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旅行や出張先でその土地にある映画館に立ち寄ることが好きでした。過去形なのは、ここ2〜3年はコロナ対策による行動制限があったので、以前のように足を運ぶ回数が少なくなってしまったけど、今でも機会があればまだ訪れたことのない映画館に行ってみたいという気持ちは全く薄れていません。
また、各地方で個性を発揮しているミニシアターのほか、シネコンも巡るようにしています。と言うと「ミニシアターはまだしもシネコンだと、どこも変わらなくない?」と反論されることもあるけれど、上映前に流れるコマーシャルに地域性が出ているのが興味深いし、座席や空間もそのシネコンごとに画一化されているようでいて、実はそうではなかったりもするのが見ていて面白いのです。
こうした行動の裏には、違う都市に定期的に引っ越すのは現実的になかなか難しいので、見知らぬ場所で実際に暮らしてみたら、どんな風に生活するだろうと想像する疑似体験を楽しんでいるところがあると思っています。それは有名な観光地や名所を訪れるだけでは見えてこなくて、暮らしに密着したスーパーで買い物をしたり、飲食店に行ったりして、初めて体感することができるのです。
県内唯一のミニシアター・シネモンド
今回は旅先で出会った映画館ではなく、今住んでいる家から歩いて行ける距離にある映画館「シネモンド」を訪れて、あまりにも近すぎて普段意識することがなかった飲食店も一緒に散歩コースとして紹介したいと思います。
ちなみにここ石川県はなんと、人口10万人あたりのスクリーン数が5.5面と全国トップらしいのです(2022年末時点。また、1人あたりの座席数も全国トップ)。
現在、石川県唯一のミニシアターとなるシネモンドは、1998年12月にオープンした映画館です。開館したのは、東京・渋谷にある映画会社「ユーロスペース」でかつて買付や宣伝をしていた土肥悦子さん。結婚を機に退職し、金沢に移り住んだところ、ミニシアター系の作品を上映している映画館がなかったため、土肥さん自身で自主上映を続ける中で使用していた会場に映画館を作ったのがシネモンドのスタートでした。ちなみに子どもが映画と出会う場を提供している「こども映画教室」を立ち上げた人物でもあります。
シネモンドが入る香林坊東急スクエアの裏手には「シネマストリート」と書かれた看板が立てられています。見渡す限り駐車場のどこに映画館が? と思われるでしょうが、かつては10館ほどの映画館が軒を連ねていて、映画館がなくなっても名前を残しておこうと名付けられたエピソードは、街と映画館とのつながりの深さを感じさせてくれます。
昭和の趣きが今も残る街
上映時間までに腹ごしらえということで、どこかお店に寄って行こうと思います。シネモンド周辺には全国展開しているチェーン店よりも、個人経営の店が目立ちます。昭和の趣きを今も引き継いでいる飲食店も多く残っているので、レトロ風景好きにとってもオススメです。
本日は創業30年以上の老舗の喫茶店「ピノ」を訪れることにしました。午前11時半頃に到着すると、開店からまもないにもかかわらず店内は既に賑わっています。おしゃべりに花を咲かせる高校生4人組、キャリーケースを携えた観光客、カウンターで競馬新聞を広げて注文を待つ男性など客層は様々。実際に県外から来られた人にも人気があるようで混雑している日が多く、個人的にも久しぶりの来店となりました。
お目当ての映画が始まるまでにあまり時間がないので、パフェとかワッフルが一緒に付くよくばりセットもあるけれど、今回はオムライスのみを注文。ちなみにサラダがセットで付いてくるのがうれしいです。徒歩3分でシネモンドまでたどり着けるので、上映開始時刻ギリギリまで休んでいても大丈夫です。
長年追いかけてきたホン・サンスに思いを馳せる
今日、観たのは韓国のホン・サンス監督『小説家の映画』。同監督による長編27作目でこの後も公開作が2〜3作品控えており、多作な作家としても知られています。今作のパンフレットは日本では2021年に公開された『逃げた女』以来、単独作品のパンフレットとして制作されています。私がホン・サンス映画を初めて観たのは2012年に『よく知りもしないくせに』『ハハハ』『教授とわたし、そして映画』『次の朝は他人』の4作品が一挙に上映された時で、このときのパンフレットは「ホン・サンス/恋愛についての4つの考察」として4作品が一冊のパンフレットに編まれていました。
以降もホン・サンス映画が公開されたときに作られるパンフレットは複数の作品が一冊にまとめられることが多かったのですが、今回は一作品で一冊と本作のエッセンスが絞り込まれた内容になっています。監督と主演キム・ミニのインタビューのほか、これまでに撮られた30作品の一覧が載っているのが壮観でした。
ホン・サンス映画の特徴として「酒を飲みながらの会話」「道ならぬ恋」「映画関係の仕事に就く人物」などの要素が挙げられます。多くの作品で見つけられるので、どの作品も同じ印象に感じられたりもするのですが、だからこそ、私にとって心の休まる映画になったのでした。前に観た作品と近い演出や何度も繰り返されるモチーフ。映画を観るときに、無意識に目新しい部分を期待してしまう心の忙しなさは皆無で、登場人物らの会話にただ耳を傾けるだけでいいのだ、という安心感を抱かせてくれます。
と同時に、作品同士の微妙な違いをどのように語れば良いのか分からない状態も続いていたのは確かで、2010年代を通じてこの監督の映画について考えてきたのですが、ここ数年では佐々木敦と児玉美月の共著『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』では一章をつかってホン・サンスについて取り上げられたり、一冊丸ごとホン・サンスを特集した『作家主義ホン・サンス』が出版されたりと語られる機会が増えてきました。
これまで自分が見えて来なかった面にも様々な角度でスポットライトを当ててくれ、ますます監督と作品について思考を深めることができ嬉しいかぎりです。
シネモンドと縁の深いジャズ喫茶
映画鑑賞後は、シネモンドから徒歩5分の距離にあるジャズ喫茶「もっきりや」へ。なぜこのお店を訪れたかというと、実は映画やシネモンドと縁のあるお店で、かつてはここで映画の上映会が開かれていたり、シネモンドの方が働いていたこともあったりするからなのです。また、ユーロスペースを旗揚げした堀越謙三さんのインタビュー本『インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ』のあとがきでは、このお店に謝辞が送られています。
夜はライブハウスに変わるのですが、昼の時間帯は喫茶店として営業しています。1971年から50年余り、音楽通を楽しませてきた店です。これまでに山下洋輔、渡辺貞夫といったビッグネームからジャズだけに留まらず、チャラン・ポ・ランタン、灰野敬二などのミュージシャンもライブを行なっています。レコードがたくさん並ぶ店内では、店主さんとはジャズに関するおしゃべりも楽しめます。
もっきりやから2分ほど歩くと、レアンドロ・エルリッヒの「スイミング・プール」など人気の現代アート作品を収蔵する「金沢21世紀美術館」が見えてきます。気になる企画展が常に開催されていますが、館内にあるシアター21は、独自の着眼点で企画された特集上映や期待の新人監督を発掘するプログラムで注目を集めるカナザワ映画祭(今年は9月8日〜10日の開催)や、国立映画アーカイブ主催の優秀映画鑑賞推進事業による所蔵映画フィルムの上映会場となるなど、映画館としての側面もあるのです。
美術館の向かいに立つ旧県庁舎を改装した「しいのき迎賓館」の屋外広場では、8月に「金沢ウィークエンドシネマ」という映画上映イベントが開かれ、『トップガン』や『SING/シング:ネクストステージ』など計4作品が上映されました。過去にはカナザワ映画祭の企画で、デコトラを招いて『トラック野郎』シリーズが上映されたりなど、ここは映画上映イベントの定番スポットにもなっています。
さらに少し歩くと建築家・村野藤吾が手がけた建物にある「金沢アートグミ」では9月にドキュメンタリー映画『アートなんかいらない!』を山岡信貴監督のトーク付きで上映されるとか…他にもあって書いててキリがないですが、この上映イベントの多さで、ここの住人の映画好き具合が推し量れます。通常は映画館として使われてない場所でも映画を上映しているのですから、県民一人あたりのスクリーン数は実際のところ、もっと多い気がしました。
また、こうしていつもの風景をさんぽコースとして振り返ってみると、自分は映画、音楽、美術など芸術全般が生活に溶け込んだ街に住んでいるのだと改めて気づき、そのありがたさを噛みしめるのでした。
今回のさんぽコース
PINTSCOPEでは、これからも日本各地や世界にあるミニシアターを紹介していきます!
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