PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画の余韻を爪にまとう 第16回

手を動かしたくなる衝動を解放
『ナミビアの砂漠』

さりげなく大胆に重ねられた色の配色と、抽象的なモチーフの組み合わせで、10本の爪にイメージを描き出す。そんな爪作家の「つめをぬるひと」さんに、映画を観終わった後の余韻の中で、物語を思い浮かべながら爪を塗っていただくコラム。映画から指先に広がる、もうひとつの物語をお届けします。
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。

1時間前に『ナミビアの砂漠』を映画館で観てきた。
自宅から数駅のところにある映画館。鑑賞後に寄り道もせず(というか夜の回だったので店はだいたい閉まってる)
帰宅してすぐに、連載でずっと担当をしてくださっているAさんに連絡をした。
「ナミビアの砂漠について書くのはどうでしょうか?」
いつもは事前に確認をとって制作に取り掛かっているけど、今回はその返事を待たずに、試作用のネイルチップにベースカラーを10枚塗った。

仮に断られてもそれはそれで仕方ない。そういう衝動や勢いで今回の爪を制作した。
いつもこの連載は「です・ます調」で丁寧に書くことを心がけているが、今回はですもますも煩わしくなるほど早く書きたくて仕方がない。
これは鑑賞から1時間しか経っていない時点で書いている文章なので まだ”良い映画”なのかどうかも咀嚼しきれていないのが正直な感想だけど、今の感覚を言葉にするならば「頭よりも手を動かしたくなる映画」だということは確かだ。

主人公のカナを演じるのは河合優実。
本当は「さん」を付けたいくらい大好きな女優さんだけど、今回はですもますも省略してしまうほどこの映画の衝動にやられているので割愛。
『PLAN75』で知った後も多くの作品で良いお芝居をされててずっと気になっていたけど、今年の夏に観たNHKドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』でより一層好きになり、今回の『ナミビアの砂漠』はその期待を何倍も超えるものを受け取れたような気持ちになれて嬉しかった。

(C)2024「ナミビアの砂漠」製作委員会

カナが羨ましい。
あんなに感情をむき出しにして、ほぼ無意識でハムを食らい、酒に酔って吐きたいと思ったら吐く。アイスを引き金に何かが覚醒して物を捨て始める。
映画の序盤でハヤシ(金子大地)がカナにプレゼントする花はおそらくストレチアという花で、これを読んでいる人は一度画像検索をしてしっかりと確認してほしいんだけど、花なのか何なのか分からないあの強烈な見た目が私は大好きで、つけ爪の撮影にも使用したことのある花だった。
まだ映画の序盤にもかかわらず、あのストレチアを観て「確かにカナっぽい」と思ったし、映画全体を象徴しているようでもあった。 「は?」と言いたくなったら実際に「は?」と言う。物を投げたいと思ったら投げる。
実際はそんなことしたら壊れる関係のほうが多いだろうし、私自身は嫌だと感じたことにたいして文章でねちねちと攻めるタイプなので(それはそれで嫌われる)、カナの言動の一つ一つが輝いて見える。 あのストレチアのように、棘のような花をあらゆる方向へ向けている。
だからこそ羨ましい!と感じてしまったが、カナがカウンセリングを受けるところからは
「これを羨ましいと言ってしまうとその病気で苦しんでいる人に失礼なのではないか」という思いが出てきて、諸手を挙げて大声で叫びたくなるほどの羨望は少し冷静さを取り戻した。
そのタイミングで登場する遠山(唐田えりか)と、カウンセラーの葉山(渋谷采郁)の言葉でも冷静になれた。
カナは人から「わかるよ」と共感されることに苛つくシーンがたびたびあって、特に男性に対してはハッキリと苛つきを露わにしていたけど、遠山は「わかる、わかるよ、なんて言われると嫌な顔をしつつも実はちょっと嬉しいんじゃないか」という主旨の話をする。
カウンセラーの葉山は「心の中では何を思っても良いし、紙に書いても良い。」という話をカナに優しく説く。
感情をむき出しにするカナの様子を羨ましいと感じる自分の気持ちを肯定されている気がした。
(それをこんなふうに記事に書くことは、葉山に言わせればあまり褒められたことではないのかもしれないけど。)

(C)2024「ナミビアの砂漠」製作委員会

冷静になれたと言っても100%冷静になれたわけではなく、鑑賞後はとにかく手を動かしたいという思いに駆られた。頭よりも手を動かしたい。
手を動かすための最短距離を測るためにも、映画館から自宅まではとにかく早足だった。カナのわしわしとした大股の歩き方に近かった。
自宅の最寄駅でエスカレーターに並んでいる時に、30代くらいの男性が列に割り込んできた。
いつもなら無意識に近いほど何にも思わないけど、その男性の割り込み方にカナの「は?」が頭をよぎった。心の中ならどんなに怒っても良いのだ。

今回の爪は、そんな衝動や感情を放置した状態で制作してみた。
ランニングマシーンで走るシーンで印象的なピンクカラーをメインに、右手の中指はストレチアをイメージしてブルーやオレンジを四方八方に殴り塗りした。
カナが眺めていた砂漠の映像。そこにいる動物。葉山による箱庭療法なども爪のモチーフに取り入れている。

タイトルの「生存」は、カナの「今後の目標は生存」というセリフからつけた。
カナには働く場所があって、彼氏が二人いて、そこだけを切り取れば淡々と奔放に生きる人に見えるかもしれない。
でも実際のカナには、生きづらさの欠片が大小問わず近くにある。 具体的な言葉で罵倒を受けることもあれば、”生きている世界が違う”という疎外感を感じてしまう場面もある。
カナがハムを直食いしたり、作り置きのハンバーグを無視してアイスを食べたりしているのは、そんな生きづらさから自分を労わるためという意図はなく、手っ取り早く口に入るものを選択しているに過ぎない。その様子はまさに「生存」。
「自分を労わる」という言葉が空虚に思えてしまうほど、カナの「生存」をずっと観察しているような気分になってくる。
カナが感じ取る”悪気のない無神経さ”や、”無意識な上から目線”は誰しもが遭遇し得るものばかりで、それらに囲まれながら生存しなければならない世代の声をそのまま掬ったセリフだ。

手を動かしたいという衝動に駆られる時は、おそらくそういう怒りのようなものも含まれていて、私は爪を塗ることでその衝動の世話をしたい。

「生存」

● Pick Up ネイルポリッシュ

NAILHOLIC PK819

NAILHOLIC PK819
映画館から帰宅してすぐに試作用のつけ爪を作ろうとして、最初に手にとったのがこの色だった。
パンフレットの表紙にも近いピンク。ショッキングピンクとも言えない、かと言って淡い色でもない、強さの感じるピンクカラー。
心の衝動を視覚化するのであれば、これくらいの色を爪に塗りたい。

● 使用ネイル

○親指
・nailmatic ピュアカラー ペート
・TMネイルポリッシュM ホワイト
・NAILHOLIC GD036
○人差し指
・ADDICTION THE NAIL POLISH + Jade Tiles
・TMネイルポリッシュM ホワイト
・et seq.ネイルポリッシュ TM2009 宵山万華鏡
・SMELLYマニキュア 285 カフェモカ
・NAILHOLIC SV029
○中指
・NAILHOLIC BL913
・TMネイルポリッシュM ペールイエロー
・ONOMICHI U2ネイルカラー 01 the Indigo Blue
・NAILHOLIC OR202
○薬指
・NAILHOLIC BR309
・ADDICTION THE NAIL POLISH + Sunlit Sands
・weeksdays × OSAJI アップリフトネイルカラー W01 ペールブルー
○小指
・ADDICTION THE NAIL POLISH + Antique Brass
・SMELLYマニキュア メロンソルベ
○親指〜小指
・NAIL HOLIC PK819
・NAIL HOLIC SP011
・TMネイルポリッシュM ペールパープル
・TMネイルポリッシュM ホワイト

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BACK NUMBER
FEATURED FILM
脚本・監督:山中瑶子
出演:河合優実
金子大地 寛一郎
新谷ゆづみ 中島 歩 唐田えりか
渋谷采郁 澁谷麻美 倉田萌衣 伊島 空
堀部圭亮 渡辺真起子

配給:ハピネットファントム・スタジオ
全国公開中
(C)2024「ナミビアの砂漠」製作委員会
世の中も、人生も全部つまらない。やり場のない感情を抱いたまま毎日を生きている、21歳のカナ。
優しいけど退屈なホンダから自信家で刺激的なハヤシに乗り換えて、新しい生活を始めてみたが、次第にカナは自分自身に追い詰められていく。もがき、ぶつかり、彼女は自分の居場所を見つけることができるのだろうか・・・?
PROFILE
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。
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