目次
おもちゃ箱のような棚に
発明装置と並ぶDVDたち
「すみません、散らかっていて。DVD棚は2階のミーティングルームにあるので、どうぞ上ってください」
そう言ってオフィスの2Fへと案内してくれたのは、今回の棚の持ち主、中村唯さんです。中村さんが勤めている「株式会社TASKO」は、日本科学未来館のリニューアルオープンに合わせてつくられた、壮大なボールサーカス(ボールがレールの上を、ぐるぐる回転しながら移動する装置)を使った常設展示や、渋谷公会堂跡の工事現場で制作した、単管などの建材を使ったデジタルからくり時計、「ジブリの大博覧会」における実際に動く飛空艇の機械・電飾など、幅広い分野の仕事を手掛けている “21世紀型総合アートカンパニー”です。
株式会社TASKOは、奇想天外でユニークな発想と、確かな技術力、そしてスタッフそれぞれの専門知識を持ち寄り、組み合わせることで、今までに“見たことがないもの”を次々に創り出してきました。その斬新なクリエイティブが生まれる瞬間に、何度も立ち会ってきたであろうミーティングルーム内で、そのDVD棚を見つけました。
ビルのリノベーションも、スタッフが自ら行ったという祐天寺ファクトリーのミーティングルームには、壁側にまるでおもちゃ箱のような木製の棚が設けられています。怪しげな人形や骨董品のような雑貨、発明途中のような装置や部品などがぎっしりと並び、それはまるで秘密基地のような雰囲気。隅々まで目を凝らして、何が飾ってあるのかひとつずつ眺めていたくなる棚です。その一部に、DVDが4段にわたって積み上げられていました。
“好きな映画”を知ることで、
スタッフのことがより深くわかった
「私のデスクは3階にあるんですけど、DVDは、人が集まるこのミーティングルームに置いています。ほとんどが私の持ち物ですが、他のスタッフの私物も混ざっていますね。…というもの、実は今日の取材と撮影に向けて、他のスタッフにも追加してもらったんです。量が多い方が、見栄えもいいと思って(笑)」
棚に置かれたDVDのタイトルを眺めてみると、邦画や洋画だけではなく、アーティストの映像作品やアニメーション、芸人の舞台作品やミュージックビデオの映像集など、さまざまなジャンルが並んでいます。
「今回、みんながDVDを持ち寄ったことで、お互いに新しい発見もありました。普段一緒に仕事をして、同じ感覚を共有しているつもりでも、実際に観てきた映画を並べるとこんなに視点が違うんだなって。女性陣はミシェル・ゴンドリー監督やウェス・アンダーソン監督の作品が好きだったり、男性はSFやホラーが好きだったり。好きな映画を知ると、その人の本質的な好みがわかってくるようで面白いですし、自分にはない発想をもらえますよね」
ミーティングルームにDVDの棚をつくることで、打ち合わせ中にも「あの映画のような色彩で…」と取り出して会話のきっかけになったり、自分の観てきた映画を他の人が目にすることで、また違う視点をもらったりと、発想のヒントがここから生まれたらいいという視点でつくられたそうです。
「社内だけじゃなくて、これからは、仕事先の方とデザインの方向性についてやりとりする時も、このDVD棚を使っていきたいねと社長は話しています。“あの映画の雰囲気で”とか具体的な映画のタイトルを挙げたり、映像を観たりすることで、お互いにイメージを伝えやすくなるかもしれないなと思います」
ポスターやDVD特典、
映画を取り巻くすべてのものから着想を得る
設計制作・デザイン&ウェブ・舞台制作・美術制作・プロデュース、という5つの部門から成り立っている株式会社TASKO。中村さんは、デザイン&ウェブ事業部に所属し、チラシやポスターなどのデザインから、大きな空間ディスプレイのアートディレクションまで幅広く担当しています。
小学生の頃から映画をよく観ていたという中村さん。近所のレンタルビデオ屋に足繁く通っていた高校時代は、レンタル枚数が客内ナンバー1になるほどだったとか。それをきっかけに店長に声をかけられ、棚に飾るPOPに映画のレビューも書いていたそうです。
今もたくさん観ているという映画から、創作のインスピレーションをもらうこともあるのでしょうか?
「チラシやポスターのデザインをすることも多いので、映画のポスターはいつも気にしています。高校生の時も、映画のチラシをファイリングしていたし、今でもタイトルを聞くと、その作品のポスターが頭にすぐ浮かぶくらい、映画のポスターを見るのは好きです」
ひとつの作品でも、世界各国でデザインが異なる映画のポスター。それを見比べることで、「映画のどこに視点を当てたのか」という国ごとの価値観の違いも見えてきて面白いと、中村さんは言います。
「『わたしはロランス』(2012年)という映画のポスターは、日本版が一番好きです。この作品には、正直に生きるとはどういうことか、ひとりの人間として相手を愛するとはどういうことか、という深いテーマが美しく描かれているんです。グザヴィエ・ドラン監督が23歳の時に撮った作品なんですが、日本版のポスターに採用されている“空に服が舞う幻想的なシーン”には、若いエネルギーが溢れているように感じます。この演出はやりすぎって言う人もいるんですけど、目を引くビジュアルだし、イマドキなイメージなので、宣伝としても成功しているとも思います。とても好きなポスターデザインのひとつです。」
他にも、ウォン・カーウァイ監督や北野武監督の作品など、アジア映画が持つ色彩の美しさからも、インスピレーションをもらうことがあるそうです。
「『恋する惑星』(1994)や『天使の涙』(1995)、『花様年華』(2000)あたりのウォン・カーウァイ監督の作品も繰り返し観ています。“エロス”や“食”を、はっきりとした色彩の中で提示する中で、独特の異様さを醸し出すことに成功していると思います。かつ、それがアジア女性の肌の色にも合っていて、とても美しい。北野武監督の映画も色彩に特徴がありますよね。初期の『キッズ・リターン』(1996)などの、“キタノブルー”と言われるブルーを基調とした映像の独特のトーンにも影響を受けました。」
大阪の梅田にあるファッションビルの正面入口で、クリスマス期間に展示したTASKO制作の大型作品があります。中村さんはアートディレクションという立場から、その作品に関わりました。アニメーションの原点とも言われる「ゾートロープ」という装置を使い、クリスマス特有のワクワクする気持ちを表現したそうです。すると、「このアイデアも、ある映画作品からヒントを得たんです」と言って、棚からカラフルなジャケットのDVDを見せてくれました。
「限られた空間の中での見せ方や、ファンタジックでかわいい世界観のつくり方を考えている過程で、ウェス・アンダーソン監督の『ライフ・アクアティック』(2004)が浮かんだんです。海洋探検家でもある映画監督の主人公と、乗組員たちの冒険物語なんですけど、作中に船のジオラマの断面図が登場します。DVD特典では、そのシーンをイラストにしたリーフレットが封入されていて、それを参考にしました。小さい模型とかインスタレーションをディレクションする時は、『ファンタスティック Mr.FOX』(2009)とか『ムーンライズ・キングダム』(2012)とか、ウェス・アンダーソン監督の世界観からの影響が反映されていると思います」
同じ映画を繰り返し観るのは、 その時の自分を映し出してくれるから
中村さんは、どんなに忙しくても、帰宅してから寝るまでのわずかな時間や新幹線の移動などの時間を使って、映画を観ていると言います。映画は中村さんにとって、気持ちをリセットするための安定剤でもあるそうです。「忙しい時ほど映画を求めてしまう」と、中村さんは話してくださいました。
一番多い時で、年間200本は映画を観ているという中村さんに、忘れられない映画体験について尋ねてみました。
「仕事を始めてからも映画はたくさん観ているんですけど、やっぱり10代とか、多感な時期に観た映画のインパクトは大きいと思います。予備知識なく、無垢な状態で出会うからですかね。そういう意味で、一番強烈な映画体験だったのは、12歳の時に観たスタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』(1987)です。夏だったので、“戦争を描いた作品でも観てみようか”と思って軽い気持ちで選んだら、見事にトラウマになりました(笑)。ラストで、スナイパーの少女がすごく苦しんで死んでいくシーンがあるんですけど、いけないものを観てしまったような感覚がいつまでも忘れられなくて。私は夏になると、終戦のタイミングということもあってよく戦争映画を観るんです。『フルメタル・ジャケット』は10回以上は観てますね。それだけ観ていても、そのシーンはいまだに克服できなくて、今でも怖いです」
映画の中に描かれた、戦争の狂気。それはきっと、小学生だった中村さんにとって初めての「戦争体験」であり、強烈な死の香りを感じた、忘れられない記憶なのでしょう。知らない国や時代のことを、自分の身に起きたことのように体験してしまうのも、映画の持つ力なのかもしれません。
トラウマのような映画でも、10回以上は観ているという中村さんですが、それを上回るほど、繰り返し観ている大切な1本があるそうです。「ちょっと待ってくださいね」と棚に向き合うと、迷うことなくひとつのDVDを出してきてくれました。
「私が人生で一番観ている映画は『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)です。名作中の名作ですよね。これも小学生くらいの時にVHSで観ました。エンニオ・モリコーネの音楽も良くて、高校生の時はサントラを聴きながら自転車をこいでいました(笑)。この作品は、主人公が少年から大人になるまでの長い時間を描いているんですが、そういう“一人の人生”を追った映画が好きなんです。自分が人生経験を積むと、その映画の感じ方が変わってくるような気がして。私が家庭をもったり、出産したりするとまた変わるだろうし。そういう作品は、観る時の自分の環境によっても印象が変わるので、映画って面白いですよね」
同じ映画でも、観るタイミングによって心に刺さる場所は異なり、そこから自分が今大切にしたいものや、軸にしているものが見えてくる。中村さんにとって、映画とは、グラフィックデザイナーとして刺激を受ける存在でもあり、自分自身を映し出してくれる、鏡のような存在でもあるのかもしれません。そこからまた、中村さんの新しいアイデアが生まれ、TASKOとしての作品に結びついていくのでしょう。
- 映画に込められた愛情と熱量が 自分の「好き」を貫く力になる
- 「好き」が詰まった部屋はアイディアの引出し
- 映画を作るように、料理を作りたい。働き方の理想は、いつも映画の中に
- 最新技術と共に歩んできた映画の歴史から、“前例のない表現”に挑む勇気をもらう
- 映画は仕事への熱量を高めてくれる存在。写真家のそばにあるDVD棚
- “これまでにない”へ挑みつづける!劇団ヨーロッパ企画・上田誠が勇気と覚悟をもらう映画
- “好き”が深いからこそ見える世界がある!鉄道ファンの漫画家が楽しむ映画とは?
- 一人で完結せず、仲間と楽しむ映画のススメ
- おうち時間は、アジア映画で異国情緒に浸る
- 漫画家・山田玲司の表現者としての炎に、火をくべる映画たち
- 時代の感覚を、いつでも取り出せるように。僕が仕事場にDVDを置く理由
- 「この時代に生まれたかった!」 平成生まれの役者がのめりこむ、昭和の映画たち
- 好きな映画から広がる想像力が 「既視感がバグる」表現のヒントになる
- 好きな映画の話を相手にすると 深いところで一気につながる感覚がある
- 勉強ができなくても、図書館や映画館に通っていれば一人前になれる。
- ナンセンスな発想を現実に! 明和電機とSF映画の共通点とは?
- 22歳にして大病で死にかけた僕。「支えは映画だった」 絵本作家の仕事部屋にあるDVD棚
- 映画は家族を知るための扉。 保育園を営む夫婦のDVD棚
- 「映画を観続けてきた自分の人生を、誰かに見せたい」 映画ファンが集う空間をつくった、飲食店オーナーのDVD棚
- “すべての人を肯定する服作り”をするファッションデザイナーのDVD棚
- 「データは信用していない」映像制作プロデューサーが、映画を集める理由
- 写真家としてテーマを明確にした映画。自分の歩む道を決めてきた、過去が並ぶDVD棚。
- DVD棚は“卒アル”。 わたしの辿ってきた道筋だから、ちょっと恥ずかしい
- 映画を通して「念い(おもい)を刻む」方法を知る
- 家にいながらにして、多くの人生に出会える映画は、私の大切なインスピレーション源。
- オフィスのミーティングスペースにDVD棚を。発想の種が、そこから生まれる
- 映画の閃きを“少女”の版画に閉じ込める
- 映画の中に、いつでも音楽を探している
- 映画から、もうひとつの物語が生まれる
- 探求精神があふれる、宝の山へようこそ。
- 無限の会話が生まれる場所。 ここから、創作の閃きが生まれる。
- 夢をスタートさせる場所。 このDVD棚が初めの一歩となる。
- 本や映画という存在を側に置いて、想像を絶やさないようにしたい。