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そんな問いを投げられたら、あなたはどんな答えを返しますか?
悩むたびに“新たな角度”を探してみる。
それは、悩みがある人の特権
― 「親になる」ことからも、「大人になる」ことからも“逃げ出てしまった”主人公・たすく(仲野太賀)が、吉岡さん演じることねの夫でした。ことねはたすくが自分のもとを去った後、その現実から逃げずに、一人で働きながら子どもを育てていきます。
吉岡 : 母親の役を演じるのは初めてだったので、自分自身もすごく冷静に「大人になる」ということを自覚できた作品でした。これから自分が出演する作品選びにも影響してくるんじゃないかと思うくらい、「地に足をつけた大人になりたい」という強い気持ちが芽生えたんです。
― 子どもが眠る隣の部屋で夫婦が会話する冒頭のシーンも、二人の「地に足をつけている度合い」があらわれていましたね。ことねは、ボサボサの髪の毛で片方の靴下もずり下がっていて、表情も疲れきっている。一方たすくは、真剣に話していてもニヤニヤして、どこか浮ついている。二人の“現実に向き合う”覚悟の差が印象的でした。
吉岡 : ことねが対峙しているのは主人公のたすくですが、ことねのなかには常に“子ども”という存在が一番にある。私は出産経験がないけれど、どんなシーンでも「子どもを挟んで」たすくと会話をしているイメージを忘れずに、“子どもの母親である”というリアリティを大事にしないと成立しない役だと思いました。
― “子どもの母親である”というリアリティを大切にされていたと。
吉岡 : 出産したばかりの友達に話を聞いたりもしましたし、育児日記や育児漫画を描いていらっしゃる方のブログをたくさん読んだりもしました。「赤ちゃんってこんなことをするんだ!」とか「お母さんってこういう時間に幸せを感じたり、『母親になった』って実感したりするんだ」とかって、参考にさせていただいたんです。
子育ての経過で女性が変わっていく姿も表現できればいいなと思っていたので、そういったことねの変化も意識しています。今作の佐藤(快磨)監督からも、月日の経過で、見た目をはじめ、まとう雰囲気もどんどん変わっていってほしいと言われていました。
― 現実と向き合いながらどんどん変化していくことねに対し、たすくは「親になるってどういうこと? 自分ははたして大人なのか?」と揺れ動き、自分の責任となかなか向き合うことができません。吉岡さんは、そんなたすくの姿をどう感じましたか。
吉岡 : 「青いな」と(笑)。たしかに、父親になったばかりで戸惑いがあったとは思いますが、失態をおかして地元にいられず、家族を置いて東京に行ってしまうのは……「ちょっと逃げすぎじゃない? もう少し問題と向き合った方がいいのでは?」って思います。
でも、「どういう風に父親になればいいんだろう?」っていうたすくの葛藤は、すごく自然なことだとも思います。「親になるとは? 大人になるとは?」って、普遍的なテーマですよね。
― 吉岡さんご自身も、たすくのように「見つめたくない自分の嫌な部分・ダメな部分」と向き合わざるを得なくなったことはありますか?
吉岡 : 何度もあります! でもその都度、「逃げなくてよかったな」と、少し時間が経ってから実感します。逃げずに、自分自身のやるべきことを全うする。そういった意志は自分の人生において、とても大事だと思っています。
悩みにぶち当たるたびに、まったく違う角度から物事を見てみようと思っているんです。悩んで葛藤するたびに“違う角度”を探すから、“角度”のレパートリーが増えていくんですよね(笑)。それって、悩みがある人だけの特権だと思います。
― “悩みがある人の特権”という言葉は、いま現在、悩みもがいている人にとっての“エール”にもなりそうですね。
吉岡 : 何かにがんじがらめになって身動きがとれない人や、あと一歩踏み出さないといけないのに踏み出しきれていない人が、主人公のたすくを見て「砕け散ったとしても、走り出したほうがいいんだ」と思えるような、観る人の背中を押すような力が、この作品にもあるんじゃないかと思っているんです。
― 吉岡さんご自身も背中を押された?
吉岡 : そうですね、強くなりました。ことねのような“相手に対して厳しい”人物って、これまでやったことがなかったので。「ここまで(たすくに)強く当たっていいものなんだろうか?」と、最初は思っていたんです。
― ことねは、それぞれのタイミングで、自分と向き合えないたすくに対して、しっかりと自分の言葉でその“甘さ”を突きつけますね。
吉岡 : でも、たすくと対峙していくうちに「生きていくって、こういうことだよな」と……芯の強さみたいなものが役を通して芽生えてきて、「そうか。これでいいんだ!」って、パァ~っと吹っ切れた感覚がありましたね。『泣く子はいねぇが』を経て、強い女性を今後も演じることがあるんだろうなって思えました。
― 吉岡さんは演劇の勉強やオーディションのために、京都の大学に通いながら夜行バスで頻繁に上京し、俳優になる道を進み続けたそうですね。今作でも、夜行バスで東京から秋田へ帰省するたすくの姿が描かれているシーンがありました。
吉岡 : あのシーンは、目まぐるしかった当時のことを思い出して、懐かしかったです…。行きはいいんですよ、「役を掴みに行こう!」という希望があるので。でも、帰りは……オーディションに落ちて、「何年も同じ生活をしてるけど、大丈夫かなあ?」って心細くなって。それでもまた、「なんとかなるだろう!」と希望を持って東京へ向かって、みたいな繰り返しでした。
オーディションに落ちた帰りのバスではなかなか寝れなくて、こっそり窓から外を眺めていてたときに見えた工場の光がとってもキレイだったんです。だから、いまでも夜景や工場の光を見ると、エモーショナルな気持ちになりますね。
吉岡里帆の「心の一本」の映画
― 吉岡さんは、ご両親の影響もあって、幼い頃から映画を観るのが好きだったと伺いました。
吉岡 : 実は、おばあちゃんも映画がすごく好きで、家族でおばあちゃんの家に行ったときに、みんなで金曜ロードショーを観ることが多かったんです。なかでも、おばあちゃんは『エイリアン』シリーズ(1979〜2017)がめっちゃ好きで、なぜか(笑)。
― おばあちゃんが『エイリアン』をお好きだったんですか!?
吉岡 : 昔、『エイリアン』って何度もテレビで放送されてたじゃないですか? おばあちゃんはいつもテレビ欄をチェックしていて、放送があるたびに「今日『エイリアン』やから、みんなで観よう!」ってお誘いがあるんです(笑)。
― リドリー・スコット監督や主演のシガニー・ウィーバーの名前を世に知らしめた『エイリアン』はSFホラーの名作として今も根強い人気がありますが、エイリアンの造形がグロテスクで、子どもにとってはインパクトが大きいですよね。
吉岡 : そうなんです! 『エイリアン』って、初めて観たときは衝撃を受けますよね(笑)。子どもの頃に観ると、ちょっとトラウマになるんじゃないかっていうぐらい。でも、おばあちゃんは「こういうのが、いっちばん面白いねん!」って(笑)。
だから、映画と家族の思い出と言われたら、『エイリアン』をおばあちゃんと弟と一緒に観ていた風景が真っ先に思い浮かびます。『カッコーの巣の上で』(1975)や『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997)などの、いわゆる名作映画といわれている作品も一緒に観てるはずなんですけど(笑)。
― おばあちゃんと弟と『エイリアン』を観ているのが、吉岡さんの映画の原風景なんですね。
吉岡 : この前、撮影でご一緒したスタッフさんが『エイリアン』のTシャツを着ているのを見て、「エモい…」と思ってしまいました(笑)。
あともうひとつ、忘れられない思い出があって……ふふふ(笑)。『バベル』(2006)を家族で観に行ったことがあったんです。
― モロッコ・メキシコ・東京とそれぞれの場所で起こる悲劇が、やがて場所を超えて交錯していく壮大な物語を描いた、メキシコの映画監督、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの作品ですね。この作品で、ろう者であるチエコを演じた菊地凛子さんは第79回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされました。吉岡さんが中学生の頃の上映になりますね。
吉岡 : 両親と映画館に行くと、二人とも視力が良くないので絶対に前のほうの席に座るんですよ。『バベル』を観に行ったときも、一番前の「A」の席に並んで座ったんですが…(笑)。
― チエコが全裸で刑事に愛を求めようとするなど、思春期の子どもが親と観るには気まずいシーンがありますね(笑)。
吉岡 : そうなんです、私は当時思春期だったというのもあって…。あの時間は忘れられないですね(笑)。映画館の最前列で「父や母はいま、この映画をどんな顔して観てるんだろう?」って思いました。懐かしいなあ~。家族との忘れられない映画の思い出です(笑)。
― 大人になった今は、どのように映画を選ぶことが多いのでしょうか?
吉岡 : 予告を見て「あ、これ観たいな」と思ったらメモするようにしています。ほかにも、映画好きの友達からオススメしてもらったり、映画の現場に携わった方が「この映画は観たほうがいいよ」と教えてくださったり。
つい先日も、仲良しのスタッフさんからオススメしてもらって、一緒に内田英治監督の『ミッドナイトスワン』(2020)を観に行きました。
― 草彅剛さんが演じる主人公が母に捨てられた少女と出会い、トランスジェンダーとして身体と心の葛藤を抱えながらも母性に目覚めていく物語ですね。
吉岡 : もう、ふたりで号泣しました(笑)。日本映画らしいというか、日常のなかにある、人と人との関係性からにじみ出る人生観みたいなものを切り取る作品が私は好きなので、『ミッドナイトスワン』のような映画を観ると「日本映画って、こういう魅力があるよなあ」って、じーんとします。
― では、最後に吉岡里帆さんの「心の一本」を教えてください。
吉岡 : ん~、そうですねえ…悩みますが…『オアシス』(2002)でしょうか。
― ソル・ギョングが演じる前科3犯の青年と、ムン・ソリが演じる重度脳性麻痺の女性の極限の純愛を描いたイ・チャンドン監督によるラブストーリーですね。第59回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞しています。
吉岡 : 初めて観たときに、「愛を表現するうえで、こんなに高尚なやり方があるんだ!」と思って。自分が恋愛作品に出演するときにも、「本当の愛って何だろう?」って悩むことがあったら『オアシス』を頭に思い浮かべます。
人間の本質をさらけ出して突きつけてくるすさまじい映画だなと思いますし、それによってたしかな愛を描いていると感じることができて、……本当に忘れられない、大切な一本です。