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「人間ってわからない」
― 西川監督は17歳でドラマ『実録犯罪史シリーズ 恐怖の二十四時間 連続殺人鬼 西口彰の最期』をご覧になり、感銘を受けたことから、最新作『すばらしき世界』の主人公・三上正夫役を役所さんにオファーされたそうですね。そのドラマの中で役所さんは、5人を殺害した上、さらに詐欺や窃盗を重ねながら日本全国を逃走した、実在の連続殺人犯・西口彰を演じられていました。
西川 : “立派な人”とは真逆にいる人物像なのに、かえって「これぞ人間」という感じを受けました。人間ってわからないなって。殺人犯に温かさ、優しさ、魅力がまったくないかというとそうではなく、だからこそ出会った相手をたらし込める一面も持ち合わせていた。「犯罪者は人に非ず」とはまったく言えないと思いましたね。
― 西口は、今村昌平監督の名作映画『復讐するは我にあり』(1979)の主人公のモデルにもなった人物。またその原作を手掛けた作家・佐木隆三さんが同じく執筆したのが、『すばらしき世界』の原案である、人生の大半を獄中で過ごした男の出所後を描いたノンフィクション小説『身分帳』ですね。
西川 : 今村さんの映画を観て、佐木さんの小説を読む中で、自分でも無意識に西口から三上へ、役の系統がつながったんでしょうね。もし役所さんとご一緒できるなら、西口を演じられたときの怖さ、人として破綻しているような役をお願いしたくて。「いつか、人間のいい面も悪い面も織り交ぜた魅力的なキャラクターを書けたときに」と思い続けていました。今回、原案小説の主人公が本当に魅力的でしたから、自信を持ってオファーしたんです。
役所 : 西川監督の『夢売るふたり』(2012)が公開される際に感想コメントを書きまして、そのお返しに、僕のことをエッセイ(『映画にまつわるXについて』〈実業之日本社文庫刊〉)で取り上げていただいたんです。そこに綴られていた、17歳でドラマ『恐怖の二十四時間~』を観たという話を読み、感動しました。「間もなくオファーしてくれるかな」と楽しみだったんですが、待てども待てども「来ないなぁ……」って(笑)。今回、ついに声を掛けていただけてうれしかったです。
― 西川監督が「魅力的なキャラクターだ」と自信を持って役所さんに配役された三上は、元殺人犯ながら正義感が強すぎるあまり、世間のルールに従うことができずに失敗を繰り返す、ある意味とても人間味に溢れた人物です。
西川 : でも役所さんは、『身分帳』を読んで主人公のことを「全然好きになれなかった」とおっしゃっていて(笑)。
― たしかに原案小説には主人公が、思いどおりにいかないと辛抱できず、周りに迷惑をかけてしまう、人騒がせな描写が多くありました。佐木さんはそのモデルになった人物とは約4年に渡り、彼が急逝するまで親しく付き合ったようですね。
役所 : 佐木さんには悪いんですが、事実に忠実に書かれていることもあるからか、どうも僕には主人公のいやな面ばかりが目につきまして(苦笑)。「この理屈っぽい男に、お客さんはどう共感するんだろう」と考えました。
― 西川監督は主人公のモデルになった人物の、小説に書かれていない背景について綿密なリサーチをされ、3年をかけて今作の脚本を完成されたとのこと。役所さんは西川監督の過去作についても「佐木さんの匂いがする」とおっしゃっていますが、実際に現場で三上を演じる中で、監督が彼を見つめる目線についてどのように感じられましたか?
役所 : 人間に対する温かさっていうんですかね、そういうものを改めて感じました。西川監督の思いとしては、三上は真摯に更生しようとしている。僕はもうちょっとちゃらんぽらんな奴だと考えていましたから、シーンによっては監督から「ここは真面目に行きましょう」と言われたりしながら、導いてもらいました。
今思えば僕は三上に対して、監督と比べると、温かい視点では見ていなかったなと思います。
― 西川監督は原案小説から「社会の外れにいる人に向ける佐木さんの眼差しの温かさ」が伝わってくるとおっしゃっていますね。同作の補記であるノンフィクション『行路病死人』によれば、主人公のモデルになった人物の死後になって、生前に自転車を窃盗したのではないかという疑惑が持ち上がります。「(出所して)生まれ変わった」という言葉は嘘だったのかとショックを受けた佐木さんですが、最後にそれが杞憂だとわかり、ほっとした気持ちが描かれていました。
西川 : 佐木さんは(主人公のモデルの)対象者と徹底的に付き合ったから、そうでないとわからないことが、『身分帳』には書かれているんですよね。なおかつ、美化しない。距離感のとり方が、書き手として確かだなと思うんです。そこを尊敬しています、すごく。
我流の正義を貫く
ダーティヒーローの人間味
― 西川監督の三上に対する温かい視点は、劇中に登場する映画オリジナルの要素にも表れているように感じます。たとえば、三上を番組のネタにしようと近づくうちに親しくなったテレビマン・津乃田(仲野太賀)や、身元引受人の弁護士・庄司(橋爪功)など三上を見守っている人々が彼に贈る、黄色い自転車。それに終盤で、ある人が三上に渡す、コスモスの花束です。季節外れなのにわざわざ探されたそうですね。
西川 : 美術部がとても苦労して、その時期に生きた花を育ててくれる人を見つけてくれました。花の種類に深い意図はなく、台風のシーンだったので、その時期に咲いている花といえばコスモスかなって。風に揺られて翻弄されるような花がよかったんです。
― 大嵐の中、三上が漕ぐ自転車のかごで、色とりどりのコスモスが揺れるショットはとても美しく、記憶に残ります。
西川 : 色とか、花とか、そういうものが少ない物語ですからね。元々、(脚本の)文字上で考えていたアイデアですが、実際に撮ると、役所さんがああして花束を持って帰る姿が、絵としてアクセントになっていますよね。
わたしの方がもしかしたら、佐木さんより情緒的なのかもしれないですね。三上をちょっとでも救ってやりたいっていう気持ちがありましたし……、「この人の人生は、悪いものではなかった」と思えるように持っていきたかったのかな。
― 「救う」という言葉が入った印象深いセリフが、劇中に登場しますね。三上はチンピラに絡まれているサラリーマンを、かなり強引な方法で助けます。津乃田は三上の“暴走”を撮影しようとするも、途中で怖気付いて逃げ出してしまう。そんな彼の中途半端な行動を咎め、やり手のテレビプロデューサー・吉澤(長澤まさみ)が吐き捨てた「上品ぶって、あんたみたいのが一番何も救わないのよ」というセリフです。
役所 : 試写を観ていて思わず「そのとおり!」と拍手したくなったくらい、素晴らしいシーンでしたね。
― 一応マスコミの端くれにいる身ですが、今困っている人に対しての無力さを感じる瞬間は多々あって。かといって、何の行動に移せてもいない。だからこそ吉澤のセリフは、心に突き刺さってくるようでした……。
西川 : あれはわたしにとっても、物書きの端くれとしての実感です。誰かを観察して、作品のネタにすることを生業にしていますが、果たして対象者が置かれた立場を救っているかというと、全然違う。そういう搾取を繰り返していくのが、“伝える”という仕事なのかもしれない。その自分のジレンマを、津乃田や吉澤のキャラクターに置き換えているというか……。ひいては、“伝える”先で野次馬になっている多くの一般の方たちも、あのシーンに対して同じように感じられるかもしれません。みなさん、どう思われるかなというところですね。
― 先ほど役所さんは三上に対して、「西川監督と比べると温かく見ていなかった」とおっしゃいましたが、彼に共感できた点としては、「正義感」を挙げられていますね。
役所 : 三上が「善良な市民がリンチに遭っていても、見過ごすのがご立派な人生ですか!?」と怒鳴るシーンがありますが、そのセリフには、やっぱりハッとしました。
― 津乃田が電話で、三上のチンピラに対する“暴走”を咎め、「なんで戦ってぶちのめすしか策がないと思うんですか? 逃げるのだって立派な解決手段ですよ」と問い正すシーンですね。
役所 : その電話の後、三上は食べようと思っていたカップラーメンをぶちまけるんですが、実は監督が正面にいて、投げた後一瞬、麺だらけになっちゃうんじゃないかって心配しました(笑)。
西川 : 浴びせてください(笑)。
― 西川監督は三上を「映画においてよくあるダーティヒーロー像に近い」と感じたそうですが、役所さんは2018年にも『孤狼の血』で、道徳に反してでも自身の正義を貫き通す、まさにダーティヒーロー的な大上刑事役を演じていらっしゃいました。当時のインタビューで、この役を「汚れた天使」と表現されていましたね。
役所 : 大上刑事みたいな“汚れた天使”が現実にふっと現れて、世の中を掃除してくれないかなと、いつも思っているんですけどね(笑)。
― 同じようにもし、三上を称するなら?
役所 : 「汚れた天使が、羽をもがれた」感じがします。最後の最後、羽をもがれて、もう飛べなくなってしまうんですが、それまでに幸せな瞬間もちょっとはあったんじゃないかな。
役所広司と西川美和の
「心の一本」の映画
― 西川監督は『身分帳』(講談社文庫刊)の後書きで、「『復讐するは我にあり』みたいな映画を作りたいという夢を持って、私も映画の世界に入ってきたようなものだ」と書かれていました。こちらを撮ったのは、今村昌平監督です。役所さんは、今村作品には長編映画ですと、『うなぎ』(1997)と『赤い橋の下のぬるい水』(2001)の2本に出演されていますね。
役所 : 今村さんは小津(安二郎)さんの現場で助監督を務めていたことがあって、「なんでそうやって“クズ”ばっかり映画にするんだ」と言われたそうです。そのときに、「俺は一生、“クズ”だけを映画にしてやる」と思ったと、そうおっしゃっていました。
― 『復讐するは我にあり』で緒形拳さんが演じた主人公の連続殺人犯は、常人が理解できる範疇を超えた人物として映る反面、目が離せないようなカリスマ性もまとっています。
西川 : あの時代は撮影方法も含め、今よりももっと荒削りな作品を、自由に作れていたと思うんです。今村さんのようなやり方でしか捉えられなかった迫力があって、今観ても胸を掴まれますよね。人間を描いていく「真実味」は、自分にとっても目指すところ。わたしも生々しく、映画を作っていきたいと思っています。
― 最後に、お二人が人間らしさの描き方に唸った、「心の一本」の映画を教えていただきたいです。
役所 : 『赤ひげ』(1965)かな。黒澤(明)さんの作品の中でも、特に好きな1本です。
― 江戸時代後期、幕府が設立した小石川養生所を舞台に、貧しい患者たちと、懸命に治療する医者たちの交流を描いた名作ですね。所長の老医師・赤ひげ(三船敏郎)は、患者と対等に向き合い、病気やケガを治すのみならず、心にも寄り添おうとします。
役所 : あの匂い立つような養生所の人間模様が、素晴らしい。恵まれない患者たちのために赤ひげがいて、患者たちにも色々なドラマがあり、その状況に触発された若い医者(加山雄三)が次の世代を担っていく構図が、なんともいいんです。
― 西川監督はいかがですか?
西川 : 最近観たばかりですが、世界中で注目を集めているクロエ・ジャオ監督の、『ザ・ライダー』(2017)です。
― クロエ・ジャオ監督は、長編3作目の新作『ノマドランド』(2021年3月26日公開)がベネチア映画祭で最高賞にあたる金獅子賞を受賞し、この春に控える米アカデミー賞でも主要賞の最有力候補といわれる新鋭です。その前作が『ザ・ライダー』ですね。
西川 : 頭部に大ケガを負い、後遺症に悩むロデオライダーとその家族の実話を、実際に本人たちが演じているそう。人物の心情がほとんど語られない中で、人が「諦めなくてはならないことを諦める」様を描いた、極めて寡黙な映画です。
今村作品のような“剥き出しの映画”も大好きですが、『ザ・ライダー』を観て、感情がなかなか出ない表情を捉え続けるというのは、新しい作り手ならではの、人間らしさの表現だと思いましたね。中国生まれの女性監督で、わたしと世代もそう遠くない。これからも彼女を応援したいし、作品を観ていきたいなと思った1作でした。
◎『すばらしき世界』原案