目次
私は今、人生3周目
― 芳根さんは本作で、そう遠くない未来を生きるリナという女性の17歳から100歳以上までの人生を演じました。彼女は30歳のときに、不老化処置の施術を受け「不老不死」の身体を手に入れます。例えば、実年齢は100歳だけれど身体的には30歳、誰も経験したことのない世界を生きる人物を表現するのは難しかったのではないでしょうか。
芳根 : 石川監督と「どういうふうに表現すればいいんですかね?」と考えていたときに、「ものごとの近道を知っているんじゃないか」という話をしてくださって。
石川 : はいはいはい。
芳根 : 人生経験が浅い場合、一度全てを経験してみないと、答えに辿りつくことができない。だから、どうしても時間がかかるけど、長年生きていれば経験を積んだ分、いろんなことの最短距離を知っているんじゃないか、と。「なるほどな…」と思ったんです。
石川 : 80、90歳の人をパッと思い浮かべた時、その特徴って「物忘れが多い」や「腰が曲がる」などだと思うのですが、それは脳や身体の老いが原因じゃないですか。では、脳も身体も老化しなかったら、どうなるのかなって。
祖母とか見ていると、うどん屋に行ってもメニューを見てすぐ注文を決める。あんまり迷わないなと思ったんです(笑)。
― なるほど、すごくわかりやすいです(笑)。
芳根 : たしかに、たしかに(笑)。
石川 : すいません、なんかそれくらいの気持ちで言ったことだったんです(笑)。
芳根 : でも、それが私にとって初めての大きいヒントだったんですよ。筋肉が衰えていって、姿勢や声が変わっていくっていう、わかりやすい「身体」の老化は無いなかで、歳を重ねたリナを表現することが最初は想像つかなかったんです。けれど、石川監督とその話をして理解することができました。
― 80、90歳の人は、その年月分、経験値を積み重ねているということですね。
芳根 : 私のおばあちゃんも、やっぱり人生経験があるから知識が豊富なんですよね。だから、体が元気だったらすごいだろうなと。
石川 : 体が若かったら、きっとサーフィンとかもしますよね。
芳根 : みんな上手そうですよね、経験値があるから。感情も豊かだろうし。祖母を見ていると、長年の積み重ねでできた自分のペースがあるんだろうなとも感じて。焦らず、自分の好きなペースで喋ったり。だから89歳以降のパートでは、リナも喋るテンポを落としてみようかな、とかも考えました。
― お二人でそのように話し合いながら、リナを作りあげていったんですね。
石川 : そうですね。まず、17歳のリナをつくってみて、「こういうちょっと行儀の悪い感じかな、じゃあ19歳はどうなるかな? 更にここから20年経ったらどう成長しているんだろう」というように、現場で一つ一つみんなで確認するように進めていきました。
― 出演を依頼した際、自分が経験していない年齢を演じることに不安を感じていた芳根さんへ、石川監督は「30歳はこう、89歳はこうと決めないで、撮影もなるべく年代を追えるように組むので、役と一緒に成長していきましょう」と声をかけられたそうですね。
芳根 : 17歳のリナの撮影が始まったとき、まだ19歳のリナはどんな感じにするか決まってなかったですもんね。撮影が始まる前の話し合いでちょっと試してみても、みんなイメージがつかめなくて、結局「もう、今ここで話してもしょうがなーい!」てなったり(笑)。
一同 : (笑)。
芳根 : 逆に、「89歳からのリナ」を演じるほうが、気持ちが楽でした。誰も正解を知らない世界なので、「それ、違うよ」って言われても、「え? じゃあ、あなたは知ってるの?」ってなるから。そういう気持ちでいたんです。
だから、30歳のリナを演じるほうが緊張していました。自分は今24歳(2021年時点)なのですが、そこから数年離れているだけなので、観客も30歳のリナは想像しやすいですよね。89歳だけど身体は30歳という、誰もが想像できないシチュエーションのほうが自由に描けるので、不老化処置を施した身体で年齢を重ねていく物語の後半のほうが、意外と深く考えずに、自分の感情を大切にできた気がします。
― 芳根さんは19-20歳のとき、NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』で、子供服のメーカー「ファミリア」の創業者・坂野惇子さんをモデルにした、主人公・すみれの17歳から59歳までの人生を演じられました。
芳根 : 私、今人生3周目だと思っているんです。普通の役だけでは得られない経験値が増えてきましたね。朝ドラは半年間の放送の中で、主人公も年齢を重ねていくので、視聴者もそのペースで主人公の人生を追いながら見ることができます。撮影期間も約1年ありました。
でも今作では、約2時間の映画の中で、それを見せないといけない。年齢を重ねる人物を演じるのがどれだけ大変なのかを知っているからこその恐怖がありました。
― 今作の出演依頼があったときに、リナの人間的な深みを表現するのは、今の自分ではまだ難しいと、石川監督にお伝えしたと伺いました。
芳根 : でもどちらも演じてみて、この言い方が合ってるかわからないんですけど、同じ充実度を感じたんです。『べっぴんさん』で演じたすみれと同じく、生きていく中で遭遇する人生の高い波や低い波、そのどちらの波も描かれていたので、リナの人生をすごいちゃんと「終えた」という体感があったんです。それってすごいですよね。
― 『べっぴんさん』で得た経験を凝縮させた、という感じでしょうか。
芳根 : はい。「原液」を飲んだという感じ(笑)。もうちょっと水入れて割りたいな、みたいな。すみれの人生を終え、リナの人生も終え、今、自分の人生に戻っている状態です。
― 一人の女性の人生を2回体験したことで、100歳の人生経験とはまた別の経験値を得ているのではないかと思ったのですが、「ものごとの近道」とまではいかなくとも「人生の選択は、何を頼りにすればいいのか」など見えてきたことはありますでしょうか。
芳根 : どちらの役にも共通していたことは、「働く女性」、そして「母」であるということだったのですが、このふたつはすごく大きかったんです。
― 芳根さんにとって、ということでしょうか?
芳根 : はい。自分の将来を展望したときに、今の仕事はできるところまで、もっと言うなら身体がダメになるまで続けたいという思いがあります。そして、やっぱりいつか家庭をもって、子供が欲しいなっていう思いもあって。
― 芳根さんが考えている将来と重なる部分だったんですね。
芳根 : 今回も、ハルという娘がいたことで本当に救われました。子供を育てるというのは、人生において大きな変化なんだなって。だから『べっぴんさん』のときも『Arc アーク』でも、子供の存在は大きかったです。役であっても、「自分にもこういう母性があるんだ」って気づけたんです。
そこで感じたのは、人生で大きい決断をするときって、「頭で考えるのではなく、人生経験の積み重ねと本能で選びとる」ということ。歳を重ねたリナは想像力を使って自由に表現していたので、その感覚を得られたことは演じるうえでとても大きかったです。
まだわらからない、人生の「ゴール」。
でも、そのプロセスも大事にしたい
― 『Arc アーク』で描かれる未来の世界で、「不老化処置」は、個人の選択に委ねられていました。つまり、自分の人生を終えるかどうかは、自分で決断しなければいけない。「自分の人生を終えてもいい」という瞬間が訪れるなら、それはどんなときだと想像しますか。
石川 : 今のところ、人生を終わりにしてもいいと思ったときはまだないですね。人生って、いろんなことをやった数や時間じゃないっていうのは、短い人生のなかでも何となくわかってくるじゃないですか。素晴らしい瞬間を、何百回も何千回も繰り返したいかっていうと、そういう訳ではないので。
― 石川監督は、「(人生を)止めていいと思えるとしたら、すごく幸せな人生ですよね。」とコメントされていましたね。
石川 : どんな経験や過程を経てそこに到着したのか、そのプロセスにこそ人生の意味があると思っていて。その一つ一つが、その瞬間は良くても悪くても、自分のなかで満足できるものとして「大切にしたい」と思った瞬間に、一旦人生の蓋を閉じるのかなっていう気はしています。
芳根 : …今、私は仕事が人生の中心にあり、そのほとんどを占めているのですが、年齢を重ねると、おそらくその割合が変わっていくと思うんです。いろんなことをバランス良くこなせたらいいと思うんですけど、不器用なので、ついつい仕事中心になってしまっているところもあるんですが。
でも今は、いずれ「終わり」が訪れる限られた時間だからこそ、頑張れる気がしていて(笑)。
石川 : (笑)。仕事に打ち込みすぎなんじゃないの?
芳根 : (笑)。とりあえず今は歳を重ねることが楽しみで、「どういう30代になるのかな?」って思ってるから、まだ人生は止めたくないですね。でも、30、40代になって同じ質問されたら、「20代で止めたかった」とか、私言ってそうです! 絶対、そういうふうに言っちゃうタイプなんですよ(笑)。
― やっぱり、そのときを迎えてみないことには、想像がつかないですよね。
芳根 : 人生において、「何がゴールか」を理解するのは難しいと思うんです。だから、そういうタイミングがきたら、「あ、今だったんだ」って、「そういう運命だったんだ」って思うんじゃないかな。
でも、『べっぴんさん』が無事終了したときは「あ、私いつ死んでもいいんだ!」と思いました。役割を終えて、安堵したというか。
一同 : (笑)。
石川 : そうかー、なるほど。今の話を聞いて、芳根ちゃんがすごい年上に見えた。
芳根 : 人生3周目なんで(笑)。
石川 : そっかそっか。僕の場合は……芳根ちゃんのあとに言うの恥ずかしいな(笑)。でも、今のところ、まだ死にたくない。
すごくいい映画が撮れたら死んでもいいかっていうと、さっきも話したプロセスの大事さを考えると、そういうことでもないなって思うし。芳根ちゃんが言ったみたいに、人生のゴールが何かがわかっていないと、「ここで死んでいい」って言えないんだろうな。自分まだフラフラしてるなって、反省しました(笑)。
芳根京子と石川慶の
「心の一本」の映画
― 永遠の人生を生きられたとして、そのなかでも繰り返し観るだろうなと思う「心の一本」の映画を教えてください。
石川 : 今もすでに定期的に観ている作品なのですが、『雨に唄えば』(1952)かな。
芳根 : あー! ケリーが土砂降りの中『雨に唄えば』を歌うシーン、印象に残っています。
石川 : 自分のそのときの気分に関係なく、観ると楽しい気持ちになれる映画です。どこから観てもいい。途中から観てもいいし、やめてもいいし。
― ジーン・ケリーが監督と主演をつとめた、名作ミュージカル映画ですね。作中の数々の名シーンは、その後沢山の映画にオマージュされるなど、約70年経った今でも人気が衰えない作品です。初めてご覧になったのはいつごろですか?
石川 : 小さいころですね。父が映画好きだったので、一緒に観て以来のお付き合いです。もう、何度も何度も観てます。何度も何度も観てるのに、ああいう楽しい映画がなかなか撮れない…(笑)。
― では、今後そういうミュージカル映画も…。
石川 : そうですね。『Arc アーク』とはまた雰囲気や世界観も真逆な作品を(笑)。
芳根 : そう言われてみると、『Arc アーク』は私、これからも定期的に観ると思うんです。いつか感じ方が変わる瞬間が絶対に来るって思っていて。例えば、5年後の自分、子供が生まれたときの自分、仕事を辞めた自分、90歳になった自分とか…年齢を重ねたり、ライフステージが変わったりしたときのそれぞれの自分が観て「作品の色が変わった」っていう瞬間を体験したいんです。
― 映画は、その時々で感じ方が変わりますよね。
芳根 : 本当に、その人の人生観の変化によって、沢山の感じ方がありますよね。そんな作品に自分が関われたことも、出会えたことも嬉しいなと思います。
↓『Arc アーク』原作本を読む!
↓『Arc アーク』サウンドトラックを聴く!