PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

有賀薫の心においしい映画とスープ 18皿目

SNSと、無意味なおしゃべりの消失
『何者』『セトウツミ』

シンプルレシピを通じ、ごきげんな暮らしのアイデアを日々発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周りにある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました。題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きです。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。その他の著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。5月13日に新刊『有賀薫のだしらぼ すべてのものにだしはある』(誠文堂新光社)が発売。

人と直接会ってのおしゃべりが本当に少なくなりました。仕事の打ち合わせはZoomで済み、食事会もありません。かといって人恋しくなるかというと、案外そうでもない自分がいます。そういえばコロナになるずいぶん前から、目的なく人としゃべるということをあまりしていなかったかもしれません。友人同士のコミュニケーションが対照的に描かれた2本の映画を観て、そんなことをあらためて考えました。

就活のために集まって情報交換をする5人の男女の群像劇『何者』。なかなか内定が出ず、焦りや不安を覚える主人公たちは、失われそうになる自尊心を互いにフォローし合いつつ、自分自身と向き合うことになります。
彼らの、TwitterなどのSNSを使ったコミュニケーションが非常に現代的かつリアルでした。目の前で自分に話しかけている本人とは対話せず、そっと相手のTwitterのアカウントをチェックする。就職戦線から外れて好きな演劇に没頭する仲間のブログを読み、その批判をLINEで送る 。自己主張も妬みも揶揄も、SNSの中に静かに織り込まれていきます。佐藤健演じる、背中を丸めて片時もスマホを手から離さない、主人公の拓人が印象的でした。
SNSを通したコミュニケーションは、会話に見えて実はワンウェイです。答えたくないことには答えなくていいし、相手の顔色を見る必要もありません。本来、自分が何者なのかは他人との関係性においてしか決まらないもの。それなのに、会話に本来あるべき「場」も他人とのぶつかり合いもないから、拓人は自分をどんどん見失っていきます。相手が目の前にいても、SNSに自分の肩代わりをさせて「いないこと」にしているのです。映画のラストではそのことが一気に可視化され、大きな解放感のあるラストへとつながっていきます。

真反対にあるのが『セトウツミ』でした。菅田将暉演じる瀬戸と、池松壮亮演じる内海という二人の高校生が、放課後の川べりでただしゃべるだけ、という不思議な映画です。
「明日からのテスト嫌やなあ」
「暑いなあ5月やのに」
「このポテト長ない? こんなじゃがいもあるか?」
「あるやろ別に」
「・・・・」
「それにしてもあっついなあ」
川べりへ降りていくコンクリートの階段が、二人の定位置です。瀬戸が右で、内海が左。ゆるいかけ合いは何の役にも立ちそうにない話ばかり。なのに、のんびりした漫才のようで見飽きません。こんな風に誰かとしゃべったのはいつが最後だったかと、懐かしく感じます。会話の間に挟まる風の音、線香花火の音、同じ場所で同じ時を過ごしながら、関係はじわじわと深まっていくのです。

コミュニケーションをうまくやろうと思うとき、私たちは「情報伝達」に価値を置きがちです。だからこそ会えなくてもZoomで事足りるだろう、近況報告やちょっとした心情を打ち明けることもLINEでいいだろう、と考えるのではないでしょうか。
でも、その場に一緒にいる誰かと言葉を交わすとき、私たちは相手の息遣いやほんのわずかな表情、声の調子、姿勢、そうしたものから相手の心の動きを汲み取りながら、語られた情報以上の交流をしています。猫がどうした、じいちゃんがどうしたという、一見どうでもよいおしゃべりの中で、表面には出てこない心の深いところでのやりとりがなされていきます。
『何者』の拓人と『セトウツミ』の内海は、どちらも寡黙で論理的でどこかしら閉じこもりがちなキャラクター。しかし、拓人がネットに埋没しながら徐々に自身を見失っていくのと対照的に、人を寄せ付けなかった内海の表情は明るく会話も饒舌になっていきます。どちらの映画にも出演している菅田将暉が能天気で人懐こい、まるで同一人物かと思うほど似た役を当てられていました。表情や身体的なアドリブがうまく、非言語のコミュニケーション能力を表現できる役者だからかもしれません。

いい会話によって、人は曇りのない鏡を見たときのように、自分自身の存在を確かめることができます。そのことを、二つの映画を行き来しつつあらためて感じ、目的のないおしゃべりが無性にしたくなりました。また緊急事態宣言があるかもしれませんが、今は少しの晴れ間、用心しながらも誰かと会おう。そう思いました。

***

会話をするにはやはり相手が大事ですよね。『セトウツミ』の内海と瀬戸は正反対の性格なのですが、お互いに魅力を引き立て合い、一緒にいることを十分に楽しみ、心の開放を感じているように見えます。今日紹介するのは、そんな二人のコンビネーションにちょっと似た、じゃがいもとソーセージのスープ。とんがった味のソーセージ、やさしく包み込むじゃがいも。見た目と裏腹に、内海がソーセージ、瀬戸がじゃがいもと勝手に私は考えているのですが、映画を観てどう感じたか、ぜひ教えてください。

◎映画のスープレシピ:
絶妙のコンビネーション
じゃがいもとソーセージのスープ

▼材料(2人分) 調理時間約25分
じゃがいも 3個(400g)
ソーセージ 2本 (長めのもの。短い場合は4本)
長ねぎ 1/2本
バター 20g
塩 小さじ1/3
(好みで)黒胡椒、パセリなど

◎つくり方

  • 1. じゃがいもは皮をむき、半分に切ってから幅1~1.5cm幅に切る。長ねぎはみじん切りにする
  • 2. 長ねぎとバターを鍋に入れ、弱火で炒める。焦げそうになったら水を少し足すとよい。長ねぎがくったりしたら、じゃがいもと水300mL、塩小さじ1/3を加えてふたをして15分ほど煮る。
  • 3. じゃがいもがやわらかくなったら火を止め、じゃがいもを鍋に入れたままおたまの背などで粗くつぶす。水100mL~150mLほどを目安に加えて好みのとろみにし、味を見て塩で味を調節する。
  • 4. 器に盛り、ゆでるか、またはフライパンでこんがり焼いたソーセージを添える。好みで黒胡椒やパセリをふる。
BACK NUMBER
PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。その他の著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。5月13日に新刊『有賀薫のだしらぼ すべてのものにだしはある』(誠文堂新光社)が発売。
シェアする