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繰り返し観たい映画、そばに置きたい大切な映画、贈りものだった映画、捨てられない映画……。いろいろな旅を経て、棚におさまっているDVDたち。同じものはひとつとしてない棚から、そのクリエイションのルーツに迫ります。
小林信彦さんに憧れて、9年間書き溜めた“映画ノート”。
東京の郊外、閑静な住宅街にそびえ立つ大きな木の裏手に、全面ガラス張りの一軒家がたたずんでいます。家に近づくと、見えてきたのは四方に積まれた本や雑誌、チラシ、DVDの数々。「本に囲まれて生活をしている」とは事前に聞いていましたが、その量に思わず編集部もたじろぐほどです。
「散らかっていて申し訳ないです。これでも断捨離をしたのですが、もう何がなんだか……いろんな仕事の化石が積み上がってしまって(笑)」
やわらかい笑顔で向かえてくださったのは生島淳さん。NBAやメジャーリーグなどのアメリカスポーツや、国内のラグビー、野球、駅伝などスポーツ全般を扱うジャーナリストとして、TVやラジオ、雑誌など毎日メディアに引っ張りだこの姿を見かけます。また、講談師の神田松之丞さんや歌舞伎にも精通されている生島さん。本業であるスポーツだけに限らず、「おもしろそう!」と思ったものに対してどこまでも積極的に探求される精神は、この部屋に表れているように感じました。ライターである奥様の本も一緒に並び、2人の思い出が積み重なった、ここはまるでカルチャーの宝の山のようです。
DVDは入り口向かって正面の棚、2段ほどにまとまっていました。アメリカの作品を中心に、ジャンルは映画にとどまらずスポーツ系のドキュメンタリーや海外ドラマ、落語などが並びます。
「おそらく、DVDは100本ほど持っています。映画は幼いころから好きで、中学1年生から高校3年生までは毎年100本観るほど。中学2年生から大学を卒業するまでは“映画ノート”をつけていたんです。夢中になって観ていましたね」。
なんと、当時の“映画ノート”が宝の山の中に残っていました。映画のタイトルと監督、主演、星での評価が記され、感想欄には今の生島さんの文章を垣間見るような、対象に情熱を傾け、その作品から見えてきた喜びや驚きを生島さんなりの表現で書かれています。
残しておくことは、自分を思い出すこと。
「“映画ノート”をつけはじめたきっかけは、コラムニストである小林信彦さんに憧れて。今は廃刊になってしまった雑誌『ROADSHOW』に載っていた小林さんの映画連載が素晴らしかったんです。小林さんが『若い時はたくさんの映画を観るのではなくて、1本を深く分析したほうがいい』と書かれていたのを鵜呑みにして、僕も1本映画を観たらそれについて深く考えるようにして、自分なりに分析したことをノートに書こうと決めたんです。次第に自分の風合いが出てきたので、今思えば文章の訓練になりましたね。大人になってから、古本屋に通って小林さんの著書を数万円するものまですべて集めました。僕の神様です」。
「元祖おたく作家」と評され、数百冊以上の著書を残している小林信彦さん。永六輔さん、小沢昭一さんなどとともにサブカルチャー文化を築いてきた巨匠の筆力は生島さんの心に刺さります。
「小林さんは政治もアイドルも書けた人で、どの文章も最高におもしろかった。彼と同じ仕事をしたい、と思ったのが今の仕事を目指しはじめたきっかけです。今の僕の興味の幅広さは彼の影響だと思います」。おもしろいと思ったものは、とことん探求する。そうして、これまで自分の琴線に触れた作品たちを記憶の片隅に残しておくために、DVDを手元に置いておくと生島さんは話します。
「ネット配信サービスでも観られるのにDVDを買ってしまうのは、自分がたどってきたものを手元に残しておきたいからだと思います。時々思い出して、見返したり、人に話したりして。見返すタイミングは自分の中で出来事と作品が『クリック』された時。今はもうすぐNBAのファイナルが始まるので(取材は5月下旬)僕の中のバスケ熱が高まっていて、バスケ関係の映像を見返しています。これはアメリカの大学選手権NCAAトーナメントの、その年1年分の素晴らしい名シーンを集めたダイジェスト映像で、海外から取り寄せています。あとは(マイケル)ジョーダンのプレーも時々見返したくなりますね、会社をサボって観に行くほど夢中だった日を思い出します」。
記憶を呼び起こして、懐かしんで、時に涙する。
特に思い入れのある、お守りにしている映画はどれでしょうか?「なんでしょうね……」と悩みながら、4本の作品を棚から出します。邦画からピックアップしたのはカンヌ国際映画祭、パルム・ドール受賞の記憶も新しい是枝裕和監督の『海街diary』(2015年)です。
「この映画で1つ好きなシーンをあげるなら、綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずの4人姉妹が喪服で海沿いに並ぶ最後のシーン。あれ以上綺麗な画は撮れないだろうな、と思うほど画の力を感じました。あのシーンだけ観たくて映画館に2回行って、写真集も買っちゃいましたね。写真集と同じデザインのカバーが素敵でDVDも買っちゃって。単純に女優さんもかわいいしね(笑)。大きな事件は起きないのですが、映画の中に春夏秋冬がきちんと描かれていて、梅酒をつくったりしらす丼を食べたり、そういうなんでもない日常に惹かれました」。
記憶を辿り、やさしい心地に戻れる作品は手元に残してこそ生きるのかもしれません。生島さんの思い入れを特に強く感じたのが閉館前の歌舞伎座を残したドキュメンタリー『わが心の歌舞伎座』(2011年)です。この作品は、建替えになる前の姿をとらえた最初で最後の歌舞伎座ドキュメンタリーです。約10年、歌舞伎座での東京公演はすべて行っているという大の歌舞伎好きの生島さん。
「初めて観たのは、2008年の『新秋九月大歌舞伎』。中村時蔵、市川亀治郎(現・市川猿之助)、市川海老蔵という今ではほぼ共演は実現しない役者の贅沢な舞台。そこで一気にハマりました。それから通いはじめてちょうど10年なので観劇キャリアは長くないのですが、そんな僕でも歌舞伎座は想い出深い場所なので、記録に残してもらえるのは嬉しかったですね。なくなってしまった1階の売店には『なんでこの店がここにあるんだろう?』と思うような不思議な店も多くて、でもそれが味わい深くて好きだったんですよ(笑)。建物のヒストリーパートもいいんですけど、インタビューがひとつのドキュメンタリーとしてものすごくいい。ご案内さんの話や、中村梅玉さんの五代目中村歌右衛門が亡くなったときの話など、どんな思いを抱えて歌舞伎座で働いていたのかが知れて、泣いちゃうんです」。
『落語研究会 古今亭志ん朝全集〈上〉』も「特別な1本」と生島さん。当代きっての落語家として、多くの落語ファンに愛された志ん朝師匠の全集は8枚組、本編871分のボリュームです。「言葉遣いが全然違いますし、僕らの世代にはない風合いというか、本物なんだろうなと素人ながら感じました。落語を聞きに行った後、志ん朝師匠はこの演目をどんな風に演っていたのかなと見返すことが多いです」。
DVDを通して、思い出を手元に残しておく。
たくさんのDVDを紹介くださった生島さん。中でも大のアメリカ好きな生島さんにとって外せない大好きな監督が、クリント・イーストウッドとウディ・アレンです。「彼らはどの作品も素晴らしいのですが、イーストウッドならば『硫黄島からの手紙』(2006年)が好きですね。彼の素晴らしい観察眼を持って戦争を経ると人間はどう変わっていくのか、日本人の人間性とはなにか、日本人にとって大事なことが丁寧に描かれていて、本当は日本人がつくるべき映画だったのではとも思います。彼の最高傑作ですね、息子が大きくなったら一緒に観たいです」。
もうひとりの大好きな監督、ウディ・アレンから選んだのは『マンハッタン』(1979年)。モノクロ映像に映し出されるニューヨークの街並みの美しさ、ジャズ・クラシック界の大御所、ジョージ・ガーシュウィンの楽曲も見事です。「冒頭の『ラプソディ・イン・ブルー』がかかっているシーンを観るだけで充分です。冒頭は何度も観ましたね」。
「DVDは昔の自分を振り返るのにいいですよね」と映画から呼び覚まされる思い出を振り返ります。奥さま曰く「昔はアメリカ人になると言っていたんですよ、しかも“なりたい”じゃなくて“なる”って(笑)。一度入れ込むと気持ちが強いんですよね」と笑います。
「映画やドラマ、スポーツなど、アメリカが生み出している文化全般が好きなのですが、それは物語のドライブ感のマックス度合が日本と全然違うところに惹かれるから。NBAを観ていても、こんなにおもしろいことが起こっていいのか! と興奮するほど、予想もしないような展開が次々と起こる。簡単に自分の想像を越えられてしまうほどに強いストーリーをNBAが生み出せるのは、選手の持っている実力がとても高い水準にあるからだと思います。特にプレーオフ間近は、野球もアメフトもバスケも全部おもしろいですよ。アメリカで製作されたドラマもそういうスポーツと同じ力強さがあって、大好きなスティーブン・キング原作の『11/22/63』(2016年)は日本での配信が待ちきれなくてDVDを買いました。配信が待ちきれなくて買ってしまうことは多いですね」。
「邦画で一番好きな映画はこれです」と手にとったのは大林宣彦監督の『転校生』(1982年)。「初めて観たのは中学3年生の時、小林聡美さんのパワフルさもよかったけれど、故郷の気仙沼の景色と舞台である尾道の光景が似ていたので鮮明に自分の中に残りました。大学の時には、ロケ地を巡ろうと尾道に行ったんです。昔の自分と映画のシーンが重なって。思い出を振り返られる映画はいいですよね。そういうことでいえば、『2番目のキス』(2005年)で、登場人物の男の子のクローゼットが、ボストン・レッドソックスファンのウェアで埋め尽くされている光景を見て女の子が呆れるシーンがあるのですが、『俺のことじゃないか!』と思いました(笑)」。
映画と自分が生きる現実をリンクさせながら、自身の見識を深めていった生島さんの映画ノートを覗くと、中学2年の時に『炎のランナー』を観た感想が綴られていました。観た場所は銀座みゆき座。ひとりで観に行くことが多かったという生島さん。高校時代は土曜日の午前授業が終わると、そのまま電車に乗って自宅のある宮城県の気仙沼から電車で30分かけ、岩手県の陸前高田の映画館に行ったり、東京にいる兄たちを頼って映画を観るために上京していたりしたそうです。生島家の宝の山にあるDVDを時折手にとって、生島さんが思い起こしているものは、そんな生島さんの知る喜びに溢れた日々のように感じました。
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- 映画から、もうひとつの物語が生まれる
- 探求精神があふれる、宝の山へようこそ。
- 無限の会話が生まれる場所。 ここから、創作の閃きが生まれる。
- 夢をスタートさせる場所。 このDVD棚が初めの一歩となる。
- 本や映画という存在を側に置いて、想像を絶やさないようにしたい。