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きれいごとではない友情を描く
― 本作に登場するシイノ(永野芽郁)とマリコ(奈緒)という二人の女性は、タナダ監督が「魂のかたわれのような存在」と語っていらっしゃったように、お互いが“親友”という言葉だけでは表せない、唯一無二の存在だったと思います。永野さんとタナダ監督はシイノとマリコの関係をどう捉えて、制作に臨まれたのでしょうか。
永野 : 二人の関係は家族でも恋人でもないけど友情は超越していて、でも依存しあっているわけではない。一言では言い表せない、そういう関係性を、言葉に結び付けず、体感しながら演じていました。
― 中学生の頃からマリコにもらった手紙を大切にとっていたり、思い出のなかのマリコに「あたしにはあんたが一番大事なのに」と言ったり、永野さんが演じられたシイノにとって、マリコは特別な友達でしたよね。
永野 : シイノのセリフで、「あんたにはあたしがいたでしょうが」っていう言葉があるんですけど、たぶんマリコがいたからシイノも生きていられたし、気がつかないうちにマリコを人生の軸にして過ごしていたところも多かったと思うんです。
でもだからと言ってそんな二人の関係を、「共依存している二人」や「恋人」というように、軽い捉え方はしてほしくなかった。そこは自分が意識していれば変わってくるところだろうと思っていました。
タナダ : この二人の関係性には嘘がないなと。親友って、「いつも100%大好き」という関係ではないと思うんです。やっぱり嫌な面も見えたり、この子ダメだなと思ったりすることもある。それでも縁を切らないし、絶対にお互いを見捨てない。
タナダ : 原作を読んだとき、お互いが「良い状態のときだけ」会って「楽しいことだけ」を共有するのではない、「きれいごとではない関係性」がとても良いなと思っていたので。それはちゃんと描きたいなと思っていました。
― 本作は、原作を読まれた監督が「絶対に自分が映画化したい」とプロデューサーにかけあわれたところから始まったそうですね。監督は、原作の漫画のどこに突き動かされたのでしょうか。
タナダ : やっぱり一番はシイノのキャラクターですね。なんだろう、強いんだけど弱い、弱いんだけど強い、みたいな。それを、あれだけさらけ出せるところとか。まずシイノありきだったかなと思います、私は。
永野 : 私も原作を初めて読んだときに、すごく衝撃を受けました。原作のパワーはすごかったなと、いまも思います。読み終わったときに、ちょっとボーっとしちゃうというか、時間が止まる感じがあり、それこそ一つの映画を観たというぐらいの読後感がありました。
原作を読んだだけで一つの映像に見えるものってなかなかないと思いましたし、それを演じさせてもらえるのは貴重な経験でした。
タナダ : シイノを芽郁ちゃんが演じてくれたことは、とっても大きかったですね。実写版の映画として、原作に忠実でありつつ、原作とはまた違うリアリティを生身でちゃんと体現できるんじゃないかなと思ってお願いしたので。そこはやっぱり芽郁ちゃんや奈緒ちゃんの力もすごくあるなと思います。
永野 : やったー!(笑)
タナダ : 意外だったのは、マリコが遺骨を取り戻しに行くシーンがあるんですけど、芽郁ちゃんがあんな大声を出すのが初めてだったっていうことですね。でもやってみたらめちゃくちゃ声が出たっていう(笑)。よく通る声なんですよ。
― シイノがマリコの死を知って、「今度こそあたしが助ける」とマリコの実家を訪ねるシーンですね。
タナダ : あとちょっとおもしろかったのが、遺骨を奪ったあとにアパートの窓から飛び降りるシーンの練習で、すごく軽やかに飛んで行ったこと。みんなびっくりしてましたね。
永野 : 楽しかったですね!
タナダ : 楽しそうだったよね。
永野 : 私は大きな声を出すことに苦手意識があったんですけど、でもあのシーンはこの映画で一番最初に観る人の心を掴むところだなと思っていました。シイノとしてもいろいろな想いが溢れ出るところで、突発的に誰かに体を「ドン」と押されたぐらいの衝撃があって。
すごく緊張もあったんですけど、実際演じてみたら、「これ自分の声?」って叫びながら思うぐらい不思議な感覚がありました。喋っているんだけど喋っていないような。終わった後もずっと体が震えている感覚は初めてで。沢山の「初めて」を経験できて、すごく学びがあったシーンでした。
あのとき、背中を押してくれたもの
― 今作では、マリコの死と向き合うシイノが、旅の中で出会ったマキオ(窪田正孝)にもらった歯磨きやお弁当に癒されたり、洗濯物を見てマリコがいない日常が続いていくことを実感したりするシーンなどが印象的でした。
― お二人は、辛いときや迷ったときに、なにかに支えられたり、力をもらった経験はありますか。
永野 : 今回の映画に関して言うと、なぜかわからないんですけど、初めてお会いした時から監督が私のことをすごく信頼してくれていたんです。
タナダ : ちゃんと作品を観て信頼しているから! 初めてお会いする前から、芽郁ちゃんの過去の出演作を観てきていて、そのうえで「信頼できる俳優」だと思っていました。なんだかよくわからない人を、なんだかよくわからないまま信頼しているというわけではないので(笑)。
永野 : でも私からしたら、「初めて会った日から、こんなに私のことを信用してくれる監督っているの?」という感じだったんです。
実は、主演の依頼をいただいたとき、すごく不安で。だから監督と初めてお話しする場で、「(シイノ役は)私じゃないです」って言うつもりでいたんです。
タナダ : その話、あとから聞いてすごくビビったんです(笑)。
永野 : 原作も脚本もすごく面白くて、これを他の人に演じられたら悔しい。でも、だからこそ私が演じることで原作の世界観を壊すのが嫌だと思っていたんです。そんな風に自分のなかで相反する気持ちがあったから、まっすぐにお断りする勇気もなくて。
やりたいのにやれないと思っているから、「いやー…難しいと思います…」とか、ずっとゴニョゴニョ言っていて(笑)。そうしたら監督が、「え? 芽郁ちゃんならできると思う」って言ってくれたんですよね。
― 当たり前みたいに「できるよ」と言ってもらったことが、ご自身の力になったんですね。
永野 : そうですね。
タナダ : 「え? できるでしょ」って(笑)。漫画が原作となっている作品は、どうしても漫画のビジュアルのイメージがついてしまっているので、そういった点でも俳優にとってはすごいプレッシャーがあると思うんですが、初めて生の「永野芽郁」を見て、身体のバランスの素晴らしさに感動したんですよ。
これまでの出演作も拝見していたので、全然なんの心配もなくて、もう「よろしく!」っていう感じで行ったら、まさか断ろうと思っていたっていう(笑)。
永野 : すごく迷っていましたね。でも監督は、説得するとかでもなく、こっちがびっくりするくらいの明るさというか軽さで、「できると思う!」って言ってくださって。
永野 : だからそのときは、監督の一言に力をもらったというか、背中を押されたというのはありました。この作品に自分が参加できたのは、監督の言葉があったからですね。
タナダ : シイノを演じたい気持ちがあるっていうことはわかっていたし、もうその時点で、この人の根底には相当な覚悟があるっていう確信があったので。
永野 : 見抜かれていたんですね(笑)。でもそうやって監督が信頼してくれていることに安心感がありましたし、この監督に私もついていきたいと思って作品に入れました。
― 日々の生活のなかでは、なにか癒されるものや、楽しみにしていることはありますか。
タナダ : 私はしんどいときは、友達にちょっと愚痴るだけでも軽くなりますね。あとはうち猫がいるので、猫の腹に顔をうずめる(笑)。どんな大変なことがあっても猫には関係なくて、餌をくれとか、シャワーの水を飲ませろとか、そういう猫の要望にいつも通り応えていくことで自分のバランスがとれているというのはありますね。
― 猫を吸って元気を出されているんですね。
タナダ : 猫を吸ってチャージしてますね(笑)。
永野 : 猫チャージ(笑)。私も好きなものは結構多くて、夏はサーフィンが一番の趣味で、あとドライブするのも好きですね。
タナダ : えっ、立って波とか…?
永野 : 乗れますよ!(笑)
永野芽郁、タナダユキの「心の一本」の映画
― 最後に、お二人の苦しいときに救ってくれた一本や、人生の一本となるような「心の一本」の映画がありましたらぜひ教えてください。
タナダ : 一本となるとなかなか…絞れないんですよ。そのときどきによって結構違ったりもするので。でも監督で挙げると、相米慎二監督や増村保造監督、成瀬巳喜男監督の作品はよく観ていますね。
― そのなかで一本挙げるとしたら…。
タナダ : 今日だと、なんだろうな…。芽郁ちゃんは決まってる?
永野 : 思い出に残っている映画でもいいですか?
― もちろんです!
永野 : 初めて一人で映画館に行って観たのが、『セッション』(2014)で。高校一年生だったんですけど、地方ロケに行ったときに、小さな街の映画館に行って、初めて一人で映画を観たんです。
― 『セッション』は『ラ・ラ・ランド』(2016)のデイミアン・チャゼル監督が2014年に製作した映画で、ジャズドラマーを目指す青年と伝説の教師が織りなす、狂気の物語が話題になりました。
永野 : ストーリーの魅力もそうですし、演奏シーンの音の迫力もすごかったです。そのとき撮影に入っていた作品のことで悩んでいたんですけど、そういうものを吹っ飛ばしてくれる感じがあって、鑑賞後はまた新しい気持ちで現場に立てたんですよね。とても思い出に残っていて、DVDも買いました。
タナダ : 「初めての一本」でいうと私は『影武者』(1980)で、それは父につれられて映画館に観に行きましたね。5歳くらいだったと思います。
― 1980年の第33回カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した、黒澤明監督の時代劇ですね。
タナダ : 当時私は幼かったんですけど、侍がいっぱいでてきたからよく覚えています(笑)。あと考えていたんですけど、今日のおすすめの一本は、『天国と地獄』(1963)かな。
― 誘拐事件を題材にした、アメリカの推理小説家エド・マクベインの『キングの身代金』を黒澤明監督が映画化したサスペンス映画です。
タナダ : 作中、一つのセリフで状況が鮮やかに変わるところがあるんですよ。それまで見えていた景色が一瞬にして違うものになる感じがあって、ハッと目が覚める感覚がありました。私はハートフルな物語を観るから元気になるというよりも重厚なエンタメ作品を観たときに、「ああ面白いものを観れてよかった」って思って元気になれるんですよね。未見の方がいたらおすすめしたい一本です。
◎『マイ・ブロークン・マリコ』原作