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空前絶後のプレッシャーから抜け出せた言葉
― 今作の主人公は、緊張すると「気絶してしまう」ほどプレッシャーに弱いという役柄でした。上田監督自身も、前作の大ヒットから次回作に向き合うにあたり、まさに「気を失いそうになるほどプレッシャーを感じた」そうですね。
上田 : 今日も、試写の後半20分だけ皆さんと一緒に映画を観たんですけど、反応を見るのは緊張しましたね。笑いが起こっていてホッとしました。こんなにプレッシャーを感じたのは人生で初めてで…主人公同様、気絶しそうでした(笑)。
― 想像を絶するプレッシャーだったと思いますが、そこまでの緊張や気負いから、どのようにモチベーションを保ち続け、映画を完成させたのでしょうか?
上田 : 身近に、僕の不安や緊張などの弱音を聞いてくれて、更に笑いにしてくれる存在がいたことが大きかったです。今日もここにいてくれています。
(隣のソファーには、妻・ふくだみゆきさんと所属事務所社長の鈴木伸宏さんが。)
現在、僕のマネージメントは幼馴染の鈴木が担当してくれているんですよ。前作に引き続き音楽制作も担当してくれています。それに、今回は妻が監督補佐として入っていたので、それも心強かったですね。
― 上田監督が所属する株式会社PANPOCOPINA(パンポコピーナ)もお三方でやられているんですよね。
上田 : そうなんです。あと、印象に残っているのは、今作の企画プロデューサーの深田(誠剛)さんが、サザンオールスターズのデビュー当時のあるエピソードを引用して、僕を励ましてくれたことです。
― 今作のプロデューサーである深田さんは、昨年PINTSCOPEでインタビューした際に、まだ話題になる前の『カメラを止めるな!』を「きっと世に出ますよ!」私たちに教えてくれた人です。 どうやって励ましてくれたのですか?
上田 : サザンオールスターズは、デビュー曲の「勝手にシンドバッド」でいきなり大ヒットしたバンドなんです。だから、桑田佳祐さんは次作のシングル曲に取り掛かる際、やはり大きなプレッシャーを抱えていて、ノイローゼ状態だったと語っているそうです。その2ndシングル「気分しだいで責めないで」は、1作目を超える大ヒットにはならなかったそうですが、3rdの「いとしのエリー」はまた大ヒットとなった。
深田さんは、そんなエピソードが書かれた長文のLINEを僕に送ってくれて、「今回はサザンの2曲目になってもいいので、上田さんの好きなことをやってください」って伝えてくれたんです。
― 愛の深い言葉です…! ヒット作にならなくても、上田監督にとって次回へ繋がる作品となればいいと…。
上田 : その言葉をいただいたのは、ちょうど僕が20ページほど書いた脚本をボツにして、一度すべてをリセットしていた時期でした。追い詰められていたから、すごくホッとしたというか、「もう自分の好きなことを全部詰め込もう!」と踏ん切りがつきました。そういう周りにいてくれた存在に、支えてもらってここまでたどり着きましたね。
― 前作の『カメラを止めるな!』に引き続き、人付き合いが苦手だったり弱さを抱えていたりという、不器用に生きる人たちが描かれていました。そういう人たちを描き続けるのは、どうしてでしょう?
上田 : 僕がチョイスするのは、主人公も含めて確かに不器用な人が多いですよね。今回は特に、“俳優発掘”を掲げた映画企画プロジェクト(松竹ブロードキャスティングオリジナル映画プロジェクト)でもあったので、オーディションを経て役者を決めたのですが、芝居経験は少なくても、佇まいや個性が魅力的な人を選んでいます。
― 主人公を演じた大澤数人さんも、この10年間での芝居経験がわずか3回しかなく、役者をやっていることをご両親も知らなかったそうですね。また、旅館の女将役の津上理奈さんは、『カメラを止めるな!』のファンで今回応募してきたという演技未経験者だとか。
上田 : 不器用な人って「自分自身」で勝負するしかないんですよ、持っている引き出しが多くないので。つまり、「その人自身」が映画に映るんですよね。器用で上手な役者さんだと演技になってしまうんですけど。
登場人物たちが“役者”という設定でしたが、それは役者本人のドキュメンタリーにもなっている。そういう、虚実がないまぜになった、ライブ感を常に作品に求めているのかもしれないです。
― 役者自身のドキュメントやライブ感を、映画に映し出そうとしているのはなぜですか?
上田 : その人らしさを映画の中に映し出したいんです。だから、その人だけが持っている人間力を引き出したいというか。でも実際は、芝居経験が少ないので、どうしても本番の撮影で緊張してしまう。うまくやろうとして、オーディションで僕が感じた、本人の個性や魅力が表れなくなってしまうんです。そういう時は、リラックスできるように言葉をかけてあげたりします。
その人自身の本来の味を引き出す秘策として僕がよくやるのは、「役者をキャパオーバーさせる」という方法です(笑)。
― キャパオーバーですか?
上田 : 人って、余裕があると演じちゃうんです。たとえば、僕は映画の中に長回しのワンカット(撮影を途切れさせずにカメラを回し続ける撮影方法)をよく用います。それは、演じ手を必死にさせて、その時に出てくる「生身の部分」というか、その人の本質を引き出したいからなんです。
― なるほど…! 今作での長回しのシーンは、必死に生きる主人公たちの姿に胸を打たれましたが、「泣けるけど、真剣な姿が少し笑える」という素敵な場面でした。
上田 : 人間が真剣に頑張る姿って、感動もするけど、ちょっと引いた目線で見ると滑稽で笑ってしまう時もありますよね。コメディって、本来そういうものだと思うし。だから役者の人にも、笑わそうという意図は考えないで、真剣にやってくれればいいから、と伝えているんです。
僕の映画はコメディの要素も多いですが、笑う人もいれば感動して涙を流す人もいるような、観る人によって捉え方が変わる、そういう場面が撮れたらいいなといつも思っています。
上田慎一郎の「心の一本」の映画
― 「不器用に生きる人を主人公にすることが多い」というお話がありましたが、上田監督はご自身を器用な方だと思いますか? それとも不器用な方でしょうか。
上田 : どうだろう…どっちだと思う?(妻・ふくだみゆきさんに確認)
ふくだ : 映画の現場に関しては器用だけど、日常生活では不器用ですね。映画以外のことに、脳みそを全然使っていないと思います(笑)
上田 : 確かに、映画以外の色んなことに脳みそを使いたくないっていうのはありますね…。たとえば、僕はたくあんが大好きなんですけど、たくあんが大根で作られているということを最近知ったんですよ(笑)。そうやって、「そんなこと今更知ったの?」と言われることも結構多くて。
― 映画をつくることだけに、脳みそを使っていたいんですね(笑)。
上田 : そうですね。映画を作って、人を笑わせたり、楽しませることに興味があるので。
― 今作の主人公は、子どもの頃に憧れていた超能力ヒーローの映画を観て自分を奮い立たせていましたが、上田監督にとって、自分を支えてきたような大切な映画はありますか?
上田 : たくさんありすぎて、絞るのが難しいですね…でも僕は、自分の好きな映画をひとりで観るよりは、人に観せるのがすごく好きです。家で妻にも、「ちょっとこのシーンを観てくれ」って突然観せたりします。
ふくだ : 知らない映画のクライマックスを、いきなり観せてくるんですよ…(笑)。
上田 : 映画って、誰と一緒にどういう状況で観たのかということも含めて体験だと思うので。今回は、役者さんとのワークショップの中で、みんなでいくつか映画を観ました。物語にスパイ映画の要素も少し入っていたので、『ミッション:インポッシブル』(1996)や『キングスマン』(2015)を一緒に観て、こういうテンションのエンターテイメントをつくりたいと思ってる、と説明したり。
上田 : 映画を介してしか共有できない感覚もあるし、そうやってチーム全体の共通言語を作りたかったんです。
― 映画以外のことに脳みそを使いたくないとおっしゃっていましたが、上田監督にとって、映画を作る時とはまた違う、映画を観る時間というのは、どのような時間ですか?
上田 : …映画って、目を開けてみる夢だなと…。
― 最後に素敵な言葉が!
上田 : 好きな映画監督の作品を観て、夢を見たり心が震えたり、そうやってインプットすることが僕の栄養なんです。だから僕は、ご飯を食べることよりも映画を観る時間の方を優先してます。そうじゃないと栄養失調で死んじゃうというか(笑)。だから、僕の身体の70%くらいは映画で出来ているんじゃないですかね。