目次
作品制作の前には、DVD棚を総入れ替え。
インスピレーションをもらえる作品で、周りを埋め尽くす。
ミュージシャンであり、小学生の男の子を育てる母親でもあるオシダアヤさん。
そのオシダさんのご自宅にあるDVD棚は、家族3人で暮らす一軒家の1階、日当たり良好なリビングルームの四方に置かれていました。レコードやCD、本などと入り混じって、DVDがところせましと積み上げられています。
『さらば青春の光』(1979年)の隣に『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』(2009年)、その少し先に『ベイビー・ドライバー』(2017年)が並ぶなど、置かれているもののジャンルや製作年代はバラバラ。また、オシダさんだけでなく、家族みんなの好きなものも合わせて置かれているので、まるで “宝探し”が今から始まるかのようなワクワク感のある空間です。さらにオシダさんが青春期から集めているカセットテープもその中にはあるそうで、もはや「くつろぐためのリビング」というよりは、家族みんなの創造性を刺激する「遊びのためのリビング」と呼んでもよさそう。
DVDの数は、なんと500本超。映画が好きなだんなさんの影響もあって、配信サービスは使わず「観たい!」と思ったら即DVDを購入。そして、この家に運ばれてくるとのこと。「どんな映画のジャンルも好きなのであえて吟味はせず、人におすすめされたら観るようにしています」。
映画から、音楽創作へのインスピレーションをもらうことも多いというオシダさん。あたらしい曲やアルバムをつくる時は、持っているDVDを観返し、その時つくりたい音楽の方向性に合わせて、リビングに並んでいるDVDを総入れ替え。2階の収納部屋からインスピレーションをもらえそうな作品を持ってきて、リビング中をそのDVDで埋め尽くすことから音楽制作は始まるそうです。
「今年リリースしたアルバム『WOMAN』は、『個にフォーカスする』ということをテーマにつくりました。それは、“女性”という性別などの“わかりやすい枠組み”に焦点をあてるのではなく、個人にフォーカスすることで初めて見えてくるものに焦点をあてることです。それは、一見脆くて曖昧のように見える。でも、それこそがその人の“強さ”に紐づいているのではないか、というのがテーマでした。このアルバムの制作中も、DVDを選んでリビングに置いて、創作していましたね」。
家族ができる以前は、音楽制作の際、ひたすら「いかに音をおもしろくするか」に集中していたそうですが、今では「出会う人や、映画、本などの作品から知る“人生”にもインスパイアされるようになりました」とオシダさんは話します。家事業と音楽制作とで、今は家にいる時間が多いオシダさんにとって、映画のDVDは、家にいながらにして多くの人生を体験するための大切な手段のひとつ、なのだそうです。
そして、オシダさんが制作したアルバム『WOMAN』のテーマ同様、オシダさんは映画も“個にフォーカス”して観ていたのでした。
自分の生き様を、自分の歌に、
メッセージとして乗せる。
2018年8月、“アレサ・フランクリン”が亡くなりました。2010年に米ローリング・ストーン誌が選んだ「歴史上最も偉大なシンガー100人」の第1位に選ばれた人であり、女性解放運動など女性の自由を求めてパワフルに活動し続けた彼女は、オシダさんにとってもあこがれの女性のひとりです。アレサが出演している『ブルース・ブラザーズ』(1980年)も大事な作品のひとつであり、アレサが亡くなったのをきっかけに観返したと話します。
「アレサが劇中『Think』という歌を歌うシーンが、最高にカッコいいんです。歌詞のテーマが、“自由”。アレサ演じる女性の夫がある日突然、夫婦で経営していたダイナーを辞めて、バンドを始めたいと言い出します。その夫の言動に対して、アレサが『Oh, freedom, freedom. Oh, freedom, yeah, freedom!』と歌うんです。あえて日本語にするなら『心を解き放ち、もっと自由な気持ちになって、自分が今どうあるべきか考えて!』。つまり、それは『自由を履き違えないで!』というような意味。なんてカッコいい歌詞なんだろうって」。
アレサは、黒人教会の牧師の娘として生まれながら、12歳で最初の子どもを産み、19歳で初めて結婚するも、のちに離婚。そんな波乱の人生を送った彼女が映画の中で歌い上げる歌は、女性の権利が今ほど認められていない時代に生きる、世の女性たちを励ましたのです。
「彼女はカバー曲を歌う時でも、そのままの歌詞で歌わず、女性を応援するようなオリジナルの歌詞に自分でアレンジして歌うこともあったそうです。それは、自身の考えを聴衆に伝えるため。『ブルース・ブラザーズ』で『Think』を歌う姿を観ると、役と本人の人生が重なるように思えて、改めて“しびれるほどカッコいい女性”だなと。その存在に、心底あこがれます」。
『ブルース・ブラザーズ』には、アレサ以外にも、ジェームス・ブラウンやレイ・チャールズなど、大物歌手が多数出演して歌声を披露しています。彼らは、貧困や人種差別などに苦しみながらも、音楽を携えながら“高み”を目指し生きてきました。その実人生に裏打ちされた、輝く姿が映画の中に映っているからこそ、私たちは彼らの歌に感銘を受けるのかもしれません。
歳を重ねることで、憧れる姿。
歳を重ねることで、わかる映画。
人の生き様を体験することができるという意味で、ミュージシャンのドキュメンタリー映画を観るのも好きだというオシダさん。そういえば棚をよく見ると、映画だけでなくライブDVDもたくさん積まれています。特に大切な作品として棚から取り出したのは、世界的なミュージシャンであり、作家、画家など多岐にわたって活躍する“ニック・ケイヴ”のドキュメンタリー『ニック・ケイヴ 20,000デイズ・オン・アース』(2014年)です。
ロック界のレジェンドとして、60歳を越えてもなお意欲的に音楽制作を続けるニック。その姿は、映画監督のヴィム・ヴェンダースなど多くのアーティストたちに愛されています。オシダさんも、そんな彼の生き様に心酔しているうちのひとり。3年ほど前にDVDを購入して以来、少なくとも5回は観ていると言います。
「この映画では、彼が自宅で行っている音楽制作の様子が映ります。そこで彼は歌詞を綴ったり、ピアノでセッションをしながら曲をつくったり。その中に、歳を重ねても丸くならず、彼は彼のままというのが垣間見えるような、ハッとさせられる瞬間がときどき映し出されるんです。いくつになっても、クリエイティブに妥協しない姿を見ていると、ものづくりの原点はそこだよなと感じます。すこしでも彼のように、歳を重ねてもカッコよくありたいですね」。
オシダさんは、日本の名匠“小津安二郎”監督の作品も音楽に注目して観ていると言います。「実は音楽がいいんです」と言いながら、DVDボックスの他、サウンドトラックを取り出してくださいました。
「小津監督の映画音楽はストリングスのきいた軽やかな音色が多いですよね。クラシック音楽というより、大衆音楽という感じの音。物語はすごく重かったりもするのに、カラッとした気持ちで観られてしまうのは、軽やかな音楽と映像の美しさの効果だと思います」。
絵画的な美しさや物語の深さなど、小津監督の作品のよさは、「自分自身が年齢を重ねるほどよくわかる」とオシダさんは話します。
「『東京暮色』(1957年)『秋刀魚の味』(1962年)『東京物語』(1953年)などは、物語は昭和風ですが、主人公たちの感情は今の時代に通ずると思います。辛いことも起こるんだけど、モヤモヤしない。まるでフランス映画を観ているように、“セラヴィ(C’est la vie/これも人生さ)”という気持ちになれるんですよね」。
日常の中に映画があることで
生み出す音楽に“温かさ”と“カッコよさ”が同居する。
『ブルース・ブラザーズ』の“アレサ・フランクリン”以外に、もうひとり、オシダさんがあこがれる女性がいます。“ジャンヌ・バリバール”、フランス人の女優、そしてシンガーでもあります。彼女が出演した音楽ドキュメンタリー『何も変えてはならない』(2009年)を手に取り、オシダさんはそう話してくれました。
「ジャンヌはもう50代なのですが、ずっと美しく知的でマスキュリン(男性的)で、自分らしい表現を貫いている女性です。大人になると大体の人が、物分かりがよくなりすぎる、いわゆる“丸くなってしまう”のですが、彼女はずっとパンクなんですよ。若い時はわがままでいられても、年齢を重ねても、若い時と変わらず “とんがって生きる”のは難しいこと」。
オシダさんは、年齢を重ねていく中で、女性らしさを失いたくはない。かといって、いわゆる“美魔女”のようになりたいわけではない、と言います。ジャンヌ・バリバールは、女性としてもミュージシャンとしても、今後の人生のお手本にしたい存在なのだそうです。
「すべての女性に、自分らしく、美しく、カッコよく生きてほしいと思うし、自分自身もそうでありたいという思いが、今の私の音楽に投影されているように思います。若いころは自我が邪魔して書けなかった歌詞や作れなかった音もあったんですが、大人になり“生活”という基盤ができてから制作すると、また違った表現が生まれるんだなと思いました。今は保護者会とかもあるし(笑)、限られた時間の中で音楽と向き合える時間が宝物になっていますね」。
夜になって息子さんが寝てからが、オシダさんの映画タイムです。ひとりで観たり、だんなさんの帰宅が早ければ一緒に観たり。忙しくてどうしても時間がとれないこともあるけれど、「時間は自分でつくるもの! なるべく週に2回は観たい」とのこと。
オシダさんが創り出す、温もりのある歌詞に尖った音が乗った音楽。そのメロディーが、やさしくも激しいメッセージとして私たちの元に届くのは、“日常の温かさ”と、 オシダさん自身の人生に影響を与えた様々な人の“カッコいい生き様”が同居しているからなのでしょう。
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