目次
なんだか、わからないような、
愛のかたちのなさ
(取材部屋に左足にギプスをつけた城定監督が入ってくる)
瀬戸 : えっ!?
城定 : この間の現場でやっちゃって(笑)。
瀬戸 : 何か落ちてきたんですか?
城定 : 腰くらいの高さから飛び降りたら折れちゃって(笑)。
瀬戸 : あぁ痛そうです…大丈夫ですか?
城定 : ご心配ありがとうございます。本当に不注意はダメですね(笑)。(カメラマンに)ギプスも写りますか?……それなら、近くに松葉杖があった方がわかりやすいですよね(笑)。
― そんなお気づかいまで、ありがとうございます(笑)。では今日はよろしくお願いいたします。
城定・瀬戸 : よろしくお願いします。
― 今作は、城定秀夫監督と今泉力哉監督が互いの脚本を提供し合い2本の映画を製作する「L/R15」という企画から生まれました。『愛なのに』は脚本を今泉監督が、もう1本の『猫は逃げた』(2022年3月18日公開)は城定監督が脚本を担当されています。
城定 : まず、主演を瀬戸さんに務めてもらえると聞いて、「うそでしょ!?」って驚きました(笑)。
― 今泉監督も「せ、瀬戸康史が出るの!?」と驚いたと上映イベントでおっしゃっていましたね。冴えない古本屋の店主・多田を瀬戸さんがどう演じるのかが楽しみだったと。
城定 : 瀬戸さんは、やはり“かわいい”というイメージがあったので。『事故物件 恐い間取り』(2020)で、瀬戸さん演じる中井が線香をフウフウって吹く姿があったでしょ? あのシーンを観て、すごくかわいいなって思っていました。
瀬戸 : あはは(笑)。
城定 : でもその一方で、濱口竜介監督の『寝ても覚めても』(2018)の串橋耕介役をはじめ、瀬戸さんの本格的な俳優としての顔も知っていたから、もう決まったときは本当に嬉しくて。
瀬戸 : こちらこそ、ありがとうございます。
― 瀬戸さんと城定監督は、ご一緒されるのは今回が初めてだったんですよね。
瀬戸 : そうです。城定監督はすごく信頼のおける環境を現場に整えてくださったので、とても演じやすかったです。自分にとって初めてのベッドシーンがある作品でもあり、なおさらその環境がありがたかったんです。
― この企画の「L/R15」とは、「R15+のラブストーリー」という意味も含まれており、本格的なベッドシーンも登場します。
瀬戸 : そのシーンの撮影の度に、城定監督と助監督の男性が体を張って目の前で見せてくださったんです。僕はそれにすごく男気を感じました。本当にプロだなと。
瀬戸 : 城定監督がここまでしてくださってるんだから、僕が恥ずかしがっている場合ではないと。それでエンジンがかかり、恥ずかしさが一気になくなりました。いい意味でのせられて。
城定 : ちょっと、そういう狙いもね(笑)。
瀬戸 : (笑)。
城定 : 昔はよくそうやって自分で見せてたんですけど、今回久しぶりにやりました。瀬戸さんも初めてだし、カメラマンもベッドシーンを撮るのが初めてだと聞いて、実は僕もかなり緊張してたんです。それで初心に帰って、久しぶりにやろうかって。
― 城定監督は、Vシネマ・ピンク映画・劇場用映画などで100タイトルを超える作品を手がけ、監督デビュー作ではピンク大賞新人監督賞を、2016年から4年連続で作品賞を受賞されています。
城定 : でも、この映画はR15+指定とはいえ、撮り方は気をつけましたね。
― 瀬戸さんは「撮影中、監督が僕らやスタッフと他愛のない話をしてくれた」とコメントされていましたが、現場でお二人はどんな話をしながら、作品をつくられたのでしょうか。
城定 : 演出の話はしましたが、役については話し合いませんでした。というのも、瀬戸さんは台本をすぐに理解してスッと役に入れる、ものすごくクレバーな役者でしたので。
主人公・多田のちょっと冴えないところをそのまま演じてもらうのか、少しかわいらしさも残すかは、すごく難しいところだったんですが、実際に演じてもらうとものすごくハマり役でヒゲも似合っていて。
― 多田は、何度も求婚してくる高校生の岬(河合優実)と、密かに思いを寄せる一花(さとうほなみ)に振り回されます。「思い・思われること」について悩む姿が描かれていますね。
城定 : 今作の中で、主人公の多田だけが唯一“まとも”な役で、その周りの登場人物はちょっと逸脱した行動をとる“変”な人。「巻き込まれコメディ」の形のような映画です。
― 猪突猛進で多田に“求婚”する岬を始め、その岬を思う同級生や束縛する親、妻を愛しながら不倫する夫…と「気持ちと行動」が過剰に繋がっていたり、切断されていたりする人たちが登場します。
瀬戸 : 撮影中からずっと「高校生の岬は何で僕のことを好きなんだろう?」って思っていて、今も思ってる(笑)。多田のどこが好きなんだ? って。
瀬戸 : でも、多田の優柔不断で気持ちがブレるところ、例えば岬に「結婚を受け入れるのは難しい」と言いながらも、まんざらではない様子とか、一花との関係で「これは不倫だ」とわかってるのに気持ちを抑えきれないとか、僕は絶対そういう行動には出ないけれど、理解できなくはないと思いましたね。
城定 : 誰かを嫌いになったときは、「◯◯が嫌い」って嫌いなところを言えるんだけど、好きってそれが難しいですよね? 「好き」っていう思いがそこにあるから、好きなんだっていう。
だから、この映画では「好き」に理由を付けず、好きだから好きなんだ、くらいでいいと思ってるんです。そこで理由をひねり出しても、それって本当の理由なのかなって思うから。
瀬戸 : うんうん。そうですよね。
城定 : 「好き」に答えを見つけようとしたら、映画ってあんまり面白くなくなってしまうのかなと僕は思うんです。恋愛の不思議さというか、人の気持ちのわからなさというか…。
瀬戸 : それこそ多田は、岬や一花に振り回されて「何やってるんだろう」「なんでこんなことしちゃってるんだろう」って、絶対に思ってたんじゃないかな。
― 恋愛では、自分の気持ちもわからなくなってしまうことがままあると。
城定 : なんだかわからないような「愛のかたちのなさ」を、この映画は描いているんじゃないですかね。
めちゃくちゃ傷ついていたのに、
もう忘れてる
― 「愛のかたちのなさ」という話が出ましたが、今作では、結婚を前にした夫婦の愛や不倫関係の愛、片思いの愛や親の愛など、「かたちがない」からこその愛の模索が描かれていました。
城定 : 普通は映画にしないような「人間の本当にダメなところ」もこの映画では描いていているんだけど、その「ダメな部分」を笑い飛ばすというよりは、「こういうことってあるよね」「自分たちも覚えがあるでしょ?」みたいに描きたかった。
一番極端な亮介(中島歩)の「ダメさ」、婚約しているのに自分の結婚式を担当するウェディングプランナーと男女の仲になってしまうというのも、覚えはなくても、まあ、気持ちはわかるって人はいるはずですよね(笑)。
― 私は今作を観て、欲望のままに生きる彼の言動に大笑いしながらも、「人間ってどこか抑えきれない欲望ってあるよな」と妙に納得してしまったのですが、カメラマンはその姿を受け入れることができず、すごく嫌だと言ってました(笑)。
城定 : あれは人間のクズですよね(笑)。
瀬戸 : (笑)。
城定 : でも、共感する人もいるでしょうね。
瀬戸 : 自分は、これまでの恋愛と重ね合わせることはなかったけれど、人は多面的であるというか、複雑に色んな関係性が絡み合って一人の人間が出来上がっているんだなということを改めて思いました。
― 愛って「性愛」の側面もあるから、より関係がややこしくなったり、複雑になったりしますよね。
城定 : 「愛」とか「好き」という気持ちは複雑で、性愛はそのどの部分を占めるんだろうって思いますよね。愛・セックスや男・女との対比をすることで、「好きってなんだろう?」ということは考えました。セックスの単純さに比べると、恋愛ってよくわからないものだなって。
瀬戸 : その結果、いろんな「愛のかたち」があるなって思うわけですよね。
城定 : そう。みんな正直に生きているだけなのに、その組み合わせがうまくいかないせいで、関係性がめちゃくちゃになっていく。
だからこその面白さが恋愛には必ずあるし、今泉さんの脚本を読んで、そこも描ければこの映画は成功だと思いました。
瀬戸 : 多田は、その周りにある様々な「愛のかたち」へ、変に気を使って生きてるんですよね。だから考えすぎて言動がまわりくどくなっちゃったりする。嫌なら嫌って言えばいいのにと思うこともありました。
城定 : 瀬戸さんは、多田を演じるにあたり色々悩んでましたよね。多田を取り巻く人たちは、自分のやりたいように生きている。そして、そういう人に多田は振り回されてしまう。
でも、人を好きになるって、人に迷惑をかけることなんじゃないでしょうか。
― その結果、恋愛って傷を負ってしまうものでもあると。
瀬戸 : でも、意外とそういう傷ってすぐに忘れますよね。
城定 : わかる。みんな割と呑気ですよね。
瀬戸 : そのときはめちゃくちゃ傷ついていたのに「えっ、もう忘れてるの?」ってこともよくある(笑)。時間って偉大ですよね。自分を振り返っても、あまり覚えてないもん。
城定 : 岬を好きだった正雄(丈太郎)も恋敵をぶん殴るほど好きだったのに、しれっと新しい彼女を作ったりしてたしね(笑)。
城定 : 恋愛ってそんなところもあるなって。そういう愛情の残酷さみたいなものと、バカバカしさみたいなものがこの映画で描ければいいなと思っていました。あんまり重くはしたくなくて。
瀬戸 : それすごくわかります。僕は、演じているときの方が重く捉えていたかもしれません。試写を観たら「あれ、意外と軽い」という印象を受けました。おそらく、それぞれの「愛のかたち」を客観的に見ることができたんでしょうね。
城定 : それはあるでしょうね。当事者以外からすれば、人が恋愛する姿はバカっぽい感じがするんだろうなって。
瀬戸 : そう! バカバカしい。
城定 : 自分の恋愛でも、時が経ってから振り返ると「あれってバカバカしかったな」と感じることもありますよね。
瀬戸康史、城定秀夫の「心の一本」の映画
― では最後に「心の一本」の映画を伺いたいのですが、お二人の「これこそ、愛のかたちだ」と思った映画はありますか?
城定 : うーん、僕はそもそも恋愛映画が苦手で…瀬戸さんは?
瀬戸 : ぱっと思い浮かんだものは『I am Sam アイ・アム・サム』(2001)ですね。それと『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)。
城定 : なるほど。愛と言っても恋愛だけじゃないことに今気づきました(笑)。
瀬戸 : (笑)。
― 『I am Sam アイ・アム・サム』は、児童福祉局から、知的障害があるゆえに父親として養育能力がないと判断されてしまった主人公・サム(ショーン・ペン)が、最愛の娘・ルーシー(ダコタ・ファニング)を取り戻すため翻弄する親子愛を描いた作品です。
瀬戸 : この作品を観て、すごく泣いたんです。
城定 : わかる。俺も泣きましたよ。
瀬戸 : 泣かない人なんていないのでは? って感じるほど心震える作品でした。
― もう一本の『フォレスト・ガンプ/一期一会』は、主人公のフォレスト・ガンプ(トム・ハンクス)の愛と波乱に満ちた人生を描いた、ロバート・ゼメキス監督のヒューマンドラマです。
瀬戸 : 以前、ドラマ『輪廻の雨』(フジテレビ)で自閉症を持つ青年の役を演じたことがあったので、どちらの作品も共感できる部分があるのかもしれません。周りの人たちの温かさや愛情を感じることで、主人公が変化していく。その姿を通して「欠けているところがあってもいい」と、勇気をもらえました。
『グレーテルのかまど』(NHK)で『フォレスト・ガンプ/一期一会』を取り上げたときにも観返しましたね。
― 瀬戸さんは、好きな映画を繰り返し観ることはありますか?
瀬戸 : 『グラン・トリノ』(2008)は何度も観ています。一番観ている映画かも。
― 『グラン・トリノ』は堅物の老人が異人種の少年との出会いによって少しずつ友情が芽生え、それぞれの人生が変化していく人間ドラマで、クリント・イーストウッドが監督と主演を務めました。
瀬戸 : イーストウッド演じるコワルスキーが、少年との出会いによって変化していく、その二人の関係性も好きでした。僕もあの主人公みたいに若者をリスペクトできる人間でありたいと思います。
― 城定監督は、思わず泣いてしまった映画ってありますか?
城定 : 最近のだと横浜聡子監督の『いとみち』(2021)かな。あとは沖田修一監督の『子供はわかってあげない』(2020)。
― 『いとみち』と『子供はわかってあげない』も、父と娘の関係が描かれている作品ですね。
城定 : 僕、わりと映画で泣いちゃうんです。「愛を感じる」という意味では、ロベール・アンリコ監督の『冒険者たち』(1967)は好きな映画ですね。愛のもどかしさも感じる映画で。
― 『冒険者たち』は、アラン・ドロンが飛行クラブの教師役として主演を務めた青春群像劇です。
城定 : 僕は本当にある時期から、「ザ・恋愛映画」が観られなくなってしまって。でも、恋愛映画において今泉監督は唯一、信用できる作家だなと思っているんです。日本映画を代表する「愛を描く作家」だと。
― 今泉監督はこれまで、『アイネクライネナハトムジーク』(2019)、『mellow メロウ』(2020)、『his』(2020)、『街の上で』(2019)など、たくさんの恋愛映画を手掛けられていますね。
城定 : 特に『愛がなんだ』(2018)は現代の恋愛映画を語る上で重要な作品で、あの映画を観て「恋愛映画嫌いを克服しよう」と思いました。それくらい今泉監督の登場は僕にとって重要でしたね。
― 『愛がなんだ』は、仕事や友人を犠牲にしてまで好きになった男性を一途に追う女性を描いた、角田光代さん原作の映画です。
城定 : これをきっかけに、今泉作品を研究しました(笑)。その成果が『猫は逃げた』の脚本に反映されていると思います。
瀬戸 : 僕も今泉監督の作品は好きです。それこそ「恋愛の美しい面」だけを描いていないですよね。僕は普段絵を描くのですが、恋愛って色でいうと赤やピンクだけはなく、黒や他の色が複雑に混じり合っているイメージがあります。今泉監督の作品は、空想や妄想の「愛のかたち」ではなく、そういう面も描いている。
城定 : 確固たる自分の色を表現できる人だから、今回の「L/R15」でご一緒するなら、僕も今泉監督のような脚本を書いてみたいとも思ったんです。でも似たような映画ができてもしょうがないし…と。今泉さんの“らしさ”に比べて、自分の“らしさ”ってなんだろうって悩みました。
瀬戸 : すごく共感できます。僕も“らしさ”って何だろうって考えてきたので。 “らしさ”は、自分を表現する上で強い個性になる一方、あなたはこうでしょ、とフィルター越しに見られてしまう感覚もある。“らしさ”がジャマしてるのでは?と思うときもあるんです。
城定 : 確かに、“らしさ”は自然と表れるもので、職人的に撮ってきた自分は、そういうことをあまり考えないのが “らしさ”なのかもしれません。