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人は不完全であればあるほど愛おしい
― 『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)の後に監督された、新作『サニー/32』(2018)と、『孤狼の血』(2018)を一足先に拝見しました。どちらも目を向けられないような暴力が描かれているシーンが多くありました。対して恋愛劇である『彼女がその名を知らない鳥たち』は物理的にハードなシーンはありません。ですがどの映画も一貫して、一見醜そうなものの中に光が差している、という感覚が残りました。
白石 : 滑稽な人を描こう、という意識はあると思いますね。『彼女がその名を知らない鳥たち』の主人公・北原十和子(蒼井優)は他人の愛情に「そこまでしないと気づけない?」と思うほど、信じられないくらい愚かな人間です。『日本で一番悪い奴ら』(2016)の諸星要一(綾野剛)も正義だと思って加担したことが次第に犯罪につながり、最後にはクスリを飲まないと立っていられないまでの状態になる。そこまでしないと気づけない、ひたすら愚かな男です。
白石 : 人間って愚かさとは切っても切れない関係だと思うんですよね。そして、僕の場合は愚かであればあるほど、どうしようもなく愛しさを感じてしまいます。そして、愛しさが大きくなるほど映画にしたいと思うんです。
― “愚かさ”と“愛しさ”は、相反するもののように感じますが。
白石 : 僕は映画を撮ることを仕事としているので、普段からその題材を探しています。その中で、“愚かさ”と“愛しさ”が意外と共存していることに気づいたんです。そして、そのふたつに自然と惹かれてしまう僕がいました。個人的な意見ですけど、今の世の中みんな正義漢ぶりすぎている気がします。正しくなかったらネットでめちゃくちゃに悪口を言う、なのに匿名。そんなに正義を振り回す必要があるのかなとも思いますし、愚かさに対して寛容性がないですよね。
だから、僕くらいは映画の中で人の愚かさにフォーカスをして、許容したい。「人間は不完全な生き物だからこそ愛おしいのではないか」という大きなテーマを持って映画を描き続けていきたいとは思っています。愚かで愛おしい不完全な人間を主人公にして、組織と人間の話を描いたのが『日本で一番悪い奴ら』、少年犯罪と人間の話を描いたのが『サニー/32』、そして『彼女がその名を知らない鳥たち』は無償の愛と人間をテーマに映画を撮りました。そんな風に、どの映画でもこのテーマを軸に撮っているんです。
― 十和子や諸星のような愚かさが自分の中にもあるのではないかと考えさせられました。決して他人事には思えないような。
白石 : どんな人にも、愚かな部分はあると思いますよ。僕も愚かですし。
― 監督は普段、どんなときに愚かさを感じますか?
白石 : え、普段ですか? 初めて聞かれたな(笑)。よく感じますけど……うーん……。電車の中に傘を忘れたときとか、妻にしかられたときとか(笑)。この間「洗濯物の干し方はこうじゃないでしょ!」って怒られて「俺は愚かだな〜」と思いましたよ。
― ……人を罵倒してしまったとか、意地悪をしたなどかと思いましたが、愚かさのレベルが映画と全然違っていて、なんだか安心しました(笑)。
白石 : もちろん大それたこともありますけど、小さな愚かさもたくさんあると思います。だから毎日、疲れたりがっかりしたりする。だけど、みんな、そんなものですよね。
物語が反転して世界の色がガラリと変わる、
その瞬間を描きたかった
― 『彼女がその名を知らない鳥たち』の中で特にお好きなセリフを教えていただけますか?
白石 : 沼田まほかるさんの書かれた原作が好きなので、好きなセリフは多いですね。冒頭の十和子がクレームをいれるところ(散らかり放題の部屋で十和子がクレームの電話を入れるシーン)は、原作になくて脚色したのですが、あのシーンのセリフも好きですね。
でもやっぱり、最後の「陣治、たったひとりの私の恋人」というセリフが好きです。小説のラストにある一行なのですが、実は脚本の段階ではこの一行をわざわざ言わなくても伝わるようにつくろうと、あえて入れてなかったんです。ですが映画をつくりながら、この一言がないと完成されないと感じ、編集の段階で加えました。このひと言を描くために映画をつくった、といっても過言ではないと思います。
― 今回の映画のテーマは「無償の愛」ですが、別のインタビューで監督は「愛とは無縁の自分が撮った」と語られていました。無縁、とすっぱり言い切ったにも関わらず、あえて題材にされたのはどうしてなのでしょうか?
白石 : 世間一般的に僕の二作目の作品となる『凶悪』(2013)のイメージが強いので、いわゆる青春の甘い恋愛を描くような「キラキラ映画」のオファーが全然こないんですね(笑)。二人乗りもしたことないし、付き合った経験もほとんどない。でも、恋愛経験が少ない僕なりに描ける「愛」があるだろうと考えていたときに、この作品に出会いました。
これまでの僕の作品は実在の事件を題材にすることが多かったこともあり、原作物は初めてだったんです。原作に惚れに惚れ込んだからこそ撮れましたし、片時も離さず読み続けていましたね。
― 惚れに惚れ込んだ部分とは?
白石 : 読み終えたときに、物語が反転して世界観の色彩がガラリと変わる感覚が忘れられなかったんです。汚くて不気味な陣治(阿部サダヲ)という存在が、実は無償の愛を持ったヒーローのような人だったと十和子が気づく。「汚い」「嫌い」と思っていたものが見事に反転するあの瞬間と、それに気がついたときの十和子の表情を撮りたいと思いました。
― 監督自身が「愛」と聞いて、すぐに思い浮かぶものはなんでしょうか?
白石 : 娘や家族ですね、普通ですけど。自分の人生は家族と一心同体ですし、妻や娘の人生も自分の人生だと思えるから家族になったと思いますしね。思い返しても僕はこの作品の主人公たちのような恋愛はしていませんけど、僕なりの恋愛映画を撮れたという思いはあるので個人的には嬉しかったですね。
↓後編では、白石監督が「人間の愚かさと愛おしさ」を描き続ける上で、基盤としているものについて伺います。