目次
思い描いていた人生からかけ離れていく。
先の見えない不安な時代の中で、鬱屈とした悲しみや怒りに感情を支配され、つい悲観的になってしまうことがあります。そんな時、絶望に絡め取られずに、図太く生きていくにはどうしたらいいのでしょう?
夫への“ゾッとする”、
でも“あるある”な復讐…
― 荻上監督は、「初めての本読みでキャストの方が並んだ時、この映画は狂った女たちの映画なんだと改めて気づいた」と、今作についてコメントされていました。
― 主人公を演じた筒井真理子さんをはじめ、木野花さん、キムラ緑子さん、江口のりこさんなど、錚々たる顔ぶれが演じる、どこか“心が壊れた”女性たちの姿は、鬼気迫るものがありました。
荻上 : 最初は、耐え忍んできたかわいそうな女たちの話だと思っていたんです。でも、本読みの時に「これは狂った女たちの話なんだ」と初めて気づいて。それくらい、みなさんに迫力がありました。
みなみかわ : めちゃくちゃメンツ強い俳優さんばかりですよね! 「この人が出ている映画は観たい」と思う俳優しか出演してない。
僕の想像ですけど、「この世界を、自力でここまでやってきました」という叩き上げの実力派ばっかり。所属事務所の後押しもあって、出演してるような人が一人もいない…。
荻上 : あーわかる、確かに(笑)。私がいつも映画を観てて、「うまいなぁ」と思う人たちにお願いしました。
みなみかわ : 荻上監督…ずるい!! やりすぎですよー(笑)。
― みなみかわさんの中で、特に印象に残った登場人物は誰でしたか?
みなみかわ : まず、筒井さんが演じる主人公・依子ですね。というのも、僕の母親とわりと境遇が似ていたんです。パートはしてるけど基本は家にいて、親父に対して「我慢してる部分もあるんやろな」と思うところもあるように見える。
親父だけでなく僕に対しても怒らないし、温和な人だったんで、そんな母親がもし依子みたいな気持ちを抱えていたら…と考えると、余計に怖かったです。
― 主人公の依子は、夫も息子も去った家でひとり静かに暮らしていましたが、ある日、失踪していた夫が突然帰宅。自分のがん治療の費用を出してほしいという身勝手な夫を前に、苛立ちや恨みなど“黒い感情”が湧き出し、そんな自分に葛藤していきます。
みなみかわ : 依子の「夫に対する復讐」というか、仕返しの手段も怖かったですね。僕は韓国映画が好きで普段からよく観るんですけど、韓国の「復讐もの」って、派手だし強烈というか、爆撃されてドカーンみたいなエンタメ寄りなんですよね。
でも、この映画に出てくる復讐は、もっと生活の中に溶け込んでいてリアリティがある。だからこそ、異常な世界がより際立つのかなと。
― その復讐のひとつが、歯ブラシを使った「ゾッとするような“ある”行動」でしたが、荻上監督は、どうやって思いついたんですか?
荻上 : あれは、Google検索で「夫 復讐」と入力したら、出てきたんです。
みなみかわ : そうなんですか!!
荻上 : だから、きっと皆さん既にやってますよ。…私は…やってないですよ(笑)。
― ちなみに、先ほどみなみかわさんがトークゲストとして出演された特別試写会後のトークイベントで、「本物の嫁」ことみなみかわさんのパートナーのインタビュー動画が流れました。(※)
― 「もし夫に復讐するとしたら?」という質問に「SNSを駆使して社会的に抹殺してやります!」とおっしゃっていて。SNSでの強気な“DM営業”が話題となっていた方だけに、こちらもリアリティがありましたね(笑)。
みなみかわ : あれは怖かったですねー! 僕も家の歯ブラシには気をつけます(笑)。
― 「依子に自分の母親を重ねて見てしまった」とおっしゃっていましたが、みなみかわさん自身が共感した人物はいましたか?
みなみかわ : 実は、僕自身が共感できる人物というのはいなかったんですよね。でも、共感できるシーンはいくつもあって。木野花さんが演じた、水木という女性の本当の姿が見えてくる「あるシーン」とか。
荻上 : あぁ。
― 依子は、自分が傾倒していた新興宗教で「相手を憎んではいけない」という教えを受けていましたが、パート先で仲良くなった水木は、「いいんだよ、夫に仕返しして」という、正反対の言葉を依子にかけ続け、変化を与えていく人物でしたね。
みなみかわ : あんまり関わりがないと思っていた人の何気ない言葉が、ドンと自分の中に入ってくる瞬間ってありますよね。僕も昔スーパーでバイトしてたからわかるんですけど、あけすけな性格をした、ああいうおばちゃんっているんですよ。「あんた、やり返しちゃいなさいよ!」とか言ってしまうような。
でも、そういう人が実は…というあの場面は、わっと泣きそうになりましたね。
― 依子が初めて感情的になる、印象的なシーンでもありました。
みなみかわ : 心が抉られますよね。人はいろんな過去を抱えて生きているんですよね。
「突然いなくなってしまう人」は身近にいる
― 今作では、依子の家族をはじめとした登場人物の背景に、震災、介護、新興宗教、障害者差別など、現代社会が抱える問題が多く映し出されていました。
みなみかわ : 脚本はいつ頃書かれたんですか?
荻上 : 実は、コロナ禍以前に書き終わっていたんです。(2022年7月に起こった)宗教を背景とした例の襲撃事件も、映画の仕上げ作業をしていた頃に起こったので、あまりのタイミングに驚きました。
みなみかわ : すごい偶然ですよね!
荻上 : 時代がやっと私に追いついてきました…。
みなみかわ : 映画の冒頭、みんながマスクをしているので「コロナ禍を描いているのかな」と思ったら、テレビから放射能について伝えるニュースが流れているシーンがあって。東日本大地震後のあの時期が舞台なのか、と気づきました。
― 光石研さん演じる依子の夫は、東日本大震災直後に、何の前触れもなく失踪してしまいます。荻上監督は、周囲にも似た経験をした人がいることを脚本を書かれた後に知り、「あながちフィクションでもないのだなと思わされた」とコメントされていましたね。
みなみかわ : 「ある時、突然いなくなってしまう」というのは、ありますよね…。僕も、「あー」と思うところが…。
荻上 : ああいう感覚、わかります?
みなみかわ : 「何もかも嫌になって、いなくなってしまいたい」という感覚はわかります。でもそれって、自分が抱えているものをどれだけ捨てられるかの話でもあるので、自分は子どもが小さかったら選択肢としてないな、と思いましたけど。
荻上 : 実際にやるか、やらないかは別として。
みなみかわ : そう、自分の中にゼロな感覚ではないなと。というのも、芸人の世界では、“突然いなくなってしまう人”が結構いるんですよ。
荻上 : そうなんですか!? 聞きたい、聞きたい。
みなみかわ : 相方の圧に耐えられなくてとか、お笑いが嫌になるとか、全然あります。考えたら僕自身も、芸人を始めたばかりの頃、出演するライブに勝手に自分で判断して行かなかったことありましたし。当時はピン芸人で、相方に迷惑がかかるということもなかったし、もうどうでもいいやって。
― 「どうでもいいや」と。
みなみかわ : そういえば、コンビの相方が急に来なくなったこともありましたね。腹立ったけど、自分たちのライブをキャンセルするのも嫌やし、「俺は一人でもできますよ」と見返したかったので、その時は一人でやったんですけど。……マネージャーが急にいなくなる、というのもよく聞く話です。
荻上 : それって、兆候があるんですか? 少し前から様子がおかしいとか。
みなみかわ : それがないんです。だから怖いんですよね。「ここまでずっと我慢してきたのに、なんで今このタイミングで?」と、僕は勝手に思うんですけど。
何かの糸が切れるんでしょうね。そうやって、 突然いなくなる人、というのは結構身近にいたんですけど、今回映画を観て、自分の中にもその可能性がゼロじゃない、ということに気づきました。
「共感できない人物」を
「+毒」で好きになる
― 先ほど、みなみかわさんが「共感できる登場人物がいない」とおっしゃっていましたが、今作の依子について荻上監督も、「私にとっては共感しづらい人物で、どこかすごく嫌いでもありました」とコメントされていました。
荻上 : はい。
みなみかわ : え、そうなんですか! なるほどー。
― 「自分が理解できない相手を、知りたいという気持ちから生まれた人物」であり、掘り下げていくことによって「最後にはすごく好きになっていました」と。
みなみかわ : 面白いですねー。依子のどこに共感できなかったんですか? 復讐してしまうところとか?
荻上 : いえ、そこではなく、「夫や息子に依存せず、家から、外に出ていこうぜ!」って思ってしまうので、そういうところですかね。
みなみかわ : なるほど、なるほど。
― 依子は、「こうあらねば」と、妻や母であること、女性として生きることなどに縛られていましたよね。
荻上 : でも、家から出ていけない事情を抱えていたり、そうすることを求められた世代の人もいると思うんですけどね。
最後に依子のことが好きになったというのは、あの後、きっとひとりで何でもできるだろうなと思えたし、いろんな状況から自立していく姿が希望に見えたからなんです。
― 常に依存先を求めてしまっていた依子が、物語の終盤でその全てから解放され、フラメンコを無心で踊る姿はまさに爽快の一言でした。
みなみかわ : あのフラメンコは痺れましたね! さっき、自分の母親を依子に重ねて見ていたと言いましたけど、そういう意味でも、あの姿はスカッとしました。
― フラメンコの「足で地面を踏むステップ」の動作には、“私はここにいるよ”という意味があるそうですが、まさに依子の心情と重なるものだったのですね。
荻上 : そのことを後から知って、私も驚きました。フラメンコにしたのは偶然というか、まさに天から降ってきた感じだったので…自分の才能が怖いです!
みなみかわ : (笑)。
― お二人は普段、自分が共感できない、あるいは理解できない人物には、どのように対応したりコミュニケーショを取ったりしていますか?
荻上 : 映画として向き合うことはできるけれど、日常の中だったら、私は向き合わない。関わらないですね。友だちいなくて大丈夫なので(笑)。「もうごめんなさい」ってなります。
みなみかわ : あーそのタイプですか(笑)! 僕はね、理解できないような人に出会うと、面白いと思っちゃうんですよね。変な奴とか好きで、「なんやこいつ」と思いながら一緒にいます。
荻上 : 付き合うんですね!
みなみかわ : 「嫌がらせしたろ」とか、自分から積極的に関わります。僕、トラブルが大好きなんで。街中で喧嘩とか見かけても、「おー、どうしたどうした!」って覗いちゃいます(笑)。
― 今作のキャッチコピーは「絶望を笑え」でしたが、お二人が、怒りや悲しみなどの感情を、「映画」や「笑い」というエンターテインメントに昇華する時に、大切にしていることはありますか?
荻上 : 今は、ただでさえみんなが不安に思っている世の中だから、嘆くような、どんよりとした暗い映画を作っても、誰も観に来てくれないんじゃないかと。
― 荻上監督は「この国で女として生きることが、息苦しくてたまらない。それでも、現状をなんとかしようともがき、映画を作る。たくさんのブラックユーモアを込めて」とおっしゃっていましたね。
荻上 : そんな中でも、映画を観てやっぱり少しでも笑えたらいいし、何よりもまずは自分が笑いたいと思っています。
みなみかわ : 僕は、テレビのバラエティ番組とかで、相手の悪口を求められる状況があった時は、一般の人たちに対しては、これを言ったら傷つくよなとか考えるんですけど、芸人に対しては何の遠慮もなく、思い切り行くというのは決めてます。先輩も後輩も関係なく。
毒を出すだけ出すので、あとは編集で何とかしてくださいと(笑)。
荻上 : 芸人さん以外に、強い毒を出したことないですか?
みなみかわ : ないですねー。ただ傷つけちゃうだけですもんね。
僕の中では、「ウケたい」というのが一番上にあって。結果、芸人が傷つくこともあるかもしれないけど、「ウケたからいいでしょ?」「芸人やから、受け身取れるでしょ?」と思ってるんです。その優先順位でいつも考えてますね。
荻上 : なるほど。私、結構言葉が強いので、普通に話しているつもりでも、傷つけてしまうみたいなんですよね。「あなたの言葉で傷つきました」って言われたこと、人生で何回かあるんです。傷つけるつもりはなかったんですけど。
みなみかわ : わかります、わかります。事実として言っているだけなのに、ということですよね。僕もよく「悪口言ってますよね」って言われるんですけど、悪口じゃなくて、事実を言ってるだけなんですよ。「俺、何か嘘言いました?」っていつも思ってます(笑)。
― お二人の映画や笑いには、「事実や現実を容赦なく突きつけているからこそ、いっそ痛快で笑えてしまう」という共通点があるような気がします。それは、タブーを恐れない、「こうあらねば」のようなルールに縛られないからこそ、生まれるものなのかなと。
荻上 : 私は、脚本を書くときは「いかに自分が狂っていられるか」と思っています。いかに人と違うことを表現するか。でも、そうなれない自分もどこかにいて。
だから、いわゆる“狂った”映画を観ると、すごく悔しいですね。みなみかわさんも、「人と違うことを」というのはあるんじゃないですか?
みなみかわ : そうですね。もちろんあります。でも、今のテレビは規制が厳しいですから、自由にできないのもあって。この枠組みの中でどれくらいできるか、という職人気質にやる部分と、自分の単独ライブで自由にやる部分と、両輪でやってますね。
ほんとに、「この言葉までNGなの?」という時もあるんですよ。そうやって縛られたストレスを、みんな自分のYouTubeチャンネルやライブで発散してると思います。
みなみかわ、荻上直子監督の「心の一本」の映画
― 最後に、お二人に「心の一本」の映画を教えてください。先ほど、荻上監督が「映画を観て悔しくなることがある」とおっしゃっていましたが、ルールやタブーに縛られていない、作家性の突き抜けた映画として、衝撃を受けた作品は何でしたか?
みなみかわ : 一番悔しかった、ショックを受けた映画、気になりますね!
荻上 : 一番…最近観たものだと、『LAMB/ラム』(2021)っていう映画ですね。いい意味で、「狂ってる! すごい!」って思いました。
― 『LAMB/ラム』は、気鋭の映画製作・配給会社「A24」が北米配給権を獲得したことで話題となった作品でした。アイスランドの片田舎を舞台に、羊ではない“何か”を育てる夫婦の話ですが、異常な出来事が普通の日常として淡々と描かれていく、不気味なホラー映画です。
荻上 : あとは、自分の原点では、デヴィッド・リンチ監督の『イレイザーヘッド』(1976)とかも「羨ましい!」と思いました。こんなこと考えられないな、って。塚本晋也監督の『鉄男』(1989)もそうだし。
みなみかわ : あー、『鉄男』かー。あれはすごいですよね。
― どちらの映画も、脚本・編集・美術・特殊効果など監督自らが手がけた、作家性の強い作品で、今もカルト的な人気を誇っていますね。
みなみかわ : 僕は、映画を観て「羨ましい!」とか「悔しい!」っていう感情はないんですよね。きっと、自分が映画監督じゃないからだと思うんですけど。ひたすら「すげー!」という気持ちです。
荻上 : 同業だと悔しいって思いますか?
みなみかわ : 思います。芸人やったら、ナベアツ(現在:桂三度)さんの「3の倍数」。数学的な笑いで、「なんて綺麗な構造なんやろう」って思いました。「なんでこれ自分は思いつかへんかったんやろ」って、悔しかったですね。あれこそセンスなので。
あとは、バカリズムさんの昔のネタの「抜けなくて」っていうコント。ちょっとした気の迷いから、自分の男性器をビデオデッキの中に入れてしまうコントなんですけど(笑)。比喩とか暗喩というのを笑いのネタにすごく上手く取り入れてて、「すごいなこの人」と思ったのを覚えてます。
荻上 : へー見てみたい! 探して見てみます。
― みなみかわさんは、ご自身のポッドキャスト番組でもよく映画を話題にしていらっしゃいますね。忙しくても、時間ができたらご夫妻で映画館にも行くとお聞きしました。
みなみかわ : そうですね。時間が空いて、二人で出かけられるタイミングがあったら、「じゃあ映画行くか」って映画館行きますね。
荻上 : いいですねー。なかなかできないことですよ。
みなみかわ : 最近は、二人で『バビロン』(2022)を観に行きました。
― 1920年代のハリウッド黄金時代を描いた、デイミアン・チャゼル監督の最新作ですね。上映時間が約190分という超大作です。
みなみかわ : 面白かったですよ! 面白かったですけど、長かったですねー(笑)。
― 過去に観た映画などで、ルールに縛られない発想、という視点で衝撃を受けた映画はありますか?
みなみかわ : 映画を観て初めて、怖いと思ったのは、原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』(1987)という映画で。まさに、狂った人がずっと映ってるんですよ。
― 『ゆきゆきて、神軍』は、今村昌平さんの企画、原一男監督によるドキュメンタリー映画で、天皇の戦争責任に迫る過激なアナーキスト・奥崎謙三の姿を追いかけた衝撃的な作品です。
みなみかわ : あとは、韓国映画もよく観るんですけど、イ・チャンドン監督の『オアシス』(2002)という映画も衝撃を受けました。前科を持ち社会に馴染めない主人公と、脳性麻痺で身体の不自由な女性が出会う話で。
20年ほど前の映画ですけど、人から全く理解されない、社会から疎外された人たちの物語を、あの当時からすごく丁寧に描いていて。今観ても、好きだなと思う映画です。
みなみかわ : ちなみに、映画の脚本って書いててどんな感じなんですか? お笑いのネタは5分くらいですけど、映画は2時間あるじゃないですか。
荻上 : 長距離マラソンと短距離走の違い、みたいなものかもしれないですね。
みなみかわ : 書いてるうちに、勝手に物語がバーっと転がっていく感じになるんですか?
荻上 : あ、でもそうですね! ある程度まで書き進めていくと、自分でも想像していなかったことが書けてきちゃったりするんですよね。ファミレスでも図書館でも、机に向かって集中して書いてる時が、一番アイデアが浮かびます。みなみかわさんは、どうしてます?
みなみかわ : 最近はひたすら外を歩くんです。大事な収録のある時とかは、2、3駅分くらい歩きますね。「こう言われたらこう返すよなー」とか、身体を動かしてる方が、頭が動くみたいなんですよね。