目次

そばに置くことで過去の自分と対峙する。
「記憶」を纏ったDVDたち
玄関を開けるとまず出迎えてくれるのは、ヤン・シュヴァンクマイエル監督の人形アニメーション『ALICE』(1988)の色鮮やかなポスター。部屋にはナンバリングが入った大友克洋監督『AKIRA』(1988)の限定ポスターが壁一面に貼られ、視界いっぱいに広がるその存在感に圧倒されます。中央線沿いの街並みが広がる眺めの良い窓際には、パソコンの置かれた作業机があり、その背面にあるアンティーク調の棚にDVDが並んでいます。

ここは、ご紹介するDVD棚の持ち主、デザイナーの小濱真吾さんの仕事場です。「ハロー!プロジェクト」レーベル所属のアイドルグループの写真集や、人気アニメーションシリーズの舞台『KING OF PRISM』のパンフレットデザインなどを手がけている小濱さんは、これまでも音楽雑誌のデザインやミュージシャンのミュージッククリップ(MV)集DVDを始め、幅広いジャンルのデザインに携わってきました。20代後半に3年間勤めていたデザイン会社では、映画のDVDパッケージも担当し、ジャケットやブックレットなどをデザインしていた『スターシップ・トゥルーパーズ3』(2008)と『アンダーワールドビギンズ』(2009)も棚に並んでいます。
「DVDジャケットのデザインは、海外の映画会社から届く、場面カットや資料などの少ない素材から、いかにその作品の世界をかっこよく完結に伝えるか、毎回頭を悩ませていた記憶があります。タイトルが入る背の部分にもすごく気をつけていたから、行きつけのTSUTAYAやDVDショップでも、背ばかりを見ていて、それが並ぶ棚の景色を一枚絵のように記憶していたんです。新作が入ったり配置が変わったりすると、ぱっと見るだけでわかったり。そのくらいパッケージのことばかり考えていました。そのせいか、DVDのジャケットは今でもすごく気になって、ここに並んでいるのもデザインとして気に入っているものが多いです。本当はホラー映画が大好きだけど、ジャケットにあまりいいデザインがないので、棚には置きたくなくて…配信で観てDVDはほとんど買っていません(笑)」

2019年にデザイン会社「day by day」を設立し、仕事場としてこの場所を借りた引っ越しの際に、小濱さんはかなり多くのDVDを手放すことにしました。ここに並んでいるのは、その決断のタイミングで選ばれた映画たち。そのラインナップを眺めると、日本映画やアニメーション映画、ヤン・シュヴァンクマイエル監督やウェス・アンダーソン監督の映画などが並ぶ中で、ミュージシャンのMV集やドキュメンタリー映画など、音楽関係のDVDが多く並んでいるのも目に入ります。

「もともと音楽がすごく好きだったんです。僕の母親が、マイケル・ジャクソンの熱狂的なファンで、その影響で洋楽をたくさん聴いていました。それで、ある時、いつも行っているレンタルショップに『スリラー』のMVが貸し出されているのを見つけたんです。恋人と歩いているマイケルがゾンビたちに襲われる、というストーリー仕立てになっていて、その映画のようなMVにも引き込まれましたけど、そのビデオに収録されていたメイキング映像が大好きでした。こんなに大勢のスタッフで、観ている人を驚かせようとして撮っているんだなと、子どもながらその熱量に圧倒されたんです」
そこから、ミュージックビデオや映画などのエンターテイメントの世界に夢中になり、テレビ放送やレンタルショップを通して、アクション映画やSF映画にも興味を持ち、観るようになりました。そして小濱さんが中学生の頃、テレビで深夜にひっそりと放送されていた一本の作品が、その後も忘れられない体験として心に刺さることになります。

「ヤン・シュヴァンクマイエル監督の『ALICE』を偶然観たんですけど、これまで観てきたエンターテイメント性の高い映画とは全然違って、戸惑いました。“何だこれ! これも映画なの?”って(笑)。工作みたいな人形をストップモーションで動かす世界観は少し不気味だし、シュールで悪夢のようなストーリーもわかりにくい。でも、不思議と記憶に残って、頭から離れないんです。今振り返ると、あれが映画を通して強烈な作家性に触れた、最初の体験だったと思います。その後、ずっと心に残っていて、大人になってから他の作品も追いかけるようになって。2011年に『サヴァイヴィング・ライフ』という、監督自身が実際に見た夢をモチーフにした新作が公開された時、記念として行われたサイン会にも行きました。“年をとっても、あんなに実験的で挑戦に満ちた映画を撮っているなんて、すごいな!”と感激しながらサインをしてもらいました」

棚の中でも、その枚数から圧倒的な存在感を放つヤン・シュヴァンクマイエル監督のDVDボックスですが、意外なことに、普段観返すことはあまりないそうです。それは、棚に並ぶ他の大切な作品も同じとのこと。では、これらのDVDを引っ越しの時にも手放すことなく、今も自分のそばに置いているのはどうしてでしょうか?
「本編を観なくても、DVDパッケージを観るだけで、この映画に初めて出会った時の記憶や、当時の自分自身のことを思い出すんです。特にこの『メゾン・ド・ヒミコ』(2005)は、当時の自分に引き戻される存在ですね。アナという知り合いのバンドが、このDVDの初回特典に収録されているショートムービーの主題歌を担当しているんですけど、仕事帰りに彼らのライブに行っていたことや当時通っていたデザイン会社のことを、このパッケージや背の部分を見るだけで、映画の記憶と一緒に、当時の自分の背景が蘇ってくるんです。僕にとってその時代が大切だからこそ、この映画は気軽に再生できないものがあって…パッケージを見るだけで過去の自分の感覚が戻ってくる、それだけで十分すぎる存在なんです」

自分の深層に向き合う強さは
映画監督から教えてもらった
レッド・ツェッペリンやOASISなど、中学生の頃に海外のロックバンドに夢中になり、CDジャケットを通してアートディレクターやデザイナーという職業を知った小濱さん。音楽関係のデザインに携わりたいと、音楽雑誌のアートディレクションを手がける会社に就き、その後もいくつかのデザイン会社を経験し、女性アイドルの写真集や美輪明宏さんの舞台のチラシデザイン、海外映画のDVDや、YUKIなどミュージシャンのMV集のDVDパッケージなど、音楽や映画、演劇など幅広い分野で、作品の世界観をデザインで表現するという仕事に向き合ってきました。
「会社で依頼を受ける商業的なデザインの仕事の時は、なるべく自分のパーソナルな部分は出さないように気をつけています。イラストも自分で描かずにプロの方に依頼するし、作品全体を客観視できるようにしていたい。僕の作家性ではなくあくまでも作品が主役なので、パッと見た時に、作品よりも僕の特徴や癖が前面に出てしまうのは違うかなと思うんです。でもその一方で、仕事から離れて個人的に個展をする機会があると、自分のオリジナルってなんだろう、と立ち止まってしまうこともあります」

作品が世に出て、たくさんの人の目に触れるよう、主役に「ライトを当てる側」からデザインに向き合い続けてきたことで、ふと自分に立ち戻った時にオリジナリティを思い出せなくなってしまう。そうして迷いの中に立ち止まってしまう時、小濱さんが指針のように思い出すのが、昔から自分の憧れであったミュージシャンや映画監督の姿だといいます。
「僕が昔から大好きなヤン・シュヴァンクマイエル監督やウェス・アンダーソン監督、MVの分野から映画界に進出したミシェル・ゴンドリー監督は、映像をひと目見たら、“あの監督の映画だ”ってわかりますよね。そういう自分のオリジナルの個性を表現して、作家性を前面に出しても、商業的な場所でちゃんと評価されファンからもずっと愛されているのが、本当にかっこいいと思います。」

「僕は子どもの頃からいつもヒーローとなる存在がいて、自分が落ち込んだり迷ったりした時は彼らの姿を思い出していたんです。例えば、サッカーをしていた頃は三浦知良さん、音楽に興味を持ち出した頃はマイケル・ジャクソンなど。デザインの仕事を始めてから僕のヒーローは、好きな表現者になりましたね」
小濱さんが好きな映画監督や作品について語る時、あるキーワードが何度も出てきました。それは、「普通じゃない」。常識に囚われないアイデアでつくりあげられた世界観や、世間からずれているように感じる登場人物たちの会話など、観る人によっては好き嫌いが分かれるほど極端に監督の作家性へ振り切った作品に、小濱さんは惹かれているのです。
「多分、自分の想像を超えるものが見たいんです。普段の自分では辿り着けない価値観や感覚を体験できると、やっぱり特別な記憶になりますよね。デザインの仕事をしていても時々あるんですけど、自分の想像力の範疇で完結する時と、『その先に行けたかも』という時があって。そういう自分の想像を超えられた感覚になる時は、よく考えてみると、知り合いに依頼されてデザインをしたり自分の作品として制作したり、そういうプライベートに近い創作をしている時に多いんです。」

「しかも毎回、なぜか『あれ、この仕事前にもやったっけ?』というデジャヴみたいな不思議な感覚になる。多分、自分の内側にどっぷり向き合っているから、自分の奥底から出てくる表現なんでしょうね。そう思うと、常にそういう世界の中で表現を続けているヤン・シュヴァンクマイエル監督などの映画監督は、本当に尊敬する存在だなって。自分の内面をさらけ出すのは怖いことでもありますからね。そういう自分のオリジナリティで勝負しているようなクリエイターたちと、対等に話せるようなデザイナーになりたいと思い、それを僕の指針にしています」

部屋の入口に飾られている、ペイントされた一枚のシャツ。小濱さんと兼ねてから親交があり、かつ尊敬し、信頼し合っている一人のアーティストと、よりお互いを深め合いながらつくった様々な制作物も、自分の想像の枠を超えることができた、記憶に残る体験のひとつだったそうです。自分の深層と向き合って表現を続けることの難しさと、それを形にできたときの開放感や喜びがわかるからこそ、小濱さんはその世界で挑戦し続ける映画監督などのクリエイターに憧れるといいます。
自宅ではなく、仕事場に置かれた棚。そこには、過去の思い出や、憧れの映画監督への想いを纏った映画の数々が並んでいました。本編を再生しなくても、映画を通して語りかけてくる自分自身の記憶が、持ち主を支えることもある。それは、DVDパッケージという“佇まい”に仕事でも向き合ってきた、小濱さんが何より感じているのでしょう。

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