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映画に夢中になった自分の人生を
ひとつの形に描いて、人に見せたかった
JR中央線の高円寺駅から賑やかな飲食街に入り、少し歩いていくと、「cafe&bar BIG FISH」と書かれたカラフルなネオンライトの看板が目に入ってきます。その下に続く階段を降りると、暗がりの中で迎えてくれるのは「SEB‘S」と書かれたブルーのネオンライト。この名前、どこかで見覚えが…と思ったら、映画『ラ・ラ・ランド』(2017)のラストで、セブ(ライアン・ゴズリング)とミア(エマ・ストーン)が再会する、物語の中でも重要なライブハウスの看板をモデルにしたものでした。
今回ご紹介するのは、「とにかく映画が大好き」という槙原圭亮さんがオーナーを務める、“映画好きの店主による、映画好きのためのBar”「BIG FISH」のDVD棚です。入口からさっそく映画ファンを楽しませてくれる「BIG FISH」ですが、店内に入ってすぐのところに置かれたそのDVD棚も圧巻。オリジナルデザインの金属製ケースに収められた“スチールブック”仕様のものなど、レアなパッケージもぎっしりと並んでいます。(*スチールブックは、DVDやブルーレイの特別な装丁の一種。)
「営業中にDVDを上映することはないのですが、物として店内に並んでいるという存在感はすごく大きくて、この棚を見ることがきかっけで、お客さん同士の会話が弾んでいくことも多いです。好きな映画についての会話が盛り上がり始めると、みなさん棚から離れて、バーカウンターでひたすら話してますけど(笑)」
DVD棚の背表紙を見上げながら、オーナーの槙原さんはそう話してくれました。ここに置かれている大量のDVDやブルーレイも、槙原さんが21歳の頃から集め、自宅に置いていた私物です。
槙原さんが映画の世界に入り込んだきかっけは、広島に住んでいた中学生の頃、家の近くに大きなレンタルビデオショップがオープンしたこと。新作映画の同じタイトルが数十枚ずらりと棚に置かれる光景や、各国の名作が隣り合って森のように並んでいる棚など、突然目の前に広がった巨大な「映画の世界」に、槙原さんは圧倒されました。
「コンビニも19時で閉店するような田舎だったので、革命でした。友だちが『週刊少年ジャンプ』や遊戯王のカードを買う中で、僕は毎月のお小遣いを映画のレンタルにつぎ込んでいたんです。その後、社会人になって、友だちが誕生日プレゼントにくれた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)のDVDをきっかけに、“好きな映画は何度も観るから、もう買ってしまおう”と、集め始めました」
夢中で見ていたのは、SFやアクションを中心とした、80年代〜90年代のハリウッド映画。クエンティン・タランティーノやデヴィッド・フィンチャーなどアメリカの映画監督に魅了され、「BIG FISH」のDVD棚に並んでいるのも、槙原さんが中学生時代に夢中で追いかけていたという、ハリウッド映画が中心です。
「もっと映画を観たい」「映画のことを知りたい」という探究心にまかせて、映画をインプットし続けていた槙原さんですが、25歳を過ぎた頃、その欲がぴたりと止まる時期がやってきます。
「僕は、好きだと思った映画を何度も繰り返し観る方なので、気づくと、あまり新作に目が行かなくなっていたんです。自分が大好きだと思える映画にはもう十分出会えた気がして、今度は、それを誰かにアウトプットしたり、共有したりしたい、という欲求が出てきました。映画を観て人の人生から学ぶんじゃなくて、映画を観てきた自分の人生をひとつの形に描いて、誰かに見せたいと思うようになったんです。それが、このお店をスタートした理由です。欲と自慢ですね(笑)」
「好きな映画は何ですか?」と
会話が始まるような場所にしたかった
店名の由来は、好きな映画監督の一人、ティム・バートンの『BIG FISH』(2004)から。作中に登場する、「人に釣られない奔放な魚が川で一番になる」というセリフに背中を押され、映画を愛する人たちにとって、ここが特別な場所になるように、という想いを込めています。
店内には、『バットマン リターンズ』(1992)でキャットウーマンの部屋に置かれていた“HELL HERE”というネオンライトや、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で主人公・マーティが愛用していたホバーボードなど、映画にまつわるインテリアが飾られているほか、『キングスマン:ゴールデン・サークル』(2018)に登場したバーボンウィスキーの「オールド・フォレスター・ステイツマン」をはじめ、映画の中に登場するお酒を実際に味わうことができるなど、インテリアや食事を通して、映画を立体的に楽しめるように工夫されています。
集まるお客さんの特徴としては、お酒や食事を目当てに来店する近隣の人よりも、都内で映画を観た帰り道など、「誰かと映画の話をするために」来店する人がほとんどだと言います。『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)のファンイベントや、映画音楽を店内の高音質なスピーカーで楽しむサントラオフ会など、映画関連のイベント開催する時には、関東近郊からも、多くのお客さんが集まるのです。
「普段、初対面の人といきなり好きな映画の話はしないですよね。でもここに来ると、“好きな映画は何ですか?”から会話が始まるんです。そこから意気投合して、その後も交流が続いていく、ということもよくあります。この前も、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』(1993)のシネマオーケストラが国際フォーラムで開催された日、その帰り道に寄りました、というお客さんが偶然店内で居合わせて、すぐに仲良くなっていました。今は、自分が新しい映画を観ることよりも、そういう映画ファン同士のコミュニティが、自分のお店から生まれていくことが何より楽しいんです」
自分がインプットすることよりも、人と共有することに喜びを見出しているという槙原さんですが、ひとつ、このお店で自分のために楽しんでいるご褒美のような時間があります。それは、お店の営業終了後、店内に設置した9.2ch(!)という立体音響システムと巨大スクリーンを使い、ホームシアターとして、自分の好きな古い映画を上映すること。
「実は一番こだわっているのが、“映画館を超える”をテーマに揃えた音響システムなんです。僕が、動画配信サービスではなく、ソフトで映画を買い続けている一番の理由も、画質や音のクオリティにこだわっているからなんです。例えば、『エイリアン』(1979)とか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)のような、僕の好きな古い時代の映画も、わざわざ“4K ULTRA HD”という高画質にリマスターしたものを発売してくれていて。そういう古い映画を、ハイクオリティな環境で観ると、映像や音がクリアに立体的に感じられて、中学生の時に好きだった映画の中に、自分がいるような新鮮な感覚になるんです。そうすると、また新しい魅力が見えてきて、その映画のことが更に好きになる。それがすごく楽しいんです」
時代と共に進化する音響システムの技術によって、中学生の頃に夢中になった80年代〜90年代の映画と、また新しく何度も出会うことができる。槙原さんは、そのことに「インプットする楽しみ」を感じているそう。 「映画に夢中になったあの頃から、結局はずっと同じ作品が好きで。精神年齢が変わってないんです」と、笑う槙原さん。中学生の頃、名作が並ぶ森のような棚に圧倒された槙原さんと同じく、このDVD棚に探究心を求めているからこそ、「BIG FISH」には各地からお客さんが訪れるのでしょう。
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