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勉強はできなくても、図書館や映画館に通っていればひとまず“一人前”になれる!
「SNOW SHOVELING(スノウショベリング)」は、古書や新刊本、ZINEや洋書などの書籍、雑貨などがそろい、訪れた人の好奇心を五感から刺激するブックストア&ギャラリー。壁側がすべて本棚で埋まった店内は薄暗く、本の隙間からわずかに入る心地よい光も相まって、「お店」というよりは「秘密部屋」に遊びに来たようで、そこに足を踏み入れた瞬間から好奇心がくすぐられます。
「滞在に価値を与えるような本屋にしたい」という思いでつくられた店内は、隙間もないほどぎっしりと本が並び、窓からのぞくと本棚がまるで額に縁取られた1枚の絵のようです。店名の「SNOW SHOVELING」は、村上春樹の小説『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公が、ライターである自分の仕事を「文化的雪かき」だと表現した言葉に由来しています。
今回ご紹介するDVD棚の持ち主は、店内に並ぶ本や雑貨をすべてセレクトしている店主の中村秀一さん。お店の入ったマンションの階段をひとつ上がると、中村さんのご自宅があります。まるでヨーロッパ映画に登場する主人公の部屋のように、ヴィンテージの家具や雑貨が並ぶ室内。絵画や植物が居心地よく置かれた空間の壁は、天井まで背の高い本棚になっていて、本やCD、小物などと一緒に、十数本のDVDがぴったりと収まっていました。
「昔はこの10倍くらいの枚数を持っていたんですけど、ここに引っ越すタイミングで手放してしまったんです。だから、ここに並んでいるDVDは、厳選して生き残ったものたちですね。会話の流れで友だちに映画を貸すことも多いので、そのためにもDVDは残してます。最近は90年代カルチャーの話題を知り合いとよくしていたので、アメリカのジェネレーションX世代のカルチャーを映した『リアリティ・バイツ』(1994)を貸すことが多かったです。人に貸すとだいたい戻ってこないので、好きな映画は3本くらいずつ持っています(笑)」
学生時代、レンタルビデオショップでバイトをしていた友だちと一緒に、映画ばかり観て過ごしていたという中村さん。当時は海外の音楽やファッションへの興味も強く、その探究心を広げていたのは、同世代がみんな見ていた雑誌ではなく、映画でした。
「例えば、モッズ音楽が好きだった時は『さらば青春の光』(1979)を観て、60年代のイギリスのファッションやカルチャーについて知りましたし、映画を見ると、時代の空気がわかるんですよね。いろんな人生や価値観に出会いたかったし、ニュースで見て理解できなかった社会問題も、映画の主人公を通して触れると関心を持つようになったり、“自分とは違う他人を知る”という一番わかりやすい体験ができるのが映画ですよね。それは教育にはできないことだし、文化的にも開いていくので、勉強はできなくても、図書館と映画館に通っていればとりあえず一人前にはなれると思っていました」
高校時代、理不尽な規則や、高圧的に見える大人たちへの不満から、学校に行かない時期もあったという中村さん。孤独や鬱屈とした行き場のない感情を埋めてくれたのも、やはり映画の存在でした。棚を眺めると、『リアリティ・バイツ』や『さらば青春の光』、『スパニッシュ・アパートメント』(2002)など、若者の葛藤や渇望が描かれた青春群像劇もいくつか並んでいるのがわかります。
「10代後半から20代の頃に観た映画は、自分の人格形成にかなり影響していると思います。当時は、大人が自分たちに対して上からものを言ったり、話も聞かずに決めつけたりする態度がすごく嫌で、そういう時に観て影響を受けたのが『いまを生きる』(1990)でした。厳格な規則を持つ学校で息苦しさを抱えている学生たちが、赴任してきた異色の教師・ロビン・ウィリアムズによって縛られた心を解放していく物語なんですけど、自分の反骨心や反体制の感情を肯定してもらえた気がしました。この苛々は抱えていていいんだ、このまま立ち向かっていいんだと。そこから、周りに合わせないで好きなことをしようと考えるようになって、どんどん面倒くさい大人になっていきましたけど(笑)」
ジェームス・ボンドと寅さんは、“かっこいい大人”の指針
10代から大人へと成長する過程で多くの映画に影響を受けた中村さんですが、“かっこいい大人”として指針にしている、映画の主人公が二人いるそうです。 「実はこっちに、もうひとつDVD棚があって…」と案内してくれたのは、寝室に入るドアの上部分に作られた棚。そこには、『007』と『男はつらいよ』、2つの人気シリーズのDVDがぎっしりと並んでいました。
「僕が理想としている大人は、ジェームズ・ボンドと寅さんなんです。どちらも大人になってから映画を観たんですけど、まずジェームズ・ボンドは紳士的な魅力ですね。お酒の呑み方や車の乗り方、女性への接し方、すべてがスマートでかっこいい。でも、人間ずっとそう完璧ではいられないじゃないですか。そこで、寅さんなんです! 寅さんは、言葉遣いが悪くて見栄っ張りで、結構子どもっぽい。でも、人には優しいし、人間的で正直者。みんなが寅さんを待っていて、旅先から帰ってくると歓迎される人気者で、こういう大人になりたいと憧れますね。名言もたくさんあって、人前でもふと出ちゃうんです。“てめぇ、さしづめインテリだな”とか(笑)」
ついセリフが出てしまうという『男はつらいよ』に限らず、中村さんは、登場人物の会話や言葉が心に残り、それがきっかけで映画を好きになることが多いといいます。『時計じかけのオレンジ』(1971)の主人公たちが仲間内で話していた、ロシア語をルーツとする人工言語の“ナッドサット語”や、『いまを生きる』で登場する詩の朗読シーンなど、言葉の持つ力に引き寄せられ、映画の世界へと没入したといういくつもの体験。その中から、最も印象に残っている作品を聞きました。
「僕の一番好きな映画は『ビフォア・サンライズ』(1995)なんですけど、これは作中に出てくる会話が本当に素敵なんです。ハンガリーからパリへ向かう列車で偶然乗り合わせた男女が恋に落ちて、途中下車したウィーンの街を歩くというロードムービーで、これといったドラマも起こらずに二人の会話劇のみで見せていくんですけど、それがとても機知に富んでいて、さり気ない言葉の奥にも、若い二人の恋愛観や死生観、哲学的な思想が見え隠れしていて引き込まれるんです。ストーリーではなく、言葉からあんなに映画の世界に入り込んだのは、この作品が一番ですね」
映画の中に好きなセリフを見つけると、忘れないように、ノートや携帯に必ず記録しているという中村さん。さらにそれを自分のものにするため、心がけていることがありました。
「いいなと思うセリフがあったら、誰かとの会話の中で実際に言ってみるんです。ちょっとキザですけど(笑)。映画を観ていて心のフックにかかるセリフというのは、自分の考えを代弁してくれていたり、重なる部分があるからなんですよね。だから、映画のセリフを借りて、相手に自分の想いを伝える、という感覚です。これってすごく役に立つことが多くて、人に納得してもらうのって、相手との間によほどの信頼関係が成立していないと難しいですけど、“映画や本にこんな言葉があってね”と引用すると、意外とすんなり入っていくんです。実際に口にすると絶対忘れないし、自分のものになっていきますから。照れちゃだめです。言われた方がもっと可哀想になるので(笑)」
言葉に強く引き寄せられる理由のひとつには、中村さんが読書好きであることも関係しています。映画と同じように昔から本が好きだった中村さんは、長く続けていたグラフィックデザインの仕事から一転、数年前にブックス&ギャラリー「SNOW SHOVELING」をオープンしました。
店内は、棚の近くに英語で書かれた詩の一節が吊るされていたり、中身の見えない袋に本が入れられ、表に書かれた「誇りとは?」「お洒落センセイ」などのキーワードから直感的に選ぶようになっていたりと、言葉から好奇心が広がるような、本に囲まれて過ごす時間そのものがワクワクするような空間になっています。
「映画と本、どちらも昔から大好きだし、両方が今の自分の肥やしになっていますが、僕にとっては、映画は“即効性”で、本は“遅効性”という気がするんです。本は自分の中に留まる時間が長くて、忘れた頃にじんわり思い出す感じだけど、映画は観た瞬間、感覚的に反射で自分の中に入ってくるスピーディーさがいいですよね。行ったこともない国の空気や、誰かの人生を、映画を観たその時間で体感することができる。僕はもともと旅が好きなので、そういう楽しさも映画には求めているのかもしれません」
これまで旅先で訪ねた、さまざまな国の本屋からインスピレーションを受けているという「SNOW SHOVELING」の空間。映画や本にふれるなかで、中村さんが登場人物たちのセリフに引き寄せられたように、ここにやってきた人たちも、店内に並ぶ本の背表紙や中村さんの書いた言葉に引き寄せられ、旅するように好奇心を広げていくのでしょう。
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