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あわや遭難、そして迎えた特別な瞬間
― 『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年)の原作者であり、主人公である末井さんのツイートで、柄本さんが末井さんのお母さまのお墓参りに行ったときに撮影された写真を拝見しました。岡山の山奥まで歩いて行かれたそうですね。
柄本 : はい。撮影前にオフの日があったので、台本を読みながら旅行でもしようかなと思って、末井さんの故郷である岡山へ行ってきました。映画でも描かれているように末井さんの生家は、バスも通らないような田舎にあるんですね。現地に訪れたことがある冨永昌敬監督から、末井さんご自身が書かれたお墓の地図をもらっていたんですが、正直「お墓は見つからないだろうな」と思っていたんです。というのも、「墓は、家の向かいにある森のどこか」と非常に地図がラフに描かれていましたから(笑)。その地図を頼りにお墓に向かったのですが、山道を登っても登ってもやっぱりお墓は見つからず、とうとう半ば遭難状態になってしまって。「だめだ……、ここまで来て見つからないなら、もうふもとに下りるしかないかもな……」と思ったときに、フッと目に入ってきたのが、末井さんのお母さまのお墓だったんです。
― そんなことがあるんですね。まるで呼ばれていたかのような……。
柄本 : そういう第六感的なことって、別にものすごく信じているわけじゃないですけど……、なんかちょっと、いい感じですよね。お墓に台本をお供えして、「失礼かな」と思いつつ、写真も撮らせていただきました。この映画に関わっているみんな、特に末井さんに見せたいと思ったので。そのときに、ふとお墓の脇に目をやると、「末井富子 享年30歳」と書いてあって、「俺とまったく同い年だ!」と、また驚きました。そこにも縁を感じながら、「映画、頑張りますね」と手を合わせてきたんです。
― そのエピソードを聞くと、映画に登場する母・富子の存在が、ますます妖艶な存在として感じられます。そういう不思議な縁を感じるようなことって、よくあるんですか?
柄本 : 縁があるかどうかって、その場ではわからないですよね。初めて会った人に対して「この人とは長年付き合っていくだろう」とは、なかなか思わないじゃないですか。縁は、後追いで感じるものだと思います。「気が合うな」くらいだったら、あるかもしれないけど。たとえば、俳優の森岡龍と初めて会ったときは、一緒になった撮影の帰りに、そのまま新宿に当時あったトップという喫茶店に寄って、コーヒーを飲みながら3時間も映画の話をしました。彼とは今でもすごく仲がいいんですが、そういうことはあるかもしれないですね。
「これだけは観とけ!」現場の先輩が僕に残した映画
― これまでたくさんの映画に出演し、多くの人と映画を通して関わってきた柄本さんには、映画でつながったご縁が数多くあると思います。そういうご縁のあった人から勧められて、記憶に残っている映画はありますか?
柄本 : 僕が14歳のときに初めて映画出演した『美しい夏キリシマ』(2002年)で、助監督だった水戸敏博さんという人に出会いました。水戸さんは、この映画の撮影が終わった後も、ご飯に連れて行ってくださって、僕のことをかわいがってくださったんです。年末になるたびに、声をかけてくださって。たしか僕が16歳の頃だと思うんですが、水戸さんが映画に誘ってくださったことがあったんです。水戸さん特有のドスの効いた声で「佑、これだけは観とけ」とおっしゃったので、ちょうど銀座のシネスイッチで特集上映されていたその映画を、一緒に観に行きました。
― なんという映画ですか?
柄本 : 『簪(かんざし)』(1941年)という清水宏監督の作品です。当時30代だった俳優・笠智衆が若い青年の役で出演しているんです。笠智衆は、小津安二郎監督の映画や『男はつらいよ』シリーズの御前様役で知られているので、若い役を演じているのが珍しく感じました。あと田中絹代も出演していましたね。長さは70分くらいの映画なんですが、とにかく大傑作なんです。
そのときは、吉田喜重監督の『秋津温泉』(1962年)と同時上映されていたんです。先に『秋津温泉』が上映されて、「吉田喜重さんの映画、初めて観たけど、おもしろーい!」と思っていたら、『簪』がその後流れて、なんかもう……前に観たことが全部ぶっ飛んじゃいましたね!
― ぶっ飛んじゃうほどの衝撃を受けたんですね。
柄本 : そのときはフィルムでの上映だったんですが、『簪』は古いフィルムなので当然ノイズ(画像の乱れ)が出ていて、正直きれいな映像ではなかったんです。その点でいうと、『秋津温泉』の方が新しい作品なので美しいんですよ。それなのに、冒頭のカットから心を鷲づかみにされちゃいました。森の奥から、旅行客の集団がこちらに向かって少しずつ歩いてくるシーンなんですけどね。木漏れ日の光線が、ときどきピャーピャーって入ってきて。そのカットが妙に気味悪くて、なんかよかったんですよねぇ。
― どんなストーリーなんですか?
柄本 : 別になんでもない話なんです。笠智衆演じる、戦傷帰還兵(戦争で傷を負った軍人)の青年が温泉宿に泊まっているんです。すると同じ宿に、団体客が泊まりに来て、彼らはその晩、あん摩さんをいっぱい呼んで体を揉んでもらったり、温泉を貸し切りにしてみんなで浸かったりと賑やかにすごします。彼らが帰った翌日に、帰還兵の青年がゆっくりと温泉につかろうとしたら、底に沈んでいたかんざしが足に刺さって、歩けなくなってしまうんです。
― 意外な展開ですね。
柄本 : そのかんざしの持ち主は、田中絹代演じる団体客の一人の美しい女性なんです。ケガのことを知った彼女は、宿に戻ってきて、青年のことを看病することにします。そこから青年の足のケガが治るまでの話です。青年が女性に付き添われて歩行の練習をするシーンがあるんですが、木の位置を目印にして「今日はここまで歩けた」とか言って女性がはしゃぐんですよ。そのシーンもいいんですよねぇ。よかったら、ぜひ観てみてください。
― 淡い恋が描かれるストーリーなのでしょうか?
柄本 : そうですね、刹那的な恋の話です。大した話じゃないのに、それがこんなに豊かな映画になるんだということに、ただただ驚きました。
水戸さんと『簪』を観た後、二人で銀座のご飯屋さんに入ったんですね。水戸さんは相変わらず飲みすぎてクダを巻いていて、それを僕は未成年だったのでシラフで見ていて……。ああ、なつかしいなぁ……。水戸さんは、今は助監督を辞められて、北海道に帰られました。そういうことも含めて『簪』は、僕にとって今もなお大事な映画なんです。だから名画座で上映されるたびに観ていますね。……そうか、こうやって話していると、映画のこと、いろいろ思い出せてくるんだなぁ。