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二人で「アンさん」をつくりあげていく
― 志尊さんは今作で、岡田安吾というトランスジェンダー男性(※出生時に割り当てられた性別が女性で、性自認が男性の人)の役を演じていますが、オファーを受けた当時の思いについて、「自分が演じることで、当事者の方々を傷つけたり、ステレオタイプを助長したりすることにならないか不安でした」とコメントされていました。
志尊 : はい。実は、お話をいただいた当初は、どうして僕にオファーをくれたんだろう、と逡巡があったんです。「過去に、ゲイの役やトランスジェンダー女性の役を演じたことがあるから、志尊君ならできるだろう」という理由だけなら、引き受けることはできないと思いました。
― 志尊さんは、過去に連続テレビ小説『半分、青い。』(2018)でゲイの青年役を、ドラマ『女子的生活』(2018)ではトランスジェンダー女性の役を演じていらっしゃいました。
志尊 : 当事者じゃない自分がどれほど役に寄り添えるか、この作品と共にしたいと感じられるかがまず大事だと思ったんです。だから、監督とプロデューサーさんにお会いしたいと伝えしました。
― 「なぜ自分が演じるのか」を直接問われたんですね。
志尊 : その時、成島出監督から「脚本に関する率直な意見を言ってほしい」と言われたので、全部正直に伝えたら、「僕も同じ気持ちです。ここから改良していくつもりだから、今の段階の脚本が全てだと思って欲しくない」と言ってくださって。「自分も勉強中で、こういうことを考えている」という話もしてくださったんです。
覚悟を聞いて、僕も責任を持って役に向き合おうと決断することができました。「ここから一緒につくっていきましょう」と。
― “スタッフとキャスト全員でここから一緒につくっていく”という思いを共有することができたと。
若林 : うんうん、そうでした。
― 若林さんは、今作に 「トランスジェンダー監修」(※脚本の段階から、トランスジェンダーに関するセリフや所作などの表現を監修)として参加されています。どのような経緯で参加されたのでしょうか?
若林 : 最初は「一度取材をさせてください」と、所属事務所に連絡が来たんです。「登場人物のひとりがトランスジェンダー男性なので、当事者としてお話を聞かせてください」と。
原作を読んだ状態でお話させていただいたんですが、後日、改めて脚本を送っていただいたのでまた感想をお伝えしたら、「正式な監修として作品に入ってもらえませんか」と依頼をいただきました。
志尊 : 伝えた感想が、的を得てたんだろうね。
若林 : わー、それだったら嬉しいんだけど。
志尊 : 多分佑真君は、作品におけるトランスジェンダー男性の描かれ方が、社会にどのような影響をもたらすか、という視点で脚本を読んだのではないかなと思うんです。
若林 : それもありましたね。トランス男性が登場する作品というのは、世界的にも少ないんです。
― トランスジェンダー女性(※出生時に割り当てられた性別が男性で、性自認が女性の人)を描いた作品の方が多い、ということでしょうか?
若林 : そもそもトランスジェンダーを描く作品自体少ないですが、描かれるとしたらトランス女性の方が多いと思います。だからこそ、トランス男性が登場する作品に自分が関わって、誤った偏見を助長しないよう、最大限大事に届けたいなと思いました。
でも最終的には、志尊君に会って決めました。これ本当のことなんですけど、実際に会って「この仕事を受けよう」と思ったんです。
志尊 : 一緒にバーに行ったじゃん? あの時? 佑真君が、トランスジェンダー男性の友だちを何人か呼んでくれて、いろんなお話を聞いたんです。
若林 : そう、会ってお話して、「なんて素敵な人なんだ!」と思って。考えの層に厚みがある方だなと。それで、一緒にやりたいと思ったので、正式に引き受ける返事をしました。
― 志尊さんが演じた岡田安吾は、複雑な家族関係の中で苦しんでいた主人公・三島貴瑚(杉咲花)と出会い、彼女の幸せを祈りながら、近くで支え続ける人物でした。お互いに「アンさん」「キナコ」と呼び合いながら、貴瑚の心の拠り所になっていく存在でしたが、お二人でどのようにアンさんという人物をつくりあげていったのでしょうか?
志尊 : 撮影に入る前に、キャストが揃って行われる脚本の本読みというのがあるんですけど、その時までは、佑真君と話す機会もそんなになくて。
若林 : コミュニケーションをとってなかったよね。
志尊 : だから自分が思うようにやってみたんです。それで、一回目の本読みが終わって休憩に入る時に、佑真君が「今どういう気持ちでつくってる?」って話しかけてくれて。
若林 : うん。
志尊 : 僕は、本読みでは俳優さんが揃っている場だからこそ、そこで生まれるものを大事にしたいという考えがありました。
だから、最初はそんなに感情をつくり込まず、フラットに向き合うようにしてるんですけど、そうしたら佑真君が「なんでさっきあんなにフラットに読んでいたの?」って声をかけてくれたので、理由を伝えたら佑真君が自分の意見を遠慮なく言ってくれたんです。
志尊 : その意見を聞いて、「わかった。次の本読みでは、もうちょっと僕が思うアンさんの要素を付け加えてみるから、見ててください」と、二回目でガラッと変えて演じました。
若林 : すごかったですよ…!
志尊 : そうしたら、「その方向性、最高だと思う」と感想とともに伝えてくれたんです。
― その本読みから作品に携わる期間を通して、若林さんからはどのような助言があったのでしょうか?
志尊 : 僕は、俳優という職業だから、瞬間的に衝動的に出てくるものに関しては嘘がなくつくれます。でも、「アンさん」という人物の根底にあるもので、僕の中では想像が及ばないところがある。それを、佑真君が「アンさんって、こういう生い立ちでこういう育ち方をしてる人だから、こういう反応になるんじゃないかな?」とか、ひとつひとつ掘り下げてくれました。
僕もひとつひとつ聞いて。「こういう状況の時は、どういう気持ちになるの?」とか。時には、失礼な質問もあったと思うんですけど。
若林 : でも、だからこそできました。「失礼になるから、言わないでおこう」と遠慮するんじゃなくて、疑問に思うことを全部伝えてくれたことが、ありがたかったんです。
志尊 : 脚本に書かれている全ての文字を一緒に考えたよね。佑真君が俳優として活動する時に、どう作品に向き合ってきたのかはわからないんだけど、句読点の位置とか接続詞ひとつに対しても「そんなに深く考えてるの?」と驚きました。いい意味で火をつけられたというか。
― 監修と俳優という関係性の中で、若林さんの俳優としての一面からも、刺激を受けたんですね。
若林 : そんな、恐れ多すぎて!
志尊 : いや、本当にそうだったよ。アンさんをつくっていく上で佑真君がくれた言葉は、どれも僕には考えられないことだったし、俳優としては恥ずかしいんですけど、「力を貸してください」という気持ちでした。
佑真君の支えがなかったら、僕一人で「アンさん」をつくりあげるのは無理でした。
若林 : …ありがとうございます。もうここで取材終わってもいいです、というくらい嬉しいです(笑)。
「絶対」がない表現に、二人でどう向き合うのか
― 「アンさん」こと岡田安吾を演じているのは志尊さんですが、その内側には当事者である若林さんの見てきた世界が一体となっていることがよくわかりました。
志尊 : 僕は、自分の評価とかはどうでもよくて、それよりも、この作品を通して「アンさん」という人の生き方を見てほしいし、トランスジェンダー男性の今置かれている立場を知ってほしい。
それが、僕がこの作品に出る意義だと思ったので、プライドも捨てて、とにかくそこを大事につくっていきました。
― 撮影が始まってからも、若林さんは現場に入られたのでしょうか?
志尊 : 実は、佑真君の参加はリハーサルまでというお話だったんですよ。でも僕が「来てほしい」と希望したら撮影現場に来てくれました。嬉しかった。
若林 : うん。志尊君にはリハーサルですでに「アンさん」という役をお渡しできたと感じていたし、完全に信頼していたので、現場に行くつもりはなかったんです。それくらい二人で話し合ったし。でも、僕がいることで少しでもお守りになるなら、と思って。
志尊 : 現場では、「誰よりも僕がアンさんのことを考えていないと」と思ったし、プレッシャーもありました。だから、悩んだ時に「大丈夫だよ」と肯定してくれる佑真君の存在は、とても大きかったです。
若林 : 僕が行けない日も、LINEや電話でやりとりしたよね。
志尊 : そうそう。撮影前のリハが終わった後に、演技で迷った時は逐一佑真君に電話して聞いてました。もうずっと二人でひとつ、みたいな感じでした。
― 決して長くはない時間の中で、お二人がそこまでの関係性になれたのはなぜでしょう?
志尊 : なんでなんだろうね。
若林 : 最初に約束したことがあったよね。「僕は当事者で監修という立場だけど、絶対に正しいわけじゃないから、違うと思ったら言って」と伝えました。
志尊 : うん。だから僕も佑真君が言ってくれたことに対して違和感があったら、「いや違う、申し訳ないけどこういう気持ちでやってるから一度見てみてほしい」とか、結構バチバチしてたよね。
若林 : そうそう! 遠慮なく言い合った。今までは、人との付き合い方って、最初はお互い探り探り話しながら、次第に距離を縮めていって本音を見せ合う、みたいな感じだったけど、淳ちゃんとは最初から上辺がなくて、なんでも言い合えた。
志尊 : 最初からぶつかり合ってたよね。このまま喧嘩になるんじゃないか、みたいなこともあって(笑)。
若林 : あった! どのシーンかもはっきり覚えてる。
― どういったシーンだったのでしょう?
若林 : 新たな人生を歩み始めたキナコとアンさんが再会し、橋の上で会話をするシーンです。アンさんのある言葉によって、二人の意見がぶつかり合う場面なんですけど、淳ちゃんと僕の表現の仕方が異なっていたんです。
志尊 : 僕の演技に「違和感がある」と伝えてもらって、僕も考えを伝えて。お互いの意見を率直にぶつけ合ったんだよね。
若林 : でも、根底で考えていたことは同じだったから、僕の考えも視野に入れてもらったうえで、淳ちゃんの思うアンさんをやってみようって。
あの時は、狭い場所で二人で話してたのに、一番大きな声が出てたよね(笑)。
志尊 : 「言ってることはわかるよ? わかるけどさ、違うんだよ!」みたいな(笑)。
若林 : でもやっぱり現場で見ていると、僕が頭で想像していたのとは違ったけれど、「最高だった」と感じる場面がいくつもありました。アンさんのお母さん役である余(貴美子)さんと淳ちゃんが部屋で話すシーンとかは、特にそう感じました。
志尊 : 最初は「母親は床に座って、アンさんはベッドの上で話す」という演出だったんですけど、実際にリハーサルをしてみたら、全然演技に気持ちが入らなくて。成島監督に、「一回だけ床に座ってやってみてもいいですか?」とお願いして、余さんの隣に座ってみたら、自然と気持ちが入ったんです。
若林 : そっちの方がいいねってなったんだよね。僕も当初は考えつかなかったんですけど、その演技を見て感覚的に「アンさんだったらそうするな」と思えました。
杉咲さんや余さんと現場で実際に向き合った時に、淳ちゃんの中から出てくるアンさんの姿が確実にあって。「淳ちゃんすごいな、これが人とつくりあげるということだよな」と感じました。
後編へ続きます。