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映画監督を夢見た学生時代に
岩井俊二監督からもらった言葉が、僕を支えてくれた
― 「伊良コーラ」は2018年末にオープンした映画館・アップリンク吉祥寺で、オープン当初から飲めるということで、映画ファンの間で話題になっていました。
小林 : 僕は映画が好きですし、アップリンク吉祥寺のこだわりの姿勢に共鳴したので、置かせて頂くことを決めました。
― アップリンク吉祥寺は、「映画を観る体験を特別なものにする映画館」というコンセプトのもと、館内で提供する“食”にもこだわっていますね。
小林 : 映画館ということを取っ払っても “素敵な人が考える、素敵な空間”というイメージで。
― 伊良コーラを移動販売車以外で飲める、はじめての場所だそうですね。しかも映画好きでいらしたとは。
小林 : はい。大学時代は映画研究会に入っていたんですが、映画を作るというよりは、観た映画について語り合うのがメインのサークルでしたね。大学近くにあった、木造二階建ての雑居ビルの、二階の一番奥に小さな居酒屋があって、そこで夜な夜な映画について語りました。自由な雰囲気で満ちていて、すごくたのしい時間でした。
― そうなんですね。
小林 : 僕が今でも一番好きな映画は、多分『スタンド・バイ・ミー』(1986)。映画の内容自体も好きなんですが、それを観た大学生当時のことを思い出すから、自分にとって特別な作品なのかなとも思います。
その頃は…うん、本当にいろいろ観ていました。当時TSUTAYAが作っていた映画ガイド本があったんですけど、そこに載っている映画のDVDをかたっぱしから借りて観ていたんです。あとは、ミニシアターにもよく通っていましたね。僕は東京都出身なのですが、大学では北海道・札幌の大学に進学したんです。東京ではミニシアターなんて行ったことなかったのに、北海道ではシアターキノや蠍座(ともに札幌のミニシアター。蠍座は2014年に閉館)に足を運びました。とにかく毎日一本は観ると決めて、それをストイックに続けていましたね。
― 毎日一本はすごいですね! その傍ら、熱心なコーラマニアでもあったそうで。
小林 : 大学の頃は世界を放浪して、各国のコーラを飲み比べたりしていました。
― 映画とコーラ。好きなものはとことん追究したくなってしまう、と。
小林 : 実は大学生当時、映画監督に憧れていたんです。本当に何気なく。遊びで映画を何本か撮った程度ですが。
小林 : でも、僕は東京を離れて北海道にいる。東京にはミニシアターもたくさんあるし、映画産業やエンタテインメントの中心地ですよね。なんでそういう場所をわざわざ離れて、別の街に進学したんだろうと後悔しました。それで、フラストレーションがすごく溜まっていたんです。
そんな悶々とした時代に支えになったのが、岩井俊二監督に直接もらった言葉なんですよ。
― あの『リリィ・シュシュのすべて』(2001)や『花とアリス』(2004)などの作品で知られる、岩井俊二監督ですか?
小林 : そうなんです。あるとき、岩井監督が札幌に来ることになり、映画関係の学生を20人ほど招いての懇親イベントが開かれたんですね。そこに僕も参加したんです。岩井監督は、当時の僕が特に好きだった監督の一人。だから質問タイムになったとき、その「何かを作り出したいという思いがあるけれど、東京を離れたことで、自分の夢から遠ざかってしまっているのではないか」という悩みを思い切ってぶつけてみたんです。
― どんな答えが?
小林 : 「場所は関係ない。札幌でもできることはあるし、自分の力を磨くことはできるはず」と。“どんな状況でもできることはある”っていうのは、すごく勇気の湧く言葉で、コーラ職人になった今も大切にしています。
― その言葉に、今も支えられているんですね。
小林 : ちなみにそのイベントには地元の新聞記者の方が取材に来ていて、岩井監督と僕のやりとりが記事に載ったんですよ(笑)。
その後、映画を何本か撮ってはみたんですが、次第に、自分の能力では誰も幸せにできないと気づきました。それで映画監督ではなく、別の形で世の中の人々をわくわくさせることを見つけたいと思うようになったんです。
人生の痛みを和らげてくれた、
コーラと映画
― 小林さんがコーラに興味を持ったきっかけはありますか?
小林 : 僕は昔から偏頭痛持ちで。大学生のときは特にひどかったんです。当時一人暮らししていた部屋で偏頭痛がはじまるたび、「こんな痛みを感じるくらいなら、生まれてこなければよかった…」と後悔するほど、ひどい痛みだったんです。
― 偏頭痛って、我慢できないほどのつらさだと聞きます…。
小林 : あるとき、市販のコーラを飲んだら頭痛が一瞬和らいだことがあって。もちろん個人差はあると思うので、僕の場合はですけど…コーラは元々薬だったんですよね。これがコーラに興味を持つきっかけになりました。
― そういえば「コーラは胃のむかつきにもいい」なんていう噂もありましたね。
小林 : 僕にとっては、映画も同じような効能があるんです。『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997)や『素晴らしき哉、人生!』(1946)みたいな映画を観ると、人生は苦痛を感じるためにあるのではないし、僕たちみんな、わくわくするために生まれたんだよなと思えるから。
― コーラと映画に、似た効能を見つけたんですね。
小林 : でも、コーラは元々“飲む”ことはしていましたが、“作る”という発想はなかったんです。それが社会人1年目のとき、インターネット上で100年以上前のオリジナルのコーラの作り方と言われるレシピ「シークレットフォーミュラ」に出会って。
「自分でコーラを作れるんだ」って、純粋にびっくりしたんです。早速材料を近所の高級スーパーでかき集めて家のキッチンで作ってみました。味は正直、市販のコーラのおいしさには遠く及ばないなと感じたんですけど、でもちゃんとコーラっぽいものにはなっていて。自分でコーラを作れたという喜びや達成感がありました。
― 好きなものを自分で作り出すことができるって、なんだかわくわくします。
小林 : そこから3年弱の間は、毎日、自宅キッチンでクラフトコーラを改良し続けましたね。今は独立していますが、当時は週5で会社に勤務する日々。それでも仕事以外の時間の大半をコーラに当てました。
― まさに、コーラ漬けの日々!
小林 : でもコーラ風味の甘ったるいシロップの壁を越えられず、なかなか納得できる味にたどり着きませんでした。
自分の“好き”を追求できる社会に
― 今日は、小林さんの工房「クラフトコーラファクトリー」でお話を伺っているのですが、足を踏み入れた瞬間からプンといい香りがして、心が踊りました。伊良コーラを飲むと、この香りとともに複雑な味の余韻が残りますよね。
小林 : この“味のストーリー性”が、伊良コーラの一番の売りです。香水で言うならトップノート、ミドルノート、ラストノートですね。
― 時間の変化とともに、香りや味がグラデーション的に変化するということですね。
小林 : このストーリー性を出すために、ひとつひとつの工程を突き詰めています。たとえば、スパイスを入れる順番と、入れるときの温度、加熱の仕方の組み合わせ。スパイスそのものをとっても、ホールにするか、パウダーで入れるか、ミックススパイスにしてからどれくらい寝かせるのか、柑橘類の皮も擦ってからオーブンで乾燥させるのか、そのまま入れるのか…。
これらは、漢方の調合技術や知識からヒントを得たものなんです。
― 自然界にある植物や鉱物などの生薬を、複数組み合わせて作る漢方薬。その技術や知識が伊良コーラのベースにあるんですね。
小林 : というのは、僕の祖父が漢方職人で、祖父が亡くなったとき、遺品整理で実家に帰ったんです。その際、家族と祖父の思い出を話しているうちに、祖父の漢方の調合技術や道具がクラフトコーラの役に立つのではと思い。取りいれてみたらそれが正解でした。
― このクラフトコーラファクトリーも、おじいさまの漢方工房を引き継いだものだそうですね。
小林 : はい。あとは、伊良コーラのパッケージのデザインソースも、祖父がコレクションしていた大正〜昭和のマッチラベルだったりします。
― いろいろな面で、おじいさまの志を引き継いでいるんですね。
小林 : 僕は小さい頃、漢方職人だった祖父のお手伝いをする時間が大好きでした。でも成長するにつれ、周りの人たちと違う祖父の仕事を敬遠するようになってしまったんです。散々回り道をして、漢方に再びたどり着いたとき、祖父はすでに他界していました。それを悔やんでいます。
― 自分の“好き”を素直に表現できなかった、と。
小林 : 今の日本では、人と違うことをするのがなかなか受け入れられないと思います。たとえば苔集めが好きな子どもがいたら、ずっと苔集めを突き詰めたらいい。そうしたらその子は、苔に関するイノベーションを将来起こすかもしれない。でも日本には、人と大きく異なったことを受け入れるカルチャーがあまりないと思うんです。もしそういうカルチャーがあったら、僕は祖父と疎遠にならずにいられたかもしれない。
僕がわくわくしながら作っている伊良コーラを多くの人に届けることで、子どもたちに夢を与えたり、大人たちの見方を変えたりすることにつながればと思っているんです。その思いを、このロゴにも込めています。
― カワセミの絵が描かれているロゴですか。
小林 : 「コーラはクラフト(手作り)できないもの」という常識や既成概念に挑戦する姿勢を、カワセミが「空から水中に飛び込み、魚を捕らえる」姿に重ねています。アウェーな環境に自ら挑む姿を表しました。
一番の喜びを感じる瞬間ってやっぱり、僕のコーラを飲んだ人が喜ぶ姿を見たり、喜ぶ声を聞いたりするときなんですよね。SNSのコメント欄に「今日は伊良コーラが届いたから、飲むのがたのしみだ」と書いてくれた人がいたら、「ああ、自分のコーラで“しあわせ”や“わくわく”のいいエネルギーをこの世の中に増やせてるな」とうれしくなるんです。
― 一度は映画で社会に届けたいと思ったわくわくを、今、クラフトコーラで届けているんですね。
小林 : 今でも毎週のように、移動販売に足を運んでくれるお客さまがいるんです。そういう方たちのためにも、「今回は味を少し変えよう」とか、「夏だからちょっとこのスパイス多めにしよう」とか、日夜、改良を重ねていますね。クオリティーは保ちつつ、まったく同じ味ということは一度としてないはず。ちなみに、映画からビジネスのヒントを得ることもあるんですよ。
― たとえば、どんなことですか?
小林 : 目を引くデザインや、驚くようなストーリーの仕掛けなど、エンタテインメントのヒントを得ています。だから、話題の映画はなるべく観るようにしていて。僕はなるべく多くの時間をコーラに注ぎたいと思っているタイプなんですが、そんな中でも、2か月に一度は必ず映画館に行っていますね。
少し前になりますが、やっぱり『ラ・ラ・ランド』(2016)は秀逸でしたよね。映像の美しさも、音楽と映像が融合するたのしさも、エンタテインメントとして素晴らしかった。ほかにも音楽映画でいえば、『華麗なるギャツビー』(2013)や『リメンバー・ミー』(2017)もよかったです。ストーリーでは、人間性に迫るものや、過酷な自然環境に立たされた人間の姿を描くものが好きで、たとえば『レヴェナント:蘇がえりし者』(2015)はよかった…映像も美しかったです。
― 映画から、人をたのしませる仕掛けのアイデアを得ていたんですね。
小林 : とびきりおいしくて、しかも手作り。そんな伊良コーラに出会った人々が、まるでいい映画を観た後みたいに、ものごとを見る視野が広がったり、ハッピーな気分になったりするといいなと思っています。それで、この世界がちょっとでもよくなったら幸せに思います。