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ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

ウィーンで世界最古の映画館と、『ビフォア・サンライズ』の撮影地を巡る一日 【BURG KINO/Cafe Sperl】

ご当地ミニシアターさんぽ
気になっていたミニシアターを目指し、旅してみるのはいかがでしょう? 世界中のバラエティ豊かな映画を、独自に厳選して上映しているミニシアター。そんな日本各地にある個性豊かな劇場で映画を味わった後で、合わせてご当地グルメも味わえる、おすすめさんぽコースを紹介します。
今回は、オーストリアのウィーンへ!
ナビゲーター
ライター・編集者
野風真雪
Mayuki Nokaze
フリーライター/編集者。早稲田大学 文化構想学部を卒業後、ギャラリーやWeb制作会社での編集職を経て独立。現在は様々な土地を旅しながら、ヒップな暮らしを探求中。

海外を旅する最中、訪れた国のことを深く理解したいと願う私ですが、国や街について学ぶ方法の一つに、「映画鑑賞」があります。時代背景を色濃く反映した「映画」を通し、その国ならではの歴史や都市の変化について学べることが多くあるからです。特に古い映画だと、自分の知らない発見も数多くあるでしょう。

今回は音楽や芸術の街として知られるオーストリア・ウィーンに、当時の時代背景や社会情勢を強く反映したあの名作映画を観に行ってきました。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

ウィーンの中心地に建つ歴史ある映画館
「BURG KINO」へ

今回訪れたのは、ウィーン旧市街・第1区イネレシュタットにある「BURG KINO(ブルク映画館)」。このシアターはまさにウィーンの中心地に立っており、大通りを挟んだ向かい側にはハプスブルク家の歴代皇帝が住んでいたホーフブルク宮殿があったり、5分ほど歩いた先には三大歌劇場のひとつ・ウィーン国立歌劇場があったりと、まさにこの街の文化と歴史を象徴するような立地だと言えます。

あたりを見渡しながら道を歩いていると、真っ赤な文字の看板が目に飛び込んできました。一つずつアルファベットを組み合わせて作る、レトロな映画館の看板です。日本ではあまり見る機会がない看板なので、思わず胸が高鳴ります。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

さて1912年に設立されたBURG KINOは、サイレント映画の時代から営業を続けており、現在も存続する中では“世界最古の映画館の一つ”と言われています。

鑑賞する作品は、ウィーンを舞台にしたフィルムノワールの名作『第三の男』(1949)です。BURG KINOでは約15年間に渡って、ウィーンの街にゆかりのあるこの映画を上映し続けているとのこと。『第三の男』は映像表現が巧みだとして、大学の講義で一部分を観たことはあるものの、丸々一本は観たことがありませんでした。

この作品を観るなら、今回以上に素晴らしいシチュエーションはないでしょう。また歴史のあるミニシアターでこの土地にまつわる映画を観る体験ができたら、この街や人々についての知識が深まり、新たな視点を持って街を歩けるかもしれません。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

45分前と早い時間に到着したので、まだ映画館のシャッターは閉まっていました。上映直前にならないと開場しないのは、ミニシアターあるあるですね。でも、映画を観る前のこんな空き時間も旅先では特に、ワクワクと楽しめるものです。通りの向かいにあるホーフブルク宮殿前のブルクガルテンをしばし散策することにしました。

ブルクガルテンは、広々とした王宮庭園が、一般に開放されている自然豊かな場所。ちょうど日曜日のお昼時ということもあり、多くの人がレジャーシートをひいてのんびりと過ごしていました。庭園の中を歩いていると偶然ウィーンで活躍していたモーツァルト像を見つけ、この街の文化的な歴史に思いを馳せました。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

さて、上映時間が近づいて来たので映画館へ戻ります。上映開始15分前だったので、シャッターは無事開いていて、通りがかりの人が中を覗いていたり、入り口の写真を撮る人がいたりと、1時間前とは打って変わり周囲が賑わっていました。

地下に向かう階段を降りて、チケット売り場へ。チケットは前日にオンラインで予約しておき、当日売り場で支払いました。料金は大人€ 10.50(約1,800円)。円安の影響もありますがほぼ日本と同じ価格帯です。

この日は『第三の男』の他に、日本でも6月に公開されたルカ・グァダニーノ監督の新作『チャレンジャーズ』(2024)と、濱口竜介監督の『悪は存在しない』(2023)が上映されていました。『悪は存在しない』は、この後見かけた他の映画館にもポスターが貼ってあるところを目撃したので、ウィーンのいくつかの映画館で上映されているようです。日本の映画が約9,000km離れた外国でも高く評価されていることに、誇らしい気持ちになります。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

奥に進んでいくと、レトロな雰囲気の待合室があります。小さな売店とテーブルが並んでおり、上映まで談笑を楽しんでいる人も。壁を見ると最新作の他にチャップリンの作品や『カサブランカ』(1942)などのポスターがずらりと並んでいます。日本のミニシアターとそこまで大きな違いはなく、穏やかなこの雰囲気はどこの国でも共通しているものなのだな、と落ち着きを感じます。

時間になると、チケットの半券を誰かにもぎられることは特になく、そのままシアタールームに入場しました。

ウィーンが舞台の『第三の男』を鑑賞

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

中に入ると、こぢんまりとしたシアタールームが。席は全部で77席あり、真っ赤なベルベット生地の椅子は座り心地は抜群です。椅子に体がすっぽりおさまる感覚でとても心地よい空間で、時間になるとすぐ本編が始まりました。

映画にはドイツ語字幕はなく、英語音声のみ。BURG KINOでは、あくまで外国映画を吹き替え版ではなく「オリジナル版」音声で上映する意味を尊重し、その伝統を今も受け継いでいます。

※BURG KINOは、映画にはプロパガンダ的な側面があるという考えの下で、製作国の言語(『第三の男』はイギリス映画なので英語)をオーストリアの公用語であるドイツ語に翻訳することはせず、あえてそのままの言語で観客に届けている。

さて映画『第三の男』は、スパイ・ミステリー作家、グレアム・グリーンの脚本で、キャロル・リード監督が映画化したサスペンスミステリー。物語は、アメリカ人作家のホリーがウィーンに住む親友・ハリーの元を訪れたところ、既にハリーが死亡したことを知らされる、という場面から始まります。

ホリーがハリーの死にまつわる情報収集を進めるうちに、彼の死に際に3人の男が立ち会っていたと分かるのですが、その「3番目」の男の正体は不明のまま。そこでホリーが事件の謎を解こうと試みていく物語です。

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映画の舞台となっているのは、第二次世界大戦直後のウィーン。オーストリアは、連合国軍(アメリカ・イギリス・フランス・旧ソ連)によって分割統治がされていた時代です。歴史ある街が破壊され社会情勢も混乱した状態の元での、人間模様や犯罪が描かれています。

物語のキーとなる人物の1人が、亡くなったハリーの恋人、女優・アンナです。主人公・ホリーは段々と彼女に想いを寄せていくものの、アンナの気持ちは元恋人から揺らぐことはありません。アンナが1人で並木道をスタスタと歩いていく有名なラストシーンは、観る人によって感じ方が大きく異なるでしょう。

犯罪を前に自分はどう思考し、行動すべきなのかをそれぞれ選択していくホリーやアンナ達の姿から、「人間の本質とは何なのか」を考えさせられたのはもちろん、心揺さぶられる衝撃的な展開や、陰影を使った巧みな表現方法にも驚かされる素晴らしい映画でした。

また映画の中で何よりも印象的だったのは、戦後で街を破壊された当時のウィーンの街並みです。鉄骨が剥き出しになった建物や瓦礫の山がある荒んだ風景は、私がさっきまで呑気に歩いていた街と同じ場所だとは信じられないほどです。しかし、この映画が撮影されたのはウィーンの中心地。このBURG KINOがあるウィーン旧市街・第1区イネレシュタットでも、複数のシーンが撮影されており、同じ都市であることには間違いありません。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編
ウィーン旧市街、映画館前の大通りの様子

そんな当時のウィーンを眺めながら私はふと、コロナ禍で人が全くいない新宿で撮影された映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』(2021)のあるシーンを思い出していました。主人公が旧友と飲みつぶれて、深い虚無感を感じている様が風景にリンクするあのシーンも、ある意味 “奇跡的な”舞台と時代背景の賜物です。

決して意図して作られるものではない、その時期にしか撮れない都市の姿は、私の心に強く残るものがありました。今回の目標であった、「映画を通して街や人々の歴史に触れる」試みは、自分にとっては大成功だったと言えます。

映画に登場した大観覧車の「いま」を見に

BURG KINOを出た後は、『第三の男』に登場した大観覧車がある「プラーター公園」へ向かいました。物語終盤に、主人公・ホリーはこの観覧車の中である人物と話をするのですが、このシーンは映画の中でホリーの心を最も強く揺さぶる瞬間でもあり、とても重要な場面なのです。

徒歩と地下鉄で約15分。最寄りのPraterstern駅に到着しました。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

地下鉄の階段を上がり地上に出ると、すぐ青空と大観覧車の姿が目に飛び込んできました。

先ほど説明した通り『第三の男』の舞台は、第二次世界大戦直後のウィーン。そのため劇中に映し出される観覧車の周りには、ほぼ何もない寂しげな荒野が広がっていました。しかしその光景は今ではガラリと一変し、遊園地として子どもや大人が楽しむ賑やかなものに変わってました。

日曜日の午後で天気は快晴。やはり、先ほど映画で観た戦争で荒廃した風景にぽつんと立つ観覧車とあまりにも周囲の光景が違うので、どこか狐につままれたような気分にもなります。

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「ウィーン大観覧車(Winener Riesenrad)」は、1897年に皇帝フランツ・ヨーゼフの即位50周年を迎えるにあたり建設された、観光客にも大人気の歴史ある名所です。

今やウィーンを象徴するシンボルでもある大観覧車は、様々な映画にも登場しています。その一つが、リチャード・リンクレイター監督の『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』(1995)。ウィーンの街を舞台に若い男女の運命的な一日を描いた作品です。続く『ビフォア・サンセット』(2004)『ビフォア・ミッドナイト』(2013)を含めた3部作は、その後の二人の人生を描いた素晴らしいシリーズで、私の人生の指針となっている映画でもあります。

ここからは、そんなウィーンを舞台にした『ビフォア・サンライズ』の撮影地巡りもかねて、街を探索していきます。

『ビフォア・サンライズ』の撮影地巡りで
自分の映画愛を再確認

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

プラーター公園から再び地下鉄に乗りやってきたのは、1880年創業の歴史あるカフェ「Cafe Sperl」です。こちらのカフェは『ビフォア・サンライズ』で、主人公のジェシーとセリーヌが夜中に訪れた場所。電話をしているふりをして、二人が本当の気持ちを話す印象的な場面で使用されました。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編
ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

夕方ということもあり、店内はそこまで混んでおらず。なんと『ビフォア・サンライズ』で二人が座っていた席がちょうど空いていたので、同じ席に座らせてもらいました。

刺繍風のボタニカル模様が特徴的な赤いソファには、今まで沢山のお客さんが座ってきたようで、生地は剥がれ気味。そんなところにも、このカフェの長い歴史を感じます。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

静かに心躍らせながら注文したのは、ウィーン発祥のザッハトルテ(チョコレートケーキの一種)と、カフェモカです。ウィーンのカフェ文化では、飲み物を頼むと一緒に水がついてくるのが一般的です。

ザッハトルテは、スポンジの間にオレンジ風味のジュレのようなものが塗られていました。チョコレートベースではありつつも、とても爽やかで優雅な味でした。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

ふと顔を上げると、向かい側の席では若い女の子二人が何やら熱心にお喋りをしています。入り口近くの角では、おじいさんが真剣な顔で新聞を読み込んでいました。

そんな心地よい景色の中、私は日本から持ってきていた本を開きました。口にチョコレートと微かなオレンジの余韻を残したまま、紙の上の文字に目を走らせます。大好きな映画の景色で過ごす読書時間は、何よりも充実したものでした。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

カフェでの読書を終え、次に向かったのは『ビフォア・サンライズ』の序盤で、主人公二人が立ち寄ったレコードショップ「ALT & NEU」。

映画の中でジェシーとセリーヌは、このショップで一枚のレコードを選び、視聴室に入ります。そして狭い視聴室の中でKath Bloomの『Come Here』を聴きながら、二人は目を合わせたりそらしたり。恋の予感を感じさせる美しいシーンです。

例の視聴室は映画のために作られたセットだったため、入ってみることはできませんでしたが、CDを一枚購入するとレジで店員さんが「映画に出てきたのと同じレコードを聴けるけど、聴いてみる?」とにこやかに提案してくれました。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

ヘッドフォンをつけ、店員さんがKath Bloomのレコードに針を落とすと、たちまち夢のような世界へ。流れ込んでくるアナログの音一つ一つに耳を傾けていると、時を超えて自分が大好きな映画の中に存在しているような感覚になり、目頭がじわりと熱くなりました。

映画と音楽を愛する者にとって、こんな追体験をできることはなんと素晴らしいものなのでしょうかーー。

ご当地ミニシアターさんぽ ウィーン編

映画を通じて、愛する音楽や言葉、哲学や人生観と出会うことができます。その出会いは決して映画を観ている瞬間のものだけではなく、その後の人生でもずっと穏やかに、心の中に大切に留めておくことのできるものです。

まさに、映画は自分の “世界”を広げてくれるようなものと言われますが、このように映画の舞台になった場所を自分の足で訪れてみることで、文字通り自分の中にある “世界地図”を広げてくれるものでもあります。

今回ウィーンで、映画の撮影地を巡ったり映画を追体験したりすることで、私は自分の中にある映画愛を再確認できました。そしてこれからも各国の映画作品と出会うことで、こうやって “思いを馳せることのできる場所”を世界中に増やしていきたい、と強く思うのでした。

映画の舞台に自分自身の経験を重ねていくことは、映画体験をより深める方法の一つかもしれません。

※記事内の金額表示は、2024年5月時点のレートで換算しています。

今回のさんぽコース

BURG KINO
Opernring 19, 1010 Wien
↓(地下鉄・徒歩で約15分)
プラーター公園
Gaudeegasse 1, 1020 Wien
↓(地下鉄・徒歩で約20分)
Cafe Sperl
Gumpendorfer Str. 11, 1060 Wien
↓(徒歩で6分)
ALT & NEU
Windmühlgasse 10, 1060 Wien

PINTSCOPEでは、これからも日本各地や世界にあるミニシアターを紹介していきます!
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INFORMATION
BURG KINO
住所:Opernring 19, 1010 Wien
公式サイト: https://www.burgkino.at/
PROFILE
ライター・編集者
野風真雪
Mayuki Nokaze
フリーライター/編集者。早稲田大学 文化構想学部を卒業後、ギャラリーやWeb制作会社での編集職を経て独立。現在は様々な土地を旅しながら、ヒップな暮らしを探求中。
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