目次
情報や批評を追わず、
自分の感覚だけを頼りに映画を観たい
どことなく懐かしい雰囲気のある、平屋の木造住宅。アンティーク調の木の腰壁に囲まれたリビングには、ジャケットやTシャツ、畳まれたセーターや小物が展示されるように美しく並び、まるでどこかの洋服屋さんに来ているかのようです。
「築年数の古い家を、自分で改装しました。壁も白いペンキで塗って、棚は自分で作ったものもあります。昔の家なので、冬は底冷えするんですけど…静かな住宅地で気に入っています。奥がアトリエなので、よかったらどうぞ」
そう案内してくれたのは、ファッションブランド「foof」のデザイナーである岩井太郎さん。アトリエには、トルソーやミシンが置かれ、木の戸棚には色とりどりの糸が並んでいます。部屋の隅には、水槽の中からこちらをじっと見つめる亀の姿も。
DVDは、写真集や画集、雑誌などが並ぶリビングの本棚にまとまって置かれていました。古典の名作やフランス映画など様々なジャンルの映画が置かれていますが、目を引くのは、SF映画やアニメーション映画が多いこと。
「実家には、もっとたくさんあって、そこから持ってきたDVDもいくつかあるんです。母がSF映画を好きだったので、その影響を受けています。初めて家で映画を観たのは3歳の時の『AKIRA』(1988)だし、映画館で初めてシリーズものの映画を全部観たのも『マトリックス』でした。最近だと、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(2002)と自分のブランドでコラボレーションして服を作ることができたのも、嬉しかったです」
SFやホラー、ファンタジーのように、自分の身には絶対に起きることのない、現実からかけ離れた世界観が描かれた映画が好きなのだと、岩井さんは言います。
「SFやホラー映画って、インパクトが強いビジュアルが多いですよね。僕は、セリフやストーリーを抜きにして映像だけでも成立してしまうような、絵としての強さがある映画が好きなんです。そう思うようになったのは、専門学生時代に、演劇や映画に詳しかった友だちが教えてくれた、アレハンドロ・ホドロフスキーが監督を務める『エル・トポ』(1969)や『ホーリー・マウンテン』(1973)を観てからです。アレハンドロ・ホドロフスキー監督は目に見えるもので勝負しているというか、そこに徹底する感じが、同じ作り手として尊敬してます。言葉は付加価値を与えてしまうけど、絵だけで成立させてしまうというのは、物としての強度が一番あるんじゃないかなって思うんです」
岩井さんがそのような視点で映画を観るようになったのは、ここ数年のこと。
公開前から映画にまつわるデータや情報を追いかけたり、公開後も感想や批評のような言葉がSNSに並んだり…自分の感覚で楽しむだけではなく、映画の周囲についてまわる情報量や言葉の洪水をも追いかけることに、だんだんと疲れてきたのが理由のひとつでした。
「僕も、もともとは理詰めで物事を捉えるのが好きな人間で、歴史や物の成り立ちを知ることも好きだったんです。でも、映画のストーリーや監督の意図を深読みしたり、自分がどれだけその映画に詳しいかを語ったり、そういう空気がだんだん嫌になってきてしまって…。映画をもっとシンプルに、例えば2時間のパッケージを観て感じた、その自分の感覚だけを大事にしたいと思うようになったんです。そうすると、ストーリーや設定などの細かいことはあまり気にせず、自然とビジュアルをメインに映画を楽しむようになっていました」
初めて「自分の作った服を着てほしい」と思った、映画の主人公
「僕は映画を観て、どんなにその世界観に没入したとしても、登場人物に勇気をもらうとか、ホラー映画を観て夜トイレに行けなくなるとか、映画の影響を受けることがあまりないんです。僕にとって映画は、現実と切り離されていて地続きじゃない。でもその2時間だけは、確実に違う世界に行ける。だから、好きなんです」
日常生活では映画から影響を受けることはない岩井さんですが、ファッションデザイナーという仕事においては、映画から沢山のインスピレーションを与えられていると語ります。 『理由なき反抗』(1956)でジェームズ・ディーンが着ていたスウィングトップや、『タクシードライバー』(1976)でロバート・デ・ニーロが着ていたフィールドジャケット。当時のファッションを、写真ではなく、映像としてあらゆる角度から観ることができる映画は、ファッション史の資料としても貴重な存在です。
また最近は、自身のブランドで、映画の場面などをモチーフに洋服を作ったこともありました。
「エドワード・ヤンの『恐怖分子』(1986)という映画で、少女がチノパンのふくらはぎ部分に、ナイフを入れるポケットを縫い付けているんです。それが面白いなと思って、自分のデザインしたデニムにも同じポケットを付けました。あとは、『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1992)から“キャット・オン・ザ・プラネット”という、猫と地球をプリントしたTシャツを作ったり。誰が観ても“あの映画だね”とわかるようなデザインじゃないのですが、よりその映画への愛を伝えたいという気持ちがあり、人よりもニッチな視点で表現してしまいますね(笑)」
ファッションデザイナーである岩井さんに、創作のモチベーションを与えてきた数々の映画。その中でも、「どんな人のために洋服を作るのか」という、岩井さんの軸の部分を支えてきた、特別な一本があります。
棚から出してきてくれたのは、レオス・カラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983)でした。
「例えば、ストライプのシャツの上にギンガムチェックのジャケットをはおるとか、洋服の合わせ方もインパクトがあって好きなんですけど、何より好きなのはドニ・ラヴァンが演じた主人公のこの不器用な性格なんです。女性と会話がしたくて喫茶店に誘うんだけど、何も言えずにただコーヒーをごちそうするだけで終わってしまうという…コミュニケーションが苦手な主人公で。“すべての人を肯定する服”というのが、僕のブランドで大切にしていることなんです。ブラッド・ピットとかレオナルド・ディカプリオみたいな人は、何を着てもかっこいいじゃないですか。でも、この映画のドニ・ラヴァンみたいな、生きづらそうにしている人に自分の服を着てほしいんです。この主人公を僕が作る服で肯定してあげたい、という気持ちになりました」
自身のブランド「foof」にも通じる「すべての人を肯定する服」というコンセプト。“どんな人に自分の服を着てほしいか”と想像する時、岩井さんの中にはいつも、『ボーイ・ミーツ・ガール』の主人公が目に浮かぶのだと言います。
「ブランド名の“foof”は、”fool(バカ)“と”hoof(蹄・ひづめ)“を掛けた言葉なんです。どんな個性や特徴があっても、その人らしさを肯定するような服でありたい、という意味を込めています。社会に馴染めない、生きづらいと感じているような人たちにもフィットするような服でありたい。自分が着たい服は何かと考えていたら、行き着いたコンセプトでもあるので、僕自身がそういう服を求めていたのかもしれないです。僕は普段あまり映画の登場人物に感情移入したり、特定の俳優を意識して観たりすることはないんですけど、この『ボーイ・ミーツ・ガール』のドニ・ラヴァンだけ、特別ですね」
ひとつの映画の主人公が、コンセプトの奥に息づいている岩井さんのブランド。最近制作した2019年の秋冬コレクションでは、岩井さんの映画の見方にも通じる、ひとつの試みにチャレンジしました。
「今までは具体的な要素で構成し理屈的で矛盾が発生しないように作ることが多かったのですが、2019年の秋冬コレクションは、もっと視覚的なイメージから服を作ってみたんです。例えば、丹下健三さんの建築した香川県立体育館を実際に見に行って、その天井や窓、壁の柄や質感をモチーフにニットを作りました。お店で売る人の立場としては、ブランドのコンセプトとかこだわりはお客様に伝えやすい方がいいですよね。だから、ブランドにそういう情報を求める人が多いんです。でも最近、そのためにコンセプトを用意しているような気がして、言葉を売っているのか、服を売っているのか、わからなくなる時があって…。だから、ただ着るだけで成立する、感じてもらえるような服を作りたいなと。そういう想いから、シンプルな作り方にチャレンジしてみました。その結果、自分がずっと表現したかったものを、より実現できたような気がしています」
岩井さんが憧れ、作り手としても尊敬してきた映画監督のように、言葉ではなく、インスピレーションや自分の直感に徹底して作られた「foof」の新しい服。身につけるだけで着る人の心を捉え、その人自身の個性や特徴も肯定する服を岩井さんはきっとこれから作り出していくのでしょう。
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