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河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

2023年1月
仕事が山積みの新年。および新作撮影。

Sponsored by 映画『水いらずの星』
揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜
俳優は、プロデューサーは、どんな日常生活を送り、どんな思いで作品の劇場公開までを過ごすのか。そして、もしもその間に、大病を宣告されたとしたら——。
あるときは、唯一無二のルックスと感性を武器に活躍する俳優。またあるときは、悩みつつも前に進む自主映画のプロデューサー。二つの顔を持ち、日々ひた走る河野知美さん。
2023年初冬、河野さんが主演・プロデュースを務める新作映画『水いらずの星』が公開されます。越川道夫監督、松田正隆原作、梅田誠弘W主演の本作。この連載では、その撮影から公開に至るまでの約1年間の日記を、河野さんが綴ります。
第3回は2023年1月の日記です。
俳優・映画プロデューサー
河野知美
Tomomi Kono
映画『父の愛人』(13/迫田公介監督)で、アメリカのビバリーフィルムフェスティバル2012ベストアクトレス賞受賞。その他のおもな出演作に、映画では日仏共同制作の『サベージ・ナイト』(15/クリストフ・サニャ監督)や、『霊的ボリシェヴィキ』(18/高橋洋監督)、『真・事故物件パート2/全滅』(22/佐々木勝巳監督)、ドラマではNHK大河ドラマ『西郷どん』(18)、Netflixオリジナルシリーズ『呪怨:呪いの家』(20/三宅唱監督)、HBO Max制作のテレビシリーズ『TOKYO VICE』(22/マイケル・マン監督ほか)など多数。また、主演映画『truth~姦しき弔いの果て~』(22/堤幸彦監督)ではプロデューサーデビューも果たし、『ザ・ミソジニー』でもプロデュース・出演を兼任。2023年初冬、梅田誠弘とのW主演作であり、プロデューサーとしての3作目でもある映画『水いらずの星』(越川道夫監督)が公開予定。|ヘアメイク:西村桜子
河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

1月1日

明けましておめでとうございます。
本年こそ、河野を何卒よろしくお願いいたします。

と、テンプレートの挨拶はここまでにして…。

年始早々日記を書いていきたいと思う。

昨晩、世の中が新年を迎えるために杯を交わしている20時頃、大きな大きな2022年の忘れ物がメールボックスにバババンと届く…。
正直鼻血が出そうになった。締め切りが近い中で、大晦日のこの時間に送ってくるって。

というわけで、お正月返上で事務作業を朝から晩まで泣く泣く…。
まさに「Pはつらいよ」である。
やっぱり、どこか旅に出ればよかった。作業ができない理由を作っておけば開き直れたのに。と。
ちょっと後悔。

先方はそんなタイミングで送ってきたのに、私は元旦から仕事をしているのに、急がなければいけないのに…メールの返信が全然返ってこない。
早く手放したい…なんてマイナス思考に時々陥る。

これから続くであろう戦闘に向けて、私は体力も精神力も持つのだろうか。
そういう意味では、手術する期間はきっちり理由があるから休めるのか。と思いつつ、いやいやそれは健全な休みではないよ。なんて思ったり。
スペインに行こう。絶対。スペインに行こう。マネージャーの木村さん、私にスペインに行く休暇をください。
弾丸3日間でもいい。韓国でもいい。タイがいい? 外国の空気を吸いたい。

余談ではあるけど、河野という姓は、倭寇(※一般的には13〜16世紀にかけて活動した日本の海賊や、私貿易・密貿易を行う貿易商人に対する中国・朝鮮側での蔑称)だった可能性が高いんだと、父から話を聞いたことがある。
それゆえ、私は海外の空気を吸うと落ち着くのだろうか。と思ったことがある。
海外に行って、日本人と言われたことがない。むしろ各地の地元民に思われることが結構あって、アメリカにいた頃も、現地の人によく道を聞かれたものだ。

それはさておき。今年の目標を改めて整理。

・『水いらずの星』公開までに自身の存在意義をより確固たるものにすること。
・『水いらずの星』を東京国際映画祭で上映すること。
・高橋洋監督と『夜は千の眼を持つ』の現代リメイク映画を製作すること。
・伊丹十三監督の『マルサの女』みたいな映画が作れないか企画を考えること。

この4つが大きな大きな、私の今年の目標だ。あまり細かいことは考えていないけど、シンプルにいきたいと思う。

2021年に映画プロデューサーという肩書きがついてから3年目。
節目となる3年目(3という数字に私はこだわりがあるから)。
今年の製作をきちんと完了できれば、プロデュース作品は合計5作になる。
あくまで私見だけど、ここまでくるとやはり、自身がプロデュースする意味を改めて考えなければならないと思っていて、責任もより強く感じている。

この日記でも再三言ってきたけど、これからの日本映画界を考えて、つくっていかなくちゃいけない。1作目『truth~姦しき弔いの果て~』での、「やりたいから」というところから、少し上のラウンドに差し掛かった気がしている。
2023年、映画界はいい意味でも悪い意味でも荒れると予想している。
去年多産された映画が、今年公開することによって、いろんな意味で淘汰されていくというか。
その先で、自身の作品は生き残れるのか?

2024年は日本映画が面白い!という時代にしたい。
あまりジャンルにこだわらないプロデューサーなので、なんでもいいんだけど、とにかく日本映画面白い!っていう意味での淘汰がされればいいなって思う。
そのためには過去の作品たちのよさを学びつつ、それをどう現代にもっていくかというセオリーを、きちんと学んでいかなくちゃいけないなぁ。

ということで仕事に戻ります。
Pに正月はない。と改めて思う新年。
2023年も何卒ご贔屓を♡

1月2日

ずっと右胸が痛い。前よりも痛い。
寝転んでいても息が苦しい。
ふと。このまま意識を失って誰も気づかずにいて、そうなると私の死体は1月後半に見つかることになるな。とか、いらないことを考えてしまう。
お正月に考えることじゃないな。ほんと。

マイナス思考の言葉は書かないほうがいいと思ったけど、この日記は私の心の声なわけで、それなら遠慮なしに書いてしまえばいいと思った。

私の年齢で乳がんになるのは若い方で、その分進行も早くて。全摘出することにゆらぎはないけど、それでも泣けてくることはやっぱりある。

必死に前に進もうとしてる感覚はある。無理しているのともちょっと違う。
私の脳がそうしろ。って感覚的に指令を送ってきている感じ。
止まるな。常に前に進め。人のために生きて前に進むほど、自分の直感を信じるほど、そして楽しむほど、正しい道を行っている感覚。

弱さをちゃんと知ってるから強くなれるんだとも思っている。
だからここだけはね。弱音を吐かせてね。たぶん私は本来そんなに弱くないから、ここだけで。

「彼女を助けたいと思うんだったら、そのことに集中すればいい。全身をなげうって。」

岡本太郎、岡本敏子『愛する言葉』より

今日は年始初仕事。生配信ということで口下手な私がきちんとお話しできるのだろうか…。

『愛する言葉』 (イースト・プレス)

1月3日

2022年よ、さようなら。
やっと仕事納め。もうお正月が終わる。
お疲れ様、私。よくやった。色々締め切りに間に合った。

明日からは怒涛の新作映画の準備が始まる。

もう日も暮れ出して、ろくにお正月らいしいこともできず。
もう少ししたらお参りにでもいこうかな。

今年「ARTS for the future!」(コロナ禍における文化芸術活動の充実支援事業)が実施されないことが決定した。
これはかなり死活問題。さぁどうする私?
でも諦めるって気持ちはあまりなくて。
だったらやれることやって、最大限に努力してみるしかないなって思っている。

AFF以外だと正直、すでにお金のある、本当に限られた作品に対しての助成金しかない。一番下のラインでも、1500万円の予算に対して500万円の助成しかしてもらえないという現実。
今の若いクリエーターの人たちが1500万用意できるわけがない! せめて1000万が限度だ。それでもたぶん多くの人にとってはめちゃくちゃハードルが高い。
特に今年は映画に対する助成の幅が狭くなった気がする。

難しいことが起きたけど、たぶん難しい方に飛び込んでいくことが正しいように思う。
もちろん、今年公開になる作品を成功させることが先決ではあるが、国がこれだけ映画産業を必要としてないことを考えるともう移住しかないのか。

出資者を探すしかないのかもしれない。

But Don’t look back in anger. I hear you say.
「過ぎたことに怒ったりしないで。そう聞こえた気がした」

オアシス「Don’t Look Back In Anger」より

この曲は、リアムが歌っているのより、ノエルがオアシス脱退後にソロライブで歌っているのを聴く方が好きかもしれない。ノエルのボーカルには哀愁があると思う。

以前、ある企業で秘書をしていた頃からお世話になっている上司に年始の挨拶をして、乳がんのこともお伝えした。

「河野さん、連絡ありがとうございます。そして、手術の件、映画に対する決意のこと、全力で応援させてください。
一緒にがんばりたいです。無理に元気出さなくて良いので、みんなで一緒に泣いたり笑ったり頑張っていきましょう。
間違いなく人生の糧になります」

と返信が来る。

私は多分、人に愛されている。どんなに時間が経って、一緒にいる時間がずっと減ったとしても、こうやって今も繋がってくれている人がいる。
そう思うとやっぱり頑張らなくちゃ。って思う。泣き虫はまだまだ継続。
優しさは涙の起爆剤だ。

河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

1月4日

「あたしは君のメロディーやその
哲学や言葉 全てを
守る為なら少し位
する苦労もいとわないのです」

椎名林檎「幸福論」より

若い力に魅力を感じる。
何かを学ぼうとする姿は私に喜びを与える。
それは年齢と関係ない。生きているかどうかだ。生きようとしているかどうかだ。
そういう人を見ていると、自分のちょっとぐらいの苦労とか、どうでもいいと思える。
たとえ片思いでもいいから、相手が笑って喜んでいればいい、みたいな感覚。
人から見ればバカみたいに思われるかもしれないけど、惜しげもなく与え続けることが、私の幸福論。それは、自分の環境とか不幸とは全く違う場所にある、他人に対する幸福論。

小泉今日子さんと何度かお会いしたことがあるが、たぶんものすごく人からの愛され方を知っている方だと私は思う。
それは、今日子さんが人の愛し方をわかっているからなのかもしれない。

ちなみに今日子さんとは、出身地:神奈川県、誕生日:2月4日、星座:水瓶座、血液型:O型、好きな動物:猫好き と共通点が多いので、勝手に運命を感じている。

次回作のために、絵画教室で絵画の作法を学ぶ。
アートについて知識を深めるのは最高に楽しい。
みんなが目をキラキラさせながら先生の話を聞いている姿を見ながら、私もキラキラする。
映画をつくるってやっぱり共同作業だ。どの人が欠けてもいけない。
温度が一緒であればあるほど、その作品の熱量が上がる。
小さい映画だからこそ、よりそれを感じられるのかもしれない。

そして、初対面の助監督さんの前でヌードを描いてもらうという突然の事態。
ニップレスがなかったので絆創膏を2枚いただく。
もうこんな歳(歳は関係ないとか言ったけど)だけど、乳がんになり命の期限について考えるようになったからなのか、単純に度胸があるだけなのかわからないが、今は自分自身をどんな形でも残せるならあんまり怖いものはない。それが芸術という形で残るなら尚更。
先生が真剣に息を殺しながら描き続けるその姿は、まさにプロフェッショナルだった。
にしても、何の連絡もせず脱いでごめんなさい。木村さん!
じゃじゃ馬を優しく見守って♡

1月5日

新作映画のキックオフ。の前に早起きして代田八幡神社にお参りに行った。
そして、木魂ダルマなるものを購入。
別名・風水ダルマともいうらしい。赤や金やピンクや青などなど、様々な運をひきつけるための色が施してあるダルマがたくさん。

私は白にした。

白は「幸福運」を引き寄せるダルマ。

金運(金)や仕事運(青)や健康運(たしか緑)などもあったけど、私は白にした。
理由は、たぶん幸福というものである以上、 他の色の全てが私の中で納得できている状況なわけなはずで、 自分の心を満たせるようにしたい。という願いから。

お願い事をしながら左目に目を入れるみたいなのだけど、じっくり考えてから入れるようにしよう。
できるなら『水いらずの星』チームで入れるのがいい。
みんなの願いを刻みたい。

写真:河野知美

そのあとは、長時間のキックオフ。
制作部と演出部と録音部と監督が集結し、細かい打ち合わせとすり合わせをしていく。

映画は、各部署の総合点な気がしてる。

昨日、今日と、夜になるとムカムカしてきて吐かないと耐えられなくなる。
そんな時「こんちくしょー! 負けてたまるか!」って吐いたあと呟く自分がいる。

河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

1月7日

母の誕生日。
なんだかバタバタしすぎていて、何も贈りものが用意できなかった。

なので、電話を。
こちらがおめでとうと言うのに、「あんたも頑張んなさいよ‼️」と逆に励まされてしまった。

お母さん。私を産んでくれてありがとう。
とんでもない娘だけど、ろくにまだ親孝行もできてないけど、健康でいることだけが親孝行だと思っていたけど、心配かけてごめん。と、電話を切った後に出てくる伝えたい言葉。

どうか、長生きしてください。
できれば私よりもずっと長生きしてください。

今日も朝から何通メールを打ち、
何本電話をし、打ち合わせをしたかわからない。忙殺とはこのことか。

買い物に行く時間がなくて、ずっとストックのそうめんを食べ続けている。少し変えたことと言えば、チャンプルにして食べていることか。
沖縄料理だと、ソーメンチャンプルか、麩チャンプルが大好き。
具材もどんどん減ってきて今日はもう、卵とネギしかなくなってしまったなぁ。

一方で、どんなに遅くまで打ち合わせがあろうとも、最近は必ず夜ウォーキングをすることにしている。現場に入るまでに体力をつけておかなきゃいけないし、夜の下北沢周辺は人も減って歩きやすい。夜風が気持ちいい。

このまま何処か、誰か連れて行ってくれないか。と、ふと思うけど、私の意志の両足がしっかりと大地に踏みとどまり、プロデューサーとしての責任を果たせと言う。

演出部も制作部もみんな「河野P、ご決断とご許可を‼️」と言ってくださるし、「河野P頼りにしています‼️」と言ってくださる。まるでお代官様状態。

企画思いついたら河野さんとやりたいなぁ。と言ってくださったこともあった。
嬉しいなぁ。なんか嬉しい。

スピード命の性格と、O型なりの柔軟さが、そういう時は活きている気がする。
まあ、逃げないよ。大丈夫。
台本読む時間があるかだけが心底不安。
ああ、台詞合わせしたい。

そうそう。明日は梅田くんの誕生日。
お節介ながら、沢山愛されていることを知ってほしい。そういう日になるといいな。
誕生日はそういう日なんだと思う。

1月8日

ロケハンというのはイメージだけで場所をただ決めればいいわけではない。
というのを何作か作品を作って知る。

イメージが合致したとしても、台本上のト書きに書いてある動線とのすり合わせ。
それが成立しない場合の代替案。妥協点。
もろもろシーンを追って、現場での話し合いが永遠と続く。
その後、最終稿(=撮影に使う原稿)が出来上がる。

今日は、新作映画のロケハンの1日目だった。
朝からみんなでロケーション候補地へ向かう。

いや、かなりしんどい。明日も明後日もロケハン。その中で美打ち(美術打ち合わせ)や衣装合わせ、メイク合わせなど、打ち合わせは波のように押し寄せてくるし、一度で完結するものでもない。

常にすり合わせ、打ち合わせの連続。久しぶりに河野、結構疲れているぞ。と思う。
この疲れさえも、演技にぶちこんでやればいいと開き直る自分もいる。

何事も余裕をもっての準備がいかに大事か改めて勉強させられる。
私は慎重派なので(と自分は思っている)、何事も余裕をもって準備するタイプだけど、人が多くなればなるほど、自分のさじ加減だけではどうにもならなくなってくる場面も多々。

だけども、脚本上の文字たちが立体的になっていく感覚はやはり面白い。
そこに俳優や美術が入れば、なおその感覚は増えていく。

みんな本当にありがとう。
真剣に考えて一つの作品に向き合っている姿は美しい。
このまま向かおう。やるしかない。やってやる。

ところで、今日は『水いらずの星』主演の梅田誠弘氏のお誕生日。
沢山の方が、梅田くんにメッセージをくださることが自分のことのように嬉しい。
まだ出会って一年も経っていないけれど、沢山のことを乗り越えてきたね。
これからもきっと乗り越えていくんだろうね。
これからもっと沢山の人に愛されていくんだろうね。そのお手伝いを少しでもできたらいいな。と思う。
きっと私といると楽しいよ。上手く説明はできないけどきっと楽しくするよ。
『水いらずの星』をやってよかった。と思える日がもっと増えるよ。
これからがとても楽しみだね。
私は梅田くんの目が好きです。なかなか合わせてくれない綺麗な目。
その目にどんな世界が広がっていくんだろう?
どうぞその才能をもって羽ばたいていってください。
梅田くんのご両親に感謝。お誕生日おめでとう!!!!

河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

1月9日

本日もロケハン。

しかし、実は体調があまり優れない。
最近はずっと頭痛が酷い。
生理の時期と、それを止めようとする薬が身体の中で凄い勢いで闘っている感じだ。
でも、みんなには関係がないこと。
車中で寝ることでごまかす。

宣伝費のことを。
宣伝費は大事だ。
だけど、作品が満足したものが撮れなければ、その先の宣伝費は意味がない。
製作費と宣伝費のせめぎ合い。
Pが1番頭を悩ますところ。
ずっと頭がグルグル。

ところで、『ザ・ミソジニー』が本日、墨田区に新しく出来たストレンジャーさんで、塩田明彦監督と高橋洋監督のトークイベント付きで上映された。なんと、満席だったらしい。
大晦日の新文芸坐もかなりお客さんが入っていたというから、本当に嬉しい。

作品が、もう私の手を離れて巣立っていっているのをひしひしと感じる。

他の作品も同じように育ててあげられたらいいな。それまで元気でいれたらいいな。

自身を不幸と捉えるか、幸福と捉えるか。
今時点の私は乳がんだとしても、幸福だと思う。きっと大切なことを学ばせてもらっているんだと思う。
そして、万が一私がこの世から消えたとしても、私が作った作品たちが私の意志をずっと伝え続けてくれると信じている。

映画は私の魂だ。
映画は私の意志だ。
映画は私の生まれ変わりだ。

一方で新作の監督に、「河野さんの役は、私と高橋さんが作ったんですよ。どれほどの愛がそこにあると思ってるんですか!」と言われた。

俳優として、こんな最上級の嬉しい言葉はないと知った。私は俳優でいていいんだ。と教えてくれた言葉だった。

ちゃんと自分に胸を張れ。私。

1月10日

本日は、午前は本読みの時間を頂戴し、午後からロケハン。

ちょっと気に食わないことがあった。

ロケハンのアポ一つとるにしても、何度もやりとりをし、先方にも時間を頂戴しやっと調整がつくのだが、明らかにスタッフさんの一部がもうその場所を見る気がなく(多分ここじゃ撮れないと見切ったんだろう)、先方が案内してくれても聞く耳を持たず、ろくに挨拶もしていなかった。

私はそういうのが好きじゃない。

どんなに可能性がなくとも、礼義としてきちんと話くらいは聞く体をとるべきだと思うし、ロケハンに行くまでに色んな人が動いてるという認識が欠落しているのはあまり好きじゃない。

もちろん、スタッフみんなに感謝しているし、信頼をおいている。絶対に。
でも、それとこれとは話が私の中では違うのだ。

挨拶だけでもちゃんとしよ。
愛想だけでもちゃんとしよ。

と、Pはつまらないことに腹を立てたのである。私がそういうことをさせないくらいのPにならなければならないのかな。

薬を飲み続けている。
先生から薬を飲み続けると、子供が産めなくなる=生理が止まる。と言われた。

なのに本日再来。

薬が効いているのか、
めちゃくちゃ不安になる。
寝ていると苦しい時がある。
心配。

でも、こういう感情とか経験はきっと次の役に活かせる。覚えておくのだ。しっかりと。
やるせない葛藤。抱えきれない怒り。どうしようもない現実。苦しくて眠れない夜。わかって欲しい願い。

感情の名詞が脳裏で渦を巻き出す時、決まってナタリー・インブルーリアの「That Day」が流れてくる…。

1月11日

お肌がひどいことになっている。
可愛くない。誰にも会いたくない。みられたくない…。

これは、自分の製作する映画の、クランクイン前の恒例行事。
特に高橋監督関連だと、1年に一度しか出ないような吹き出物ってやつが顔を出す。
これ本当にすごい。100%の確率。恐るべし高橋監督…!

そういえば『水いらずの星』の時は出なかったなぁ。
越川監督が撮影までのスケジュールは采配してくださっていたからかも。

どちらにしても、主演女優(女優とかいうの好きじゃないけど、今回は便宜上これを使う)たるものの姿ではない。参った。

それに加えて、月一のものがやってきたわけで、私の惨敗。

今日はまた別のドラマの撮影だった。
ネオシーダーを演技で吸いまくり、これじゃ美肌には程遠い。

たまに現場に行くのはいい。気分転換になるし、久しぶりに気心の知れた仲間と再会できる。

みんな本当に頑張っているよ。
自分で自分の環境を選択し、開拓し、ずんずん進んでいる。

私はどうだろう? 選択できてるのかな。開拓できてるのかな。
道半ばすぎてよくわからない。

姉が一人いる妹分なので、本当ならものすごく甘えん坊な気質なのに、ずずずんと両足広げて大地に根差すくらいの勢いで立っている感じ。
その脚はもしかするとプルプル震えているかも。

やっぱり可愛くない。参った。本当に参った。
とか言っていたら、愛猫ルナがさみしんぼでベッドにおしっこ…(泣)。
ルナよ。ごめんね…。

というわけで、去年梅田くんが釜山国際映画祭のお土産でくれた、ニキビパッチなるものを貼って寝ることにする。

ありがとう、いい薬です。

1月14日

朝から木更津の病院へ。
少し希望が見える。
全摘出という事実は変わらないけど、腫瘍の進行レベルは一番おとなしいレベルだとわかった。
そして、安心して手術ができるように、木更津の先生が信頼をおいている、ある大学病院の先生に紹介状を書いていただけることになった。

病院へ行く途中。撮影期間中、どうにか大学病院に診断に行く時間がとれないの?と。自分の命と撮影と、どっちが大事なの?と、付き添ってくださった税理士先生にお叱りを受ける。木村さんもなぜか叱られる。

先生、私ね。命より撮影が大事です。って心の中で呟いていた。

一方で、やっと。やっと。やっと。大事なことが監督と話せた新作映画。

私はいつも聞いている。
どうしたいのか? どうなりたいのか? どうしてほしいのか?
ずっと聞いてきたし、これからもずっとそうする。

一方で、周りは私が必要だと言う。
私がいなければいけない。
私じゃなければいけない。
と言ってくれる。

それは本当にありがたいことだ。

でもね、私がどうしたいのか?は、みんな聞かない。あまり聞かない。

私がどう生きたいのか。
どうなりたいのか。
どうされたいのか。
どうしてほしいのか。
聞かない。

この顔で、この身体で、この魂で、私がどう生を全うしたいのか。
あまり聞かない。聞いてくれない。

次の役は、普通の人(そもそも普通って何って話だけど)として、平穏無事な生活を送りたいと願うのに、生まれつきの特異性がある故に、人(ひいては自分を普通と思いたい人たち)から敬遠される。一方で近づいてくる人は、興味本意や欲望を満たすために彼女を求める。

彼女がどう生きたいのかは誰も問わない。

だから私は、監督に懇願した。
劇中で私の役に「貴方はどうしたいの?」聞いてあげてほしい。と。

その言葉こそが、その問いかけをしてくれた人こそが、彼女の運命の人になるんだ。と。

河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

1月15日

歩く◯器みたいな顔。と言われる。
よく分からないけど、褒め言葉とのこと。
くちびるが…みたいな。

半魚人。
宇宙人。
埴輪。
豊臣秀吉(サルと呼ばれてた時代限定=貧相ということらしい)。

色んなあだ名をつけられて来たよね。

最近行った生配信で気づいたことがあって、私笑う時、口をやけに隠す癖があるな。って。
多分、昔からコンプレックスだからなんだろうけど。

で、なぜコンプレックスになったかというと、これまた鮮明に覚えていて、遡る事、幼稚園。

ある日、花組のクラス部屋を出て、グズグズと靴を履いていたら、同じクラスの女の子がすっ。と寄ってきて、突然「私、あんたの唇、大っ嫌いなんだよね」と面と向かって言われ、あまりの驚きでしばらく固まってしまった記憶がある。

それからと言うもの、中学校の写真は全部唇を薄くして写真に写っていて(笑)。くしゃおじさんみたいな顔してる。恥ずかしすぎる。

でも、最近思うんだよ。
上澤さん。ありがとう。と。
私のコンプレックスを好きと言ってくれてありがとう。と。
連載1回目の私のポートレートを選んでてそう思ったよ。
そして、コンプレックスを何かしら抱えている人の方が、私にとっては魅力的だって。他人のことはそう思える。むしろ、そういうところが愛しくてたまらない。不完全な場所。アイラブ。

さらには、私という人を今、上澤さんの写真という媒体を通して客観的に見てみたら、自分を他人と捉えることができて、なんか、まぁいいっかって思えたりする。

たまに。ね。

他人にはわからないもの。
その人のコンプレックスなど。
それもまた事実なり。

1月16日

色んな事を考え過ぎて、信じられない電車の乗り過ごしをする。最近、意識が目の前にない。
忙殺とはこのことか。

河野、そろそろ色々ヤバいぞ。

病気のこと、映画のこと、俳優のこと。
自分のこと、家族のこと、会社のこと。

全部が私にかかっている。 
人を巻き込めば巻き込むほど、自身が戻れない場所まで来ていて、そんなことわかってるよ!って、もう一人の自分が答える。
人に優しくできなくなってないか? もう一人の自分が質問する。

できないから、変わらない。やらない。
そういうスタンスはダメだって、唱えながらずっとやってきた。
いじめられっこのままじゃダメだ。
閉じこもってちゃダメだって。
誰かが与えてくれるのを待っていてもダメだって。自分でちゃんとしなくちゃ。
むしろ、誰かに与えてあげられるようにならなくてはって。

最初からできたわけじゃない。
どうにかしないとって、変わらなくちゃと思ってやってきた。

私の中に隠された、自信がなくて、オドオドしてて、人の目ばかり気にして、端っこでうずくまっていた女の子。

久しぶりに、渋谷のマークシティの前を通る。
昔は「ここで路上ライブをしないでください」と、大きな横断幕が貼られていた。

私が路上ライブをしている時もそうだった。
毎日毎日、10枚CDを買っていただくという目標をかかげて、必死に声を張り上げて歌ってた。

初めの頃は、歌う場所を路上につくるのも勇気がいって、ドキドキしてた。でも、次第にコンスタントにきてくださるお客さんが増えて、あぁ、私ここに立ってていいんだなって思えて、歌ってもいいんだなって思えて…。

振り返れば、大大大大失恋したあとだったなぁ。
何もかも失って、もう失うものがないんだから、前に進むしかないじゃん!って、私には歌を歌うしかないじゃん!って思って、路上ライブする決意して…。

ずっとそうやって走ってきたはず。
俳優としてでもなく、Pとしてでもなく。
形は変われど、一人の私として、私はここにいるよ!!ってずっと叫んでるんだな。私。

私は弱くて強い。
めまぐるしく変化する感情も、めまぐるしくやってくる課題を乗り越えるために沸き起こるもので、たぶん課題をなくしたら感情もうねらないのだろうな。
がんになったのも、まだまだ休むな。河野。と言われてるんだろうな。

連載の編集担当のミリさんと久しぶりに二人で話した。
私の日記は面白いと言ってくださった。嬉しかった。
どこか共感できるところがある。と。

曝け出すことは怖いけど、路上ライブで歌いだした時よりは怖くない。
自分で自分の場所を0から作ることよりは怖くない。

そんなこんなで、思い出を遡っていたら、路上ライブをやっていた時のブログがまだあること発見!
2008年の写真です。若いな私。

きっとできる。私はできる。
その頃から、時々鏡の前でそう唱えてる。

2008年、路上ライブ中の河野さん。 写真提供:河野知美
2007年、舞台出演中の梅田誠弘さん。 写真:岡下明宏

1月18日

静けさを求む。
自分で一人で考えたい時に、一人になれないしんどさ。

頼む、一人にしてほしい。

映画製作は団体で動くものだから、それはそれでいい。

だからこそ、解散したあとはとにかく一人になりたい。

音が騒がしい。喋り声が騒がしい。
頼む、ひとりにしてほしい。ベッドに潜り込んでみても聞こえてくる音。音。音。

こんな気持ちなのだろうか。
次やる役の気持ちはこんな気持ちなのだろうか。

喧騒に巻き込まれ、時間に流され、自分自身と向き合う時間がない。

沈黙で過ごせる時間が愛しい。
沈黙で成り立つ時間が恋しい。

私、たぶん結構一人が好きだ。
自分が好きなことに集中している時間が好きだ。
誰にも惑わされない時間。誰にも気を遣わなくていい時間。
私は変わったな。変わったんだと思う。

弱ってる時にほしいのはアドバイスじゃない。
それでいいと、いまはそれでいいと認めて受け止めてもらえることだ。

人を変えることはできないのだ。
受け止めてあげればいい。

もし、相手が不器用な人だったらそれを受け止めてあげればいい。
そして、その人がどこかに行きたい。と言ったら、そこへの道筋を伝えてあげればいい。

沈黙を求む。静けさを求む。

SOS。赤ランプが灯ってる。

河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

1月20日

朝から紹介していただいた大学病院に行く前に、父と大喧嘩をする。

5時くらいに起きて、色々事務処理しても追いつかなくて、それでも自分の頭ではフローが成立してて、その通り動いていた。

9時30分から病院の予約が取れていたので、家からだと大体車で1時間強。
余裕をみて7時30分頃に行くね。と言われていたので、逆算して仕事をして、6時30分頃からお風呂に入って一休みしてたらピンポーン。と。

早い。

その後やろうとしていた事がぶっ飛び、それでも急いで色々間に合うようにやっていたら、父がもう時間だから。だと怒りだす。

明日のクランクインに向けて、どうしても朝のうちに洗濯していかなければならなくて、洗い上がった洗濯物を干そうとしたら、滅多に怒らない父が、物干しを破壊。

大喧嘩。

感謝はしてる。
心配してくれてることもわかってる。
だからこそ、クランクイン前日に病院の予約なんて入れたくなかった。アップした後にしたいって何度も伝えた。命が大事。と言うけれど、私は明日始まる映画の撮影の方が100倍大事だ! 2週間経てば行けるのに、なんでそんなに急かすの! 1秒でも惜しいのに、なんでそんなことするの! なんで、邪魔すんの?って大泣き。

父も壊してしまった物干しを直しながら、泣いていた。悔しくて泣いていた。
なんでもっと親を頼らないんだ。
今日やっと頼ってくれて嬉しかったんだ。
と泣いていた。

こんなに父と喧嘩したのは何十年ぶりだろう。

私は人に優しくできなさそうな時は、引きこもるくせがある。
人を無駄に傷つけたくないからだ。
誰かを傷つけるくらいなら、一人で解決できるまで一人でいたい。

にしても、心の平穏が欲しい。
人に優しくなれるまで。

診察、検査、検査結果、手術日程相談、手術。あと何回繰り返せばいい?
もう疲れたよ。河野、生きることを繋げるための繰り返しに疲れたよ。

クランクイン前なのに泣き腫らした顔で最悪だ。

それでも現場は動く。
私も動く。
Pが用意したもの(写真参照)。
この後、部屋の掃除をしてクラインクインに備える。

今日はPINTSCOPEさんの公式SNSで、連載開始が告知された。自分が思っている以上にいろんな方からDMをいただき驚いている。

最近思うのは、『水いらずの星』の“女”はもはやフィクションではなく、どこかで「現実」として私に取り憑いて生きている気がしてならない。“女”が背負ってきたもの。“女”が背負わざるをえなかったもの。“女”が河野知美になりつつある。

まるで、どこか当て書きされたかのように。

でも、私は不幸ではない。“女”も不幸ではなかった。愛されていたから。生きていたから。
松田正隆さんが書いた、フィクションの世界で綴られた言葉が、もはや私たちに取り憑いて、逆にそれを私が呑み込んで実体化した“河野知美”でいるような感覚。

それはさておき。掃除します。明日から戦いが始まる。

写真:河野知美

1月21日

新作映画のクランクイン。
戦いが始まった。けど、久しぶりに顔を揃えた面々を見ると、なんだかホッとした。
朝現場に入って、みんながビシビシと自分の仕事を遂行している姿には、なんか感動を覚えた。

つくりたいものをつくる。

木村さんに、みんなが監督と私がつくりたい映画のために集まってくれるなんて、ちょっと鼻が高い。と言ったら、木村さんは「うしし」と笑った。

映画をプロデュースしてからずっと、映画を共につくってくれているスタイリストの藤崎コウイチさん。藤崎さんは私が映画をつくる上で、いつも最大の理解者だし、藤崎さんなしに私の映画は成立しないと言っても過言じゃない。

藤崎さんはいつも「思いっきりみんなに頼ったらいい。みんなやりたくてやってるんだから、甘えればいいよ」と言ってくれる。

甘えてばっかりはいけないな。って思うけど、甘えないと映画はつくれないな。とも。
だって、楽な現場はない。でも、私が始めなければ始まらなかったこの現場が動き出してる。

プロデューサーという肩書きが少し誇らしく思えた。

「挑戦は美であり、スタイルだ。
挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者とではまったく天地のへだたりがある。挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、 挑戦を避けたままでオリてしまったやつには新しい人生などはない。」

岡本太郎『強く生きる言葉』より

若い俳優たちの不器用さを前に、 Pは改めて心を大事にしたいと思う。

撮影において、監督の理想の画、カメラマンの理想の動線。演出部の理想の演技。さまざまな角度で大事なことは多々ある。それは十分わかっている。
一方でプロデューサーであり、俳優でもある立場から言うなら、いかに俳優が心の動線を繋げながら演技ができるのか。ということも大事にしたいと思っている。ということに気づかされる。

私も至極不器用な俳優なので、若い俳優たちが葛藤していたり、うまくできなくてとげとげしくなったりする気持ちがよくわかる。だからこそ、Pとして自身がプロデュースする作品では、心の動線を大事にしながら、その周りの「理想」が「都合」にならないように映画づくりをしたいと思う。

所詮、俳優は監督のコマでしかない。という考えもある。
でも、そうなってくると、よほど演出の才能のある監督でない限り、上っ面を繋げただけの作品になってしまう可能性は高い。

俳優をあてこむことは簡単かもしれないが、その俳優の心を大事にしてあげないと、キャスティングの間違いになりかねない。

不器用なキャラクターなら、不器用なその俳優の部分を活かせる演出を。
ダメなキャラクターなら、その俳優のダメなところが活かせる演出を。

そう考えると、俳優の上手い/下手は、実はあまり関係なくて、映画にとって大事なところは演出部の力量なのではないかとさえ思えてくる。

撮影は続く。今日はお風呂で寝落ちをしてしまい、今起きて、これからベッドで寝ます。

スタッフのみんな遅くまで本当にありがとう。明日もよろしく。

写真:藤崎コウイチ

『強く生きる言葉』 (イースト・プレス)

1月23日

本日も撮影。
私の大好きな同世代の俳優さんたちが大集結。

私は1981年生まれだ。その一つ上が、松坂世代と言われた華やかな世代。

10代20代で必死に自主映画や学生映画、舞台で小さい役から始めて、自分には才能がないんじゃないか?とか、もっと安定した仕事についた方がいいんじゃないか?とか、散々葛藤して、なんとか30代まで続けて。多少いい役を貰ったり、少しギャラのいい舞台に立てるようになったり、知り合いも増えてきて。これまたなんとかなんとか40代になっても俳優を続けて。自分がもう与えられる俳優から、与える俳優にならなくちゃいけないことを知ったりして。

そういう仲間たち。

多分、みんな何度も何度も辞めようとか、諦めた方がいいんじゃないのか。って自分に問い続けながら、それでも好きな気持ち、楽しい気持ちが上回ってここまできた仲間たち。
(河野の勝手な推測ならすみません!)

さらには、40代になろうが、50代になろうが、まだまだ常にその問いかけをし続けていくであろう仲間たち。

私は彼らの事を誇りに思う。
彼らと一緒に映画をつくれている事を誇りに思う。
彼らと映画をつくれるまで、続けてこれた自分も少しだけ誇りに思える。

あなたが頑張ってるから。
わたしも頑張れる。

みんなカッコよすぎて、ライバルなんて到底思えないけど、どこかで同世代の仲間たちが頑張っているという事は、私の励みになる。

演技も映画製作も、答えがない事を知ってる仲間たち。だから今も、あなたたちはカメラの前に立ち続けてるんだろう。

“There is a difference between knowing the path and walking the path.”
「道を知っていることと実際に歩くことは違う」

映画『マトリックス』より

彼らが実際に歩いてきた道を知っているから、私は彼らとまた新しい道を切り拓いていきたいと思うのだ。

写真:河野知美

1月24日

撮休。

クランクインからストップしていた事務処理を多少。

最近ホットミルク(といってもオーツミルク)にハマっている。
温かいミルクは心が落ち着く。

本日、PINTSCOPEさんの連載のテストページがあがる。編集長の小原さんから「河野さんの文章と、梅田さんの絵と、上澤さんの写真のハーモニーがすごすぎないですか…!? 作品としてのクオリティがかなり高いと思います。そして、『水いらずの星』がこういう作品なんだろうなということも、この映画日記を通して理解できる連載になっているのではないでしょうか」とのお言葉をいただき、嬉しかった。

まさに三位一体。私がやりたかったこと。

もろもろ再確認をして、ミリさんに修正ポイントを共有する。

にしても、ちょっと自分が嫌になる話を聞く。
私が全て請け負えたらいいのに。
本当に無力だ。悔しい。情けない。
映画なんかつくってるから、誰かが苦労したり、誰かを疲弊させたりしてしまうんじゃないか。

ただただ単純に、朝起きてご飯を3食食べて、適度に運動して、早寝して。
そういう生活を私が望める人なら多分誰も巻き込まずに済むのに。

私、何やってるんだろう。

映画製作なんて。映画なんて。
私のエゴの塊なのかもしれない。

河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

1月25日

梅田くんについて。

今日も撮影だった。どうしても車両部が足りなくて、梅田くんに運転をお願いすることになった。

そんなこと言うなと言われるかもしれないけど、正直、私が一番したくなかったことだ。

どうにか回避できないかと、事前に色々私からも制作部サイドからも当たってみたけど、結果、お願いするしかないことになった。

私は彼を役者として尊敬している。
本当に素敵な役者さんだ。
彼のカメラ前の身のこなし、入り方、存在の仕方。全てが本当に素晴らしく、到底及ばないといつも思う。
彼はきっとこれからいろんなところに羽ばたいていく人だと本気で思う。
『水いらずの星』では堂々と主役を担ってくれた。
彼なしでは成立しなかった。

だからこそ、一番回避したかった。

その思いが故に、とても申し訳ない。こんなことをさせて。と思っている。
そう私は木村さんに言った。

木村さんは「梅田は覚悟してここにきているわけだから、そんなこと言ったら悲しいんじゃないかな」と。

何も言えなかった。

私は甘えることが得意なようで、得意じゃない。

私にはわからないのだ。どこまで甘えていいのか。どこまで甘えちゃいけないのか。

それはスタッフみんなにも言えることだ。
みんなどんな条件であれ、どんな状況であれ覚悟を決めて現場に来ている。
誰も手を抜いたりしない。

どうしてみんなそこまでできる? 私は本当に情けないよ。
私が一番みんなを信頼していないのかもしれないよ。

でも、不安なの。いつも不安。
誰がどう思ってここにいるのか。みんながどんなふうに感じているのか。

ただ、これだけはわかってほしい。
心の底から感謝している。
誰がかけても成立しない現場だ。
日々みんながいてくれるおかげで、私は俳優として、カメラ前に立つことが出来ている。

あと何本撮れるのか。
病気のことも忘れられたらいいのに。
ただただ真っ直ぐに思いのままに存在できたらいいのに。
人としても。Pとしても。俳優としても。

1月26日

やっと揺さぶられた。何かが私の鍵を開けた。

この衝動を。不甲斐なさを。性を。
静けさの海に投げ込んで蓋をするのだ。

耳を塞いで、誰の声も聞こえないようにするのだ。
口を塞いで、嗚咽が吐き出されないように。

誰も信じなければいい。
誰にも見せなくていい。

静寂に全てを埋めて何もなかったように生きる。そうすれば傷つかない。誰のせいにもならない。

ただただ、静寂を。静寂を。静寂を。

これは怒りなのかもしれない。
私は怒っているかもしれない。
自分に怒っているのかもしれない。

それが私の役だ。

河野知美「揺れる泪、闘う乳房 〜Pはつらいよ映画日記〜」vol.3

1月27日

連載が開始して、各所からメッセージをいただく。

俳優仲間や、友人。そして、事務所の提携先コムレイドの社長の西田さんからも。

「連載読みました。
真摯で熱量のある、いい文章でした。
本心は必ず伝わります!
嘘のない魂の叫び(叫んでないけど)が心地よい。
次も楽しみにしています」

とても嬉しかった。
自分が書きたい事を、自分のペースで思うがままに綴っているだけだけど、こうやって恩師からメッセージをいただくと、また背中を押される。

現場中で、なかなか即座に返信ができないけど、全てのメッセージをちゃんと読ませていただいている。本当にありがとうございます。

大好きな卵サンドを、薬を飲んだ後に食べると吐き気がすることがわかって、それからはレタスハムサンドを買ってきてくれる木村さんの優しさに触れた朝だった。

闘病を忘れるほど現場が楽しい。仲間たちとのくだらない話。こんなにも楽しいものか。とりとめなく会話のボールが投げられては返ってくる。久しぶりに河野、はしゃいでいるよ。

この撮影が終わったら、向き合わなければならないことが沢山ある。 『水いらずの星』の字幕制作手配、海外映画祭のスケジュール確認、リリース準備。『ザ・ミソジニー』も海外展開の話を進めてる。

そして、病気。そろそろ手術日を決めないといけない。

1月28日

チームって何だろ。って考える。昨日出た一つの答えは、対話だと思った。対話のできない人とチームを組むのは難しい。
こちらがいくら話をしようとしても、遮断されていては成立しない。
だから、想いを素直に伝えることって本当に大切だ。きちんと丁寧に相手の顔を見て伝えることって大切だ。そうじゃなきゃ、やっぱり伝わるものも伝わらない。

人たらし。と若い俳優さんに言われた。その意味が自分ではよくわからないけど、彼女なりに伝えてくれたのは「河野さんをみんな好きになっちゃいますもん。この人のためなら頑張ろうって思っちゃいますもん」と。

そうだったら、いいな。

誰かにとって利益を生み出すようなプロデューサーじゃない。それだけで私と繋がろうとしているなら役不足だ。

さっきの俳優さんの言葉を借りるなら、たぶん今私の映画製作に協力してくれてるみんなは少なからず、私の考えに何かしらの魅力を感じて一緒にいてくれるんだろうと思う。…と、信じよう。

それ以外の人は、私に気を遣わなくてよいよ。
きっと貴方には貴方の世界があるよ。
対話ができないと思うなら、どうぞ貴方の世界へいってらっしゃいな。
私は引き止めたりしないよ。

さあ、朝の赤飯おにぎりで今日もげんかつぎ。

写真:河野知美

1月30日

記憶にございません。
前の晩、ハプニングにより、ちょっとした極寒サバイバルを経験した河野。
メイク中も眠りこけ、しまいには椅子から転げ落ちる始末。

演技。演技は相手からもらうものだと日々実感している。自分で感情をつくるものではない。相手とのやりとりで生まれてくる感情が本物なのだ。だから、シーンが始まる前に気持ちをつくるなんて御法度だ。

でも、『水いらずの星』の撮影の時は違った。もう映画の中に私はいたから、つくるとかつくらないとかじゃなくて、そこに生きていた気がする。カットがかかっても、私はずっと“女”で、“女”を生きていた気がする。感情をつくるというより、感情がそこにあったのだ。

だから、一概には言えない。

でも、“そういうような”表情はやっぱり違う。違うんだな。

うん。違うんだよ。やっぱり。

演技は相手からもらうものなんだよ。やっぱり。

写真:河野知美

1月31日

クランクアップ。
現場によってこんなにも撮影現場の雰囲気が違うものか。と改めて思う。

特に今回は、大好きな同世代の俳優さんとやっと仕事ができて、毎日くだらないことを喋り倒して、撮影して、美味しいご飯をみんなで並んで食べて。

『水いらずの星』の撮影中、精神的な過酷さと常に緊迫感の中で演技していた時と比べると、いい意味で力も抜けていた気がする。というより、『水いらずの星』をやったから、力が抜けたのかもしれない。たぶん、あれ以上に演技を全身に教え込まれることはないだろうから。

帰り、最終日に来てくれた上澤さんが運転する車の中で、爆裂女子トークが巻き起こる。
河野も撮影中、胸中に秘めていたものを垂れ流す。

たしか、空気を読む力。についての話だったように思う。そして、人間的魅力についての話だったように思う。そしてそして、何かをしてあげたいと思わせてしまう能力の話だったように思う。さらに、言葉を発する前に自身の立場を弁えるべし。という話でもあったように思う。

上澤さんの助手席にいる安心感かな。
気づけば、喋りながら何度も寝落ちしてた。

いまだに自分とは何か、実態を掴めずにいるけど、若く綺麗な目から「憧れている」と真正面向いて言われた時、素直に嬉しかった。びっくりした。私の何に憧れているのかは聞かなかった。

だって、聞いてしまうと、そこをしっかりやらなくちゃ。と意識してしまいそうだから。

スタッフのみんなには過酷な現場になったに違いない。
撮影現場で、スタッフのみんなが私を俳優としていさせてくれたことに感謝しかない。
たぶん見えてない部分がたくさんあるのだと思う。

今は、この言葉しか見つからないけど、みんなみんなありがとう。みんなみんな本当にお疲れ様でした。

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INFORMATION
『水いらずの星』
時代の流れで造船所の仕事を諦めビデオ屋でバイトをしている男は、ある日余命が僅かだと宣告される。そんなとき頭に浮かんだのは、6年前に他の男と出ていった妻の顔だった。瀬戸内海を渡り訪れた雨の坂出。しかし再会した妻は独り、男の想像を遥かに超えた傷だらけの日々を過ごしていた…。
公式Twitter: @Mizuirazu_movie 
公式Instagram: @mizuirazu_movie
©2022 松田正隆/屋号河野知美映画製作団体
監督:越川道夫
原作:松田正隆
主演:梅田誠弘 河野知美
プロデューサー:古山知美
企画・製作:屋号河野知美映画製作団体
制作協力:有限会社スローラーナー/ウッディ株式会社
配給:株式会社フルモテルモ/IhrHERz 株式会社
2023年初冬公開予定
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