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映画館に人を呼ぶ難しさ
― 3月2日よりシアター・イメージフォーラムで上映される『夢見るペトロ』は、2023年度の「田辺・弁慶映画祭」審査員特別賞と俳優賞(主演・紗葉)の2冠を獲得し、テアトル新宿で上映した際には、3日間満席だったそうですね。
― 田中監督は「(「田辺・弁慶映画祭セレクション」で)とにかく興行を学んだ」とおっしゃっていましたが、自身の映画を実際に観客に届けてみていかがでしたか?
田中 : 映画を「つくること」と「届けること」は、全く違うことだというのを切実に感じました。「偶然の出会い」ではなく、「観に来てもらう」のは、難しいことだなと。
田中 : 作品を「どう伝えていくのか」は特に悩みました。「こういう人たちに観てほしい」というのはあったんですが、なかなかうまくいかず…。とにかく大変でしたね(笑)。
山下 : 大変ですよね、大変ですよ。劇場に作品を直接持ち込んでくださる監督も多いんですけど、そういう時にまずお話しするのは「大変ですよ」ということです。
映画館で上映していれば、誰かが観に来てくれるもんだって思ってる人が多いんです。いや、そうでもないよっていう。皆さん興味持ってくれないよって。
― つくるだけでは、届かないんですね…。
山下 : やっぱり「どういう映画」なのか、そして「誰に、どういう風に観てほしい」のかというイメージを持ってアプローチしていかないと、伝わりませんね。だから、かなりのエネルギーと能力と人手が必要となります。
― 山下さんは、2001年から「イメージフォーラム・フェスティバル」のディレクターを務められ、2005年から映画館の番組編成を担当されていますが、その中で、映画館に来るお客さんの変化は感じられたりしますでしょうか。
山下 : よく「番組編成を担当している」と言うと、自分が観てほしい作品を選んで組んでいるように捉えられることが多いんですけど、そうじゃないんです。
山下 : 言うならば、波乗りの感覚に近いですね。コロナ禍などの「大きな波」や、流行などの「小さい波」、そういった波を読んで、今こういう波が来てるから乗れるかなと、試してみる。その反応や世の中の動きをまた読んで、乗るっていう感覚なんです。
― 波を読みながら、作品を組んでるんですね。
山下 : ただ、20年編成をしていますが、本当にわからない(笑)。興行でよく言われてるのは、2021年とか22年の方が、劇場にお客さん来たということ。
うちもコロナ明け直後ぐらいは復活が割と早いなという感覚があったので、そのまま戻ってくるかと思ったんですけど、去年は思ったほどはいかなかったんです。長期的な戦略はなかなか考えにくいですね。
― 映画興行の難しさが改めてわかりました。
山下 : でも、作品の良さがちゃんと伝われば、お客さんが来てくれるっていうのは実感としてあります。それがちゃんと伝わるかどうかが難しいところで。
伝えるのが難しい作品っていっぱいあるんですよ。
山下 : 個人的に好きな作品で、本当に面白い作品だし、監督もいい人だし、すごい思い入れがあるんだけどやっぱりどう考えても難しい、というのが一番辛いです。
そういう作品ばっかり観てるんですけど(笑)。
― それでいうと、田中監督作は「作品の良さが伝わる」と感じたと。
山下 : はい。いまを生きる人たちに、こういう形で伝わっていくのではないかと想像できたので、興行的な可能性を感じました。
田中 : 「田辺・弁慶映画祭セレクション」の上映後、SNSで感想を投稿してくださった人がたくさんいたんです。思った以上に、ご自身に引き寄せて観てくださってのがわかって。伝わる瞬間があるんだなと実感できたのが、本当に嬉しかったです。
山下 : 映画って一方通行じゃないですからね。観客の表情や感想が届くことは映画を届ける側のモチベーションになります。
田中 : 「ああ、繋がってるんだ」と感じました。普段は見えない「社会」と確かに自分は繋がってたんだと。
田中 : 人生で初めて一人で映画館に行った時、高校生だったんですが、お客さんが私だけだったんです。映画を観ながら、「こんな大きいスクリーンで自分がつくった作品を見せるというのは、一体どんな感覚なんだろう…」と感じたのが、私が映画に携わる原体験としてあります。単純に画面の大きさに、惹かれたところがあって。
― 大きいスクリーンに自分の作品が映されることを想像したと。
田中 : すごい優越感なんじゃないかなと(笑)。
― 実際に映画を上映してみて、いかがでしたか?
田中 : 一番前の関係者席で観たんです。その後ろにたくさんの人が一緒にスクリーンを観ているわけなんですが、画面と観客との間に何かがあるって感じました。「観る」というだけではない、スクリーンから物理的に影響を受けてるような不思議な感覚があったんです。
16mmフィルムだったっていうのもあるのかもしれないですけど。改めて、映画はつくって上映することで映画になると感じた体験でした。
山下 : いまの田中監督の話を聞いて、思い出したことがあります。コロナ禍の2020年にシアター・イメージフォーラムは2ヶ月休館したんですが、その間「仮設の映画館」に参加しました。
― 「仮設の映画館」は“インターネット上の映画館”ですね。休業要請が出て営業ができなかった映画館を支援するための試みで、この活動に参加している映画館の中から1つを選び、料金を払ってオンラインで映画を鑑賞すると、プラットホームの使用料を差し引いたチケット代が、配給と劇場分配される仕組みです。
山下 : ある作品を「仮設の映画館」で公開した際、1週間で1万人ぐらいの人が観てくださったんです。
1万人の人が観てるのか! という驚きがある一方で、その数が全然感じられなかったのが印象に残っていて。
― 観客を数字でしか認識できなかったと。
山下 : イメージフォーラムは、2つのスクリーンがありますが、それぞれ98席と68席なので、1週間で1万人動員するのは不可能なんです。せいぜい何千人で、動員数自体は1万人より全然少ないんですが、満席が続いた時の一体感や熱気っていうのは、観に来た人や周りにものすごく伝わるものがあります。
― 映画館は、リアルな熱狂を肌で感じられる場所でもあるんですね。
田中 : 私、学生時代はよく京都のミニシアターへ行っていたのですが、ミニシアターだとより密な感じが、「みんなで観る」という感覚を得られて好きでした。自分はこの街の一部なんだなと、さきほどの言葉ではないですが、社会との繋がりを感じられるんです。
みんな、バラバラの場所からやって来て、一緒の時間・空間を共にし、同じものを観て、全く違うことを感じて、またバラバラの場所に帰っていく。そのうちの一人っていう嬉しさもあって。
山下 : 「観客になれる」っていうのは、映画館の良さですよね。僕が都会を好きな理由もそこにあります。自分はワンオブゼムだから、自分のことを気にしなくっていい。
いま「カール・テオドア・ドライヤー セレクション」という特集上映を開催してますが(上映期間:12月23日〜2月9日)、1920年代のデンマークで生まれた映像作家の作品を、2024年の東京でいろんな人が観てるって現象自体が面白いですよ。
― 田中監督がイメージフォーラムで『ノベンバー』を観た体験のように、映画館に行って帰るまでの、その一連全てが「映画体験」でもありますよね。
山下 : 映画館に行くために着替えて、友達と行くなら、連絡して。終わった後は、宮益坂を下って行きながら、途中で飲みに行ったり、牛丼を食べたり。横の人がうるさかったなとか思い出しながら。
山下 : そういうことも全部含めて、映画体験だと思います。それでいうと、「映画館で映画を観る」ことは、「街の経験」でもありますね。
― イメージフォーラムは、20年間、渋谷の変化と共にあったとも思うのですが。
山下 : 渋谷はこの20年間で大きく「変化」した街ですね。イメージフォーラムが移転した2000年頃の渋谷は「ミニシアターの街」で、我々もそこへと入っていくという考えがありました。
「文化の街」というイメージだったのが、今は「人がいっぱい来る繁華街」になってると感じます、これは日本全体の傾向かもしれないですが。他の街と同じようになってきたなというのは思います。でも、それは「渋谷がそうあってほしい」と「変化を受け止められない」だけなのかもしれません。
― 「抗えない変化と向き合う」時にいると。
山下 : そうですね。「新しい渋谷とは?」を見つけていくことが必要ですね。
― シアター・イメージフォーラムを今後こういう場所にしていきたいなど展望はありますか?
山下 : 田中監督がおっしゃられたように、映画を通して人と人がコミュニケーションできる場所であり続けるため何ができるのかを考えています。映画館の魅力をより体験してもらったり、それを伝えたりするためには、どういうことができるのかなと。
イメージフォーラムは、作り手と観客の距離が近いので、直接話ができたり、聞けたりすることができます。最近よく思うのは、観てよくわからないと感じた作品でも、作り手の顔を見て、その人の話を聞くと、理解が深まったり作品をより好きになったりすることがあるなと。
― それは、感覚としてよくわかります。
山下 : それも可能性の1つなんだと思うんですよね。もっとできることがあるのかな、それは何だろうと試行錯誤しています。いいアイデアがあればぜひ教えてください(笑)。
― 田中監督は、3月2日にイメージフォーラムでの初日舞台挨拶を行うそうですね。
田中 : 今日、山下さんとお話しして、一人でも多くの人に映画を届けたいという気持ちがより増しました。シアター・イメージフォーラムで『夢見るペトロ』と『いつもうしろに』を観るという体験を味わってほしい…。イメージフォーラムという場所だからこそ体験できることがある気がするんですよね…。
山下 : ちょうど公開が3月なので、卒業や新生活など、変化のある季節ですしね。
田中 : そうですね。時期的にも共鳴するところが多い作品だと思うので、なるべくそういう人たちに届く方法を、もっと模索していきたいです。
田中さくら監督、山下宏洋の「心の一本」の映画
― 最後に、お二人の「心の一本の映画」を伺えますでしょうか。
山下 : 難しいですね…。2月24日からタル・ベーラ監督の『ヴェルクマイスター・ハーモニー』(2000)っていう作品を上映するんですが、彼は『ニーチェの馬』(2011)を最後に、56歳という若さで映画監督からの引退した監督なんです。作品数自体は少ないんですが、『サタンタンゴ』(1994)という7時間18分という長さの作品がありまして。
― 完成までに4年を費やした伝説的作品で、7時間18分という長さながら、全編約150カットという驚異的な長回しの映像で構成されています。
山下 : 映画を観終わったあとは、観客全員が「やり遂げたね」みたいな達成感を共有するので、「同士」のようになるんです(笑)。
― 驚異の上映時間ですね…! 映画を見ると1日が終わってしまいます。
山下 : それで言うと、忘れられない『サタンタンゴ』の映画体験があって。僕はこの作品を、台風が迫っていた日の嵐の中、観に行ったんです。
台風が上陸する前に映画館に入って、観終えて映画館を出ると、晴れていたという。周りに倒れた木が転がっていて。
― 映画を観終えると、世界が変わっていたと。
山下 : あんまり作品のこと言ってないな(笑)。さすがに7時間18分は厳しいという人は、『ヴェルクマイスター・ハーモニー』は146分なので、タル・ベーラ監督作品を体感するには試しやすい…長さしか伝えてませんが…(笑)。
― 短い時間で消費されるコンテンツが膨大につくりだされる現在の風潮の逆をいってますね。
山下 : 絶対に消費されないぞっていう(笑)。人と対峙させる作品を撮っている監督なんですよね。僕は『サタンタンゴ』のBlu-rayも持っているのですが、家では観られない。…そうですね、そういう作品がやっぱり好きなんですよね。
― 編集部員の1人は、原一男監督のドキュメンタリー映画『水俣曼荼羅』(2020)をシアター・イメージフォーラムで372分かけて観た後、先ほど山下さんがおっしゃったように一緒に観た観客が同士のように感じたと言っていました。
山下 : うちは、画面と対峙しなきゃいけない映画が結構多いので(笑)。そういう映画は、映画館じゃないと観られないと思いますね。
― 田中監督は、いかがですか?
田中 : 一本を選ぶのは、すごく難しいです…。話しながら考えてもいいですか? 最近、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』(2010)を観たんですが、面白かったですね。
― 第63回カンヌ国際映画祭で、タイ映画として初のパルムドール(最高賞)を受賞した作品です。病に冒され、死を間近にしたブンミは、妻の妹ジェンを自分の農園に呼び寄せますが、そこに19年前に亡くなった妻が現れ、数年前に行方不明になった息子も姿を変えて現れ、彼は前世の体験を思い出していきます。
田中 : 「自分ってどこから来たんだろう?」という素朴な疑問に向き合わせてくれるといいますか、「宇宙から自分を見る」みたいな視点に気持ちよく立たせてくれた映画はこれまでなかったなと、ハッとさせられたんです。
そのスケールで物事を捉えることって、普段の生活ではあまりないじゃないですか。土地に体積する記憶を呼び起こすような…。
― アピチャッポン監督は、今作に寄せて「人間や植物や動物、そして幽霊たちの間で魂が転生すると信じています」とコメントされていますね。
田中 : 私の「『現実世界じゃない世界』があるということに救われてきた」感覚を思い出させてくれる作品でした。また、映画ってそういうものだよなと再確認もできたんです。彼の人の見つめ方も好きですね。
山下 : アピチャッポン監督の『世紀の光』(2006)って作品ご覧になりました?
田中 : あ! まだ観てなくて…ちょうど観たいと思ってたんです。
山下 : 田中監督好きなんじゃないかなと。映画は2部構成になっているんですが、「田舎」と「都会」と舞台を変えて、同じことが繰り広げられるんです。
私たちは、映画を観てる中で、前に起こったことがフィードバックされて、過去を経験する。「現在」が立ち戻ってくるような、時間をループしてるような感覚があって。びっくりさせられる体験なんですよ。
田中 : 絶対観ます。今話していて思い出したのが、デヴィッド・ロウリー監督の『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017)。
― 不慮の急死を遂げた男性が、死後もシーツを被った幽霊となって自宅だった家に住み着き、ひとり取り残された愛妻やこの世の移り変わりをじっと見守り続けるという、新感覚の「ゴースト・ストーリー」として注目された作品です。
田中 : 家っていろんなエネルギーが蓄積していく場所だなっていうのをこの作品で発見して。時間が可変というか、繰り返しというか、そういう映画が好きなんですよね。