目次
私の「拠り所」となるような時間や空間
― 今作では、キッチンの光が漏れるアパートの一室や外灯に照らされた歩道橋、車の走る音が響く道路など、都会の夜の闇や静けさが浮かび上がるように描かれていました。登場人物たちは、その「都会の夜」に拠り所を求め、バーチャル空間と行き来しながら彷徨っていましたが、みなさんにも自身にとっての落ち着く空間や時間はありますか?
落合 : 二つあるんですけど、ひとつは天井が高いところです。コストコとかイケアとか、あのぐらい非日常的な広い場所が落ち着くんですよね。あとは空港とかもそうですね。吹き抜けの感じとか、いいんですよ。
大江 : それはすごくわかるなあ。僕は大きいショッピングモールが好きなんです。海外に行った時は、わざわざ行くこともあります。言ったことなかったっけ?
あの : 買い物しに行くんじゃなくてですか?
大江 : そう。シンガポールのショッピングモールに行った時は、地下に人工の川が流れていて、そこに船も浮かんでいてすごかったですよ。
あの : ディズニーランドみたいですねー。
大江 : 日本の三大ショッピングモールにもわざわざ行きました。…あ、話さえぎってごめんごめん。
落合 : いえいえ(笑)。僕もそういう天井が高いところが好きで。あと、散歩が趣味なんです。最近は日中すごく暑いので、恵比寿ガーデンプレイスにあるライフに時々寄ります。
大江 : あそこね、ベンチもたくさんあるしね。
落合 : 涼しくていいんですよね。
あの : 涼しいところ探してるって、猫みたい(笑)。
― 主人公の間宮は、「廃墟めぐり」が落ち着くと言っていましたね。その後、ARアプリ「王様の耳はロバの耳(通称ミミ)」を知り、そのユーザーにカリスマ的人気を誇る“明日香”と出会ってからは、彼女の姿を探しに夜な夜な街を彷徨うようになっていきます。
落合 : 僕も間宮と同じく夜行性ではあるんですよ。最近は暑いので、夕方ぐらいになってから外に出て、徘徊し始めますね。
大江 : 僕も落合さんと一緒で散歩が好きなんですけど、今は自律神経を整えるためというのもあって、炎天下の中でも歩いています。年齢的にそろそろ身体を気遣わないと、バランスが乱れてしまうので。二人とも自律神経とか大丈夫?
落合 : まだ気にしたことないです(笑)。
大江 : 最近、自律神経が荒れてしまって…。それもあるから、歩きながら過ごしてる時間が落ち着きますね。
― あのさんはどうでしょうか。
あの : 僕は学生の頃からトイレがめっちゃ落ち着く場所です。何か不安になった時はだいたいトイレに行きます。あの暗さもいいし、狭さもいいし、何時間もいれちゃうんです。
― 暗くて狭いところが落ち着くと。お二人とは真逆ですね。
あの : あと学生時代は、他所の家の屋根の上に登って、夜にぼーっと空を見たりしてました。
大江 : え? 自分の家の屋根じゃなくて?
あの : 自分の家のはちょっとイヤで。
一同 : (笑)。
あの : 自分の家は登れる場所がなくて(笑)。もちろんダメなことなんですけど、当時はまだ中学生だったので、屋根に登れそうな家を見つけたら、こっそりとバレないように登ってました。
― 夜に屋根に登って、空を眺めてたんですね。
あの : 空とか星を眺めてる時間が、自分にとって落ち着く時間だったんです。
加害者であり、被害者であり、傍観者である
― あのさんは今作に寄せて「撮影しながらまるで深海にいるような、何度も明日香が自分と重なっては濁って消えていく、そんな体験をしました」とコメントされていましたが、あのさんにとって“明日香”を演じることは、どんな体験だったのでしょう?
あの : 自分と全く一緒というわけではないんですけど、やっぱり共感できる部分だったり、重なる部分だったりは多かったと思います。
― 明日香は、ARアプリ「ミミ」に投稿した動画で人気となり、熱狂的なファンを持ちますが、実在する人物なのかどうかは不明な存在ですね。
あの : 僕も過去にグループに所属していた経験があって、そこはもちろん「偶像の世界」でもあったし、見る人によってバラバラの、その人だけの「あのちゃん」がいるという世界だったので。
― 今作でも主人公・間宮を含め、明日香にどんどんのめり込んでいく人々が描かれますが、それぞれに彼女の存在の受け止め方が異なっていました。
あの : だから存在として入りやすかったというのもありますし、結構自分の言葉を乗せたシーンもあったので、深く入り込むことができました。大江監督が「セリフは、あのちゃんで作ってもいい」って言ってくださって。
― 大江監督はプレス資料のインタビューで「(明日香という役は)誰でもできるわけじゃない」とおっしゃっていました。あのさんが自身の体だけで感覚的に理解し、表現してくれたと。
あの : 共感できないところが、ほとんどなかったですね。冒頭、「さようなら 冷めないうちにどうぞw」と綴った付箋を残して死んでしまうという場面があるんですけど、それは、めっちゃ自分ぽいなと思いました。
― どういうところがでしょう?
あの : 置き手紙で「ざまぁ!」って感じが(笑)。ちょっと似てるなあって。なんかスカッとしたというか。
― なるほど(笑)。大江監督は、「あのさんだからこそ明日香を演じられた」とおっしゃると同時に、ARアプリにハマりこんでいくサラリーマンの主人公・間宮も「落合さんだったからこそ成立した」とおっしゃっていますね。
大江 : 『鯨の骨』は間宮あってこその作品だと思うんです。この映画のほぼ全てのカットに彼が出ているので。だから、落合さんには多分一番難しいことを要求したような気がして。
― それはどんなことでしょうか?
大江 : 「加害者であり、被害者であり、傍観者であるように」と伝えました、間宮という人間のいろんな状況や立場が一気に見えるといいなと思ったので。
― 大江監督は、「SNSに参加すること」自体が、加害者であり、被害者であり、傍観者であるともおっしゃっていますね。それは、まさに現在を生きる私たちの姿だとも思うのですが、それを体現している主人公であれと。
大江 : その3つが、瞬間瞬間に、全部表現されてるような身体であってくれというようなことを言ったんです。ただこれは非常に難しいことで。
いろんな色の光を重ねると、最終的に白い光に見えるじゃないですか。その感覚に近いと思います。いろんな状況や感情が一気に入ってくると、結果、逆に“何もない体”のように見えてくるという。可能な限り間宮に色がついてしまうのを避けたかったんですが、それを落合さんは見事に表現してくれました。
― 落合さんはその言葉をどのように捉え表現されたのでしょう?
落合 : どうだろう? 捉えられてたのかな…。自然にそうなっていましたね。昨日改めて本作を観直したんですけど、間宮って相手によって話すテンポや間が変わるんですよ。それって、相手によってちゃんと言葉を選んで会話をしていることだなと。元カノの地雷を踏んで怒らせたりはしてるんですけど。
大江 : 間宮って、単純に他人との接し方が下手な人なんですよね。デリカシーのない人間なんだけど、それは他人が何を考えているかわからなくて、そこにどうコミットしていいかわからないから、間違った言い方をしてしまう。
― ある種の「生きづらさ」を抱えている人でもあると。大江監督は「この世界に対してものすごく真面目に付き合った人」とも表現されていましたね。そして、真面目に付き合うから、混乱してしまうと。
落合 : 間宮は最初、目の焦点が合ってないような虚ろな感じの人だったんだけど、ARアプリ内の明日香にハマっていく中で、だんだん生気を取り戻していくというか、変化していくんです。
― その一方で、だんだん仕事に身が入らなくなり、周りに心配されるほど「上の空」になっていく様子も描かれていました。
落合 : スマホを通して可視化されていた明日香が、何も使わず間宮には見えるようになる瞬間があって。明日香に「握手をしよう」と言われ、手をさしだすんでけど、「できるわけないじゃん」と一蹴されてしまうんです。その時の彼の表情を見ると、穏やかなんですよね。
― 意識せず、そういう表情になっていたと。
落合 : そうですね。自然とその表情になってました。間宮はちゃんと明日香のファンで、明日香に生かされていたんだなと。他のファンとは異なる視点で彼女を見ていたとは思うんですけど。
― 「古参のファン」と「新規ファンの間宮」では、「明日香を探す」という意味が異なっていましたね。また、明日香の「私のこと見てる?」というセリフは何度も登場しました。
落合 : 間宮は本当の彼女の輪郭を捉えていたからこそ、あの表情になったと思うし、ラストシーンにつながったんじゃないですかね。
リアルとバーチャルの境界に立つ、
私たちにとっての「確かな体験」とは?
― 今作では、マッチングアプリやAR、VRといったバーチャル空間を介したつながりと、その対照にあるリアル空間での実体を感じられるコミュニケーション、先ほどの「握手をする」や「向かい合って目を合わす」なども描かれていました。
あの : 撮影に入る前に1週間のリハーサル期間があったんですけど、それは「間宮と目を合わせる」ことから始まりました。落合さんと僕が目をそらしちゃいがちだったんで、じっと見つめるとこから練習して。
― 目を見つめる練習ですか。
あの : 声を相手に打ち当てるという練習もありました。
落合 : 感情をゼロにして、セリフを投げ合うということもしましたね。
― そんな練習があったんですね。劇中、間宮が自身の体験を「本当にそんな人に会ったの?」と認めてもらえないシーンがありましたが、作品を通して「体験の確かさとは?」を考えさせられました。そういう意味でも、特にラストシーンが印象的で。
あの : 僕は、ラストの自分が演じた全シーンがすごく好きです。今でも記憶に鮮明に残っています。
― そうなんですね。
あの : ずっとリアルとバーチャルの境界が曖昧な世界で、明日香は実在するのか? がわからないまま話が進んでいくので、あの場面でやっと「何か存在している」ということが体感できた気がしたんです。
大江 : 彼女の本当の意味での俳優としての才能は、むしろラストの展開でこそ発揮されたかもしれないと思うんです。今のあのさんだとなかなか頼まれないような演技だった気がする。「あのさんのここもっと見て!」とみんなに言いたい(笑)。
― 大江監督は「表現とは世界を肯定するための方法」とおっしゃっていましたが、やはりラストシーンはそれを意識されたのでしょうか。
大江 : 僕は、ホラー作品は別として、(自分で監督した)作品内でなかなか人を殺すことができないんですよ。脚本を書き始めた時は、ラストが決まってなかったんですが、終わり方は一緒に脚本を書いた菊池とすごい考えましたね。
こういう作品にはありがちなんですけど、明日香がどうなったのか「観客に答えを委ねます」というオチにするのはやめようと思っていました。それは一種の作品に対する“逃げ”であり、非常に怖いことだと僕は思う。
― 怖いことですか。
大江 : 「明日香とは何者なのか?」への回答はしっかり用意しつつも、観終わった後に「何か作品について自分はまだわかってない気がするぞ」と観客に感じていただけるのが、本当の意味での余白だと思っています。
今作ではその余白を、決して奇を衒った風ではない形でどうしたら届けられるのか。それをすごく考えました。
― 落合さんとあのさんは、自身の表現において「余白」を意識されたり、そのバランスを考えてたりなどはありますか。
落合 : 自分の場合は、役者として台本をいただいたところから仕事が始まっているなと思っています。台本を読んで、なぜこの役が自分のところにきたのかなというのをまず考えて、自分なりに役の解釈をして、衣裳合わせで監督にそのイメージのすり合わせをしていきます。
でもまだその段階では役作りとしては多分50%の段階で。
落合 : あとの50%はカメラの前に立つまでに仕上げてかなきゃダメだなと思いながらも、逆にそこまで完璧にしちゃっても面白くないとも思っています。
そこで遊びの部分を残しておけば、相手と合わせて演じた時に完璧な状態では生まれなかったオリジナルのものが生まれていくと思うんです。そのために、完璧なひとつのプランじゃなくて、余白がある複数のプランを用意しておくのがいいんじゃないかなと。
あの : 音楽でのパフォーマンスの場合は、歌詞も既に決まっているし、ステージ上の姿だけで見せていく面もあるので、ある意味限られた中で表現していると思います。だから100%を届けたいと思ってるけど、お客さんには100%届かないのかなとジレンマを感じながらやってるところもあります。
テレビの世界は、本当に1秒2秒で何を言うかが全てなので、それって余白しかないんですよ。
大江 : 確かにね。
あの : ほんの数秒で決まってしまうけど、僕は絶対に決めつけられたくない。そういう中でも、楽しく観てもらわないといけない。だからその余白に関しては、自分ではコントロールできるものではないのかなって思ったりしてますね。
落合モトキとあのと大江崇允の「心の一本」の映画
― 最後に、皆さんの「心の一本」となっている映画を教えてください。
大江 : 難しいですよね。何が面白かったかな。
― 『鯨の骨』を観た人には、これも観てほしいとオススメしたい作品でも。
大江 : それで言うと、クリストファー・ノーラン監督の作品です。彼の作品は全部好きなんですけど、一本挙げるとしたらやっぱり『TENET テネット』(2020)ですね。
― 『TENET テネット』は特殊部隊に所属する男が、突然「未来からやってくる敵」と闘い世界を救うためのミッションを命じられるタイムサスペンスです。大規模なスケールのアクションシーンによる映像体験と「時間の逆行」を描いた難解な物語が話題を呼んだ超大作ですね。
大江 : あの作品はノーラン監督にしか撮れないですよね。非常に難解なんだけど、しっかりエンターテインメントの顔もしている。そういう作品を作れるというのが羨ましくて、憧れます。
あの : 僕も『TENET テネット』は何度も映画館で観ました。
大江 : うそ! 珍しい! ノーランてみんな嫌いでしょ?
あの : そうなんですか?(笑) ちょっと逆張り的な感じで言ってるんですかね。僕は全然好きです。
大江 : 「時間の逆行」の概念とか仕組みの、あの難しい感じが?
あの : そうですそうです。何度も観て、「どういうことだろう?」って考えるのが楽しくて。物語ももちろん、視覚的にも面白くて、僕も大好きな作品でした。
― 落合さんはいかがですか?
落合 : 今年観たものだと、僕は『バビロン』(2022)ですね。まあめちゃくちゃな映画で、上映時間も3時間を超える長尺なんですけど、あっという間に終わってしまったなという感覚でした。
― 『バビロン』は1920年代の豪華絢爛なハリウッドの黄金時代を舞台に、業界で成り上がろうとする人々の、時代の波に翻弄されながら駆け抜ける人生を描いた群像劇です。
落合 : 主演のひとりであるマーゴット・ロビーが演じる、ネリー・ラロイの破天荒で自分の道を突き進むぶっ飛んでる感じがすごく好きでした。今年の1月に観て、ちょうどその時に舞台をやっていたんですけど、舞台で共演していた俳優さんもみんな口を揃えて「バビロンがもう今年のベストじゃない?」と言ってました。
― 公演中の忙しいなかでもみなさんご覧になるぐらい、話題にあがっていたんですね。
落合 : その後にも再度映画館で観ましたけど、配信されたらまた観ようと今から思っているぐらい、今は『バビロン』が一番好きですね。