そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
「『逆噴射家族』ありがとう!」と、叫びました。そのとき私は中学生。母と一緒にテレビで放送していたのを観た記憶です。正確にはパーフェクTV!(現スカパー!)のシネフィル・イマジカという映画チャンネルでの放送だったと思います(素晴らしい映画を数多く放送するチャンネルでした)。映画を観終えて、これは一体なんだったんだろうと呆気にとられました。わけもなく狂っている、あきらかに普通じゃない、なんだか私に…私の家族に似ている…映画に対して、そう感じるのは初体験だったはずです。そして、映画という新しい友達を見つけた! ありがとう。と、かつてない高揚感を得ました。知るものが少ないがゆえ影響を受けやすい情緒不安定な青春ゾーンの15歳くらいの時分に、『逆噴射家族』(1984)を観られたことは、本当にラッキーでした。
この映画は、ユニークな性格の人が集まる小林家が夢のマイホームを手に入れるところから始まります。
マイホームへの引っ越しの日、車中で中森明菜の「禁区」を熱唱する母・冴子(倍賞美津子)と娘・エリカ(工藤夕貴)が、私にそっくり…と。引っ越しの翌日、庭に迷い込んできた犬にシロアリが一匹ついていることに過剰反応し、辺り一面真っ白くなるほどキンチョールを吹く父・勝国(小林克也)が、私にそっくり…と。祖父・寿国(植木等)の訪問に盛り上がり、気取ったフリフリ衣装を着て小泉今日子の「艶姿ナミダ娘」の歌を披露するエリカも、私にそっくり…と。眠気覚ましに、血が出るくらいに太腿をキリで刺しながら徹夜で勉強する息子・正樹(有薗芳記)が、私にそっくり…と。寿国が一緒に住めるように家に地下室を作ろうと突然思い立ち、リビングの真ん中に穴を掘り始める勝国が、私にそっくり…と。病気の家族を立て直そうと夢のマイホームを電ノコで壊し始める勝国も、私にそっくり…と。ぜんぶ、私に、私の家族にそっくり…の狂気…! と、喜びを震わせながら観ることが(きっと)正しい作品です。病みの熱がこちらにも飛んでくる恐れあり、中毒性も割と高めなのでご注意を。
去年のこと、たまたまテレビをつけたら“生きづらさから抜け出すヒントは昔の哲学者がもう解いています”と話す番組が目に止まりました。例えば、フーコーのエピステーメーという哲学的概念(※) で、「昔は、狂気が生活の一部だったけれど、近代になり、狂気が生活の外側に出されてしまった」、と説きます。なるほど、狂気が追い出され、異常性として扱われるから狂気の行き場に苦しむ人が多いのかもしれない、と気になっていたことがスッと、あるところへ納まる感覚がありました。
※ミシェル・フーコーが提唱した哲学的概念。ある時代の社会や人々の生産する知識のあり方を特定付け、影響を与える、知の「枠組」といったように捉えられる。
小林勝国が“私の家族はみんな病気だ”と思ったように、私の母も(自分のことを棚に上げて)「変だ、病気だ」と言っていたので、私は病気なのだろうか? と考えることもありました。けれど、この歳になってようやく、誰もが狂気を抱え、それは当たり前に愛おしくあることを理解しています。それには『逆噴射家族』のような、作者自身の狂気や世の中の狂気に真摯に向き合う作品と多く出会えたことが大きいかもしれません。他者を傷つけることなくして、見事に狂気を昇華した表現に、 生きる余白を教えてもらいました。自分の狂気を殺さず、狂気を愛で生きていくことは、自分の命の火を絶やさないことでもあると思うようになりました。そして今は、自分の狂気と供にどうやって生きていこうと考える楽しみを持って、生きられるようになったのです。
- 介護の中、夢を捨てずにいられたのは、あいつの「ただいま」が希望に向かわせてくれたから。映画『大脱走』
- 眠れない夜に私を救ってくれたのは、70年前の名作ミュージカル映画だった 『雨に唄えば』
- ままならない家族への感情……それでも確かに愛してる。『シング・ストリート 未来へのうた』で描く私の夢
- 嘘の中の紛れもない「リアル」。 いつまでも彼の踊る姿を観たいと思った 『リトル・ダンサー』
- 「どんな自分も愛してあげよう」 肩の力を抜くことができた『HOMESTAY(ホームステイ)』
- 映画って、こんなに自由でいいんだ。そんなことを気づかせてくれた『はなればなれに』
- 日々の選択を、愛ある方へ。自分を大切にするための映画『パパが遺した物語』
- 大丈夫。あなたが私を忘れても、私があなたを思い出すから 『43年後のアイ・ラブ・ユー』
- どうしたら色気を醸し出せるのか!?核心を隠すことで見えてくる、エロティックな世界『江戸川乱歩の陰獣』
- 幸せになるには、まず「幸せに気づく」こと。こんな2020年を希望にかえて締めくくる『食堂かたつむり』
- 仕事も休めばいい、恋もなんとだってなる。人生の舵は、自分が握っているのだ『嗤う分身』
- 号泣したワンシーンが、思いを届けるきっかけになる『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
- 「私の人生、まんざらでもないのかも」見過ごしていた“当たり前”に魔法がかかる『顔たち、ところどころ』
- 東京という大きな「生き物」が、 人生の岐路に立つ人を静かにつつんでくれる『珈琲時光』
- 狂気を殺さない!愛してみる。生きていく『逆噴射家族』
- 動き出さない夜を積み重ねて、たどり着く場所がきっとある『ナイト・オン・ザ・プラネット』
- 時代の寵児バンクシーの喜怒哀楽や煩悶を追体験!?観賞後スカッとするかしないかは自分次第… 『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
- 「帰省」を疑似体験。離れて暮らす父親の素っ気なくも確かな愛情『息子』
- 90分でパリの100年を駆け抜ける!物足りない“現在”を笑って肯定しよう!!『ミッドナイト・イン・パリ』
- 映画の物語よりも、そこに流れる「時間」に没入する 『ビフォア・サンセット』
- 慣れない「新しい生活」のなかでも、人生に思いきり「イエス!」と言おう!『イエスマン “YES”は人生のパスワード』
- 夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』
- 人の目ばかり気にする日々にさようなら。ありのままの自分が歩む、第二の人生。 『キッズ・リターン』
- 人に嫌われるのが怖くて、自分を隠してしまうことがあるけれど。素直になりたい『トランスアメリカ』
- 成功は、競争に勝つことではない。 「今を楽しむ」ことを、教えてくれた映画『きっと、うまくいく』
- それぞれの場所で頑張る人たちへ 「声をあげよう」と伝えたい。その声が、社会を変える力につながるから『わたしは、ダニエル・ブレイク』
- 僕が笑うのは、君を守るため。 笑顔はお守りになることを知った映画『君を忘れない』
- 心に留めておきたい、母との時間 『それでも恋するバルセロナ』
- 「今振り返っても、社会人生活で一番辛い日々でした」あのときの僕に“楽園”の見つけ方を教えてくれた映画『ザ・ビーチ』
- “今すぐ”でなくていい。 “いつか”「ここじゃないどこか」へ行くときのために。 『ゴーストワールド』
- 極上のお酒を求めて街歩き。まだ知らなかった魅惑の世界へ導いてくれた『夜は短し歩けよ乙女』
- マイナスの感情を含む挑戦のその先には、良い事が待っている。『舟を編む』
- 不安になるたび、傷つくたび 逃げ込んだ映画の中のパリ。 『猫が行方不明』
- いつもすぐにはうまくいかない。 自信がないときに寄り添ってくれる“甘酸っぱい母の味”『リトル・フォレスト冬・春』
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- ティーンエイジャーだった「あの頃」を呼び覚ます、ユーミン『冬の終わり』と映画『つぐみ』
- 振られ方に正解はあるのか!? 憧れの男から学ぶ、「かっこ悪くない」振られ方
- どうしようもない、でも諦めない中年が教えてくれた、情けない自分との別れ方。『俺はまだ本気出してないだけ』
- 母娘の葛藤を通して、あの頃を生き直させてくれた映画『レディ・バード』