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12月上旬の自分の誕生日が近づいていた秋のある日、私はあれこれと悩んでいました。いつも家族の誕生日には気を配るけれど、自分の誕生日はいい加減になりがち。でも、今年ばかりは自分のためにスペシャルな企画を立てたいなあ。私が好きなものといえば、映画と海外旅行。では、そのふたつを組み合わせてしまえばいいじゃない!ということで、バースデーin海外計画を実行に移すことにしたのです。
海外の映画が日本で公開されるとき、公開日がかなりズレるのはよくあること。2年ほど前までヨーロッパに住んでいた頃は、日本公開前の作品をあれこれと楽しんだものでした。今回も日本ではまだ公開していないけれど、海外では公開済の作品を狙いたい……そうなったら、無類のミュージカルファンとして選択肢はひとつしかありません。そう、『Wicked』!! 日本では3月に公開となる『Wicked』(邦題:『ウィキッド ふたりの魔女』/2025年3月7日(金) 全国公開)を観ることができて、比較的リーズナブルかつ短期間で楽しめて、さらに12歳の息子も満喫できる海外都市を検討した結果、目的地は香港に決定しました。
香港の高級ショッピングモールで
クリスマスムードを満喫!
関西空港から香港空港まではおよそ4時間のフライトです。空港からはエアポート・エクスプレスという電車に乗って30分ほどで中心部に出ることができます。香港駅で降りたら、隣接している中環(セントラル)駅で電車を乗り換えて、隣の金鐘(アドミラルティ)駅に向かいました。ここは海外銀行の香港支店や各国の領事館などがあるビジネス街。この駅に直結しているパシフィックプレイスという建物の中にお目当ての映画館があります。

パシフィックプレイスは英国系百貨店 Lane Crawfordが入っている高級ショッピングモール。モール自体の規模としては中程度だと思いますが、高級ブランドをはじめとしてハイセンスなテナントが揃っています。さらに、12月上旬だったのでクリスマスのデコレーションがそこかしこに展開していて、曲線を強調したオシャレな内装とも相まってなんともゴージャス!! たくさんの人が写真を撮っていました。


とりあえず腹ごしらえをということで、Dim Sum Libraryというお店にトライ。大胆な柄の壁紙に黒いインテリアが印象的なとても都会的な内装の飲茶レストランです。メニューも普通の飲茶とは一味違う感じでドキドキしながら、いくつかの点心と麺料理を楽しました。どれも美味しかったのですが、なんといってもインパクトが大きかったのがこのBlack truffle har gau – shrimp dumpling。黒トリュフの海老餃子といったところでしょうか。黒トリュフが入っているのか贅沢だなあと楽しみに待っていたら、運ばれてきたのは真っ黒で真ん丸なこれ!

なんだこれは!?とビックリしながら食べてみると、外側のカリッサクッとした風味豊かな生地の中から、トロリと出てくる熱々の餡がたまらなく美味しい繊細な点心でした。皆で感激しながらあっという間に完食。円安もあってお値段はかなり高めではありますが、他では食べられない洗練された飲茶を楽しめるオススメのレストランです。

夜のスターフェリーから
香港の夜景を堪能!
腹ごしらえをしたらショッピングモール併設のホテルにチェックインして(なんと併設ホテルが4つもあります)、映画までの時間で観光することにしました。今いるのは香港島なので、対岸の九龍半島まで少し足を延ばしてみます。まずはMTRに乗って九龍半島へ渡りましょう。こちら側は豪華な高級ホテルが立ち並ぶ香港屈指の観光エリア。多くの人で賑わっていました。いかにも香港らしい風景を思わずパシャリ!


色々な建物のイルミネーションを楽しみながらお散歩した後、Shanghai Lao Laoというカジュアルな上海料理店チェーンで夕食をとることに。まだ夕方の早い時間だったにも関わらず、店内はかなり賑わっていました。メニューは写真入りなので選びやすく、味もとても美味しい!いくつかとても辛いメニューがあり、フウフウいいながら完食しました。九龍は高めの設定のお店が多い中、比較的リーズナブルな価格なのも嬉しいポイントです。

さて、お腹もいっぱいになったので香港島に戻りましょう。行きは電車に乗ったので、帰りは香港島と九龍半島を結ぶスターフェリーに乗ることにしました。レストランからほど近い尖沙咀(チムサーチョイ)フェリーターミナルに徒歩で移動し、尖沙咀~中環ルートのフェリーに乗船します。


フェリーの1階と2階で入場口が異なるので、2階の入場口に進んで切符を購入しました。7~8分間隔で出航していて、所要時間は5分程度なのであっという間に対岸に行くことができます。夜のスターフェリーからは、香港の夜景を独り占めできます! こちらがターミナルやフェリー内から撮影した夜景。ゴージャスな香港の夜景をおわかりいただけるかと思います。

さて、パシフィックプレイスに戻ってホテルに荷物を置いたら、いよいよ映画館に繰り出しましょう。
ゴージャスな映画館で
大人の夜を楽しむ
パシフィックプレイスの1階にあるのがこちら! MOViE MOViE Pacific Placeという映画館です。

ハリウッド大作からアート系小作品まで幅広く扱う「アート、カルチャー、ライフスタイル」をテーマにしたコンセプチュアルな映画館で、様々なタイプの6つのシアターがあります。「THE OVAL OFFICE」というラグジュアリーなシアターやラウンジもあるそうですが、今回はそちらではなく比較的大きめのシアター2での上映でした。事前にチケットを購入する際に確認したところ、「Non-vibrating Seats、Vibrating Seats、Non-vibrating Love Seats、Non-vibrating Love Seats」という4つの座席カテゴリーがあるという表示が。
詳細な説明が見当たらなかったものの、これはきっと「振動しない席、振動する席、振動するラブシート(2席がつながった席)、振動しないラブシート」だと推測し、振動すると集中できないかもしれないしなあと「Non-vibrating Seats(振動しない席)」を選択しました。大人150香港ドル+サービスチャージ10香港ドルで約3200円ほどでしょうか(なかなかのお値段!)。決済と同時に登録したメールアドレスに送られてくるQRコードを券売機にかざせばチケットを発券できるとのことでした。

指示通りにチケットを発券し、売店に向かいます。コーラにチップスでも食べようかなあとケースに置かれているドリンク類を見ていたら、2年前までポルトガルに住んでいたときによく飲んでいたSOMERSBY : APPLE CIDERの瓶を発見! デンマーク生まれのSOMERSBYはリンゴ風味の甘い炭酸のお酒で(アルコール度数4.5%)、ビールなどの苦いお酒が苦手な私はパーティなどで好んで飲んでいました。
日本ではほとんど見かけたことがないので、久々の再会に嬉しくなってレジで「SOMERSBYください」と伝えたところ、「シアター内に瓶は持ち込めないので、入れ替えますね」と大きめの紙コップに注いで渡してくれました。本当は瓶のまま飲みたかったのでちょっぴり残念ではありましたが、好きなお酒を飲みながら映画鑑賞ができる喜びに、私のテンションはMAXに!コップを片手にシアター前に向かいます。

シアター2に到着すると、ちょうど前の回が終わったばかりでお客さんが次々と出てきているところでした。まだ次の回を待っているのは私を含めて3人だけ。とうわけで、お酒をちょこちょこ飲みながら、ちょっと映画館内を散策してみることにします。

映画館内には先ほどの売店のほかに、バーやカフェスペースがありました。全体的なインテリアもウッディかつ曲線的でとてもオシャレです。レイトショーだったこともありますが、大人のための映画館という印象を受けました。


散策も終わりシアター前で待機していると、続々と他のお客さんたちが集まってきました。カップルなど大人のグループがほとんどで、ひとりで来ているのは私だけのようです。ポルトガルではひとりで観に来ているお客さんもよく見かけたのですが、香港ではあまりひとりで映画を観に行くのは一般的ではないのでしょうか。もしくは、週末(金曜日)のレイトショーだったので、たまたま1人客が他にいなかっただけかもしれません(こうやって客層を観察するのも海外での映画鑑賞の楽しみのひとつです)。
豪華出演陣で描かれる『ウィキッド ふたりの魔女』は、あっという間の161分!
いよいよ開場のときがやってまいりました! いざ、シアター内へ進みましょう。
後方の通路側の席を購入していたので、お酒をドリンクホルダーにセットして上映開始を待ちます。お客さんは3割程度の入りといったところでしょうか。皆、そこそこ大きい声でおしゃべりしたりモノを食べたりとなかなか賑やかに過ごしています。
実はこれ海外映画館あるあるで、日本のように予告編上映時から静かにしているなんていうことはほとんどありません。驚くのは本編の上映が始まってからもおしゃべりをする人がそれなりにいるところ。全体的にリラックスした雰囲気で映画を観ているといえばいいでしょうか……最初はかなりイライラしたりもしましたが、今はすっかり海外スタイルにも慣れてしまいました(とはいえ、私は海外でも日本と同じように静かに観ますが)。

さあ、いよいよ映画のスタートです! 今回観るのはミュージカル映画『Wicked』(邦題:『ウィキッド ふたりの魔女』/2025年3月7日(金) 全国公開)。大人気ミュージカルの映画化作品です。2003年にブロードウェイで開幕したミュージカル『Wicked』は『オズの魔法使い』の創作前日譚として1995年に刊行されたグレゴリー・マグワイア著『ウィキッド 誰も知らない、もう一つのオズの物語』 (Wicked: The Life and Times of the Wicked Witch of the West)を原作として作られた舞台で、悪い西の魔女エルファバと、良い魔女グリンダの友情を軸にした物語になっています(ちなみに、原作とミュージカルではかなりの相違点があるそう)。
トニー賞をはじめとする多くの賞を受賞し、今なおニューヨークとロンドンではロングラン中の大人気ミュージカルである『Wicked』は世界中で上演され、日本でも2007年から劇団四季がたびたび上演しています(現在も大阪四季劇場で上演中)。私が初めて『Wicked』を観たのも劇団四季での公演でした。
主人公は、暗い出生の秘密を抱え緑の肌を持つことで差別されてきたエルファバ。大学に進学すると、彼女はお嬢様育ちでワガママだけれど天真爛漫なグリンダと出会います。寮で同室になった彼女たちは激しく反発し合いますが、やがて深い友情で結ばれていくことに。一方で、エルファバが持つ強い魔法の能力はオズの国の王であるオズの魔法使いに認められ、彼女はオズの魔法使いと謁見することになります。グリンダを同伴してオズの魔法使いがいるエメラルドシティに向かったエルファバは、期待と希望に胸を膨らませますが……。

“悪い魔女”エルファバと”良い魔女”グリンダの友情の行方や、ふたりが巻き込まれる三角関係、そしてオズの国全体を揺るがす大きな陰謀までもがダイナミックに描かれるミュージカル『Wicked』は多くのミュージカルファンの心を掴み、現代において最も人気があるミュージカルのひとつとなっています。また、ミュージカル版『カラーパープル』(2013年にロンドンでリメイクされ、2015年にブロードウェイで上演されたバージョン)で一躍脚光を浴びてミュージカル界のスターとなった後、『ハリエット』(2019年)に主演するなど映画界にも活躍の場を広げているシンシア・エリヴォがエルファバを、米国ポップス界の大スターであるアリアナ・グランデがグリンダを演じることが発表されてからは、映画化のプロジェクトも大きな注目を浴びてきました。コロナ禍によりたびたび公開日が延期になったことも影響し、満を持しての今回の映画版公開に世界中が熱狂しているといってもいいでしょう。実際、2024年11月に全米公開されてから『Wicked』は大ヒットを記録しています。
映画版を監督したのはジョン・M・チュウ。『Wicked』と同じく大ヒットブロードウェイミュージカルである『イン・ザ・ハイツ』の見事な映画化(2021年)で高い評価を得た映画監督です。
私は日本で数回、ロンドンでも1回ミュージカル『Wicked』を鑑賞しており、現在上演中の大阪四季劇場での公演もすでに2回観ています。子どもの頃から数多くのミュージカルを観てきましたが、その中でも『Wicked』は特に好きで、いつ観ても大きな興奮と深い感動で盛大に泣いてしまいます。音楽、ダンス、衣裳、美術のクオリティがどれも高いことはもちろん、緻密に構成され伏線回収が見事に決まっているストーリー展開や、「ものごとは一面だけ見ても判断できない」「正義とは何か」といった、作品に込められているテーマに毎回心を打たれるからです。
本作の原点であるライマン・フランク・ボーム著『オズの魔法使い』(1900年刊行)は、アメリカで最も読まれてきた児童文学作品のひとつであることは間違いなく、おそらくアメリカ人であれば「誰でも知っている」ストーリーなのだろうと思います。竜巻によって家ごとカンザスからオズの国に飛ばされてしまった少女ドロシーが、愛犬トト、脳がほしいカカシ、心がほしいブリキの木こり、勇気がほしいライオンと共に旅をし、エメラルドシティにいるオズの魔法使いに願いを叶えてもらおうとする物語は子どもたちをワクワクさせ、大人たちに経済や政治の観点からの解釈を促し、ありとあらゆる芸術作品に影響を与えてきました。私も息子が小学校低学年だったときに最初から最後まで一緒に読んだ思い出があります。ちなみに、ミュージカル『Wicked』は、ある程度『オズの魔法使い』のストーリーが頭に入っていることが大前提になっている作品ですので、もしまだストーリーを知らないという方がおられましたら、小説版もしくは1939年の映画版をご覧になってから鑑賞することを強くおすすめします。
さて、すっかり前置きが長くなってしまいました。それでは映画版の感想に移りたいと思います。映画『Wicked』は2部作になっていて、今回公開されたのはミュージカル版の1幕にあたる部分までです。(※後編は2025年11月に全米公開予定)
結論から先に言いますと、素晴らしい映画化でした! ミュージカル作品を映画化する場合、本編よりも尺が短くなることが多いため、数曲カットされたり、キャラクターがバッサリ省かれたりといった脚色がなされることがままあるのですが、『Wicked』に関してはミュージカルよりも映画の方が尺が長いので(2部作にしているため)、曲によってはさらに長くなっていたり、キャラクターのセリフが増えていたりと、むしろ追加要素が多い仕上がりになっています。こうした工夫により、ミュージカルよりも物語の背景がわかりやすくなっていますし、たっぷりと追加した映像部分によって、舞台を目の前にしていないと感じられないような迫力を再現することに成功していると思います。
また、オズの魔法使いがいる都”エメラルドシティ”やエルファバとグリンダが通う”シス大学”などを再現したアートデザインが目を見張るほどよくできていて、趣向を凝らされた衣裳とも相まって『Wicked』の世界がそのままスクリーンの中に現れた!という驚きがありました。自分もシス大学の学生として物語に参加しているような気分を味わえるのです。
泣く子も黙る圧倒的な歌唱力を持つシンシア・エリヴォが演じるエルファバは憂いを含んだ繊細な表情が美しく、ソロナンバーではこちらを吹き飛ばすほどの迫力を見せてくれます。また、可憐な魅力で日本にもファンが多いアリアナ・グランデ演じるグリンダはこの上なくキュート!『Wicked』最大のコミックリリーフとしての役割を十分に果たしていましたし、オペラのようなソプラノ歌唱が求められるシーンも見事にこなしていて驚きました。
その他、セクシーでキャンプな魅力を放つ奔放な王子フィエロを演じるジョナサン・ベイリー、オズの魔法使い役のジェフ・ゴールドブラム、大学校長マダム・モリブルを演じるミシェル・ヨーなどなど豪華出演陣は誰もが存在感があって素晴らしく、161分の上映時間があっという間に感じられました。
前編ではエルファバが大きな思惑に巻き込まれ、ある決意をするところまでが描かれています。今回映画版を観て強く感じたのが、初めて『Wicked』を観た15年ほど前と比べて、この物語が現実世界と強く呼応し合っているということでした。というのも、格差や分断が進み、SNSの台頭もあり大手メディアを信用しない人々も増えているこの数年で、『Wicked』で描かれていることが以前にも増して現実味を帯びているように見えたからです。政府、メディア、大衆、陰謀論……そういった概念を人々がより強く意識するようになり、世界中で大きな戦争(対立)が起きている今、真実とは何か、正義とは何かを問いかける『Wicked』 はより強いメッセージ性を放っています。
作中で、「It’s looking at things another way.」(物事を違う角度から見ているってことさ)というセリフが出てきます。私はこれこそが『Wicked』のテーマの核であり、ひいては『オズの魔法使い』のテーマの核であり、より良い世界のために良く生きるためのヒントだと思っています。それがどういうことなのか、3月7日公開の『ウィキッド ふたりの魔女』を観てぜひ確認してみてください。
さて、映画が終わってエンドクレジットが流れ始めると、他のお客さんはゾロゾロと外に出て行ってしまいました。こうやってエンドクレジットになるや否や席を立つのも「海外映画館あるある」です。でも、私はもう少し素晴らしい映画の余韻に浸っていたかったので、最後まで座っていました。 場内が明るくなって立ち上がると、私よりも後方にまだカップルが残っているではありませんか。彼らも余韻を味わいたかったのかな、ミュージカルファンなのかな、そんなことを思いながら同じ建物内にあるホテルへと帰りました。
さあ、明日は息子と香港ディズニーランドに繰り出します! 最高の誕生日旅行in 香港は今のところ大成功。3月に日本で『ウィキッド ふたりの魔女』を観る日を楽しみにしつつ、残りの冬も乗り切れそうです。
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