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有賀薫の心においしい映画とスープ 24皿目

自分で自分を笑わない
『アメリ』『花とアリス』

有賀薫の心においしい映画とスープ 24皿目
シンプルレシピを通じ、ごきげんな暮らしのアイデアを日々発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周りにある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました。題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きです。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。その他の著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。5月13日に新刊『有賀薫のだしらぼ すべてのものにだしはある』(誠文堂新光社)が発売。

「スープ作家」という肩書きで活動し始めた頃のこと。名刺交換をすると、「素敵な肩書きですね!」と言ってくれる人がいる一方、目の奥にちらりと笑いの色が見える人も少なくありませんでした。そうですよね、いきなり初対面で「スープ作家です」と名乗られたら理解に時間がかかって当たり前。戸惑いを隠すための笑いでもあったのでしょう。それに、誰よりも私自身が、「スープ作家」と名乗る自分を軽んじていたところがあったのです。
人と違う、標準からちょっと外れた人や行動を、私たちは口では「多様性」などと言いながら、遠ざける傾向にあります。つい顔に出てしまう冷ややかな目線を隠すために、人はとりあえず作り笑いをするのかもしれません。

懐かしの『アメリ』が、20年ぶりにデジタルリマスター版で再上映されます。人づき合いを全く経験しないまま大人になったアメリ。アパートの壁の奥に隠されていた古い思い出ボックスを持ち主に返すミッションをやり遂げたのをきっかけに、他人との繋がりに望みを見出したようです。青年ニノに恋心を抱いて、世界一周りくどい出会いを仕掛けるのですが、そのユニークさに観ているこちらはついくすりと笑ってしまいます。本人は笑うどころかいたって大真面目。だからこそ面白いし、それがアメリに唯一無二の魅力を感じるところなのではないでしょうか。

『花とアリス』もまた、親友同士の二人の少女の、純真であるがために少しズレたキャラクターが際立つ作品です。高校生になった花は、憧れの男子生徒に彼が記憶喪失になったとでっちあげ、自分と彼が恋人同士だったという突飛な嘘を信じ込ませてしまいます。そして突っ込みどころ満載のこの嘘をどんどんこじらせていきます。もちろん嘘はいけません。でも彼女の生真面目さがこちらに伝わり、最初は笑っていたこちらも、つい応援したくなるのです。
一方のアリスは、芸能界を目指してオーディションを受け続けています。見ているこちらがハラハラするほど自己アピールが下手な彼女を含め、夢を追う人たちが必死にアピールする姿はどことなく滑稽です。それでもアリスは自分で自分を評価して落ち込むこともなく、しぶとく淡々と夢を追い続けました。名シーンと言われる終盤のバレエのシーンには、おかしみを突き抜けた美しさを感じます。

そういえば、私の仕事が増えたのも、躊躇なく「スープ作家」と名乗るようになった頃からでした。周りから見て奇異なことでも、やっている本人が自分を笑わずに信じて前に進めば、その先には新しい世界が現れます。二つの映画のまっすぐな登場人物たちにも、目の前が少しひらけて光が差す、そんな瞬間が待っています。
人がどんなに笑っても、自分だけは自分を笑わない。それが自信をもって生きるための、最初の一歩なのかなと思いました。

++++

あらゆる食材をスープにしていく中で、変わったレシピや、ちょっとふざけたようなレシピもたくさん生み出してきました。
「えっ、そんなのもスープですか?」と驚かれたり、「冗談でしょう」と笑われたりしたようなスープもたくさんあります。自分が思ったものを、かたくなに「これはスープです!」と言い張ってきたら、だんだんみんなが面白がってくれるようになりました。

ご紹介するフルーツのスープもそんなスープのひとつです。いちご、もも、オレンジ、キウイ。さまざまな果物を試した中で、一番私が好きなのが、りんごです。おやつや夜食になるような甘いポタージュは、やっぱりスープとしか言いようがありません。甘酸っぱい映画とともに、ぜひ味わってみてください。

◎映画のスープレシピ:
言い張ることで得る新境地
りんごのポタージュ

▼材料(2人分) 調理時間25分
りんご 2個
バター 10g
砂糖 大さじ1
(トッピング)
生クリーム 6~70mL
シナモン 少々

◎つくり方

  • 1. りんごは皮をむき薄切りにする。
  • 2. 鍋にりんごと砂糖を入れてまぶしつけ、5分ほど置く。バターと水100mLほどを加えて中火にかける。ときどき混ぜながらリンゴがやわらかくなるまで煮る。水をさらに200mLほど足す。
  • 3. ブレンダーで滑らかにし、好みのかたさに水で緩める。味をみて、甘さが足りなければ砂糖を足す。
  • 4. 生クリームをゆるく泡立てる。スプーンですくって、器に注いだポタージュにかけ、シナモンをふる。
有賀薫の心においしい映画とスープ 24皿目
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PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。その他の著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。5月13日に新刊『有賀薫のだしらぼ すべてのものにだしはある』(誠文堂新光社)が発売。
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