そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
リスタートを切りたい、一度整理したい、というあなたの心にぴったりの一本が見つかるかもしれませんよ!
私には、これといった卒業式の思い出がありません。小中高一貫校だったので小学校の卒業式は特に感慨もなく、中学校は卒業式自体がありませんでした。さぞ高校の卒業式は感動的だろうと思いきや、まだ大学入試が残っていたので気もそぞろで記憶が薄く、大学の卒業式は袴を履いたことしか覚えていません。私にとって「卒業式」は、どれもバタバタと通り過ぎた1日に過ぎなかったのです。ただ、「ちゃんと卒業を全うしたかった」という無念さは何となく自分の中に残っていました。しかし、ある映画との出会いで、確かに輝いていたはずの、けれどもきちんとゴールを切れなかった、あの頃の日々の想いをきちんと浄化させることができたのです。
『レディ・バード』(2017)の主人公クリスティンは、田舎のカトリック系高校に通う17歳。自分のことをレディ・バードと呼ばせる少し変わった彼女は、高校卒業を目前にして色々なことに体当たりでぶつかっていきます。
私は驚きました。クリスティンが着ている制服は自分が着ていた制服にそっくりで(私もカトリック系の学校出身です)、学校の雰囲気もそっくりでした。おまけに私も彼女と同じようにミュージカルに取り組んでいて……とにかく、クリスティンと私には共通点が多かったのです。もちろん映画の中で起こる具体的なエピソードは全然違いますが、まるで自分の高校時代をスクリーンで目撃しているような不思議な感覚に陥りました。
『レディ・バード』では、自信過剰と自信のなさの間で揺れ動くような思春期特有の感覚がリアルに描かれています。友情・進路・恋愛など登場するエピソードは様々ですが、中心にあるのは母と娘の関係です。娘を愛するが故に心配する母親と、反発してしまう娘。母娘の複雑な愛情が実感を伴って丁寧に表現されていきます。
卒業直前のある日、プロムの服を母親と選びにいったクリスティンは、あるドレスを持って試着室に入ります。そして、ウキウキと出てきた彼女に対して母親がただ「すごくピンクね」と言ったとき、クリスティンは激怒します。「どうして黙って肯定してくれないの?」と責める彼女の姿を見て、私は呆然とするしかありませんでした。
実は『レディ・バード』を観る直前、私も母親と電話で喧嘩をしていたのです。つい愚痴をこぼした私に対して「母親の自覚を持って」と言った母。私はその言葉を聞いて「どうして黙って弱音を聞いてくれないの!」と涙を流しながら怒りました。私はもうアラフォーなのに、この17歳の少女と全く同じことをしている……! 私はちっとも成長なんかできていない。私は、クリスティンを通してもう一度高校3年生を生き直しているような気持ちになっていました。
母親との葛藤を乗り越え、恋愛や友情の悩みにも答えを見つけたクリスティンは、プロムに出席して最高の卒業を迎えます。すっかりクリスティンに同化していた私は、その様子を見て「自分もようやくちゃんと卒業できた」と感じたのです。映画館の椅子に座りながら、38歳にして初めて実感した卒業式。あれ以来、『レディ・バード』は私にとって1番大切な映画です。
- 介護の中、夢を捨てずにいられたのは、あいつの「ただいま」が希望に向かわせてくれたから。映画『大脱走』
- 眠れない夜に私を救ってくれたのは、70年前の名作ミュージカル映画だった 『雨に唄えば』
- ままならない家族への感情……それでも確かに愛してる。『シング・ストリート 未来へのうた』で描く私の夢
- 嘘の中の紛れもない「リアル」。 いつまでも彼の踊る姿を観たいと思った 『リトル・ダンサー』
- 「どんな自分も愛してあげよう」 肩の力を抜くことができた『HOMESTAY(ホームステイ)』
- 映画って、こんなに自由でいいんだ。そんなことを気づかせてくれた『はなればなれに』
- 日々の選択を、愛ある方へ。自分を大切にするための映画『パパが遺した物語』
- 大丈夫。あなたが私を忘れても、私があなたを思い出すから 『43年後のアイ・ラブ・ユー』
- どうしたら色気を醸し出せるのか!?核心を隠すことで見えてくる、エロティックな世界『江戸川乱歩の陰獣』
- 幸せになるには、まず「幸せに気づく」こと。こんな2020年を希望にかえて締めくくる『食堂かたつむり』
- 仕事も休めばいい、恋もなんとだってなる。人生の舵は、自分が握っているのだ『嗤う分身』
- 号泣したワンシーンが、思いを届けるきっかけになる『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
- 「私の人生、まんざらでもないのかも」見過ごしていた“当たり前”に魔法がかかる『顔たち、ところどころ』
- 東京という大きな「生き物」が、 人生の岐路に立つ人を静かにつつんでくれる『珈琲時光』
- 狂気を殺さない!愛してみる。生きていく『逆噴射家族』
- 動き出さない夜を積み重ねて、たどり着く場所がきっとある『ナイト・オン・ザ・プラネット』
- 時代の寵児バンクシーの喜怒哀楽や煩悶を追体験!?観賞後スカッとするかしないかは自分次第… 『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
- 「帰省」を疑似体験。離れて暮らす父親の素っ気なくも確かな愛情『息子』
- 90分でパリの100年を駆け抜ける!物足りない“現在”を笑って肯定しよう!!『ミッドナイト・イン・パリ』
- 映画の物語よりも、そこに流れる「時間」に没入する 『ビフォア・サンセット』
- 慣れない「新しい生活」のなかでも、人生に思いきり「イエス!」と言おう!『イエスマン “YES”は人生のパスワード』
- 夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』
- 人の目ばかり気にする日々にさようなら。ありのままの自分が歩む、第二の人生。 『キッズ・リターン』
- 人に嫌われるのが怖くて、自分を隠してしまうことがあるけれど。素直になりたい『トランスアメリカ』
- 成功は、競争に勝つことではない。 「今を楽しむ」ことを、教えてくれた映画『きっと、うまくいく』
- それぞれの場所で頑張る人たちへ 「声をあげよう」と伝えたい。その声が、社会を変える力につながるから『わたしは、ダニエル・ブレイク』
- 僕が笑うのは、君を守るため。 笑顔はお守りになることを知った映画『君を忘れない』
- 心に留めておきたい、母との時間 『それでも恋するバルセロナ』
- 「今振り返っても、社会人生活で一番辛い日々でした」あのときの僕に“楽園”の見つけ方を教えてくれた映画『ザ・ビーチ』
- “今すぐ”でなくていい。 “いつか”「ここじゃないどこか」へ行くときのために。 『ゴーストワールド』
- 極上のお酒を求めて街歩き。まだ知らなかった魅惑の世界へ導いてくれた『夜は短し歩けよ乙女』
- マイナスの感情を含む挑戦のその先には、良い事が待っている。『舟を編む』
- 不安になるたび、傷つくたび 逃げ込んだ映画の中のパリ。 『猫が行方不明』
- いつもすぐにはうまくいかない。 自信がないときに寄り添ってくれる“甘酸っぱい母の味”『リトル・フォレスト冬・春』
- 大人になって新しい自分を知る。 だから挑戦はやめられない 『魔女の宅急便』
- ティーンエイジャーだった「あの頃」を呼び覚ます、ユーミン『冬の終わり』と映画『つぐみ』
- 振られ方に正解はあるのか!? 憧れの男から学ぶ、「かっこ悪くない」振られ方
- どうしようもない、でも諦めない中年が教えてくれた、情けない自分との別れ方。『俺はまだ本気出してないだけ』
- 母娘の葛藤を通して、あの頃を生き直させてくれた映画『レディ・バード』