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「過去の自分」を捨て、「新しい自分」に出会う。
それに勝る幸せはない
― 石原さんは、映画や舞台など大勢の人が関わる現場に多く携わられています。今作の赤穂浪士たちが「番方」(武備を担当する役目)と「役方」(行政を担当する役目)、それぞれ立場は違えど、討ち入りという目的に向かって知恵を出し合うように、チームで仕事やものづくりをすることはお好きですか?
石原 : 好きですね。その中でも「準備期間」が大好きなんです。特に舞台の「稽古」が好きです。
― 今作で描かれていたのも、いわば討ち入りの「準備期間」ですね。それは、なぜですか?
石原 : 「稽古」って、挑戦もできるし、失敗も、まわり道もできるし、恥もかける。そうやって、みんなで裸の状態になって語り合いながらつくりあげることができるからです。
― チームみんなで積み上げていく過程が、お好きなんですね。
石原 : 仕事って、すぐに正解を求められることが多いと思います。でも、そうではなく、ごちゃごちゃグチャグチャしているものを、みんなで試行錯誤しながらひとつのものにまとめあげる。そういうことが許される時間は、貴重だなと感じていて。
それに、大勢の人の中で、自分をむき出しにして試すことができると、発見も多いんです。それは、人生においての気づきにつながることもあります。しかも舞台の場合は、それに1ヶ月以上の時間をかけることができます。だからこそ舞台の稽古はより特別に感じるのかもしれません。
― 発見や気づきがあるということでしたが、それは「こんな自分もいるんだ」と、新しい自分に出会うことでもありますか?
石原 : そうですね…。例えば、わたしは「才能があるけれど、そのプライドを周りに感じさせない人」と一緒に、ものづくりをしたいと思っていて。そういうことは、チームでひとつのことに向かう中で気づいたことですね。
― 「プライドを感じさせない人」ですか。
石原 : 「才能が優れていて、プライドが高い人」も、もちろん素晴らしいと思います。そういう場合は、その人にみんなが“ついていく”という形になることが多いですよね。でも、「才能が優れていて、周りと同じ視点に立つことができる人」は、みんなと“共に”作品をつくりあげることができる。それって、意外とできないことだと思うんです。そして、わたしはそういう人を尊敬しています。心から尊敬できる「大きな存在」に出会えること自体、奇跡的なことだし、幸せなことですよね。
― 大勢の人と関わるということは、自分の人生において「大切な人との出会い」にもなるということですか。
石原 : 年齢を重ねて行くと、なかなか周りに頼ったり、甘えたりできなくなりますよね。でも、やっぱり求めたくなる時ってあるじゃないですか。普段は、そういう人に出会えることって少ないと思います。
― 石原さんにとって「大きな存在」となった出会いとは、例えばどなたとの出会いでしょうか。
石原 : 例えば…つかこうへいさんですね。
― 『熱海殺人事件』や『蒲田行進曲』など様々な傑作を生み出した劇作家・演出家・小説家のつかこうへいさんですね。石原さんは、2008年『幕末純情伝』でつかさんと組まれています。
石原 : つかさんにあの時学んだことは、年月が経ってからも活かされることが多いんです。あの瞬間ではわからなかったことも、経験を重ねていく中で「つかさんが言っていたことは、こういうことだったんだ」と理解できたことがたくさんあります。
― それは、どんなことでしょう?
石原 : 例えば、つかさんの舞台の稽古では、「口立て」という演出法が使われます。役者は台本を覚えてくるのですが、つかさんが稽古場でその瞬間に生み出していくセリフを、俳優は瞬時に覚えて自分のセリフにしていかなければなりません。
― つかさんは「作家が机の上で書く台詞は4割。あとの6割は稽古場で役者が自分に書かせてくれるもの」と語っていますね。
石原 : だから、役者は覚えてきたことをその場で全部捨てて、新しく取り入れることを繰り返します。それを経験していると、瞬発力や記憶力が鍛えられるのはもちろんですが、「今までの積み重ねを捨てる」「自分の考えとは正反対のことを試す」「進んだとしても戻ってくる」勇気を持てるようになるんです。
― でも、経験ってなかなか捨てられなくて、そこにしがみつきたくなってしまう人が多いと思います。その怖さはなかったのでしょうか?
石原 : そうですね…多分、わたしが飽き性だというのもあると思うんですけど(笑)、常に変化し続けていたいというか、新しい価値観や感覚を得られる人や場に出会いたい。そこに勝る幸せはない、と思っています。
自分が納得のいく仕事と生活。
自分を大切にするために、すべてにこだわりたい
― 多くの人が関わって仕事やものづくりをすると、新しい価値観や喜びを得られる一方、大変なこともたくさんあると思うのですが、石原さんにとって一番大変だったなという仕事はありましたか?
石原 : 写真集ですね…すごく大変で…(笑)。
― 2017年に石原さんの15周年を記念して発売された写真集「encourage」ですね。現在、重版に重版を重ね、15万部を突破する大ベストセラーとなっています! 今年2019年には「encourage特別版」として、スタイルブック「courage」もセットになっていますね。この写真集は、ご自身でプロデュースされたとか。
石原 : 自分が納得して満足するものを目指したら、最終的に全部、手づくりになっていました(笑)。
― 写真集の中には、石原さんの誕生から今までを追ったバイオグラフィーや10時間を越えるロングインタビュー、また、ドラマの役柄に合わせて石原さんが提案したヘアメイク術も載っていて、盛りだくさんの内容となっています。
石原 : 自分でアイデアや企画を出して、自分で文章を書いて、中には手書き文字をそのまま掲載する特集もありました。だから制作するにあたって、様々な写真やイラスト、デザインを見ました。こんなにたくさんのものを見たのは、初めてだったと思います。全部、自分で納得いくまで手がけた分、制作過程では大変なことも色々あったけれど、やりたいことを全部詰められた「宝物」になりました。
こうやって、自分で自分の宝物を生み出せるというのは、幸せだなと思って。写真集自体もそうなんですが、その過程こそ、自分の中で一生残るものになったと感じます。
― その過程で新たに見えてきた“自分像”はありましたか?
石原 : んー…こだわりが強いんだなって思いました。あと、ギリギリまで諦めない(笑)。
― 最後の最後までこだわって、ものづくりをしたいということですよね。
石原 : 作品づくりもそうですが、今回は、わたしのプライベートを表現した作品だったので、自分を周りの人と照らし合わすことができて面白かったんです。自分では「普通」のことが、編集の方などに驚かれたりして。「えっ、これ変わってるんだ」みたいな(笑)。
― では、最後に心の一本の映画ということで、石原さんが人間関係を学んだ映画を教えてください。
石原 : 人間関係というと難しいのですが…グザヴィエ・ドラン監督の『Mommy/マミー』(2014)ですね。
― カンヌ国際映画祭2014審査員特別賞を受賞した、『わたしはロランス』のグザヴィエ・ドラン監督の作品ですね。ADHD(注意欠如・多動症)を抱えた15歳のスティーヴと、シングルマザーとして彼を育てるダイアン、そして心の傷をおった隣人カイラたちの交流を描いています。
石原 : わたしの周りにもADHDを抱えた友人がいます。この映画をきっかけに、もっとADHDのことを知りたいと思い、本を読んだりして学びました。
― どういう、きっかけでご覧になったんですか?
石原 : ちょうど、ドラマ『アンナチュラル』を撮影している際中だったと思います。友人がオススメしてくれて、DVDで観ました。わたしの周りにはADHDだけでなく、ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)を抱えた友人もいて、「コミュニケーションって何だろう?」ということに興味があった時期だったんです。
― ADHDは「年齢に不相応に、不注意、落ちつきのなさ、衝動性がある行動をとるといった」特徴、ASDは「社会的なコミュニケーションや他の人とのやりとりが上手く出来ない、興味や活動が偏る」などといった特徴が挙げられます。「発達障害」のひとつとして認識されていますね。外から見えにくい特性として、現在世界でその支援と理解が呼びかけられています。
石原 : ドラマの撮影現場で、本を貸し出してくれる倉庫があって、そこでADHDやASDについて書かれた専門書を見つけたんです。それを借りて、ADHDやASDを抱えた人にとって、受け入れやすいコミュニケーションのあり方を学びました。そこから、友人への付き合い方も変わってきたと思います。
やはり、コミュニケーションはその人を理解することから始まるんだなということを、この映画をきっかけに学べることができたと思います。
― DVDでご覧になったということでしたが、ご自宅で映画はよく鑑賞されるんですか?
石原 : 前は観ていたんですが、今はほとんど観ないんです。それは、映画だけじゃなくて、テレビも見ないし、音楽も聞かないんです。本は読むんですが、他にはご飯をつくったり、他の家事をしたり、人とおしゃべりしたり。そういう時間が今のわたしにとって、ストレスを感じない生活だと感じているんです。
― それは、きっかけがあったのでしょうか?
石原 : 生活がガラッと変わったことが、きっかけですね。最近まで舞台に出演していたんですが、それ以外のお仕事は入れてなかったので、生活リズムが規則正しくなったんです。朝早く起きて、朝ごはんをつくって、昼から稽古に行って、稽古が終わったらスーパーに寄って買い物して…と。それから、朝食をつくることが初めて習慣になりました。そこから自炊するようになって、そしたら、なんか家にいるのがすごく楽しくなって(笑)。それまでは、外食も大好きだったんですよ。
― なるほど。生活習慣が変わったことで、生活自体が大きく変わり、その生活が今の石原さんに馴染んだんですね。
石原 : 今は、例えば2月につくった味噌が8月に出来上がって、その味噌で味噌汁をつくったり、洗濯をして「これは浴室乾燥、これはアイロンをかける」と選り分けたり。今までは後回しにしていた生活のひとつひとつを、自分で築いていく。その大切さを、実践することで実感するようになりました。
― 「生活を育んでいる」ということでしょうか。
石原 : そうですね、豊かにしているという実感はあります。自分がつくったものを自分で食べて美味しいって思えるということが、今のわたしの幸せをつくり出しているんです。それを毎日重ねていくことが本当に幸せで。そういう日々を過ごせるようになって、プライベートがすごく穏やかになったように思います。