
飯塚 : 不思議な街ですよね。昔から、この辺りの黄金町や伊勢崎町、福富町とかが大好きで、ここで映画を作りたいなっていうのはずっと思ってたんです。
― 今回、平井さんが主演を、飯塚さんが初監督を務められた映画『MOON and GOLDFISH』も、横浜・横須賀が舞台となっています。主人公・シンイチが通う路上ライブが行われた「横浜橋通商店街」や、戦後の闇市で賑わった当時の面影を残す「横浜橋市場」といったロケ地もここのすぐ近くですね。
飯塚 : この辺りって、セットを作ったりわざわざ遠くに行ったりしなくても、そのまま画になるような場所がたくさんあるんです。
― これまで、飯塚監督は「ジャック&ベティ」30周年記念映画『誰かの花』(2021)や、横浜・長者町で40年以上続く伝説のライブハウスのドキュメンタリー映画『FRIDAY』(2020)など、横浜を舞台にした作品をプロデューサーや製作総指揮として作られてきました。
飯塚 : 「FRIDAY」は今作でもロケ地として使わせてもらいました。
― クレイジーケンバンドの聖地としても知られているライブハウスですね。今作では、ヒカリ(峰平朔良)が音楽と出会う重要な場所として登場し、そこで行われるコンドウヒロユキさんのライブシーンは見応えがありました。
飯塚 : 『FRIDAY』は、横浜のミュージシャンからの紹介でライブハウスを紹介されて、マスターと仲良くなったことがきっかけとなったんですよ。このエリアを基盤にしているアーティストやクリエイター、映画監督やカメラマンもたくさんいらっしゃいます。
飯塚 : この街を舞台に映画を撮りつづけているのは、ここに生きてる人たちを捉えたい、ここに生きてる人たちを自分ならどう捉えられるだろう、という思いがあるからなんです。
平井 : それでいうと、今回の撮影で僕が一番印象に残っているのが、シンイチが働く鉄工所なんです。あの鉄工所は、『誰かの花』(2021)で使われていたのと同じところなんですよね?
飯塚 : そうなんです。中学時代の友人が横須賀で鉄工所を経営していて、撮影で使わせてくれる鉄工所を探していた際、いくつか紹介してもらったんですが、その中で一番イメージにあっていたのでお借りし、また今回も使わせていただきました。
平井 : シンイチは、そこでグエンという人物に出会うのですが、実際にこの鉄工所にも彼のように海外から働きに来られている方が何人かいらっしゃって。
飯塚 : そうそう。
― グエン(生沼勇)は、技術を学ぶためベトナムから日本に働きにきた青年ですね。
平井 : 彼らもグエンみたいに、人好きというか、すごく人懐っこい方たちで、少年みたいにキラキラした目で気さくに話しかけてきてくれるんですよ(笑)。実は映画の最後の方で、出演してくれているんです。
― ロケ地となった場所で実際に働く人達との交流もあったんですね。
平井 : 「彼らがいる場所」ということで、鉄工所が深く印象に残っていますね。
経験を積み重ねて、今わかること
― 鉄工所には、懸命に働くグエンや、高卒認定をとるため休憩時間も勉強をするシンイチと、そんな彼らが気に食わないミシマ(日下部一郎)やミシマの言うことには逆らえない後輩たち(福本翔、本多正憲)といった人間関係が存在していました。
平井 : ミシマは自分が楽したい、思い通りにことを運びたいから、周りの人間をコントロールしようとしていました。でもそんなミシマに対してグエンは、しっかり自分の考えをぶつけてましたよね。
飯塚 : 物語の中で一番芯が強いのは、もしかしたらグエンかもしれない。この作品は、シンイチとヒカリとグエンの3人の物語だと思っているんです。
― ヒカリは病気の父親がつくった借金を返済するため高校を辞めて働き、先が見えない日々をおくる少女です。バイト先のライブハウスで「歌」と出会い、その路上ライブをきっかけにシンイチとも出会います。
飯塚 : ヒカリが何とかやっていけたのは、歌とシンイチの存在があったから。彼は自分に無いものを持っていて、「自ら光ろう」としていた。
平井 : シンイチもヒカリの歌と出会って、音楽という人生の光ができて。限られたお金をヒカリのライブのために使っている姿を見ていると、もうグエンと一緒に成功してほしいって切実に思いましたね(笑)。
飯塚 : シンイチがこの3人の中の「太陽」のような存在になっていくんですよね。ヒカリとグエンは、シンイチをハブにして、それぞれが過ごす日々に光を見出していく。
平井 : うんうん。
― 作中、ヒカリが「何もかもうまくいかなかった時期にシンイチと過ごした時間があったから今の自分がある」と語るモノローグがありました。お二人にとってそういう存在や時間はありましたか?
平井 : そうですね…僕は、この仕事を始めるために三重県から上京してきたんですが、今振り返ると、その当時は周りの大人たちがなんとかしてくれるだろうと、他力本願になっていたところがあって。マネージャーや監督に怒られないように、仕事をしていたんです。
最初はシンイチほど強い意志がなかったんですよね。でも、それをしっかり突きつけられたタイミングがあって。もうこの仕事やめたほうがいいのかなとも思いました。
飯塚 : そこから諦めなかったっていうのは、なんだったの?
平井 : それまでの時間をなかったことにしたくないというか…やっぱり悔しさもあったし。で、言われたことだけをやるのではなく、どう演じたら作品がもっと面白くなるのかと、作品全体を通して自分の役を主体的に考えるようになったんです。
そこから、ひとつひとつ向き合って積み重ねてきたのかな…。だから、自分は「キラキラしたもの」が支えになったというよりは、「悔しい」とかの感情がエンジンになったのかなって、今振り返ると思いますね。
飯塚 : 生きていく中で、一瞬で何かが大きく変わるような出来事って、実はなかなか無いですよね。積み上げていくことでしか変化はなかなか起こせない。
状況を変えたいときに、「自分がいる場所を変えるか」「世の中を変えるか」っていう選択があると思うんです。
― はい。
飯塚 : 僕は基本、世の中はすぐには変わらないと思ってるんです。どんなに多くの人たちが声を上げたとしても、 世の中が変わるのはすごい時間がかかる。一日では変わんない。
だったら、自分の周りだけでも心地よくいられるように、自分が変わろう、僕はそういう考え方なんですよね。
俳優や監督が、作品の「純度」を高めていく
― これまで飯塚監督は、プロデューサーや製作総指揮という形で映画作りに携わられていましたが、今作は初監督作品となります。撮影する中で、「映画」というものがご自身の中で変化するようなことはありましたか?
飯塚 : まず、監督ってこんなに孤独で、こんなに戦うものなんだなと感じましたね。あとは「クリエイターの目線」というものを学ぶことができました。監督たちや俳優さんたちは、こういう「目線」を持って生きてるんだろうなと、そういう姿に近付けたというか。
― プロデューサーと監督では、見えるものが違うんですね。
飯塚 : そうですね。プロデューサーというのは、全体を見なきゃいけないんですが、監督は作品の「純度」を高めていく役割があると思うんです。
― 「純度」ですか。
飯塚 : 現場での作業や役作りなど、それぞれの場所ですべきことを明確にして、余計なものは削ぎ落として求めている形に近づけていく作業が必要なんです。そういう作業を、「映画」において自分は今まで経験したことがなかったんですよね。
平井さんにも何テイクもやってもらったシーンがあって。それは、平井さんの演技に納得がいかないわけじゃなくて、作品や役の純度を高めるためなんです。理想の形になるまで繰り返し作業を積み重ねていく。
― 「純度」を高めるために、積み重ねていく。
飯塚 : 作品以外のことはどうでもいいんじゃないかっていうぐらい大事な考え方だと思うんです。
平井 : 僕、同じシーンを何回も繰り返し撮ることは、全然嫌ではないんですよね。むしろ好きというか。例えば、あるシーンを撮影する際、自分は撮影のときにそこを初めて歩くわけじゃないですか。だからそこでのテイクを繰り返すことによって、ここに何があるとかの情報が鮮明になって、ノイズが減っていく感じがあって。
飯塚 : 役に近づいていけるわけだね。
平井 : 同じことを繰り返すことによって、集中力が高まっていく感覚がありますね。
飯塚 : それは、最後のシーンの撮影のときにすごい感じた。鉄工所での昼休みにご飯を食べてるシーンなんですけど、平井さんは撮影前に、テーブルの上にあるお醤油や自分が使う湯飲みの位置とかをずっと考えてるんですよ。
平井さんは左利きなので、そこでも色々と考えていましたよね。湯呑をこっちに置いてお茶を飲んだら反対側に置く、っていう流れとか。
平井 : 確かにそうですね。
飯塚 : それを何テイクも繰り返すことによって、平井さんが自分の中で作っているシンイチの純度が高まって、シンイチの空間が出来上がっていったのかと、今聞いて「それだ!」と感じました。
平井亜門と飯塚冬酒監督の「心の一本」の映画
― 最後に、お二人に「心の一本」の映画を教えてください。
平井 : ジョン・カーニー監督の『シング・ストリート 未来へのうた』(2015)が本当に大好きで。
― 平井さんは、俳優だけでなく、ミュージシャンとしても活動されていますよね。
平井 : はい。音楽大好きなんです。だから、この映画のサントラも買いました。自分が沈んでる時期に観たというのもあってすごく心に刺さって、「ああ、映画っていいもんだな」ってしみじみ思いましたね。もうそれ以来、ジョン・カーニーが少しでも関わってる作品は絶対観ようと決めてます。
『シング・ストリート』は、今作とちょっと近いところがあると思ったんです。主人公はいじめられっ子で、家庭もどうしようもない状況なんだけど、そんな中でも恋をして好きな子を振り向かせるためにバンドを結成して友達もできて、それによっていじめっ子に立ち向かえるようになって。シンイチと同じく、自身のアイデンティティを自力で確立していってますよね。
飯塚 : 『ONCE ダブリンの街角で』(2006)もジョン・カーニーでしょ?
平井 : あー、いいですよね〜。
飯塚 : 僕もジョン・カーニー好きなんですよ。『モダン・ラブ』(2019〜2021)って知ってます? 僕全然知らなくて、教えてもらって今観始めてるんです。
― 『モダン・ラブ』は、ニューヨーク・タイムズ紙の人気コラム「Modern Love」に実際に掲載されたエッセイを原作とした一話完結のドラマシリーズです。思わぬ人との恋愛や友情、複雑な人間関係など、多様な愛の形についての物語が描かれています。
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平井 : ジョン・カーニーは製作総指揮と、いくつかのエピソードの脚本・監督も担当していますよね。
飯塚 : シーズン1の一話目の『私の特別なドアマン』が一番ビリビリ来ました。
僕は、一本挙げるとしたらピーター・ボグダノヴィッチ監督の『ペーパー・ムーン』(1973)ですね。
― 母親を亡くした少女・アディと詐欺師のモーゼが出会い、仕方なく彼女を親戚の家に送り届けることになった道中で、モーゼは徐々にアディに対する父親心が芽生えていくというロードムービーです。当時10歳だったアディ役のテイタム・オニールは1974年度のアカデミー賞助演女優賞を史上最年少で獲得しました。
飯塚 : モーゼ役のライアン・オニールとアディ役のテイタム・オニールは実際に親子なんですよね。アディの一番最初の登場シーン、結構大きなアップで映るんですけどその瞬間がもう、アディの背景が全て表れているようなすごいシーンだと思っていて。
作品の内容自体はハートフルなコメディなんですけど、その画にはお母さんが死んじゃって独りぼっちになってしまったアディの辛い辛い人生が詰まっているんですよ。あの時代のアメリカで子どもが身よりもなく独りぼっちになっちゃったら、多分生きていけないよなっていう、その辛さがスクリーンから滲み出てきたんですよね。
― そのシーンが映し出された瞬間に、アディの背景を感じ取ったんですね。
飯塚 : 衝撃的でした。もうとにかくストーリーも全部大好きです。アメリカではカラー映画全盛の70年代に、あえてモノクロで撮っている作品なんですよ。ちなみに、今作もちょっとだけ『ペーパー・ムーン』のオマージュがあるんです。
― そうなんですか!
飯塚 : ヒカリが着てるTシャツに、アディとモーゼの2人の名前と公開年の「1973」、そして「IT’S ONLY A PAPERMOON」って入ってるんです。この映画のためにデザインして作ったんですよ。
(スマホでTシャツの写真を見せていただく)
平井 : 本当ですね! でも、これは言われないと気づかないかもしれませんね。
飯塚 : でしょ。