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そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
毎日の景色が輝いてみえる
ドキュメンタリー映画
これまでに私が書いたコラムの中で、とても印象に残っているものがあります。タイトルは「紫陽花とビーチサンダル」。編集さんがコラムの中からキーワードを抽出して付けてくださったのですが、シンプルかつ的確なタイトルでとても気に入っています。昨年3月29日にアニエス・ヴァルダ監督が90歳で天寿をまっとうされた際、とあるWEB媒体にささやかな追悼コラムを寄稿させていただいたんです。ありがたいことにそのコラムを読んだ方から「あの文章が好きでした」と声をかけていただくことが多く、「それまで書いた文章と何が違ったのだろう……?」と、自分なりに考えてみたのですが、ごくごく個人的な思い出や感情を、なんのてらいもなく素直に綴ったことが、かえって多くの人の心に響いたのかもしれないな、とも感じています。
「ヌーヴェルヴァーグ(※)」の頃から女性監督の先駆けとして時代を牽引し、カンヌ国際映画祭やアカデミー賞の名誉賞も受賞したヴァルダ監督が、かつて来日した際、私は花束贈呈の大役を急遽当時のボスから仰せつかりました。開店前の花屋に駆け込んで紫陽花の小さなブーケを作ってもらったところ、ご機嫌ななめで泣いていた監督がその花束を気に入り、滞在先のホテルの部屋に飾ってくれたこと。私の30歳の誕生日、パリのカルティエ財団現代美術館で開催されていたヴァルダ監督の展覧会を訪れた際、親切なキュレーターとイケてるムッシュのおかげで、ダゲール街に暮らす監督との対面が奇跡的に叶ったこと。いつか再会できたら渡そうと思って大切にしまっておいた「海の写真」がプリントされたビーチサンダルを、結局渡せずじまいになってしまったこと。そんな個人的な思い出の断片に、ヴァルダ監督への思いを込めて綴ったコラムが「紫陽花とビーチサンダル」だったのです。
というわけで前置きが長くなりましたが、今回ご紹介するのは当時87歳だったヴァルダ監督が、33歳のフランス人アーティストJRとともに作り上げた、とても可愛らしいドキュメンタリー『顔たち、ところどころ』(2017)です。おばあちゃんと孫ほど年の離れたキュートな凸凹コンビが、フランスの田舎町を小さなトラックで巡りながら、市井の人々と触れ合い、巨大な写真作品を共に作り上げていく旅の様子を記録したドキュメンタリー作品。
偉大なヴァルダ監督が、一見クールにキメているけれど、実はおばあちゃんっ子で優しさに溢れる若手アーティストJRとともに、好奇心の赴くまま名もなき市井の人たちに会いに行き、顔を写真に収めて巨大ポスターに引き伸ばし、彼らにゆかりのある建物に貼り付けていく……。そこで生活している人たちにとっては当たり前すぎて見過ごしているものの中にある“本当の価値”を、目利きの映画監督と才気あふれるアーティストが独自の視点で見出し、素敵な魔法をかけて去っていく姿を、私はスクリーンで目の当たりにしました。
残念ながら自分の暮らす街にヴァルダ監督とJRが訪ねてくることはないけれど、「あの二人だったらこの街のどこに価値を見出すだろう…?」と考えるだけでも、いつもと違う景色に見えてくるから不思議です。殺風景だったあのスペースに、どんな人物の巨大写真をプリントしたら、面白味や味わいが感じられるのか、空想してみるだけでもワクワクできると思いませんか?
自分にも他人にも厳しくて、多くの人から畏れられていたヴァルダ監督が、実はいくつになっても少女のような視点で物ごとを観察していたことが伝わり、愛おしい気持ちになりました。映画の中でヴァルダ監督から「あなた、とっても素敵よ」と声をかけられた人々が、JRによって撮影されて引き伸ばされた自身の巨大ポスターを眺めながら「私の人生、まんざらでもないのかも」と自信を授けられていたように、たとえ人生で2回だけでもヴァルダ監督と出逢えた奇跡を思い返すと、いまでも勇気が湧いてきます。
昨夏、私のコラムのタイトルとなった、「海の写真」がプリントされたビーチサンダルを自ら履いて小豆島の浜辺を歩き、天国のヴァルダ監督に想いを馳せました。
※…1950年代後半から 1960年代前半にかけてのフランスで、商業映画に束縛されず自由な映画制作を行なった若手グループの映画。「新しい波」の意。
- 介護の中、夢を捨てずにいられたのは、あいつの「ただいま」が希望に向かわせてくれたから。映画『大脱走』
- 眠れない夜に私を救ってくれたのは、70年前の名作ミュージカル映画だった 『雨に唄えば』
- ままならない家族への感情……それでも確かに愛してる。『シング・ストリート 未来へのうた』で描く私の夢
- 嘘の中の紛れもない「リアル」。 いつまでも彼の踊る姿を観たいと思った 『リトル・ダンサー』
- 「どんな自分も愛してあげよう」 肩の力を抜くことができた『HOMESTAY(ホームステイ)』
- 映画って、こんなに自由でいいんだ。そんなことを気づかせてくれた『はなればなれに』
- 日々の選択を、愛ある方へ。自分を大切にするための映画『パパが遺した物語』
- 大丈夫。あなたが私を忘れても、私があなたを思い出すから 『43年後のアイ・ラブ・ユー』
- どうしたら色気を醸し出せるのか!?核心を隠すことで見えてくる、エロティックな世界『江戸川乱歩の陰獣』
- 幸せになるには、まず「幸せに気づく」こと。こんな2020年を希望にかえて締めくくる『食堂かたつむり』
- 仕事も休めばいい、恋もなんとだってなる。人生の舵は、自分が握っているのだ『嗤う分身』
- 号泣したワンシーンが、思いを届けるきっかけになる『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
- 「私の人生、まんざらでもないのかも」見過ごしていた“当たり前”に魔法がかかる『顔たち、ところどころ』
- 東京という大きな「生き物」が、 人生の岐路に立つ人を静かにつつんでくれる『珈琲時光』
- 狂気を殺さない!愛してみる。生きていく『逆噴射家族』
- 動き出さない夜を積み重ねて、たどり着く場所がきっとある『ナイト・オン・ザ・プラネット』
- 時代の寵児バンクシーの喜怒哀楽や煩悶を追体験!?観賞後スカッとするかしないかは自分次第… 『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
- 「帰省」を疑似体験。離れて暮らす父親の素っ気なくも確かな愛情『息子』
- 90分でパリの100年を駆け抜ける!物足りない“現在”を笑って肯定しよう!!『ミッドナイト・イン・パリ』
- 映画の物語よりも、そこに流れる「時間」に没入する 『ビフォア・サンセット』
- 慣れない「新しい生活」のなかでも、人生に思いきり「イエス!」と言おう!『イエスマン “YES”は人生のパスワード』
- 夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』
- 人の目ばかり気にする日々にさようなら。ありのままの自分が歩む、第二の人生。 『キッズ・リターン』
- 人に嫌われるのが怖くて、自分を隠してしまうことがあるけれど。素直になりたい『トランスアメリカ』
- 成功は、競争に勝つことではない。 「今を楽しむ」ことを、教えてくれた映画『きっと、うまくいく』
- それぞれの場所で頑張る人たちへ 「声をあげよう」と伝えたい。その声が、社会を変える力につながるから『わたしは、ダニエル・ブレイク』
- 僕が笑うのは、君を守るため。 笑顔はお守りになることを知った映画『君を忘れない』
- 心に留めておきたい、母との時間 『それでも恋するバルセロナ』
- 「今振り返っても、社会人生活で一番辛い日々でした」あのときの僕に“楽園”の見つけ方を教えてくれた映画『ザ・ビーチ』
- “今すぐ”でなくていい。 “いつか”「ここじゃないどこか」へ行くときのために。 『ゴーストワールド』
- 極上のお酒を求めて街歩き。まだ知らなかった魅惑の世界へ導いてくれた『夜は短し歩けよ乙女』
- マイナスの感情を含む挑戦のその先には、良い事が待っている。『舟を編む』
- 不安になるたび、傷つくたび 逃げ込んだ映画の中のパリ。 『猫が行方不明』
- いつもすぐにはうまくいかない。 自信がないときに寄り添ってくれる“甘酸っぱい母の味”『リトル・フォレスト冬・春』
- 大人になって新しい自分を知る。 だから挑戦はやめられない 『魔女の宅急便』
- ティーンエイジャーだった「あの頃」を呼び覚ます、ユーミン『冬の終わり』と映画『つぐみ』
- 振られ方に正解はあるのか!? 憧れの男から学ぶ、「かっこ悪くない」振られ方
- どうしようもない、でも諦めない中年が教えてくれた、情けない自分との別れ方。『俺はまだ本気出してないだけ』
- 母娘の葛藤を通して、あの頃を生き直させてくれた映画『レディ・バード』