目次
「声を奪われた人たち」の思いを拾い上げ、
背負いながら貫いた“信念”
― 今作で米倉さんと綾野さんが演じたのは、声なき声を届けるのが記者の仕事と自負する松田と、国民のために大きな理想をもった村上という「強い信念」を持っている人物でした。
― 米倉さんはクランクイン前に松田のことを「自身の信じるものを貫くことが難しいこの世の中で、忖度なく、慣例や慣習を打ち破って突き進む、全く新しい、強く、ひたむきで魅力的な女性」とおっしゃっていましたね。
米倉 : オファーをいただいてから、映画版『新聞記者』(2019)の原案となった本や前作の映画を拝見しましたが、そこで描かれていた記者の印象がエネルギッシュで力強いものだったんです。
― 映画の原案になった『新聞記者』は、著者で東京新聞社の記者・望月衣塑子さんが、権力者との闘争や厳しい取材現場を赤裸々に綴っています。また、映画でシム・ウンギョンさんが演じた新聞記者の吉岡は、「誰よりも自分を信じ、疑え」という亡き父の教えに従い、上層部から圧力にも屈しない強さを持つ役でした。
米倉 : そこに私が近づいていくと本当に力強くなってしまうので、適度に力を抜いて近づいていこうと思っていたんですけど、いざ撮影となると「絶対負けない」という思いの強さを込めてしまい、藤井監督からは「もう少し声を小さく抑えて」と言われてしまいましたね(笑)。
― 今作の記者会見で米倉さんは「松田は一見弱々しい静かな女性なんですけれど、思いを伝えるという信念は強いキャラクターだなと思っています」ともおっしゃっていました。
米倉 : 言いたい思いがあっても、それをぐっとこらえ「これが解決するまではどんなことにも耐えられる」という忍耐を持った人。そして、信念のもと未来に向かって実直に物事を継続できる人。他を圧倒するのではなく…ということですね。
― これまでも米倉さんはドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』をはじめ、独力で信じた道を貫き通す女性を演じられることが多かったですが、今回の松田は迷いなく進むのではなく、時に葛藤しながら人の思いに寄り添って信念を貫く新しいタイプの役でした。
米倉 : 今回の『新聞記者』は、私たち二人が演じた松田と村上、そして(横浜)流星くんが演じた木下亮の3人の思いだけではなく、登場する人物それぞれが背負った思いに焦点を当てた作品だと思っています。
その中で松田は、自分の信念から大きく逸脱した職務を命令された鈴木(吉岡秀隆)や彼の妻・真弓(寺島しのぶ)、自分の正義と信念を貫こうと上に反発した兄・康平(萩原聖人)など、明るい未来を絶たれた人たちの思いを背負って行動しています。そういう「声を奪われた人たちの思い」を拾い上げていく人物、そんな風に考えていました。
― 一方で綾野さんが演じられた村上は、“明確に信じていたこと”が自分の置かれた立場が変わることで揺らぎ始めます。記者会見で綾野さんは「見方が変わって世界が変わっていくのを、彼は受け止められるのか?」とおっしゃっていましたね。
綾野 : 僕が村上を生きる上で大切にしたのは、見方が変わり、世界が変わっていくそれぞれの瞳にどんな景色が映っているのかということでした。
― 綾野さんは、村上の憔悴していく様を体現するため、撮影中は飲み物にもほとんど手をつけなかったと伺いました。
綾野 : セリフではなく、「人の念に訴えかけるもの」を届けるためには、精神的にも肉体的にもコミットしていくことが、この作品にとって自分ができる最大のパフォーマンスなのではないかと考えました。
撮影までに時間がなかったので、水を抜くことなどで、直接肉体へ変化を与えることにしました。そこから肉体が削がれていく過程を経たかった気持ちもありましたが、肉体と精神は繋がっていますから、結果どちらからでも構わないのです。
― 表現に対して、すごくストイックな向き合い方をされるんですね。
綾野 : 短期間の撮影の中で、日常的に負担を与えることによって、「村上」という人物をこの『新聞記者』という作品に投影できると考えました。ある種、役者的表現といいますか。
― 役者的な表現、ですか。
綾野 : 僕たちはドキュメントを撮っているわけではありません。決まった撮影期間があり、その中で虚構という台本に向き合います。ですから実際の時系列通り数年かけて、この作品を体現する事が物理的に叶わないので、ある瞬間の爆発力を総合的に考えて、役に向き合うということです。
つまり、役作り的な自己満足で肉体を削ぐのではなく、あくまでその状態の村上と対面する米倉さんや流星くんなどの反応の範疇を、できるだけ広げられるのではないか、と。また、観客の皆様がそんな村上を見ることで「誰が被害者なのか、加害者なのか」と揺さぶられるのではないか。そういう志のもと、です。
米倉 : …でも、たまに「コーラ飲みたい」って言っていたよね!
綾野 : 心の声ダダ漏れですね(笑)。その日常的なストレスを全て役に投影し、使えるものは何でも使うという感じでした。ある程度苦しんだものじゃないと、作品を観ていただく方々にも喜んでいただけませんから。
僕たちは台本という虚構の上で、いつか見えてくるであろうノンフィクションを信じ、生み出しているので、肉体的に削がれて魂がどんどん消えていくような情感みたいなものが、この作品の灯になったらいいなと臨んでいました。
「正義よりも、人を信じようよ」
― 劇中で、松田がデスクから「記事にならないものを追っていたってしょうがない」と諭されたシーンがありました。松田はその後も「この事件はもっと大きく扱うべきです」と声を上げていましたが、これは記事にするべきか否か、また記事の大小の判断などは、誰が、何を基準にしてできるものなのか考えさせられました。
米倉 : ドラマの中盤で、松田があるネタをもって上司に「これは記事にするべきことです」と持ち掛けたときに「上から色々言われている」と圧力によって記事にすることができなかったシーンがあります。
新聞だって言論の自由や報道の自由もあるのに、大きな力によって「伝えたい」という信念を曲げられてしまう、場合によっては、声を上げる事すら許されない苦しさが記者のみなさんにある。それは、私が新聞社内での撮影中、国会議事堂を見ながら思ったことですね。
― 本作でも、新聞における「正しい情報を届ける」ことと「声なき声に光をあて届ける」という役割の狭間で揺れる記者の姿が描かれていますね。藤井監督は今作について「『声なき声』をいかにドラマですくい取れるかが、自分にとってはすごく大事なテーマだった。そしてそれは、国の違いを問わず普遍的にあるとも思うんです。」とおっしゃっています。
― 「声なき声に光をあて届ける」ということこそ、「読者」と「メディア」の間にいるジャーナリストの役割なのだなと。もちろん新聞には、忖度せずに 「正しい情報を届ける」ことが根源にあるとは思うのですが。
綾野 : 「新聞の正しい情報」というのは、それは正しさを証明する目的の為だけなのでしょうか。新聞の情報は、誰かのディベートの材料になったり、誰かが何かを考えるきっかけにもなったりする。だから、それが「正しいか、正しくないか」以前に、議論開始の狼煙として重要な瞬間もあるんじゃないかなと。正しいに行き着く前の前哨戦のような。
それを内包した上で、新聞をはじめとするメディアやゴシップにもそれぞれの「正しさ」や「正義」があると思います。そして、それはどこまでも“それぞれ”なのです。僕はその「正義よりも、もっと人を信じよう」を大切にしたい。
― 自分の正義よりも、目の前にいる「人を信じる」ことが綾野さんにとって大切なんですね。以前、佐藤二朗さんにインタビューした際に伺った「人は憎むより愛したり、信じたりする感情の方が強い」という言葉を思い出しました。
― 藤井監督は「事実を広く伝えるのなら、ノンフィクションやドキュメンタリーの手法もある。あえてドラマという形を選ぶのは、偉そうな言い方だけど、やっぱり人間の感情を描くためだと思うんですよ」とおっしゃっています。感情を描くということは心の動きを描くことにも繋がるかと思いますが、米倉さんと綾野さんは「人の心を動かす表現」とは、どんなものだと思われますか?
米倉 : 何だろう……。例えば、普段「喜んでもらいたいからこれをプレゼントしよう」とかは思うけど、私は「人の心を動かすために」ということを考えながらこの仕事をしていないかもしれないです。自分が表現したことが「絶対にこういう風に伝わるんだ」ということは誰にも分からないじゃないですか。
米倉 : もちろん「面白い」と感じてもらえたらという思いはあるけれど、それよりも、あるセリフがあって、それを自分がどう受け止めて、どういう風に表現するのかが私の仕事かなって思います。話していたらいい答えが見つかるかなって思いながらしゃべっていたけど、全然見つからなかった(笑)。
綾野 : 米倉さんがそこにいるだけで心動かされる人は、僕も含めてたくさんいます。
― 藤井監督も米倉さんのことを「想像の10倍フランクで、キュートな人。現場では“よねさん”と呼ばせてもらって(笑)。」「特別な存在じゃなく自分もチームの1人というスタンスで現場にいてくださったので、本当に助けられました」とおっしゃっていましたね。
米倉 : いえいえ、そんなことはないですけど。ありがとうございます(笑)。
綾野 : きっと、どんな人も「どうしたら人の心が動くか」ということを無意識で考えている。ざっくり言うと「愛」みたいなことだと思います。
だから、どう「愛を持って人と接するか」というのは、米倉さんも僕も難しく考えるわけではなく、当然のこととして感じているのかなと。
― 先ほど綾野さんは「正義よりも、もっと人を信じようよ」とおしゃっていましたが、劇中で、亮のバイト先に勤務する女性の「何を信じていいか分かんないね」というセリフは、市井の人の声そのものだと思いました。
― 売り上げなどの数字で判断され、比較や競争で溢れる今の世の中で、「何を信じていいのか分からない」という人も多いのではないでしょうか。
米倉 : この作品には辛いことも多く描かれていますが、ちゃんと夢や希望も描かれています。流星くんが演じた亮が、コロナ禍で“消されてしまった友達の声”を届けようと奮闘し、若い人によって「声なき声」を届けられたということが一つの希望になっていると思うんです。そういう「希望」や「未来に向かっていくもの」を信じていけたらいいなと思いますね。
綾野 : 今、お話を聞いていて思ったことがあるのですが。
― ぜひ、伺わせてください。
綾野 : 今日はライターとしてこの場に来てくださって、僕たちも役者としてここにいますが、きっとそれぞれの立場や権力みたいなものがなくなって、フラットになった瞬間に何か心が動くというか。
スポーツは一番わかりやすい例だと思うのですが、どの競技にもルールはあるけど、ただただ立ち向かう魂に圧倒される瞬間があって、アスリートの方々それぞれの文化も立場、何もかもがある種フラットになる瞬間が存在する。そんな時、とてつもなく揺さぶられ心が大きく動きだします。
米倉涼子、綾野剛の「心の一本」の映画
― ここからは、お好きな映画について教えてください。今や、映画界、ひいてはエンターテインメント業界を牽引していらっしゃるお二人ですが、今までに「心が動かされた」作品はどんな映画ですか?
綾野 : 僕も米倉さんが好きな映画、知りたいです。
米倉 : 最近で言うと『クルエラ』(2021)かな。
― 『クルエラ』は、ディズニーのアニメーション映画『101匹わんちゃん』(1960)で悪役として登場したクルエラ・ド・ヴィルの若き日の姿をオリジナル・ストーリーで実写化した作品です。夢と希望にあふれた女性が、欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない狂気に満ちたクルエラとなっていく姿を、エマ・ストーンが演じています。
米倉 : あのかわいいエマ・ストーンが、あんな悪女になっていて! 『ラ・ラ・ランド』(2016)とはまた全然違った表情を見せていて、素晴らしいですよね。
それに私、『101匹わんちゃん』をちゃんと観たことがなかったので、この機会に観てみたら、クルエラも出ているし、何より犬がかわいすぎて! 「こんな犬と人間の愛情を描いた映画ないな」って思います。
綾野 : その映画の観方は面白いですね。『クルエラ』から『101匹わんちゃん』を新たに観るって。本質だけが残って楽しめそうですね。
米倉 : 今までアニメを含めたディズニー作品をあまり多くは観ていなかったけど、色々観てみようかなと思いました。あと、「あ、この作品とあの作品は同じ監督だったんだ」っていう気づきもあって。
― 『クルエラ』のクレイグ・ギレスピー監督は、『ラースと、その彼女』(2007)や『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017)を撮っていますね。
米倉 : 「この監督の前の作品を観てみたい」と思うようになりました。あと『僕のワンダフル・ジャーニー』(2019)という、犬が生まれ変わる作品もいいんですよ!
― 愛する飼い主に再び会うため、転生を繰り返す犬の姿を描いた『僕のワンダフル・ライフ』(2016)の続編です。今作でも「飼い主を守りたい、幸せにしたい」という犬・ベイリーの一途な思いが描かれています。
米倉 : もう最近は犬にハマりすぎて、観る映画も犬が出てくるものが多いかな。本当は、昔から大好きなアル・パチーノとか、もっとかっこいい作品を挙げたいところなんだけど(笑)。
― いえいえ! ありがとうございます。綾野さんはいかがですか?
綾野 : たくさんありますが『エレファント』(2003)ですかね。
― 第56回カンヌ映画祭で最高賞のパルムドールと監督賞を同時受賞したガス・ヴァン・サント監督の作品ですね。アメリカで実際に起きた銃乱射事件をモチーフにしたセミ・フィクションです。
綾野 : 『エレファント』のDVDビジュアルが、黄色を基調にデザインされていて。だから、僕の人生にとっての“黄色”のイメージは、『エレファント』で占められている気がします。
今作は実際にあったコロンバイン高校銃乱射事件をモチーフに描かれているので、楽しい映画という文言でおすすめはできないのですが…なんか自分の中ですごく刺さったんですよね。ある種、『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズや『リリイ・シュシュのすべて』(2001)を観たときのような、「自分の心臓」を確かめるような作品になっていて、打ちのめされるんです。
― どんなところに打ちのめされたのですか?
綾野 : 通り過ぎて行く時間って残酷だなって。2時間くらいの作品ですが、その1秒1秒がすごく残酷に感じる。でも今は、その1秒という時間でさえも豊かだなと思います。
映画も新聞も、ずっと残っていくもの。だから、作品をつくっている僕たちは、もしかしたらいつだって時間を閉じ込めようとしているんじゃないかと思わされます。
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— PINTSCOPE | 心に一本の映画があれば (@pintscope) January 13, 2022
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