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新しい世界を見せてくれるものに
とことん引き込まれてしまう
― 中国で49億円という大ヒットを記録し、その後、日本でもオリジナル版が公開されるや、コアなファンやアニメ業界関係者などの間で話題を呼んだ今作。2019年9月の公開から約1年のロングランヒットとなりました。話題になっていたのはご存知でしたか?
花澤 : はい、知っていました! そして、実際に観てみたら、想像していた以上に奥深い作品で魅了されてしまって。もうシャオヘイが可愛すぎて!
― シャオヘイは、主人公である黒猫の妖精ですね。今回、より多くの人のもとへ届けるため、日本語吹替版『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』が公開されます。そのシャオヘイの声を花澤さんが務めました。
花澤 : 「シャオヘイの声をお願いします」と依頼をいただいたので、そのことを念頭に映画を観たのですが、「これを私がやるのか…ハードル高いな!」と(笑)。
― 確かに、魅力的なキャラクターの妖精がたくさん登場する中で、シャオヘイは人間と妖精という2つの世界、そして人間であるムゲン(声:宮野真守)と、妖精のフーシー(声:櫻井孝宏)との間に立ち、「味方とは? 敵とは?」を模索しながら、その2つが共存するために大きな役割を果たすという、難しい役どころですね。
花澤 : それぞれが特殊な能力を持った設定ですけど、どのキャラクターも、おのおの心の揺れや悩みを抱えていて、自分の周りにもこういう人いるなぁと身近に感じられました。本当にどのキャラクターも魅力的で!
― 善と悪をはっきり分けるのではなく、また人間と妖精の関係もそれぞれ複雑さを持っている。そして、内面だけでなく、外面的な見た目や動きなど、キャラクターそれぞれの魅力がありました。
花澤 : 妖精たちのアクションシーンの動きも、これまで見たことのない新鮮な感覚でしたね。ダイナミックに動いた後、急にはっと静けさが訪れたり、緩急のテンポが心地よく、画面が切り変わるシーンが続いても、不思議と目が回らなかったり。あれ、すごいですよね!…どうやってるんだろう…。
シャオヘイは、美味しそうにご飯を食べたり、笑ったり怒ったり泣いたり、表情もころころ変わって、目が離せないキャラクターです。見た目も赤ちゃんみたいな丸いフォルムで、猫耳も付いているし。
― 花澤さんは、猫と子ども両方の可愛さを取り入れて、演じたとおっしゃっていましたね。
花澤 : シャオヘイが猫の姿の時は、オリジナル版の声が使われているところもあるので、差が出ないように近づけて演じているのですが、人間であるムゲンとの心の距離が近づくところなどは、自分なりに思ったことを取り入れて演じました。
― それは例えば、どのような場面ですか?
花澤 : 最初は敵だと思って警戒していたムゲンと一緒に旅をするうちに、少しずつ相手を理解し、シャオヘイは心を開いていきますよね。そうやって、内面が揺れたり、相手に対する心の距離に変化が出てきたりする場面です。
あと、自分の“信じていた人”と向き合い、自分の考えをしっかり伝える最後の場面もですね。シャオヘイが自分で物事を見極めて、新しい道を進んでいくことが明確にわかるようにしたいと、考えて演じました。
― シャオヘイは、価値観がひっくり返るような体験もしますね。
花澤 : そのような体験を通して、だんだんと「あれは本当に正しかったのかな?」と思うようになっていく。これまで見たことのなかった世界を垣間見ていくうちに、信じていたことに疑問を持ったり、反対に、「間違っている」と思っていたことを素直に受け入れるようになったり。シャオヘイはすごく柔軟性があるなと思いました。
どんなに信じていたことがあっても、身の回りに起こったことを受け止めて、ちゃんと自分の中に落とし込めるというか。自分と他人の考えの違いも含めて、目の前の現実を、自分の中に染み込ませられるんですよね。
― 自分やこれまでとは違う考えを、どう受け入れていくのか、ということでしょうか。
花澤 : それは演じるうえで、意識していたかもしれません。揺れたり迷ったりしながらも、自分の中にしっかりと芯を保ちながら変化していく存在だということを。
― 花澤さんご自身は、身の回りの影響を、どのように自分へ取り入れていらっしゃいますか?
花澤 : 「これだ!」とか「すごくいいな」と思ったことは、とことん掘り下げたくなってしまうタイプなんです。映画を観ることやパンを食べることが大好きなので、参考にしている映画評論家やパン専門ライターがいるんですが、その方たちのすすめるものは、とりあえず全部追いかけて、自分の中に吸収したくなっちゃって…。
― 全部追いかけるということは…?
花澤 : その方がオススメする映画は全部観たり、パンも全部食べたり(笑)。
― それは、“とことん”ですね!(笑)。
花澤 : 本なども、一度好きだと思うと、その作家さんの本をどんどん追いかけてしまいます。一度「これだ!」と信用したら、そこを深めていくので、ずっと影響されてしまうんです。
― どういう時に「これだ!」と感じるのですか?
花澤 : 「この人の言うことわかるな」と深く共感できる時もそうですし、逆に、「そんな見方があったんだ!」と自分の中にこれまでなかった新しい世界を感じさせてくれた時もですね。そうなると、もう引き込まれてしまって…。シャオヘイと比べると、ちょっと偏っているかもしれませんね(笑)。
花澤香菜の「心の一本」の映画
― 先ほど、「映画を観ることが大好きで、好きな映画評論家のオススメ映画をとことん追いかける」とおっしゃっていましたが…。
花澤 : 私、映画評論家の町山智浩さんが大好きなんです! TBSラジオの『赤江珠緒たまむすび』という番組内にある町山さんのコーナー「町山智浩アメリカ流れ者」は毎週聴いてます。最近はコロナ禍ということもあって、アメリカ在住の町山さんも、なかなか映画館に行けず、日本で上映されている作品を取り上げることが難しいとおっしゃっていました。あと、RHYMESTER 宇多丸さんの映画評論も大好きです!
― 宇多丸さんは、『たまむすび』と同じTBSラジオの番組『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(2007-2018)、『アフター6ジャンクション』(2018-)内の「週間映画時評 MOVIE WATCHMEN」などで、映画評をされていますね。
花澤 : お二人が「いい!」とおっしゃった映画は、とりあえず観ようと思って観ています。お二人の話はすごくわかりやすい上に面白くて。その映画が作られた背景とか、監督が伝えたかったこととか、深い部分まで知るとこんなに楽しいんだって、映画の新たな側面を知れたとともに、映画評論の面白さにも気づかせてくれました。
― 以前とは、映画の楽しみ方が変わりましたか?
花澤 : 変わりましたね…。その映画が作られた国で、「今起きている問題」も見えてくるようになったので。映画は、エンターテイメントでもありますが、時代や社会と紐付けて作られている。そのことを意識するようになってから、ガラッと観方が変わりました。あとは、単純に観る映画のジャンルが増えました! 怖いのが苦手なので、ホラー映画だけは観れないんですけど…。
― 花澤さんは、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(2020)で物語のカギを握る少女カサンドラ・ケインの声など、海外作品の吹替のお仕事もされていますね。映画を観る時は、吹替というご自身のお仕事を思い出すのでしょうか?
花澤 : そうですね。海外作品は、字幕版ではなく吹替版で観ることも多いです。洋画の日本語吹替を長く専門にされてきた方の声って、映像を見ずに会話だけで聴いていても、すごく心地よくて。
台詞の中にたくさんの情報量が詰め込まれているので、声を聴いているだけで、その登場人物の性格や、どんな場所で何をしているのかまで伝わってくるんです。すごい技術だなと、いつも驚きながら聴いています。
― アニメーションに声をあてるのと、実写の作品に吹替するのとでは違ってきますか?
花澤 : 全然違うんです! 海外作品の場合は、吹替をする相手と自分の発声方法や呼吸法が、まず大きく異なります。人種が異なると体格も異なるし、そもそも気候や食事、生活習慣など、育ってきた環境が大きく違うことでも、身体的な違いが大きくなり、発声方法や呼吸法が変わってくるんです。また、普段話している言語によって、顔の表情筋の使い方まで違いが出ます。
― “声”だけではなく、“身体”から、自分とは違う人間になっていく感覚なのですね。
花澤 : 以前、『ゲームシェイカーズ』(2015)というアメリカのコメディドラマで、10代の女の子の吹替をした時に、私の普通に話している声だとパワーが全然足りなくて、小さい子どもが喋っているように聞こえてしまう、ということに気付いたんです。まずは声での演技以前に、発声とか呼吸とか、身体から合わせていくことが、吹替の第一歩なんだなと。「第一歩、遠いなぁー!!」と思いながら、いつも向き合っています(笑)。
― では最後に、花澤さんの「心の一本の映画」を教えてください!
花澤 : えーなんだろう…! あえて選ぶとしたら、『ラ・ラ・ランド』(2016)です。映画館に何度も通いましたし、家で観れるようになってからも、繰り返し観ています。音楽とダンスが素晴らしくて、あんなふうに自分も気持ちよく歌って踊れるかもしれない、と思わせてくれるんです!
― 花澤さんは、声優だけでなく、音楽アーティストとしても活躍されています。ご自身と重なる部分もあるのでしょうか。
花澤 : そうなんです! 「私には無限の未来がある」と思わせてくれる、そういう意味では今回の『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』とも重なりますね。自分の仕事も相まって、「何かを表現し続ける」ということに対して貪欲になれるし、新しい可能性に向けて、自分から道を切り開けるかもしれない、と前向きな気持ちにさせてくれる映画です。
そういえば、『ラ・ラ・ランド』はまだ吹替版で観たことがなかったので、近いうちに観てみたいと思います!