目次
無意識の偏見をあぶり出す
「クラリス」というヒロイン像
ティーンのころの私の憧れはジョディ・フォスターでした。彼女との出会いは12歳のとき。小6の夏に映画にハマって以来レンタルビデオ店に通い詰めて色々な映画を観まくっていた私は、当時の大ヒット作『羊たちの沈黙』に大きな衝撃を受けました。
トマス・ハリスによる原作小説を映画化した『羊たちの沈黙』は、ホラー映画でありながらアカデミー賞主要5部門に輝き、その後も続編が作られるなど根強い人気を誇る作品です。恐ろしくスリリングな内容に慄きつつも、主人公のクラリス(ジョディ・フォスター)の勇気と賢さに少女の私は魅せられました。しかし、30年ぶりに本作を鑑賞し直してみて、私はクラリスの更なる強さと自分自身の弱さを知ったのです。
FBIの訓練生クラリスは、凶悪な連続殺人犯レクター博士(アンソニー・ホプキンス)と面会するように命じられます。元精神科医のレクターは自分の患者を次々に手にかけて食べていた異常者であり、天才的な頭脳の持ち主でした。クラリスが彼の元に派遣された理由は、現在進行中の連続殺人事件解決の手がかりを引き出すため。クラリスはレクターに気に入られますが、彼との対話はまるで心の奥底を覗き込まれるようなものでした。
本作を改めて鑑賞してみると、クラリスが華奢な女性であることが意図的に強調されていることに気付きます。林の中でタフな身体訓練を行っているクラリスの様子から映画はスタート。大柄な男性たちに交じって次々とトラップを攻略していく彼女は人一倍小柄で華奢。髪もポニーテールにまとめていて、少女のように見えます。レクターの収監先のチルトン院長(アンソニー・ヒールド)には「捜査員は大勢くるが、君ほど美しい人は初めてだ」とニヤついた顔で品定めをされ、事件の現場検証でも周囲の警官たちにジロジロと見られ軽んじられてしまいます。
外見だけで自分のことを“無力な女性”と見なすそういった視線や発言に居心地の悪さを覚えるも、クラリスは相手のご機嫌をとったり軽くかわしたりしながらやりすごします。しかし、ひとりの女性としてこれまでどう生き抜いてきたのかを一瞬でレクターに見透かされ、動揺するのでした。常に女性としての理不尽さに晒されてきたクラリス。彼女の姿に自分を重ねてしまう女性は少なくないでしょう。
女性だから軽んじられ、実力を買われて抜擢されても特別扱いされているとみなされる。このようなことを経験してきた女性は多いはず。また、本作で起こる殺人事件の被害者はすべて女性であり、文字通り「モノ」として処理されます。男性から対等な人間として扱われないクラリスと、殺人者にモノのように殺され皮を剥がれる女性たち。そんな中で、レクターは次第にクラリスの能力と熱意を認め、尊敬の念すら示すようになります。
発生中の連続殺人事件の犯人”バッファロー・ビル”(テッド・レヴィン)の7人目の被害者は代議士の娘でした。娘が連れ去られたことを知った代議士は、テレビで犯人に呼びかけます。代議士が娘の名前を何度も口にするのを見て、「名前を繰り返すことで、犯人に娘をモノではなく人間扱いさせようとしている」とクラリスは指摘します。
作中でクラリスは基本的にひとりで行動します。レクターに会いにいくときはもちろん、彼からのヒントを辿って捜査するときも、怪しいと思う人物の元を訪ねるときも、彼女は常に単独行動です。そして、最初の被害者宅を訪れて鋭い推理力を働かせていたとき、上司から「自分たちが容疑者を特定した。今そこに向かっている」という報告を受けます。ほっと一安心したクラリスですが、引き続き最初の被害者と犯人の繋がりを見つけるという自分の捜査を進めることにします。映画やドラマにはよく2人組で捜査する刑事が登場します。スパイ映画ならばともかく、たったひとりで捜査を続ける華奢なヒロイン、ましてや相手は体格の大きい猟奇殺人鬼……本当にこのまま事件は解決するの? と、これからクラリスが陥る窮地を想像して不安になる展開です。
被害者を監禁して屋内でご機嫌に過ごすバッファロー・ビルと、容疑者宅に近づいていく上司率いるFBIの捜査員たちの様子が交互に映しだされ、宅配業者を装った捜査員が玄関のベルを鳴らします。けたたましく音を立てるベルに苛立ちながら、仕方なく玄関へと向かうバッファロー・ビル。そして扉を開けると……そこに立っていたのはクラリスでした。
もちろんこれは演出上のトリックです。あたかもFBIの捜査員チームが容疑者宅に近づいたように思わせて、実はそちらは空振りでクラリスの方がゴールに辿り着いたのだということをサプライズと共に我々に示しています。そして同時に、クラリスが完全にひとりであり、他の捜査員たちは600キロも離れた場所にいるのだという事実を強調しているのです。
自分が訪ねた家の男がバッファロー・ビルだと気づいたクラリスは臨戦態勢に入りますが、すんでのところで奥の部屋に逃げられてしまいます。銃を構えて奥に進むと辺りは真っ暗。暗闇で何も見えない中、クラリスは犯人の気配を必死で感じ取ろうとします。
一方で犯人は、暗視スコープを装着してクラリスを待っていました。怯えながらキョロキョロと辺りを見回すクラリスを余裕たっぷりに観察し、ニヤつきながら銃口を向ける犯人。ただでさえ大柄な男性と小柄な女性という非対称性があるのに、見えていない相手(女性)を一方的に見ている(男性)という極端に不公平な状況。犯人はクラリスの一挙手一投足を舐めまわすように見つめ、その様子を楽しんですらいるように見えます。まさにクラリスをモノのように扱い、まったく対等な相手だとは見なしていないことが示されているシーンだといえるでしょう。
次の瞬間、私はひどく驚きました。圧倒的に不利な状況にも関わらず、クラリスが反撃したからです。犯人が撃鉄を上げるわずかな音に反応して発砲し、見事に犯人を撃ち抜いたのです。私はクラリスがひとりですべてをやり遂げたという事実に意外性を感じていました。つまり、知らず知らずのうちに「クラリス以外の誰か」が不公平な状況を打破してくれるはずだと思い込んでいたわけです。扉を破って誰かが助けに来てくれたり、何らかのハプニングが起きて犯人が動揺したり、そういったことが起きて犯人がボロを出し、そのきっかけのおかげでクラリスが犯人を倒すのだと。
それまでクラリスに浴びせられる女性への偏見に腹を立て、「名前を繰り返すことで、犯人に娘をモノではなく人間扱いさせようとしている」というクラリスの言葉にフムフムと頷いていたのに、女性側であるはずの私も先入観を持っていたのです。「身体が小さくて力が弱い女性は大柄で強い男性に敵うはずがない、こういうときには必ず第三者や何らかのラッキーなハプニングが助けてくれるはずだ…」なぜかそう思い込んでいたことを思い知らされました。最初からクラリスはずっとひとりであらゆる難題を乗り切ってきたし、それを私は目撃していたはずなのに。
男性が主役のサスペンスやミステリーでも、最初から最後までたったひとりでピンチを乗り越える展開はあまり見かけません。ましてや、華奢な女性ならなおさら……と、誰もが思ってしまう先入観。女性というだけでクラリスに向けられる偏見を醜くしつこく描きながら、最後の最後で「あなたもその先入観を持っていたはず」と突き付ける。終盤のトリッキーな演出によって自分の無意識下の偏見を暴かれ、私は愕然としました。
冒頭で述べたように、ジョディ・フォスターは私にとって憧れでした。子役時代から大活躍して忙しかったのに学業も修め、酷いストーカー被害にも耐え、大人になってからも輝かしいキャリアを重ねて自分だけの人生を選択し続けている聡明な俳優。12歳の私にとって『羊たちの沈黙』は怖い映画であり、クラリスは賢くて美しくてカッコいい主人公でした。しかし、それだけではなかったのです。クラリスは偏見や先入観に打ち勝ち、誰に手助けされることなく、最後までやり抜いた最高にカッコいい主人公であり、あれから30も年を重ねた私が知らなかった自分自身の先入観を教えてくれました。そう、まるでレクターがクラリスの心の奥を炙り出したように。
ジョディ・フォスターに憧れていた子どもの頃には何でもできる気がしていたのに、大人になった今は自分が無力になったような閉塞感に襲われることがあります。でも、できないことなどない、自分で自分の可能性を狭めてはいけないと、改めてクラリスに教えてもらった気がしました。30年前に感じたものとはまた違う気付きを与えてくれ、再び私を成長させてくれたクラリス。『羊たちの沈黙』のジョディ・フォスターはやはり私の憧れ……いえ、永遠のヒーローです。
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