僕は旅行が、苦手だ。正確に言うと、旅行は好きなのだが、旅行に行く前の夜が物凄く嫌いなのだ。きっと、変化を恐れているのかいつも憂鬱な気分になる。だから、最後に旅行に行ったのは、群馬県の草津だ。
友達の別荘があるという言葉に惹かれて、みんなで、車で行く事になったのだ。
映画『イントゥ・ザ・ワイルド』を思い出した。
主人公のクリスは裕福な家に生まれた。
その反動でお金に縛られて生きていたくないと思い、預金を全額寄付して旅に出る。
街を出て、自然の中で動物たちを見るクリスの目は気持ち良さそうで、求めていた自由がそこにはあった。
到着して、山奥の温泉に行った。川自体が温泉になっていて、僕らは水着でただただ緑の山を眺めながら浮かんでいた。
川のすぐ近くに48度くらいのすごく熱い温泉があり、近くにいた現地の人たちに「入ってみなよ」と勧められる。一瞬で体が真っ赤になり、痺れる。目の前には、男女問わず色んな人たちが大自然の中、気持ちよさそうに入っている。この景色がたまらなかった。
雨が降ってきたが、「どうしても滝が見に行きたい」となり、行くことにした。
階段を降りると、滝の目の前まで行くことができた。水飛沫が飛んでくる。僕は目を閉じた。
これは、自然のエネルギーだと思った。
僕らはそこからしばらく動くことができなかった。
何日間か過ごし、友だちが車で東京に帰る時、僕はどうしてもこの街にもう少しだけ残りたくなった。
車が暗闇の中に消えて行って、僕は知らない街で一人になったのだ。
まずは、宿を探さなければならない。インターネットで調べると、ゲストハウスというものを見つけた。その中でも1番安い部屋が、2段ベッドが3つ並ぶ、男6人が寝られる部屋。
シモダテツヤさんから、ゲストハウスで出来た友達のエピソードを聞いていたので、知らない人と会うのが楽しみでしょうがなかった。
ゲストハウスに着くと、長い髭の生えたおじさんがいた。夫婦で経営しているらしい。部屋の設備の説明をしてもらい、ベッドで横になった。
時間はもう夜の20時くらい。そろそろ、いろんな人たちがこの部屋に集まるのだろうと考えるとドキドキする。
しかし、チェックイン時間になっても人が部屋に集まる事はなかった。
受付に行きおじさんに「今日は何人くらいが泊まるんですか?」と聞いたら「今日は君一人なんだよね」と伝えられた。
なんなら僕はここで出会った人とお酒でも飲みに行くつもりだったので、今後の予定がなくなってしまったのだ。
おじさんにバーを聞いたところ、近くに一軒あるらしく行ってみる事にした。
お店に入ると、女性の店員さんと常連のお客さんがいて、ビールを2杯飲んだ。
すると、店員さんが「旅行?」と声をかけてくれた。
「はい、旅行です。いい街ですね。」
「せっかく来たんだから、こんなお店じゃなくてもっと若い子がいるところに行きなさいよ。ちょっと見てきてあげる」
そう言って店員さんはお店を出て行き、20秒後に帰ってきた。
すると、「2軒隣のお店で、あなたと年齢の近い子が飲んでるよ。チズコちゃん。グラマラスよ。あなたの事がきっとタイプだと思うわ。」
「きっと話しやすいと思うから、行ってきなさい。カウンターの1番右に座ってるわよ。ほら」と言われ、
僕はお会計をしてお店を出た。なんなんだこれは。急にものすごい展開になってきた。
僕は映画のシーンを回想した。主人公は途中、歌を歌う少女トレイシーと出会う。話していくうちにトレイシーはクリスに恋心を抱く。しかし、クリスもその想いに気付いてはいるものの、答えず、2人は一緒に歌を歌う。クリスはまだまだ旅を続けないといけないからだ。
「僕にもこんな出会いがあるのか」と思いながら、伝えられたお店につき、当たりを見渡すがカウンター席には伝えられたような女性はいなかった。トイレにでも行ってるのだろうと思い、ハイボールと料理を注文。
店員さんに、「向こうのバーで、このお店でチズコチャンと会えって言われたのですが、いますか?」と聞いたら、カウンターの1番右に座っているふくよかな男性が「チズコでーす!」と手をあげていた。
そう。その通りだ。僕は完全に騙されたのだ。
それから、自称・チズコチャンと隣の席に座っていた同い年の料理人のケースケ君とひたすらお酒を飲んだ。気付いた時にはみんなベロベロに酔い、スナックに行き、カラオケを歌った。みんなで歌を歌いながら僕は考えていた。小さくてもたくさんの偶然が重なり、今この時間がある。このスナックで、みんなでカラオケを歌っている。チズコチャンが目の前で森のクマさんを歌っている。
次の日、ゲストハウスには人がたくさん集まっていた。
髭のおじさん夫婦にコーヒーを頂き、何時間か話した。今夜はせっかくなのでお酒を飲みましょうと話し、缶ビールを買いに行く。
最初は、3人で飲み始めたのに気付いたら10人くらい集まっていた。昨日まで全く知らなかった人達の話を聞くのは、面白い。
ケースケから「スナックで飲んでるけど来ない?」と連絡が来た。
2人で話していると時間はすでに、深夜2時。まだ眠りたくない。足湯に浸かりながら缶チューハイを飲んだ。さっきご馳走してもらったから、このくらいは出させてくれ。
暑苦しくも愛おしい会話は終わることがなかった。
料理人をやってるケースケは、お客さんにご飯を出す時に自分の料理に責任を持ちたい、だから絶対味見をする、店長がOKを出しても自分が少しでもその味に納得しなかったら、お客さんには絶対に出さない、と言っていた。違う職業の熱意に触れた時は、やっぱり感動する。僕も自分の仕事への思いを話した。僕は東京に帰りたくなっていた。その理由は、文にするのは恥ずかしいけど、きっとそういうことだ。
「明日東京に帰る。その前にケースケの飯を食ってから帰る。」
「待ってる。また会おうな。」
「じゃあ、なんかとりあえずは会えなくなるからハグでもするか」
「男とハグなんて、一回もしたことねぇよ」
草津訛りで、恥ずかしそうにハグをしてくれた。
東京に帰り、何ヶ月か経った時に、
ゲストハウスの髭のおじちゃんから「東京に行くので会いませんか」と連絡が来た。
僕の好きなお店に連れてった。酔っ払って、「大好きです」「いや俺も大好きです」の繰り返し。僕らは生きている限りいつだって会える。こんな素敵な出会いが一生続いていけばいいなと思った。
旅をするクリスも、いろんな人たちと出会う。車で放浪するレイニーとジャン。農場で働くウェイン。川で踊っている変なカップル。アラスカに行く前に会うロン。
そこには、大小関係なく思い出がある。
今日から仕事で大阪。どんな出会いが待っているのだろう。
出会いは、どこにだってある。それに気付くか、気付かないかで、人生は変わっていく。僕は旅行が好きになった。全ての出会いを見逃したくない。