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有賀薫の心においしい映画とスープ 25皿目

色めがねの向こう側
『そして、バトンは渡された』

シンプルレシピを通じ、ごきげんな暮らしのアイデアを日々発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周りにある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました。題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きです。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。その他の著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。5月13日に新刊『有賀薫のだしらぼ すべてのものにだしはある』(誠文堂新光社)が発売。

スープ作家になる前、絵を習っていたことがありました。さまざまなものや人、風景を鉛筆でデッサンしていると、自分が見ている形や明暗がどれほどいい加減だったかを突きつけられます。丸いと思っていたりんごは五角形だったし、女性の胸は想像より下についていたし、ダビデの石膏像を描くとなぜか日本人みたいに平らな顔になりました。ダビデの目と眉は私に見えていたよりずっとずっと彫りが深かったのです。

ものの姿形だけでなく、私たちは人間関係においても多くの先入観を持っています。
「血のつながらない親の間をリレーされ、4回苗字が変わった子」。これが、永野芽郁が演じる優子の境遇を、簡潔にまとめた説明です。これだけでも憶測をかきたてられますが、この作品は、観る人にさらなる先入観を発動させるように仕掛けられています。
石原さとみ演じる梨花は派手な服装と奔放な言動で、こちらをハラハラさせます。それは「優子の母親として」彼女を見ているからです。また、優子と血のつながった水戸さん、富豪で歳の離れた泉ヶ原さん、頭は良いが世間慣れしていなさそうな森宮さんという3人の父親と梨花のつながりもそれほど多くは語られないため、私たちは断片のシーンだけで、よくありがちな関係をつい思い浮かべてしまいます。

実は私も、4回苗字が変わった子という設定を前情報として得ていたため、優子と森宮さんの明るくて穏やかな家庭内の会話をどことなく不安定に感じていました。
もし誰かから「血のつながらない片親で、子どもがまっすぐ育つわけはない」などという言葉をダイレクトにぶつけられたら、「そんなことはない」とすぐに答えるでしょう。でも、劇中のふたりのやりとりに「もしかして優子の心の奥に言葉にならない暗がりがあって、それがいつか噴き出すのでは……」などと疑いの目を向けていたのですから、私にも世間一般はこうだろうという色めがねがやっぱりあったのです。

どんな物語であれ、その中に入っていく人は「この人はこういう性格」「このふたりはこういう関係」と自分なりの解釈で物語を理解していきます。でも、人の思い込みが最後にどんでん返しされるところにこの作品の面白さが詰まっています。結末はここでは書きませんが、悲しみと幸せが同時に押し寄せる中で、自分のかけていた色めがねが割れ、クリアな世界が現れるのを感じることでしょう。

今思えばデッサンは絵を上手に描く練習ではなく、先入観をはずしてまっさらな目で見ることで、真の姿に近づいていくトレーニングでした。絵は誰もが上手くなる必要はありませんが、人生をよりよく生きるには、色めがねをはずして人や人の関係性を見つめる訓練をするといいのではないでしょうか。相手が何者かを決めつけることなく真の姿に近づいていくことで、豊かな人生のとらえ方ができるようになるのですから。

++++

さて、この映画には、田中圭さん演じる森宮さんが毎日作るおいしそうな家庭料理がたくさん出てきます。年頃の優子に少し距離を置かれていることを感じながらも、子どもに栄養をつけさせるのは親の務めと考え、幸せを与える方法だと信じています。

劇中の料理の中で印象に残ったのが、ロールキャベツでした。ロールキャベツはゆでたキャベツでひき肉のたねを巻いて作る、手のかかる料理です。でも、優子の好物だということを知っている森宮さんはそれを作ります。手間をかけることにこそ、彼にとっては意味があるからです。
料理は愛情、という言葉も独り歩きすると色めがねになって、誰かを苦しめることがありますが、料理は愛情の証拠ではなく愛情の発露のひとつ。森宮さんの場合、たっぷりの愛情がまずあって、それを表現する方法がたまたま料理だったというだけの話です。料理に手間をかけないと愛情がないなんて、梨花の優子への愛情のかけかたを見れば誰にも言えないはず。

ともかく、あのロールキャベツを食べたい! となった私は、さっそくキャベツを買ってきて作ってみたのでした。子育て同様、料理も手間の中に味わいがあるもの。ちょっぴりめんどうなプロセスをぜひ楽しんでください。

◎映画のスープレシピ:
愛情を巻き込んだ
トマトロールキャベツ

▼材料(2~3人分) 調理時間約1時間
合いびき肉 300g
たまねぎ 1/2個
パン粉 30g
キャベツ 1個
トマト水煮缶 1/2缶
塩 小さじ1/2
胡椒 少々

◎つくり方

  • 1. 材料の下ごしらえ
    たまねぎはみじん切りにする。パン粉に水50mLをしみこませる。
    キャベツは芯の周りに包丁でぐるりと切込みを入れ、葉を1枚ずつ破れないようにはがす。大きな鍋に湯をたっぷりとわかし、キャベツの葉をしんなりするまでゆで、ザルなどに上げておく。芯の部分はそぎ落して薄く刻む。
  • 2. 肉だねを作る
    合いびき肉に塩小さじ1/2と胡椒少々を加えてよく練り、粘りが出たらパン粉とたまねぎを加えて混ぜ、6等分に分ける。粗熱と水分をとったキャベツの葉を、芯を前にして広げてたねを手前の方にのせ、キャベツの芯も少し入れてひと巻きし、左右を内側に織り込んだら最後まできつめに巻く。葉が小さい場合は2枚重ねて使う。全部で6個分作る。
  • 3. ロールキャベツを煮る
    鍋にロールキャベツを隙間が出ないようにきっちりと詰める(余る場合は残ったキャベツの葉などで埋める)。トマト水煮を手で崩しながら加え、さらにひたひたの水と塩小さじ1/2を加え、アルミホイルなどで落し蓋をして40~50分煮込む。塩と胡椒で味をととのえる。トマト缶がないときは水だけで作り、コンソメキューブ1/2個分を入れてもよい。
BACK NUMBER
FEATURED FILM
出演:永野芽郁 田中圭 岡田健史 稲垣来泉 朝比奈彩 安藤裕子 戸田菜穂 木野花 / 石原さとみ / 大森南朋 市村正親
原作:瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』(文春文庫 刊)
監督:前田哲 脚本:橋本裕志 音楽:富貴晴美 
インスパイアソング:SHE’S「Chained」(ユニバーサル ミュージック)
血の繋がらない親に育てられ、4回も苗字が変わった森宮優子は、わけあって料理上手な義理の父親、森宮さんと2人暮らし。今は卒業式に向けピアノを猛特訓中。将来のこと、恋のこと、友達のこと、うまくいかないことばかり…。
一方、梨花は、何度も夫を替えながら自由奔放に生きている魔性の女。泣き虫な娘のみぃたんに目いっぱい愛情を注いで暮らしているようだったが、ある日突然、愛娘を残して姿を消してしまった。
そして、優子の元に届いた一通の手紙をきっかけに、まったく別々の物語が引き寄せられるように交差していく。「優子ちゃん、実はさ…。」森宮さんもまた優子に隠していた秘密があった。父が隠していたことは? 梨花はなぜ消えたのか? 親たちがついた〈命をかけた嘘〉〈知ってはいけない秘密〉とは一体何なのか。
2つの家族がつながり、やがて紐解かれる《命をかけた嘘と秘密》。物語がクライマックスを迎え、タイトルの本当の意味を知ったとき、極上の驚きと最大の感動がとめどなく押し寄せる─。
PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。その他の著書に『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。5月13日に新刊『有賀薫のだしらぼ すべてのものにだしはある』(誠文堂新光社)が発売。
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