PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

桃山商事のシネマで恋バナ 第2回 【後編】

男性はなぜ「向き合う」ことから逃げるのか。ハンドルを譲った家福の変化が表していたもの

桃山商事のシネマで恋バナ
前編に引き続き、お届けします)
1200人以上の恋愛相談を聞き、そこから見えてくる問題をコラムやPodcastなどで発信する「恋バナ収集ユニット 桃山商事」。メンバーの清田隆之さん、森田雄飛さん、ワッコさん(ときどき、佐藤さん)の3人が気になる映画をセレクトし、その作品から浮かび上がる恋愛やジェンダーの問題へ、自身の体験談も交えたおしゃべりを通して迫ります。
あなたの心に潜んでいるモヤモヤの正体を、桃山商事の皆さんと見つめてみませんか?
桃山商事
Momoyama Shoji
清田隆之、森田、ワッコ、佐藤を中心に活動するユニット。2001年の結成以来、人々の悩み相談や身の上話に耳を傾け、そこから見えるジェンダー、恋愛、人間関係、コミュニケーションなど様々な問題をコラムやPodcastで紹介している。著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(すべてイースト・プレス)など。Podcast番組「桃山商事」「オトコの子育てよももやまばなし」も不定期更新中。

ロゴデザイン/美山有

※一部本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承ください。

そこは本当に「のぞき込むことのできない場所」だったのか?

佐藤家福かふくの中には、帰宅が遅れたせいで妻の命を救えなかったって後悔があるわけじゃないですか。自分にも少し似た経験があって、高校生のときに母親をガンで亡くしてるんだけど、ずっと入院してて、危篤状態になったときに病院から学校に電話があったんですよ。当時は携帯とかなくて、担任から「すぐ病院に行ってくれ」って言われて。

清田我々が高2のときだったよね、確か。

佐藤そうそう。学校からは自転車で10分くらいの距離だったので、そのまま直行すればよかったんだけど、私もそこで1時間くらい遠回りしてしまって。父親は間に合うよう連絡をくれたわけだけど、「この現実を受け止めるのはちょっと無理だろ、俺のキャパだと」ってのがどっかにあって、到着が遅くなった結果、母親の死に目に会えなかった。もちろん家福とは状況が異なるし、最期のときに間に合ったとしてもすでに意思疎通できる状態ではなかったと思うけど、ちゃんとお別れできなかったというのは今でも結構残ってて。

ワッコ家福も音の話を聞けずじまいでしたもんね……。実際に彼女が何を話そうとしていたのかはわからないけど、「柔らかな口調だったけど決意を感じた」と言っていたように、家福は別れ話のような内容を想像してたわけですよね。

桃山商事のシネマで恋バナ 第2回『ドライブ・マイ・カー』
©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

清田家福は高槻と話している場面で、おとについて「僕がのぞき込むことができないどす黒い渦みたいな場所があった」と言ってたじゃない? これは想像でしかないんだけど、彼女は子どもを亡くしたあとしばらく虚脱状態にあったわけで、その後の人生にも、夫婦関係にも、創作活動にも、他の男とのセックスにも、子どもを失った経験が色濃く影響していることは間違いないと思う。そう考えると、そこを夫である家福が「のぞき込むことができないどす黒い渦」とか言ってしまうのはどうなんだろうって引っかかった。どこか他人事っぽいというか。

ワッコあー。目線が客観的すぎるというか、もうちょっと違う言い方があるだろうっていう。

清田もちろん彼にだって計り知れないほどの悲しみがあったはずだし、そこを想像だけで言うのはよくないことだと思いつつ……でもやっぱり家福は当事者なわけで、「どす黒い渦」とかアンタッチャブルな場所にしてないで、一緒にのぞき込むべき立場だったのでは? と感じてしまって。ものすごく意地悪な見方かもしれないけれど。

ワッコ思えば法要の帰りに音から「本当は子ども欲しかった? もう一度」って聞かれたときも、「君が望まないものを僕だけ望んでも仕方ないよ」と答えてて、なんか正面から向き合ってない感じがあったんですよね。で、帰って喪服のままセックスするという。

清田家福は重要なことをちゃんと話し合ってこなかった疑惑もあるよね。みさきの前で「謝りたい、僕が耳を傾けなかったことを」と後悔をにじませていたけど、もしかしたらいろんなことから逃げてきた自覚があるのかもしれない。なんというか、「あなたはどう思ってるの?」という問いかけに対し、自分の気持ちや考えを述べず、「君がそう思うなら」とか「世間的には」みたいな返答で話し合いを避けようとする男性の話って恋愛相談の中にもめっちゃ出てくるけど、これも男性性っぽい問題のような気がする。

佐藤向き合ってしまうと相手の内面をのぞかなきゃいけなくなるし、自分の気持ちもちゃんと言葉にする必要が生じてしまう。さらに別れや離婚みたいな、何か決定的な事態に発展してしまいそうな感じもあり、だからそれを巧妙に避けながら表面上の凪をキープしていくという。確かにそういうことってめっちゃある気がしますね……。

男の人って相手と向き合うと
発情できなくなるの?

清田自分にも思い当たる節があって、特に20代の後半に付き合ってた人とはずっとそんな感じだったかもしれない。途中から揉めごとが増えていき、それはどれも結婚をめぐるすれ違いから生じていたんだけど、あまり突っ込んだ話をすると最終的に決裂するぞってのがどっかに予感としてあったから、考えることからも話し合うことからも逃げ回っていて……。

ワッコ結局は彼女に愛想を尽かされ、フラれた清田さんはその後3年以上も未練を引きずることになったというやつですよね(笑)。

佐藤私も前編で“家福ムーブ”の話をしましたが、その彼女は付き合っていたときに仕事や家族のことで複雑な事情を抱えていたようで、そういう話題が出ると悲しそうな顔をしていたんですよ。それもあって重めの話を避けるようになり、会ったときはバカな話ばっかりしていたんだけど、思えば彼女の表面しか見ていなかったかもなって。

清田ああ……問題から目を背けるためにひたすら楽しい時間を増やそうとする、みたいなのは自分にも思い当たる節があります。

佐藤当時は「これ以上つらい気分になって欲しくないから」という建前だったけど、実際は自分の想像している彼女の像が壊れるのが怖かったんだと思う。かなりドロドロした何かがあるんだろうなってことは感じてたから、そこをのぞき込んでしまうと「俺のかわいい彼女」じゃなくなり、自分が傷つくのが嫌だったというか。恋愛としてはうまくいってたし、しんどい日常の中で数少ない心休まる場所だったとは思うけど、それだけでずっと一緒にいることはできないじゃん。そういう中で「自分の膿みたいなものは見せられない」「この人は向き合ってくれないだろうな」って思いが募り、別の人の彼女になったのではないかと……。その後すぐに結婚したみたいだし。

ワッコそう言えば、家福も音とちゃんと話をしてなかったですよね。日常会話はあったし、セックスして物語に耳を傾けてたし、車の中で音の声を通じてセリフの練習なんかもしてたけど、何かについてじっくり会話しているシーンはなかったじゃないですか。で、今ふと「男って会話とかするとどうせ勃たなくなるんだろ?」と思ってしまいました。

清田えっ、どういうこと?

ワッコというのも、わたしは超話が合う系の彼氏と付き合っていたことがあって、互いの仕事の愚痴も話せるし、映画とか観たら5時間ぐらい感想を語り合うし、嫌いな政治家の悪口とかでも盛り上がれていたんですが、どんどんセックスが減っていって、「そういう存在として思えない」って言われたことがあるんですよ。その一方で、会話は全然しないけどセックスはめっちゃしてる家福たちみたいなカップルも いるわけじゃないですか。仲間みたいになっちゃったらダメで、距離というか他者感というか、それこそ「のぞき込むことのできない場所」がないと男性は勃起できないんじゃないか疑惑が浮上してきました。

清田相手を深く知ると発情できなくなるんじゃないかってことよね? 言われてみれば確かに……。自分の場合、その元カノに対して別れを切り出される恐怖を常に抱いていたのね。しかも表情から機嫌が読み取りづらい人で、いつも顔色うかがいマンだったから、相手が笑ってくれたときは反動でものすごく安心させられるというジェットコースターみたいな状態で。相手に受け入れて欲しいという気持ちもあって性的な発情は確かに途切れなかった一方で、相手を「他者」として認識していくプロセスには向き合えなかった。なんというか、「会話しないからこそ勃つ」って感じはめっちゃあった気がする。

佐藤私の場合、正直に言えば「勃たない相手と長く一緒にいられる自信がない」っていうのがあったかも……。甘えたいって気持ちも性欲の一部だと思うんだけど、そういう部分がなくなっちゃうと、彼女なりパートナーなりに何を求めたらいいんだろうっていう、関わり方のチャンネルの少なさが関係してるかもなって思いました。

ワッコ距離があるときは「近づきたい」という思いが発情につながるけど、近づいていろいろ見えた瞬間にそれがなくなって勃たなくなる、あるいはそれ以上近づかないようにする、みたいなことなんですかね……。

清田相手と向き合うって、摩擦で嫌な空気になるし、幻想も打ち砕かれるし、決定的に相容れない部分が見つかってしまうかもしれないし、とてもタフな作業だと思う。でも、それを避けるともっと怖いことにもなり得る。そのことと発情のメカニズムがどう関係しているのかに関しては、引き続き当事者として研究を続けていきたいところです……。

ハンドルを手放した家福と
男性性の変遷

佐藤家福は「チェーホフは恐ろしい。彼のテキストを口にすると自分自身が引きずり出される」と言ってたけど、現に我々もいろんなものを引きずり出されたわけで、この映画自体にも似たようなところがあるかもしれないですね。

清田本当にそうだよね。それとあれだよね、これまでほとんど触れられなかったけど『ドライブ・マイ・カー』においてドライバーのみさきも大きな存在だった。

桃山商事のシネマで恋バナ 第2回『ドライブ・マイ・カー』
©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

ワッコ車ってしばしば「男根の象徴」みたいに言われるように、すごく男性的なアイテムじゃないですか。そのハンドルを女性に譲るって部分はいろいろ解釈の余地があるところだなって思いました。

清田車に関する描写は家福の変化を象徴していたような気がする。最初はこだわりの愛車を自分で運転していて、事故を起こした直後は音がハンドルを握っていた。その運転に口出しして「そういうの、一歩間違えるとモラハラだからね」と言われるシーンがあり、そのあと広島でみさきに送り迎えしてもらう日々が始まる。始めは後部座席に座っていたけど、その腕を認めて身を委ねるようになり、物語の終盤、高槻と語り合ったシーンの直後に助手席へと移り、北海道に向かう──。

ワッコ最後、恐らく韓国でみさきが乗っていたのもあの車ですよね。

清田最初はすべて自分のコントロール下にあるものとしての愛車があって、家福にとってシェルターみたいな場所にもなっていた。音が運転したときはある意味でまだハンドルを任せてなくて、みさきのときも最初は運転スキルを審査するかのような感じで後ろから俯瞰してるけど、助手席に移ったことで目線が揃い、対等な関係になるっていうか。コントロールを手放し、身を委ね、最後は愛車ごと譲ってしまう……というのは、家福の男性性的な変化を象徴的に表していたように感じた。

佐藤ただ、家福が内省や自己開示できたのはよかったと思うけど、なぜその相手として若い女性が配置されていたのかはちょっと引っかかるポイントだった。

清田原作もそうだったのでハルキ的な部分かもしれないし、亡くなった子どもと同じ年齢である部分に意味があったようにも思うし……難しいね。みさきとはいわゆる「ピア」(※)的な関係になっていくわけだけど、それは「なんでこんなに運転うまいの?」って話の流れでみさきの過去が明かされたことがきっかけだった。そういった展開が本当にナチュラルで、改めて緻密に繊細に作られた映画なんだなって思う一方、家福に対する手当てが厚いというか、そこには一抹のズルさも感じてしまった。

桃山商事のシネマで恋バナ 第2回『ドライブ・マイ・カー』
©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

佐藤物語だからしょうがないけど、都合よく進むよね。若い女性にケアされてやっと心がほぐれたのかよっていう。これ、ドライバーが例えば家福と年齢の近しい男の人とかだったらどうだったんだろうね。だってタクシーの運転手さんとか見ても、中高年の男性のほうが圧倒的に多いわけだし。

ワッコあー。それだと「いい天気ですねー」とか言い合ってるだけで、話が深まらないまま3時間終わっちゃう可能性も(笑)。それは冗談だとしても、例えば佐藤さんは失恋したときに清田さんに頼れたけど、家福には愚痴や悩みを言える友達がいなかったのかなってとこも気になりますよね。高槻に対しては何かしらの興味は持っていた様子だったけど。

清田確かにそうだね。ここで残念ながら文字数が尽きてしまったけど、他にも高槻が語っていた男性の「空洞問題」とか、やけにミステリアスな音の描かれ方とか、演劇を盛り込んだ作品づくりの話とか、まだまだ語り合いたいことが山ほどあるのでお茶をしながらまた今度!

※仲間や同僚、年齢・地位・能力などが同等の者という意味。英語で「peer」。

◯『ドライブ・マイ・カー』をAmazon Prime Videoで観る[30日間無料]

↓『ドライブ・マイ・カー』の原作を読む!

女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

連載コラム「桃山商事のシネマで恋バナ」

PINTSCOPEでは、様々なジャンルで活躍するクリエイターの連載コラムをお届けしています。ぜひ、Twitter公式アカウントをフォローして、広がる映画の世界を体験してみてください!

BACK NUMBER
INFORMATION
『ドライブ・マイ・カー』
原作:村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介 大江崇允
出演:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか/岡田将生
音楽:石橋英子
製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント
配給:ビターズ・エンド
2021/日本/1.85:1/179分/PG-12

全国超ロングラン上映中!
公式サイト: https://dmc.bitters.co.jp
(C)2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
舞台俳優であり演出家の家福かふくは、愛する妻のおとと満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻の姿をオーディションで見つけるが…。
PROFILE
桃山商事
Momoyama Shoji
清田隆之、森田、ワッコ、佐藤を中心に活動するユニット。2001年の結成以来、人々の悩み相談や身の上話に耳を傾け、そこから見えるジェンダー、恋愛、人間関係、コミュニケーションなど様々な問題をコラムやPodcastで紹介している。著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(すべてイースト・プレス)など。Podcast番組「桃山商事」「オトコの子育てよももやまばなし」も不定期更新中。

ロゴデザイン/美山有
シェアする