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「愛」のかたちは人それぞれ。
誰にも理解されなくたっていい
― 二人の女性の逃避行を描いたNetflix映画『彼女』。明るく爽やかなシーンもある一方で、夫からのDV、愛のための殺人、望まないセックスなどがシリアスに描かれてもいます。水原さんとさとうさんは主人公たちを、痛いほどに身も心もさらけ出し、熱演していらっしゃいました。
さとう : もう戦友だよね。
水原 : うん、一緒に戦ったよね。特に撮影が後半に進むにつれて、(さとう)ほなみちゃんが、七恵がいないともう無理で。カメラが回っていない間の、「アクション!」って声がかかるまでも、抱きしめ合っていたりとか。
さとう : 私も本当にそう。そばに(水原)希子ちゃんが、レイがいないと、自分自身を保てないというか。二人でくっついたまま、気付いたらソファーで寝ていたこともあったし。ずっと一緒にいたね。
水原 : そうしないといられないくらい、追い詰められた精神状態だった。でもそんな自分もほなみちゃんが受け入れてくれて、一緒にいてくれたことが救いでした。劇中の二人の関係と、私たちが完全にリンクしていましたね。
さとう : 告白されているみたい(笑)。
水原 : そうだよ(笑)。改めてすごく感謝しています。
― 今作について以前、水原さんは「お芝居が“苦しいもの”ということがわかりましたし、こんなに苦しい思いをしたのは初めてでした」と話していらっしゃいましたよね。
水原 : 何が苦しかったかというと、“自分との戦い”なんです。私は普段から、自分の表現に対して「よっしゃできた!」と思うより、「これでよかったのかな?」とずっと自問自答してしまう性格で。特に今回演じたレイは、人を殺すキャラクターだったから、自分がしたことのない経験を表現しなければならないという葛藤がありました。「果たしてこういう感情になるのだろうか」「どういう演じ方が正しいのだろうか」と……。
100%自信を持っての手応えが、あまり感じられなかったというか。自分に向き合うのがすごく苦しかった。
さとう : そうだよね。私は、撮影中はずっと「七恵として生きる」ことを目指していましたが、 その“自分VS芝居”の葛藤において、苦しさや悔しさもいっぱい味わいました。
水原 : ここまで感情をさらけ出すのは初めてだったので、カットがかかった後で不安な気持ちになったりもして。
― 一方、さとうさんは「ずっと辛かったですけど、こういうどん底な役の作り方も嫌いじゃないかな」と話していらっしゃいました。
さとう : やっぱり、芝居を好きだからこそ、挑ませていただいているので。辛いことも多かったけど、後から必ず自分の実になりますし、大きく見れば楽しめていた気がします。廣木(隆一)監督はすごく役者ファーストな方で、七恵の気持ちを考える時間を与えてくださって。
たとえば、あるシーンで七恵は何を思うのか。笑うのか、泣くのか。そういうことを現場にいる間にも一つひとつ考えながら演じられたのは、今思えば貴重な経験です。
水原 : 廣木監督はいつも「大丈夫だよ。ちゃんと伝わってるよ」っていう感じで、現場にいてくださるんです。だから監督の顔を見るたびにホッとして、浮き足立っていた状態から、地に足をつけることができました。あとは本当にほなみちゃんに支えられて、なんとか。
さとう : 後から残っている感情をかき集めてみたときに、一番感じたのは「この作品に参加してよかったな」ということでした。まぁ、後日談ですけどね(笑)。
― 今作を観ていて特に印象に残ったのは、水原さんが演じた、レイというキャラクターの言動です。レイは思いを寄せる七恵に頼まれたら迷わず、七恵をDVで苦しめている夫を殺す。また「あたしの人生なんか、あんたがニコッとしただけでボロボロになるんだよ」と、ストレートに七恵への気持ちを口にする。レイは心を閉ざした七恵に、愛のシャワーを注ぎ続けます。
さとう : 「愛のシャワー」っていいフレーズですね!
水原 : ね、これから使おう(笑)。
― ありがとうございます(笑)。レイは一直線に愛を表現できる人でした。水原さんはそんなレイを演じて、またさとうさんはその芝居を七恵として受けて、いかがでしたか?
水原 : きっとレイは知らないうちに、家族や恋人の美夏(真木よう子)など、周りの人から大事にされ、愛をたくさんもらいながら育ってきた。でももしかしたら、愛を自分から発することはほとんどできていなかったんじゃないかと思うんです。
それが、七恵から助けを求められたことで、周りから受けてきた分の愛を七恵に注ぐと決めた。今まで自分を守ってきてくれた人たちをすべて捨ててでも、いや捨ててこそ、七恵への思いを証明し、高校時代から抱えていた苦しみからも解放されるというか。
さとう : 逆に七恵は両親に愛されてこなかったし、夫からは暴力を振るわれています。友だちにも格好悪い面を見せたくなくて、建前で話して本音は言わない。そんな、信頼できる相手が誰一人いない状況で、心底「限界だ」と思ったときに、パッと思い浮かんだのがレイで。
でも七恵は、レイが夫を殺してくれた後も不信感が拭えず、ずっと突き放したり試したりする。それは多分、愛されることを知らないからなんです。
― なるほど。別にレイは愛について、最初から特別な才能を持っていたわけではない。元々愛することが不得意だったレイと、愛された経験がない七恵が再会したことで、お互いに変わっていったんですね。
水原 : レイは裕福なお嬢さまで、高校時代、貧しい家庭で育った七恵に多額のお金を貸します。そうして支配するかたちでしか、七恵を繋ぎ止める方法がわからなかったから。つまり当時のレイは、自分のことしか考えられていなかったんですよね。でも大人になって七恵の夫を殺し、二人で警察から逃げ続ける中で、ぶつかり合いながらお互いを知っていく。
レイは最後、七恵を所有するのではなく、大きな愛をもって手放すというか、そういう本質的な、母性のような愛に行き着いたと思います。
さとう : 七恵はレイと一緒に過ごす中で、「一緒にいると幸せだな」という気持ちが自然と芽生えてきた。その時点でレイの気持ちを試すとかは、どうでもよくなっていって。
水原 : この作品が問うのは、「愛とはどういうものか」ということ。レイと七恵は二人だけの愛のかたちを見つけることができたんですよね。誰にも理解されないかもしれないけど、理解されなくていい。もうひたすらに、愛の話ですよね。
― 今の感覚としては、やりきったという感じでしょうか?
水原 : 私はそうですね。うん、やりきった。
さとう : 私は今もまだ少し、ラストシーンの余韻が抜けなくて……。寂しいです。だからクランクアップの挨拶で、「『彼女』をずっとやっていたいです」とか言っちゃって(笑)。
水原 : 言ってたね! 「嘘でしょ?」って思ったよ。「これ以上の逃避行はもう無理かな〜……」って(笑)。
さとう : 思ったかぁ、ごめんね(笑)。居合わせたスタッフさんも、みんな「え!」って言ってたよね。
水原 : うん、みんな「え!」だったよ(笑)。
水原希子とさとうほなみの
「心の一本」の映画
― では最後に、ご自身に影響を与えた「心に残る一本の映画」を教えてください。
水原 : (考えながら)一本を選ぶの、めっちゃむずかしいですー……。
さとう : じゃあ先に言うね? 何回も観ても面白いし、「落ち着くなぁ」と思うのは『パターソン』(2016)です。
― アダム・ドライバー主演による、ジム・ジャームッシュ監督の作品ですね。ニュージャージー州パターソン市で暮らす、詩が趣味のバス運転手・パターソンの7日間を描いた人間ドラマ。日本からは永瀬正敏さんも出演されています。
さとう : 描かれているのは、毎日決まったルーティンで暮らしている、パターソンの日常生活です。でもその中で非日常的なことがしれっと起きる、不思議な映画で。妻・ローラが趣味で売ったカップケーキが大ヒットしたり、行きつけのバーではある客がおもちゃの銃で、人騒がせな狂言自殺を起こしたり。現実でありながら、どこか異世界にいるみたいな雰囲気も味わえるのが面白いんです。
― 普段からそういう、穏やかな面白みのある作品がお好きなんですか?
さとう : 元々は結構、派手な展開がドッカンドッカンある映画も好きだったんですけど。なんですかね、ちょっと大人になったのかな(笑)。最近は、心に滲み入るような作品が好きになってきています。
― 『パターソン』もそのうちの一本ということですね。では水原さん、いかがでしょう。
水原 : いっぱいあるんですけど……。伊丹十三さんの『タンポポ』(1985)が好きで。
― 伊丹十三監督の第2作にして、異色作ですね。タンクローリーの運転手(山崎努)が、さびれたラーメン屋の美しい未亡人(宮本信子)に惹かれて一肌脱ぎ、その店の味を町一番にするまでが、食べもの関連のエピソードを混じえて描かれます。
水原 : 「なんであんな映画が撮れるんだろう」と思ってしまいます。映像的に美しく、色彩が印象的で、とにかくアーティスティック。なのにストーリー展開も面白くて、笑えるし泣ける。演出に洒落が効いていてイケてますよね。
水原 : あとはなんだろう……。あ、『ゴッドファーザー』(1972)!
― アメリカのイタリア系移民が形成する、巨大なマフィアの内情を描いた壮大な叙事詩シリーズの第1作。巨匠フランシス・フォード・コッポラ監督による、世界的ヒットを記録した不朽の名作ですね。
水原 : やっぱり定期的に観たくなるんですよね。観ると「クゥ〜!」ってなるよね?
さとう : なるねぇ。
水原 : 「運命って……!」みたいな。
さとう : それ、すごいわかる(笑)。「運命には抗えないのね……!」っていう。
水原 : ギャング映画は結構好きです。韓国映画だと、イ・ビョンホンが出ている『甘い人生』(2004)とか。
― イ・ビョンホンが演じるのは、高級ホテルの総マネージャーを任されるほど頭の切れる、裏社会でも名が通った冷徹な男。息を呑むアクションも見応えある、サスペンス・ラブストーリーですね。
水原 : 一匹狼の男が、恋に落ちたことによってどんどん孤独になって、裏切られてハメられて。でも捨て身だからすごく強いんです。
さとう : へぇ〜。
水原 : ラストシーンがまた素晴らしくて。ガラス窓に映る自分の姿を見ながら、シャドウボクシングするんだけど、その姿がもう、少年みたいなの。ずっと一匹狼としてタフに生きてきたはずなのに、「彼の中に、少年がいるんだ」って思ったら、もう超泣けるわけ。
さとう : 観たくなってきた!
水原 : あと、ホウ・シャオシェン監督の『ミレニアム・マンボ』(2001)。
― 21世紀を迎えた台北で、刹那的に生きる若者たちの姿を描いた青春映画ですね。
水原 : 主演のスー・チーが大好きで。青春映画としてある意味生々しい、リアルな感じもいいんですよね。結局全然、一本に絞れなくてすみません。話したい映画がありすぎて……。
さとう : わかる、そうだよね。