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2023年初冬、河野さんが主演・プロデュースを務める新作映画『水いらずの星』が公開されます。越川道夫監督、松田正隆原作、梅田誠弘W主演の本作。この連載では、その撮影から公開に至るまでの約1年間の日記を、河野さんが綴ります。
3月5日
越川道夫監督がTwitterに桜の写真を投稿していたので、
「桜咲いた?」
とコメントしたら、
「まだまだ。寒桜かな…」
と返ってきたので、
「そうですか。今年の桜は病室の窓から眺めることになりそうです」
と返そうと思ってやめた。
しばらく監督にはお会いしていない。
編集作業に集中してほしいからだ。
あまりやいのやいの言っても仕方ないし、きちんと仕上げてくれると信じている。
完成希望時期と今後やりたいことだけを情報としてのみ伝えてある。
日々色んな感情が生まれる。
泣きたい時もある。
でも、泣いていても始まらない。
悩んでいても現実は変わらない。と昔より上手に、早く切り替えられるようになった気がする。少しは成長したのだろうか。
私の映画製作を応援してくださる方はみんな、私がこれからも映画製作をできるように、目の前の一作に全勢力を注いでくださっている。
故に、何度も自分に伝えるのだ。
みんなを安心させるため、みんなの想いを大事にするため。私は手術をするべきである。と。
病気を理由に止まりたくない。という私の想いは想いで正しい。でも、みんなを幸せにするために、楽しいねって笑ってもらうために、私は映画製作をしているのではないか。
ならば、私は生きなくては。
どんな姿になろうと生きなければ。
河野知美という人間のおでこに刻まれた「病気」という文字をちゃんと消し去らねばならない。
春はもうすぐそこ。
花粉症で鼻水が止まらない。
例え世界が生き場所を見失っても
汚してしまったスパンコールを集めて
真冬の星空みたいに輝かせよう」
THE YELLOW MONKEY「バラ色の日々」より
3月6日
最高に幸せな夜だった。
こういう日を迎えるために私は映画を作っているんじゃないかと思えた。
昨年撮影した映画の俳優部打ち上げ。
メイクの桜子さん、新井ちゃん、スチールの上澤さんも駆けつけてくれた。
本当は俳優部なのに、今回照明部ヘルプで入ってくれた関口アナン氏も。
各自予定はおおよそ聞いていたけど、それでも忙しい中こんなに集まってくれるなんてPは感無量。
入院する前に会えてよかった。
みんなと話してまた私は映画が作りたくなった。
この人たちを素敵に残すにはどうすればいいのか考えたくなった。
そんな夜だった。
リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール!
3月7日
決算仕事に明け暮れる。
バタバタバタ。
『水いらずの星』のパンフレット作成に向けて、スチール選定も行う。
写真家の上澤さんから、「河野さん、入院のとき、私にできることありますか?」と連絡が来る。
みんなが映画『水いらずの星』をどんな時もサポートしてくれようとする。
その言葉だけで私は救われる。
自分がプロデュースした作品に対しては、自分が負える責任は全て負う気でいつもやってきたし、自分ができることは全てやってきたつもりだ。
だけど、結局一人だけでは何もできなかった。
昔の私なら、上澤さんに「大丈夫です!」と答えたかもしれないけど、今の私は、「ありがとうございます、あると思うので少し考えてみます!」と返信した。
甘えるのだ。甘えていいよと言われているうちは、甘えることにするのだ。
無理する必要はない。
吉村界人くんの「瞬間ラジオ」が面白い。中島歩くんがゲストの回で、「笑いの湿布を貼る」と言う名言が出てきてやけに頭に残った。
ゲストに呼んでいただけないだろうか。一度お話ししてみたい。
3月8日
越川監督に、手術日を伝える。
「うん。がんばるのだよ」と。
よく分からないけど嗚咽が出るくらい泣けてしまった。
その一言で、監督が伝えたい事全部が伝わる一言だった。
私、止まりたくないよ。
私、頑張りたいよ。
私、ずっと演技してたいよ。
って私の心の叫びを全部全部全部わかってくれた上で「生きろ」と伝えてくれた言葉だった。
越川監督と何度も言い争いもした。どう伝えればいいのかわからなくて気を遣い過ぎて逆に怒られた事もあった。どうしてそんな言い方するんだろう。と思った事もあった。私にとっては師匠だから、知識が追いつかないことも、教えていただくことも沢山だった。
でも、監督も私も諦めなかった。溺れるも昇るも、最後に2人っきりになってもやり遂げるって覚悟していたから。作品のこと、想い合ってないわけがなかった。互いのためにやってきたに決まっていた。
監督も、私も、逃げなかった。
多分これからも逃げない。
覚悟して始めたから。
監督、逃げないでいてくれてありがとう。
私といつも向き合ってくれてありがとう。
私、生きる。頑張って生きる。
3月9日
揺れる泪、闘う乳房。
これが私の連載のタイトルだ。
まさにわたしは揺れる泪。
今まで自分がやってきたことが正しかったのか。正しくなかったのか。
常に自問自答を繰り返す。
失ってしまったかもしれないもの。
この手にまだあるはずのもの。
心臓の匂いのした泪をブルブルブルと首を左右に大きく振って、蹴散らし、なかったことにして、晴天。仰ぐ。
その目はまだ滲んでる。
すると誰かが肩を叩くのだ。
「あなたは大丈夫。間違っていない。少し逞しくなっただけだ」と。
上澤さんだったり、廣田朋菜氏だったり、両親だったり、親友であったり、まだ見ぬ向こうにいる人だったり。
だから私は「そうだね。私は大丈夫」と笑ってごまかす。
今日『水いらずの星』のTwitterのフォロワーさんが1000人を突破した。
梅田くんのアンサーインタビュー第二弾も公開した。
少しずつだけど、少しだけでも、私はまだ前に進めるのなら、「そうだね。私は大丈夫」。
3月14日
新作のロケハンで、石垣島にいます。
あいも変わらず、この島には宇宙ステーションのような雰囲気がある。
島独特の、コンクリートでできた四角い建物は、まるで宇宙要塞みたい。
必ずある屋上には、水溜めタンクを置くT字型の台があって、遠くから見ると宇宙と更新するための大きなアンテナみたいだ。
写真を沢山撮ったが、流石に民家なので掲載は控える。が、この写真の旧市役所。もう、まさにSFではないか。
空港から市街地まで、何度もバスを降りては気になる場所を散策。自分の足で回って、気になった物件を訪れてはお話を伺う。
勇気と気合と体力がいる。
ゴダールの『アルファヴィル』みたいな映画が撮りたい。白黒でいい。セットを作り上げるのではなく、知らぬ間にSFを見ていたような感覚に陥る作品を。
一つのロケ地がその“体(てい)”であっても仕方ない。
映り込む全体がそうでなければならない。
故の石垣島でのオールロケの必要性。
白保にある、出雲大社先島本宮にて神主さんのお話を伺う。
「鏡を見なさい。そして、我を捨てなさい。
そうすれば、『かがみ』から『が』が無くなり貴女は『かみ』になれる」と教えを説いていただいた。
我を完全に捨てる事は誰しも難しい。
だからこそ、行動の先で他者を祀り続け、忘れないようにすることが思いやりとなるのではないか。とふと思う。
夜は飲み過ぎてしまった。
明日も歩いて島を巡る。
3月17日
石垣島から帰宅後、『水いらずの星』パンフレットチームで打ち合わせ。
デザイナーの藤井さんの細やかな計算と意図を伺い、感心の連続。
予算内ではあるにしろ、こだわるところはこだわりつくし、今までにない絶品のパンフレット製作をしましょうと全会一致。
具体的な詳細については、本編ができ上がって方針を決めることとなった。
私には失いたくないものが沢山あるな。
失いたくないものがあるから臆病になれる。
できることならば、何も失わずにみんなで笑っていたい。
それは難しいことなのかな。
一緒に頑張ってきたみんなのために、もう一度向き合うことはできないのかな。
神様どうか、もう一度チャンスをください。
大好きで、大好きで、大好きで、大好き過ぎる人を笑顔にしたい。悲しい顔をさせたくない。
雨が全てを流してくれればいいのに。
3月18日
捨てる神あれば拾う神あり。とはこのことか。
詳しいことは言えないが、ひょんなことから新作映画が具体的に始動できる状況になった。
こんなことがあるのだな。
映画を作ろうとする時、自分の思いとは裏腹に、誰がこんなことを求めているのだろう。と思ったりもする。
予算をつぎ込んで、製作しなくても誰も困らないんじゃないか。と思うこともある。
だけど、そんなことない。と証明していただいた。
言霊。は本当にあるのだな。と教えていただいた。
私がやってきたことは正しかったのか、
これからやっていくことが正しいのか。
それはこの先に行ってみないとわからないことで、ただ誰かの希望になれたらと心から思う。
「あなたみたいに行動できる人はいないよ」とよく言われるけど、きっと自分のためだけに動いていたらとっくのとうに挫折してた。
監督たちだったり、梅田くんだったり、上澤さんだったり、ミリさんだったり、藤井さんだったり、関わってくださるスタッフの皆さんだったり、私を支えてくださる人たちだったり。
その人たちがどう楽しんでワクワクしながら過ごせるだろう。
そこからしか私の原動力は生まれない。
ブラボーカンパニーの佐藤さんが「ともちゃん大丈夫か?」と声をかけてくれたり、ゴツプロ!塚原さんの「あなたはこれからでしょ。元気になれ」だったり。
別れ際に、梅田くんがかけてくれた言葉や、今日届いたプレゼントや。
毎日、毎日、私は誰かによって生かされているのだと実感して。
馬鹿みたいにあなたたちのためにがんばりたい。と思うのです。
馬鹿みたいに私はまた思うのです。
私は相当のあほうです。
3月20日
薬を止めているせいか、右胸全体が強張っているような感覚で、少し息がしづらい。
これももう少しで解放されると思えばいいじゃないか。河野。
なんて唱えたら、少し弱い知美がうるうるした目で顔を覗かせる。
何処か少女のような眼だった。
ある案件で、『水いらずの星』の助監督、二宮崇氏に連絡。
「24日に右胸とってきます!」と冗談混じりにお伝えしたら、「河野さんの右胸は瞼に焼き付いてます。どうぞお大事に!」と、これまた冗談混じりに返信あり。
術後、自分がどんな感情になるかは予想がつかない。病室で独り、どんな事を考えるのか想像がつかない。大抵のことは消化してきたつもりだけど…。
そして新作の打ち合わせ。キャスティングの事を話したり、想像したり。そういう時間だけが、わたしをぐるぐるから引き剥がしてくれる。
3月21日
朝から廣田氏とYouTube番組の編集と素材製作。
打ち合わせもあって、結局20時過ぎまで居てくれた。
私は映画製作をする時、いつも「毒」とか「エッジ」みたいなものをひどく大事にする。
綺麗に纏まっているだけの映画を好まない。
故に、マニアックなのかもしれない。
会話を聞いていた廣田氏が、「あなた良い事言うわ」と大女優ばりに言うから、なんか笑けた。
今日で会うのが最後だ。と玄関に立った背中に伝えた。
次会うのは新世河野だよ。彼女を抱きしめながら心で伝えた。
廣田氏の別れ際の顔は、少し赤らんでいて、今まで見た事ない、悲しそうな、なんと言っていいかわからない、でも確かに頑張れと言っている顔をしていた。
またね。と言ってドアを閉める。
入院が近づいている。
廣田が出て行った部屋はやけに静かだった。
3月22日
「落下」
美しい鳥を、花を、
追いかけ辿り着いたのは最果ての果て、惑星。
泣き声がこだまする森でした。
さて、次は何処へ行こう。
僕らはみんな生きている。
=====
愛のように形のないものは、血管に刺した注射器から押し出され、巡る液体のような感覚。
ジワジワと、でもサーっと流れ、確実に身体中に巡る。
感じるためには、多少の痛みが伴う。
たぶん、私は手術をして、大きな痛みを知って、その分だけ全身に愛を巡らせるのだと思う。
そうすれば、また立ち上がって、また手を取り合って、新しい惑星に行けるような気がする。
明日から最果ての果てに落下します。
さて、次は何処へ行こう。
3月23日
世の中の男性諸君(女性諸君)。
人を外見で判断しないでください。
もしその人の体が不完全だとしても、もしその人の見た目が醜く見えたとしても、それはその人の本質ではありません。
あなたのその眼が、その皮膚の奥にある見えないものをじっくりと見出し、美しいものとは何かを知っている眼であってほしいと願うばかりです。
私はそういう人を美しいと思います。
愛しいと思います。愛したいと思います。
完璧な人生を歩んできたわけではないし、完璧な外見などそもそも知らないけど、「恋は盲目」とは素晴らしい詞で、盲目であるが故にその人の本質を愛せると言っているのではないか。
恥ずかしながら、未だに私は延命のための手術に対して、気持ちは積極的ではない。
手術は林先生のおかげで成功するだろう。
そういう意味では大丈夫だ。
それよりも、傷を負って自信なさげに生きていく方が私にはしんどい。
だからこそ、願うのです。
私に限らず、私とは別の形であれ、形状で判断され、自信を無くしてしまう人に。
あなたは綺麗だ。と。
あなたがあなたを見失わない限り、あなたは美しい。
雨の夜も 冬の朝も そばにいて
ハッピーエンドの Ah
映画を今 イメージして唄うよ
こんなに素敵な言葉がある
短いけど聞いておくれよ
Ah 『愛してる』」
斉藤和義「歌うたいのバラッド」より
3月24日
手術の日。
さっき担当の林先生が来て、手術の説明をしてくれた。
「僕ができる限りの手を尽くします」ということだった。
先生に最後に「やはり乳頭は残すことができないでしょうか?」とお伺いした。
先生いわく、「乳腺の状況から考えるとそれはやめたほうがいい」と。
「命のほうが大事です」とおっしゃった。
「せめて傷跡だけは真横ではなく、下の方に動かせないか」とお伺いしたら、「残念ながら河野さん、しこりは上の方にあるので、そこを取らないわけにはいかないので、難しいです」とのことだった。
世の中にはたくさん素敵なドレスがあるし、あえてこんな小さな胸を見せるようなドレスを着るつもりもないが、なんとなく悲しかった。
今こうやって、涙が止められないこともすごく悔しい。
ちゃんと大丈夫だから。私はちゃんと大丈夫だから。
ちゃんと手術して、また素敵な笑顔を作ろうと思います。
じゃあ行ってきます。ほんとのほんとに行ってきます。
3月25日
体をちょっと動かすたびに激痛が走る。
1時間くらい格闘したあと、やっと立ち上がれる。
立ち上がったあとは、寝ているときや体勢を変えるときよりずっと楽で、必ず5周くらい病棟を歩くようにしている。
言葉にすると、言い表せない感情がありすぎることに気づくので、今日はこのくらいにしておく。
今日は雨が降っているようだ。
3月26日
親友のまいちから、「(手術した後でも)ともちんのかっこよさ、可愛さ、真っ直ぐに全力なところ。たくさんの良いところは何一つ、全く変わってないから」と言ってもらう。
これは私の宝物にしておく。
先生からは、「リンパへの転移はありませんでした。ベストなタイミングで手術ができましたよ。がんばりましょう」と報告があった。
今はまだ怖くて傷跡は見られない。
見ると何かが崩れ落ちてしまいそうな気がするから怖くて見られない。
見ないですむなら見ないでおきたい。
看護師さんの傷痕チェックやドレーンチェックの時も、いつも眼をムギュっとつむっている。
ドレーンとは、手術場所に血や悪いものが溜まっていかないよう排出するための管のこと。排出の量が1日で30mlくらいになれば落ち着いたと判断されるみたい。
今は1日90mlくらい出る。
決して前向きな感情ばかりではないけれど、今日から私はスレンダートーンで筋肉を鍛えることにした。ウエストを鍛える。
そして、忙し過ぎて勉強できなかった英単語の本を復習することにする。
秘書をやっていたころより極度に使用頻度が下がっているため、自分の実力低下に不安が募っていたので良い機会だ。
にしても廣田が「『マジック・マイク』を見ろ」とやけに言ってくる(笑)。
午後にでも見ようかな。先生や看護師さんが来ない時間を狙おう。
今日も雨だな。桜が散ってしまうではないか。
3月27日
先日、廣田氏が私のことを「タマのある女」と言っていた。
そうか、確かにそうなのかもしれないな。と思った。
今朝、婦長さんに、筋肉を寝ながら鍛えているのが見つかって、「あなた24時間何かしようとしてるわね。何かに追われて早く脱走しようとするスパイみたいよ。さらし巻いてるし」と言われた。
わはは。と笑った。
そんなカッコいい感じならいいな。と思った。
女性のスパイ映画といえば、もちろん定番は『ニキータ』なんだけど、私が憧れるのは最新の『007』シリーズのレア・セドゥ(厳密に言うとスパイ役ではないけど…)とか、『アトミック・ブロンド』のシャーリーズ・セロンとかかなぁ。
金髪美女に憧れてしまうのは、私がアジア人だからだろうか。
アクションの教室に行っていたこともあったけど、バク転でつまずいたままだな。
病室の窓からは、私の大好きな東京タワーがいつもより近くに見える。
オレンジ色の優しい光。夜になると嬉しくなる。
これからの人生について、じっくり考えるいい時間をもらってる。
大事なもの。大事な人。大事な事。大事なターニングポイント。
退院したら、「ウォッカ・マティーニをステアではなくシェイクで」。
3月29日
朝からフルモテルモ財前さんと、今後の宣伝戦略の打ち合わせ。
現況を共有してもらった。
『水いらずの星』で東京国際映画祭のレッドカーペットを歩きたい。
歩きたい。歩きたい。歩きたい。
もし歩けたのなら、やっと一人前のプロデューサーと言える気がする。
bayfmで学生イベントスタッフをやっていたころ、企画を立ち上げて毎週末終電ギリギリまで一人で準備をしていた。
もう私以外スタジオには残っていなかった。
それを見ていた、恩師である佐々木プロデューサーが言った。
「ともちゃんは、そのまま真っ直ぐでいい。誰もできないことをやってるんだ。できない人がともちゃんを否定したり、陰口をたたいたりするだろう。それでも負けるな」と言って、片道2時間半かけて神奈川から幕張まで通い詰めていた私の手に「交通費」と言って1万円札を乗せてくれた。「がんばれ」と言って。
あれから私はたぶん、一ミリも変わっていない。
ただただ真っ直ぐにしか走れなくて、バカみたいに。
その後、私の企画ばかりが採用されるようになって、なんとなく周りが変な空気になって、耐えられなくなって、私がいなければいいんだと思って、アメリカに留学することにした。
旅立ちの日、佐々木さんにメールした。
佐々木さんは突然の連絡に、「酷く落胆と寂しさを感じた」とのちにおっしゃっていた。
私は何故佐々木さんがそんなことを思うのか、あの時はよくわからなかった。
自分がいなければうまくまわるのだからそれでいいじゃないか。と思っていたから。
でも、今なら少しわかる気がするよ。
今だに私はあの日の1万円を佐々木さんに返せていない。
一人前になったら。と思って返せていない。
もしかしたら一生返せないかもしれない。
東京国際映画祭に今年出席できたら、佐々木さんに「あの日の1万円のおかげで私はここに来れました」と言って返そう。
それが君と僕のしるし
ダーリンダーリン いろんな顔を持つ君を知ってるよ
共に生きれない日が来たって どうせ愛してしまうと思うんだ
ダーリンダーリン oh my darling
狂おしく 鮮明に 僕の記憶を埋め尽くす
ダーリンダーリン」
Mr.Children「しるし」より
P.S. 上澤さん、ミューズになるには、私は泣きべそすぎるのかもしれません。
- 2023年10月 釜山参戦! そして『水いらずの星』チラシを配る日々
- 2023年9月 『水いらずの星』公開まで3か月を切る。
- 2023年8月 祝『水いらずの星』試写開始! パンフ取材も。
- 2023年7月 プチョン参戦!『水いらずの星』制作もいよいよ大詰め。
- 2023年6月 プチョン目前。『水いらずの星』宣伝を考える。
- 2023年5月 『水いらずの星』ピクチャーロック完了。
- 2023年4月 葉桜の頃、退院。越川道夫監督との電話。
- 2023年3月 乳がん手術。『水いらずの星』TIFF上映を目指して。
- 2023年2月 手術日が決定。『水いらずの星』目下制作中。
- 2023年1月 仕事が山積みの新年。および新作撮影。
- 2022年12月 映画について考えた年末。
- 2022年10〜11月 病気宣告、そして『水いらずの星』撮影。