目次
“現実”と“ファンタジー”のバランス
― 今回の『ジョゼと虎と魚たち』で、loundrawさんはコンセプトデザインというかたちで今作に関わっていらっしゃいますが、「コンセプトデザイン」とは具体的にどのような作業なのですか?
loundraw : 今作では、映画の世界観や雰囲気を決めていく「イメージボード」と呼ばれる設計図のような絵を描きながら、画面の色味や、キャラクターの配置などを含めた構図、光の入り方も含めて、タムラコータロー監督やスタッフの方と一緒にビジュアルという側面から考えていきました。
― これまでも、劇場版アニメ『名探偵コナン』シリーズなどで、映画のイメージボードを担当されていましたが、今回との違いはあったのでしょうか?
loundraw : これまで描かせていただいたイメージボードは、いわゆる「決めの一枚」ということが多かったのですが、今回は、キャラクターのビジュアルもまだ固まっていない、企画書4枚だけがあるような初期の段階から、演出的な部分も含めて関わらせていただきました。作品の世界観やキャラクターなどを考えるうえで、ゼロからつくりあげていくところが大きく、そこが一番の違いですね。そういう経験は僕にとって初めてで、新しい挑戦でした。
― 今回描かれたイメージボードの一部を拝見させていただきましたが、これらはゼロからビジュアルを監督などとつくりあげていったんですね。始めに描いたのは…?
loundraw : 恒夫が冒頭で、海に潜ってたくさんの魚と泳いでいるシーンです。
― わりと日常から離れた場面からイメージを始めていったのですね。
loundraw : そうですね。最初に、海の中のシーンのような、物語の世界観を作るようなシーンから描いていって、だんだんと、ジョゼが部屋にいるシーンのような閉鎖的な場面も追加していきました。
― イメージボードを描く場面は、どのように決めていくのですか?
loundraw : 脚本の初稿段階で、タムラ監督から「こことここを描いてください」という感じで指示をいただきました。ここでは何を伝えたいのかとか、キャラクターはどんな気持ちでいるのか、という脚本の意図を伝えてもらって、それをどう表現するのか、例えば登場人物を背中合わせに配置するとか、人物に影を落とすとか、そういう部分はかなり自由にやらせていただきました。最終的に、20枚以上はイメージボードを描いたと思います。
― 桜や紅葉、雪景色など、主人公たちが季節を巡っていく景色がどれも美しいですね。人物にほとんど表情が描かれていませんが、主人公たちの内面が伝わってくるような色彩や構図が印象的です。
loundraw : 同じキャラクターが時間を重ねていく様子を、何枚も描くことは僕にとって新鮮でした。小説の装画やイラストの仕事の時は、先ほどお話しした映画のイメージボードと同様に、決めの一枚を描くことが多いので。今回、その中で特に意識したのは、「キャラクターの心情が見えてくる画面にする」ということです。
― 「表情以外の部分で心情を伝える」ためにloundrawさんはどういうアプローチをとっているのでしょうか?
loundraw : 例えば、本来なら紅葉が美しい秋のシーンだとしても、そこにいるジョゼや恒夫の気持ちが沈んでいたら、少しくすんだ色にする。そうやって、キャラクターの心情を通した、彼らにとって見えているだろう景色を描くということを意識しました。
― なるほど…。それは、イラストやアニメーションだからこそ、よりできる表現でもありますね。
loundraw : 今回、依頼をいただいてから、一度この物語を自分の中に落とし込もうと、田辺聖子さんの原作を読んで、犬童監督の実写版の映画も観ました。そこで感じたのは、現実の辛さを正面から描いた、すごく地に足の着いた話だなということです。でもその中でも、ジョゼと恒夫にとって“特別に輝いている”シーン、気持ちの部分での“ファンタジー”は、アニメーションならではの表現で描いてもいいんじゃないかと思ったんです。
― 気持ちの部分でのファンタジー、ですか。
loundraw : この作品における“ファンタジー”は、「日常の中にある輝き」みたいな部分なのかなと。放課後の教室がちょっとワクワクして、特別なものに思えるような、そういう意味での“ファンタジー”だなと思っているんです。その瞬間、何か特別なことが起きているわけではなくても、気持ちとして確かに特別である、という。
恒夫と一緒に海に行ったり観覧車に乗ったりすることは、他の人にとっては普通のことでも、車椅子で家にこもっていたジョゼにとっては、すごく特別なことで。そういうシーンは、あえて絵的に華やかな嘘をついてもいいかなと思って、光や色味を、少し現実離れした演出にしたりしています。
― 確かに、今作では光の演出や現実にはない色味の空など、キャラクターの心情が重なるような、イマジネーションに満ちた表現も印象的でした。
loundraw : でも、その一方で二人が壁にぶつかるようなシーンは、ちゃんと“現実”を描く。嘘をつかない。辛いことは「辛く描く」。そこのバランスは意識しました。
― “ファンタジー”と“現実”のバランスですか。
loundraw : そうですね。アニメーションで描く以上、向き合わなければいけない部分だと思っていて。今作は、実写の映画も存在します。そのうえで、この時代に改めてアニメーションという表現でつくるということに意味があると思いました。それも、自分にとって新しい挑戦でしたね。
「全てを描き切る」をしない。
その表現が作品の世界を広げる
― loundrawさんが描かれたイメージボードと完成した作品を比べると、画面の構図などもそのまま使われていることが多いですが、これらの構図も、ご自身で考えられたのですか?
loundraw : すごくありがたいことに、そのまま使っていただけることも多かったんです。タムラ監督と最初にシーンの意図を確認してから、カメラの位置を低くして下から煽るように描くなどと、構図も試行錯誤しました。僕がイメージボードにした場面は、物語の中でも特にキャラクターの心情が動く、ドラマチックな瞬間が多かったので、単純に状況を説明するという画面にはしたくなくて。
― 映画のワンシーンのような「空間設計」や、奥行きを感じる「画面構成」が、loundrawさんの描くイラストの特徴でもありますね。そこに描かれたキャラクターの気持ちや、物語のイメージが、一枚の絵から映画のように広がっていきます。
loundraw : 構図や空間の捉え方に関しては、かなり計算して描いている方だと思います。それを自分ではあまり自覚していなかったんですが、僕の絵を見て「構図が印象に残る」と言っていただくことが多く、最近になって改めて、それが自分の特徴なのかなと思うようになりました。あとは、“全てを描ききらない”ということも意識しています。
― 絵に情報を加えて説明しすぎない、ということですか?
loundraw : はい。“全てを描かない”ということも表現のひとつだと思っていて。
人物の表情がわからないからこそ、背景や構図がキャラクターと同等の説得力を持つこともあるし、キャラクターが何を見ているのかを描かないことで、目線の先に何があるのかとイメージが膨らむこともある。情報を足すのではなく、引くことで空虚な部分を残す。最後に見た人が余白を埋めることで絵が完成する、ということを僕はいつも意識しています。
― 情報を足さないということは、勇気がいることでもありますよね。
loundraw : 不安になって描き足したくなる気持ちもわかります。ですが、そこで一歩踏み出してこそ、新しい表現には出会えると思うので。僕のスタジオでも、スタッフに絵の描き方を教えたりするんですが、みんなつい足したくなっちゃうんですよね。だから、「もっと引いても伝わるから、怖がらなくていい」と、よく伝えています。
― 余白を残す、絵を見た人がその世界を完成させる、という意味では、今回のコンセプトデザインのお仕事とも重なる気がします。
loundraw : そうですね。僕も、自分に合っている仕事なのかもと思いました。自分のイメージボードをもとに、僕よりも絵が上手い美術監督やアニメーターの方が作業されるというのは、すごく恐縮ではあったんですけど…。でも、多くの方の手が加わって作品の世界がつくられていくというのは、普段ひとりで描いていることもあって、率直に楽しかったです。自分のイラストでは描かないような場面を描くことも多かったので、新しい発見もありました。
― 新しい発見があったのは、具体的に、どのような場面ですか?
loundraw : 二人の感情がすれ違ったり、悲しみに向き合っていたりする時のような、暗くて重たいシーンというのを、自分ではあまり選んで描いてこなかったんです。イラストだと一枚で作品として表現することになるので、そういう時に暗い場面を選ぶ、ということは機会としてもあまりなくて。だから、苦しいとか、悲しいという感情を正面から描く、というのはすごくいい経験になりました。
― これまであまり選んでこなかった、そうした感情に向き合って描くことで、どのような発見がありましたか?
loundraw : 透明感とか、綺麗で美しい、というイメージを僕の絵に持ってくださる方が多くて、仕事の機会としてもそういう絵を描くことが多かったんですが、逆に考えると、人は辛く苦しい瞬間があるからこそ、そういう美しく輝く瞬間があるのかなと今回思いました。
人生の中の楽しくない部分、綺麗じゃない部分にも、イラストレーターとしてもっと向き合わないと、本質的に美しいものは描けないなと。ただの表層の部分の、記号的な美しさを描くことになってしまうと思いました。辛い部分から逃げない、というその姿勢は、今作のキャラクターたちから教わったような気がします。
― キャラクターの心情を伝えるために、イラストの構図や空間設計を考えるということでしたが、それらのアイデアは、好きな映画やアニメーションの記憶などからも影響を受けていたりするのでしょうか?
loundraw : 実は、こういう仕事をしているわりには、僕は映画とかをあまり観てきていないんです…(笑)。最近勉強しなきゃなと、少しずつ観るようにしているのですが。むしろ、自分がこれまで描いてきた絵を振り返って、まだやったことのない構図を試すとか、自分の経験の中から毎回反映させている感じです。
だから、意識的に自分が過去に描いた絵を見るようにしているかもしれません。2、3ヶ月前の作品だと、もうやり直したくなるんです。でも逆に、技術が稚拙でも、まっすぐな熱量の高さがあったからできていたんだろうな、と思う昔の表現もあって。技術的にはどんどん精度は上がっていくんですけど、たまに根詰めずに、アプローチを変えて描くことに挑戦してみたり。
― 過去の作品と対峙し続けることで、常に自分の「現在地」を確かめているんですね。だからこそ、次は何に挑戦すべきか、ということもわかる。そうして、冷静に論理的に物事を捉えるというのは、イラストのお仕事を始めてからですか?
loundraw : いえ、もともとの性格だと思います(笑)。理系の大学出身ということもあって、物事を何でもロジカルに考えるタイプで。文系の科目は子どもの頃から苦手でした。だから、芸術のように「これ」という明確な答えがない分野で、自分のこの考え方がうまく活かされているというのは、自分でも不思議です。
寂しさや不安に向き合う
記憶の原点にある映画
― ロジカルな裏付けで描かれた絵の中にも、懐かしかったり切なかったり、見る人が気持ちを重ねられるような情感が、loundrawさんのイラストの大きな特徴であり、『ジョゼと虎と魚たち』にも込められていると思うのですが、そのエモーショナルな部分というのは、どのようにつくられているのでしょうか?
loundraw : 日常的に、例えば散歩とかをしていて得た自分の感情を、どうやって絵の中で最大限に出せるかな、ということはいつも考えています。そういう身近なところで、心が動く瞬間というのを、大事にしているかもしれません。
― 綺麗な景色などの視覚的な体験よりも、それを見た時に得た、自分の「感情」を絵に込めているんですね。
loundraw : 卒業式の日にいつもの景色が違って見えるとか、身の回りにあるちょっとした特別な感情を、絵にしたいなと思っています。そういう自分の感情がもとにはなっているんですが、そこに「このくらいの年齢の女の子だったらこう映るのかな」とか、フィルターを通すキャラクターを毎回変えていくことで、自分の表現の引き出しを増やしている感覚です。
― そうした感情を一枚の絵で表現するイラストという仕事において、どんなことを大事にしていますか?
loundraw : 映像の一部を切り取るような気持ちで、いつも描いています。イラストとしては一枚しか存在しなくても、その前後の時間も地続きでイメージできるような。
あとは、パッと見ただけで、描かれた場面がどういう「感情」を含んでいるのかが、ノイズなくまっすぐに伝わる絵。そんな明快さをいつも重視しているし、僕はイラストレーターなので、映画やミュージックビデオなどを見ていても、そういうビジュアル的に瞬発力のある絵に引き込まれます。
― そうした「瞬発力」のある場面として、印象に残っている映画や映像作品はありますか?
loundraw : なんだろう…場面というよりは色味になってしまうんですけど、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)に出てきた、舞台裏の青い光がすごくかっこよくて、はっとした記憶があります。
― 『バードマン』は、マイケル・キートン演じる、仕事も家族も失いかけている俳優の主人公・リーガンが、復活を賭けて奮闘する、人生の再生を描いた映画ですね。全編のほとんどがワンカット(長い間カメラを回して撮影する技法)の映像も話題となりました。
loundraw : ストーリーとか、この映画には他にも惹かれる部分がたくさんあるんですけど、イラストレーターとしての視点でいうと、あの暗さのある青い光は、自分も挑戦したいと思う色でした。何度か試してみてはいるのですが、イラストレーションは、明るい綺麗な色とか透明感を出すのに比べると、暗さを表現するのが難しいんです。ただの真っ黒に見えてしまって。
― 何もないように見えてしまう…?
loundraw : そうなんです。実写だと、実際にあるものをあえて暗く潰しているので、何かあるという気配は出ますが、イラストは何もないところから全て描いていかないといけないので、暗いということは、何もないことに等しくなってしまう。この映画のような、暗さの中でも存在を感じさせる、という表現にも挑戦していきたいですね。
― イラストレーターとしての視点で『バードマン』を挙げていただきましたが、loundrawさん個人として、記憶に残っていたり、繰り返し観ていたりする映画はありますか?
loundraw : 自分の中で一番記憶に残っているのは、『千と千尋の神隠し』(2001)です。小さい頃、唯一、家にあったDVDがこの映画だったんです。そのこともあって、特別な記憶としてよく覚えています。
一番印象に残っているシーンは、千尋が両親とはぐれて迷子になって、一人で不安そうにしているところです。
― 冒頭のところですね! 銭湯で働く華やかなシーンや、幻想的な線路のシーンなどではなく、あえてそこを選ぶというのは、珍しいかもしれません(笑)。
loundraw : そうですよね(笑)。これは、イラストレーターとしてではなく、完全に個人的な感情ですが、昔から僕は小心者な部分があって。だから、主人公が不安や恐怖を抱えているような場面に、すごく共感するんです。いつも、寂しくなるようなシーンが特に記憶に残っていて。
― 「苦しさや悲しみに向き合う」という、先程のお話にもつながる気がします。loundrawさんの絵が繊細な透明感や美しさを持っているのは、そういう感情に敏感でいるからなのかもしれませんね。
loundraw : “寂しさ”みたいな感情は、特に覚えているかもしれません。でも単純に、僕の性格が臆病ということもあると思います(笑)。
― 「臆病」とは思えないほど、活動の幅をどんどん広げていらっしゃいますよね! イラストだけではなく、漫画の作画や小説の執筆も手がけ、今年始動したメディア横断型プロジェクト「PROJECT COMMON」では、短編アニメーション映画の制作も控えています。
loundraw : 臆病だからこそ、「これでいい」と思えないんです、多分。「もっとうまくなって新しいことができるようにならないと、取り残されてしまう」という不安がいつもあるからこそ、新しいことにチャレンジし続けているんだと思います。前に進んでいないと怖いというか。それがいい方向に転じているうちは、そのチャレンジを続けていきたいなと思っています。