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そこにいるとわかっていても、なぜだか怖い。いや、わかっているからこそ怖い。ジャパニーズホラーは、「いやーな感じ」や「予感」といった恐怖を楽しむ映画です。
ホラーとコメディは紙一重?
怖いものは、最高に楽しめるってこと!?
― ホラー作品への出演は、今作が初めてということですね。
稲葉 : 脚本を読んだ時は、「ホラー映画の撮影現場って、どういう雰囲気なんだろう…。現場で演じていても怖いんだろうか…。あぁ、怖いぃぃ!」って、なっていました(笑)。
― すでに脚本を読んだ段階で、恐怖が膨れ上がってたと(笑)。設定がまず怖いですよね。ある怪談話を聞いて、その中に登場する「シライサン」という名前を知ってしまったら、呪われてしまうという…。
稲葉 : 怖いです、怖いです、怖いです、こわぃぃ!(笑)「名前を知ったら呪われる」って、理不尽ですよね。でも、それがいいんですよ。呪いの話を聞いてしまったら、もう抗えない。そのくらいルールがシビアな方が、ドラマが盛り上がるし、演じてる方もいい具合に追い込まれていくと思います。だから、その理不尽な設定は大歓迎でした。
でも、撮影の時ホテルに泊まったんですが、夜に台本を読み直すのが怖くて。そのホテルがまた、ちょっと薄暗いんですよ(笑)。「これ読んだ後に寝るのヤダー」ってなってました。
― ロケ地も、古い病院や旅館、工事現場などその景観だけで怖いところが使われていましたよね。
稲葉 : 撮影現場でトイレが建物の奥の方とかにあると「一人で行きたくないな…」って思いました。スタッフの方はみんな味方だけれど、「トイレ一緒に行きません?」とは流石に言えないなと。
― 味方ですか(笑)。
稲葉 : でも、本当に現場はすごい朗らかだったんです。安達寛高監督や主演の飯豊まりえさんが、そういう空気を作り出してくださっていたと思います。
― 今作の安達監督は、“乙一”として『ZOO』『銃とチョコレート』など数々の人気小説を生み出しているベストセラー作家としても有名です。ミステリー・怪奇作品などもたくさんつくられていますが、安達監督ご本人は優しいんですね。
稲葉 : 安達監督は、本当に本当に優しいんですよ。あんな穏やかな人にはなかなか会えないというぐらい、人間が優しい。安達監督の優しさから生み出されたシーンも、いくつか今作には入っています。
― 冬美役を演じた谷村美月さんも「映画の現場っていつも誰かがピリピリしてて怖いんですけど、この組は穏やかでいいですね」とおっしゃっていたそうです。
稲葉 : 僕は、「ホラー映画の現場はどうなんだろう」と不安に思いながら入ったんですが、監督の優しさも相まって、和やかな現場でした。あと、初めてホラー映画に出演して気づいたのは、ホラーとコメディのテンポって紙一重だということ。
― ホラーとコメディは、一見、かけ離れているように思います。
稲葉 : 例えば、「シライサン」が、「いる…? いない…。いる? いない…。いる? …いな…いやっおったんかいー!!!」みたいな(笑)。「ふって、ふって、落とす」というんですかね。
― 「恐怖をあおって、あおって、高めていく」ということですね。
稲葉 : そうです! テンポよくきたかと思えば、3つ目で崩して、急にドーン!と。伝わりにくくて、すいません…(笑)。
― (笑)。わかります。そのテンポに引き込まれると、最後のオチで思わず「キャー」と声をあげてしましますよね。
稲葉 : そういう表現って、ともすればコメディにもなりうる。だから、コメディを演じる際に、今回の経験が活かせるなとも思いました。
コメディも、笑ってはいけないシリアスな状況だからこその笑いもありますし。ホラーも、緩やかなシーンだと思わせておいて、急に叫び声が聞こえて糸が張りつめるということがあります。そして、観客の心拍数がどっと上がる。“緊張と緩和”というか。
― 確かに、作品の“緊張と緩和”によって、観ている方は手に汗を握ったり、笑ったり、そこで感情が生まれますね。
稲葉 : どの作品も、そうなんですが、ホラーとコメディはそれが明確というか如実というか。今回、実際作品に関わって、だからホラー映画は年齢を問わず広く愛され、楽しまれる映画になるんだなと、改めて感じさせられました。
その時々の自分に合わせた
“処方箋のような”映画たち
― 『シライサン』は、脚本を読むのも怖かったとおっしゃっていましたが、普段ホラー映画はご覧になられますか?
稲葉 : 観ちゃう(笑)。
― なぜだか、観ちゃう(笑)。
稲葉 : 得意ではないんです。なので、全部ちゃんと怖がる。制作者の「ここ!」というシーンで、意図通りに怖がる“いいお客さん”だと思います。
― わかっていても、怖いものは怖いですよね。怖いもの見たさのような。
稲葉 : そういうのがあると思います。僕にとってホラーは、日常では体験できない刺激というか。映画に限らず、怪談話のように怖いことを面白がるものって、子供の頃から周りにありますよね。
― 最初に観たホラー映画は覚えていますか?
稲葉 : 『リング』(1998)ですね、やっぱり。貞子がテレビから出てくるところを観て、すごく笑っていた記憶がある。
― 笑っていたんですか!? 『リング』は、ジャパニーズホラーの火付け役となった作品で、見た者を1週間後に呪い殺す「呪いのビデオテープ」の謎を追うストーリーですね。
稲葉 : 当時、僕はまだ幼くて、怖さがわかってなかったんです。だから、貞子のあの動きだけを見て、笑ってたんだと思います。だんだん成長と共に“怖い”という感情がわかってきて、『呪怨』(2003)だとしっかり怖かった記憶がある。
― “呪い”を描いた『リング』と『呪怨』は、『シライサン』をつくるにあたり、安達監督が差別化を意識した大きな存在だとおっしゃっていました。
稲葉 : そのあとは、『着信アリ』(2004)とか、『チャイルド・プレイ』(1988)とか…。『チャイルド・プレイ』は、レンタルビデオショップで、チャッキーが描かれたDVDの表紙を見るだけで怖かった覚えがあります。怖いんだけど、どう怖いかわからないから、観ちゃう(笑)。
― 『チャイルド・プレイ』は2019年、現代版としてよみがえった根強い人気のある映画でもあります。新作だけでなく、旧作のホラー映画もご覧になっているんですか。
稲葉 : あー、そう言われてみれば、そうですね。でも、ジャンルにとらわれず、いろいろ映画を観てたら、ホラー映画も観てたって感じです。あと、ホラー映画のつもりで観てなかったのに、実際観たらホラー映画だったとか、ホラー映画ではないんだけれど、後味はホラー映画という作品もありますよね?
― あります、あります。
稲葉 : 逆のパターンもあって、例えばジョーダン・ピール監督の『アス』(2019)は、ホラーなのかなと思って恐る恐る観たら、思っていた怖さとはまた別の怖さだったんです。映画の面白いところを全部詰め込んだような作品で。語りがいのある映画というか。
― ホラー映画は、友人などと一緒にワイワイ観たい映画でもありますね。
稲葉 : ホラー映画のジャンルもいろいろあるし、広がってきてもいるので、入口がホラーであったとしても、出口もそうとは限らないってことが多い気がします。
― そんな中でも、一番好きなホラー映画はありますか?
稲葉 : 僕が、一番ちゃんと「ホラーされたな」って思った映画があって、それは高校時代に映画館で観た『パラノーマル・アクティビティ』(2007)です。
― 「ホラーされた」という言葉は(笑)!? 『パラノーマル・アクティビティ』は、ドキュメンタリーの表現方法を使ったフィクションとして話題になりましたね。自主映画として低予算で製作されましたが、口コミで広がり、全米1位を獲得するまでになりました。
稲葉 : その頃、気になっていた女の子を、「話題のホラーを観に行こうよ」って誘ったんです。彼女を怖がらせて、僕が全然大丈夫なところを見せてやろうっと思って。で、誰よりも「ホラーされた」のは僕だったという(笑)。
― (笑)。
稲葉 : この作品は「Theホラー」ですよね。「あーくるくるくる!」ってわかってても、ちゃんと怖い。かつ、予想を裏切られる怖さもあって。あの密室とか、覗き見しているようなカメラ位置とか。
― 主人公たちは、“パラノーマル・アクティビティ=超常現象”の正体を探るため、自分たちの部屋にビデオカメラを設置します。その視点で観客も、この部屋で起こることを見守るんですよね。
稲葉 : そう。監視というか、観察しているような気持ちで。お笑いを見て、「めっちゃ笑った!」みたいに、「ホラーされた!」という印象が深く残っている作品です。
― では、最後に“心の一本の映画”を教えてください。
稲葉 : 「この一本!」というのが、映画だと選びかねていて…。漫画やテレビドラマだとあるんですけど。
― 稲葉さんはラジオ番組『ALL GOOD FRIDAY』で、映画コメンテーター・タレントのLiLiCoさんと一緒にコメンテーターを務められています。やはり、LiLiCoさんからの影響もあって、好きな映画もたくさん増えているのではないですか?
稲葉 : 増えてます。そうだ、LiLiCoさんに教えて頂いた中で、一番好きなのは『幸せなひとりぼっち』(2016)というスウェーデン映画です。あれは、良かった…。
― 『幸せなひとりぼっち』は、愛する妻を亡くした孤独な中年男オーヴェが、長年勤めてきた職を突然解雇されて、孤独に耐えきれず自殺を図ろうとしたところから物語が始まります。向かいに引っ越してきた家族との交流から、自分の人生を見つめ直していくという作品ですね。
稲葉 : 独居老人の孤独という、どの国にも通ずる深刻なテーマを描いているの に、オーヴェの姿が軽妙かつユーモラスで。でも、心の深いところをえぐられるようなシーンもあって。そういう映画が、僕は好きなんです。
あと、アクション映画だと『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)。僕は、『仮面ライダードライブ』で仮面ライダーマッハ役を演じさせて頂いたので、ヒーロー映画を観るとやはり自分の支えになります。『リリイ・シュシュのすべて』(2001)は、「こんな映画があるんだ」と観た時ぶん殴られたような感じがした作品だし、『ジョゼと虎と魚たち』(2003)は観た時、苦しくて苦しくて。生きるってこういう感覚なんだろうなと10代で感じさせてくれた作品です。
― その時々の、自分の“心の一本”がたくさんあるんですね。
稲葉 : その時の体調に合わせた処方箋みたいなことですかね。いつどんな時の自分も支えてくれるような、そんな都合のいい映画はなかなかない(笑)。でも、こういう時に聞かれてパッと頭に浮かぶ映画は、自分の中に残っているということなんだろうな…。
一本には絞りきれてないけれど、いつかは“一本”が見つかるのかもしれませんね。今度、取材して頂いた時には、逆にもっと増えてるかもしれないですけど(笑)。