目次
2022年7月18日
ようやく長い一週間が終わった。昨日はバイト先から家に帰ってきて、シャワーに入って深夜1時にはベッドに入ったので今朝は8時半に目が覚めた。胃が少し痛い。冷蔵庫から巨大なオレンジジュースを取り出して飲んだ。
とある店舗から依頼のあったステッカーのデータを納品すると、あっというまに11時半になった。パートナーは仕事に出かけていき、私は残り物のカレーうどんを温めることにした。乾麺を茹でていると電話が鳴った。ダーリーンからだ。彼女とはバイト先で一番仲がいい。
「どうしたの?」
「おはよう。色々考えたんだけど、私、やっぱり辞めようと思う」
「そうなんだ。すごく残念だけど、自分が一番気分よくいられる道を選んだ方がいいよ」
「うん。そうだよね。だけど、あなたに出会えてとても嬉しかった。これからも友達だから、そこは心配しないで」
うん、とうなずきながら、会うことがなくなってしまうのを感じていた。職場というつながりが無くなれば自然に顔を見ることもなくなる。今までもずっとそうだったし、自然なことなんだと思う。それでも、毎回受け入れるのに苦労する。
昨日、バイト先ではすごくお世話になったトシさんの最後の出勤日だった。私は半泣きだったけど、「あまり悲しんじゃだめだよ。人生には色々あるんだから」と、トシさんはさっぱりした様子だった。トシさんは60代で人生の大半を寿司職人として過ごしている人で、たまに出る言葉が達観してて好きだった。
「嫌だな。もう会えなくなるなんて。」と言ったら、「え? もう会わないんですか?」と言ってトシさんはお茶目に笑ってみせた。この日、お店の裏庭に狸が3匹出た。お店のお客さんもスタッフも私も大騒ぎだったが、トシさんは身じろぎもしなかった。
そのやり取りの最中にダーリーンがやってきて、職場を去ろうとしていることをこっそり教えてくれた。うそでしょ。ちょっと〜。と言葉にならない言葉をひり出しながら、しみじみと泣けた。それでも、理由を聞いたら、止めることはできなかった。
電話を切って食事をとって着替えて外に出た。今日は休みだから1日漫画を描くと決めていた。近所のカフェで緑茶を飲みながら、以前取材をしたデザイナーさんの漫画を仕上げた。
「飲食業界って入れ替わりがすごいんだ。特にニューヨークはね。そういう業界だから仕方ないよ。」事情を聞いたパートナーがこう言った。彼もまた飲食業界に従事した期間が長い人間だ。確かにそうなのかもしれない。だけど、どんな環境でも出会った人たちをただ偶然その場に居合わせただけの人とは考えられなくて、少しでも気が合うとすぐに心を持っていかれてしまう。いつまでもこのままでいられたらいいのに。みんなで仲良く楽しく過ごせたらいいのに。それでもやっぱり仕事だからそうはいかない。お金が発生する以上嫌なことも起こるし、行動には責任が生じる。自分で考えて前へ進む彼女を止める権利は私にはない。それでも、彼女の心のどこかに私がいつまでも残るのなら、と想像することを止められないのは何故だろう。
仕事中にした、他愛のないおしゃべり。
“How’s your week?(どんな一週間なの? )”というお決まりの挨拶。
“Not too bad. Nothing exciting, honestly. (どうってことない。面白いことはなかったな。)”
“But that’s life. (でもそれが人生じゃん。)”
“Exactly!(ほんとだね。)”
こんな何気ない会話がいつまでもいつまでも心に残り続ける。
カフェを出て、納豆を買って家に帰ってきた。納豆は3個入りで 2.49ドル。パートナーは仕事から帰ってきて明日からの出張の荷造りをしていた。私は『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を観ることにした。
マロリーとミッキーという頭のネジがぶっ飛んだカップルが殺人まみれのイカれた逃避行をする話で、適当に選んだ映画だったけど、序盤のダイナーのシーンから引き込まれた。ジュークボックスから流れる音楽に合わせて踊り狂うマロリー役のジュリエット・ルイスが可愛すぎて眩しい。ミッキーが注文したキーライムパイが、緑のゼリーのパイでなんだかすごくおいしそう。物語は唐突な暴力から始まり、二人は愛し合っているのが分かる。わざとらしいチープな演出に既視感があると思ったら、タランティーノが関わっているらしい。なるほど。(※)
サイケデリックな他人の悪夢を映像で見ているような2時間だ。随所に差し込まれる奇妙な映像やアニメーションに情報処理が追いつかず、油断するとすぐに置いていかれそうになる。ラブラブ人殺しロードトリップの最中、色々あって二人は毒蛇に噛まれ、解毒剤を探しているうちにヘマをしてしまい逮捕。別々の監獄にぶち込まれるのだが、そこでもお互いへの想いは止まらず。マロリーに再会するため、ミッキーはテレビ局からの取材を逆手に取って監獄内で暴動を起こす。ここで、快楽殺人や両親からの虐待といったセンセーショナルな話題ばかり率先して取り上げたがるテレビ局の社員ウェインに、ミッキーが放つセリフがまじでかっこいいのだ。
「マスコミは毒の雨を降らせる。殺人は純粋だよ。君らが不純にした。暴力や恐怖を売ってる」
「殺しの どこが純粋か?」
「ショットガンを握れば分かるさ。ピンと来たぜーーおれの人生の本当の意味が」
「何だった?」
「おれは生まれつきの人殺しだってことさ」
ヒュー!! ここでタイトルかーい!
結局、なんか知らんが二人はまたくっついて逃避行再開、子供も生まれて仲良く暮らしましたとさ、みたいなとんでもねぇエンディングだった。チープなバイオレンスアクションといえばそこまでだけど、「メディアは情報を垂れ流しているだけで、嘘も本当もモラルもあったもんじゃない。必要な情報は自分で取捨選択するほかない。操作されるな。自分で考えろ。」というのがこの映画の持つメッセージなんじゃないかなあ。
なかなか面白かったけど、情報過多で頭が疲れてしまった。パートナーは出かけていったので、一人で何か適当に食べて漫画を描こうか、そんな考えをめぐらせた。今日と明日で、ある程度の仕事にけりを付けなければいけない。明後日は昼からバイトだ。もうバイト先でトシさんとダーリーンに会うことはないけれど、それでも今の環境がもたらした新しい出会いは今の私に全て必要なものだったと思う。今後もそういう出会いが行く先々で待ち構えていると思えば、変化のない明日を生きることが少しだけ楽に感じられる。
うしろを振り返らずとも、その時得た美しい感情だけはできるだけ長く心に留めておけるように、そしてそれを共有した誰かの心にも少しでも長く残すことができるようにと、そうやって願いながら、具体的な策は分からないままで目を閉じた。胃が少し痛い。もうすっかり夜が更けた。エアコンから噴き出す人工の冷気が、蒸気した頬を撫でて消えていった。
※本作の原案はクエンティン・タランティーノ。
PINTSCOPEでは「映画を観た日のアレコレ」を連載中!
ぜひ、Twitter公式アカウントをフォローしてあなたの「心の一本」を見つけに来てください。
- にゃんこスター アンゴラ村長の映画日記 2024年7月30日
- タレント でか美ちゃんの映画日記 2024年4月22日
- group_inou imaiの映画日記 2024年4月29日
- タレント 井上咲楽の映画日記 2024年4月27日
- 俳優・声優・歌手 七海ひろきの映画日記 2023年12月13日
- アニメーション監督 アベル・ゴンゴラの映画日記 2023年11月22日
- 俳優 唐田えりかの映画日記 2023年11月9日
- ミュージシャン アフロ(MOROHA)の映画日記 2023年9月23日
- 表現者 アオイヤマダの映画日記 2023年10月1日
- 俳優・ミュージシャン 渡辺大知の映画日記 2023年9月5日
- タレント 峯岸みなみの映画日記 2023年8月15日
- 俳優 赤澤遼太郎の映画日記 2023年4月17日
- 俳優 内田慈の映画日記 2023年4月24日
- 怒髪天 増子直純の映画日記 2023年3月5日
- 俳優 髙石あかりの映画日記 2023年3月13日
- ラジオパーソナリティ・翻訳者 キニマンス塚本ニキの映画日記 2023年1月31日
- アーティスト・俳優 仲万美の映画日記 2023年1月24日
- 俳優 岡本玲の映画日記 2023年2月1日
- 映画日記から振り返る 2022年のニュースとアレコレ
- 超歌手 大森靖子の映画日記 2022年11月20日
- 俳優 遠藤雄弥の映画日記 2022年11月2日
- Bialystocks 甫木元 空の映画日記 2022年10月25日
- 写真家・ビデオグラファー 大石祐介の映画日記 2022年8月23日
- お笑い芸人 阿曽山大噴火の映画日記 2022年8月20日
- 料理人 山本千織の映画日記 2022年7月30日
- 漫画家 ヤマモト レミの映画日記 2022年7月18日
- 漫画家 藤岡拓太郎の映画日記 2022年7月5日
- 俳優 祐真キキの映画日記 2022年6月26日
- プロフィギュアスケーター 村上佳菜子の映画日記 2022年6月8日
- モデル 相川茉穂の映画日記 2022年5月16日
- ダンサー・振付師 Seishiroの映画日記 2022年4月26日
- フリーアナウンサー 大橋未歩の映画日記 2022年4月3日
- 俳優・モデル・歌手・デザイナー 紗羅マリーの映画日記 2022年4月5日
- バラエティ番組 演出・プロデューサー 芦田太郎の映画日記 2022年3月20日
- 丸山珈琲 代表 丸山健太郎の映画日記 2022年3月6日
- アニメーションディレクター・イラストレーター 木下麦の映画日記 2022年3月26日
- 俳優 黒沢あすかの映画日記 2022年1月3日
- ミュージシャン 柴田聡子の映画日記 2022年1月14日
- エレキコミック やついいちろうの映画日記 2022年1月18日
- 漫画家 みきもと凛の映画日記 2022年1月8日
- 映画日記から振り返る 2021年のニュースとアレコレ
- 輸入映画ソフト専門店「ビデオマーケット」店主 涌井次郎の映画日記 2021年11月2日
- 写真家 齋藤陽道の映画日記 2021年11月26日
- ジャルジャル 福徳秀介の映画日記 2021年11月3日
- YouTuber 岡奈 なな子の映画日記 2021年10月18日
- 漫画家 今日マチ子の映画日記 2021年9月27日
- クリエイティブディレクター・アートディレクター 石井勇一の映画日記 2021年8月30日
- マームとジプシー 藤田貴大の映画日記 2021年9月15日
- Panorama Panama Town 岩渕想太の映画日記 2021年8月26日
- DJ・ビートメイカー Licaxxxの映画日記 2021年8月9日
- お笑い芸人 ヒコロヒーの映画日記 2021年7月12日
- 写真家 Dream Ayaの映画日記 2021年6月29日
- 俳優 森優作の映画日記 2021年6月10日
- タレント・映画コメンテーター 加藤るみの映画日記 2021年5月21日
- オスカーウォッチャー Ms.メラニーの映画日記 2021年5月5日
- トム・ブラウン みちおの映画日記 2021年4月30日
- アイドル 和田彩花の映画日記 2021年4月6日
- 編み物作家 編み物☆堀ノ内の映画日記 2021年3月22日
- アナウンサー 山本匠晃の映画日記 2021年2月23日
- テレビディレクター 上出遼平の映画日記 2021年3月22日
- トリプルファイヤー 吉田靖直の映画日記 2021年2月27日
- 俳優 サヘル・ローズの映画日記 2021年1月21日
- 漫画家 大橋裕之の映画日記 2021年1月19日
- 絵本作家 石黒亜矢子の映画日記 2021年1月7日
- 菓子研究家 福田里香の映画日記 2021年1月13日
- 漫画家 押切蓮介の映画日記 2021年1月8日
- ヴィレッジヴァンガード 下北沢店次長・イラストレーター 長谷川朗の映画日記 2020年12月27日
- 映画日記から振り返る 2020年のニュースとアレコレ
- グラフィックデザイナー コンビーフ太郎の映画日記 2020年12月13日
- ドラァグクイーン ドリアン・ロロブリジーダの映画日記 2020年11月25日
- 漫画家 マキヒロチの映画日記 2020年11月24日
- ミュージシャン マヒトゥ・ザ・ピーポーの映画日記 2020年10月26日
- 女流棋士 香川愛生の映画日記 2020年10月21日
- 映画音楽作曲家 世武裕子の映画日記 2020年10月15日
- 俳優 浅香航大の映画日記 2020年10月5日~11日
- モデル 小谷実由の映画日記 2020年9月22日
- 漫画家 和田ラヂヲの映画日記 2020年9月27日
- ラジオプロデューサー 石井玄の映画日記 2020年9月13日
- FACETASMデザイナー 落合宏理の映画日記 2020年8月25日
- D&DEPARTMENT ナガオカケンメイの映画日記 2020年8月26日
- 劇作家・演出家 根本宗子の映画日記 2020年8月26日
- フィロソフィーのダンス 十束おとはの映画日記 2020年8月24日
- イラストレーター naohigaの映画日記 2020年8月16日
- お笑い芸人 いとうあさこの映画日記 2020年6月30日
- フリーアナウンサー 宇垣美里の映画日記 2020年7月26日
- 俳優 玉城ティナの映画日記 2020年7月15日
- ミュージシャン 曽我部恵一の映画日記 2020年6月30日
- OKAMOTO’S オカモトコウキの映画日記 2020年5月21日
- 俳優 酒井若菜の映画日記 2020年6月8日
- 俳優 西田尚美の映画日記 2020年5月30日
- 佐藤大樹(EXILE / FANTASTICS from EXILE TRIBE)の映画日記 2020年5月25日
- ダチョウ倶楽部 上島竜兵の映画日記 2020年5月23日
- メディア環境学者 久保友香の映画日記 2020年5月12日
- アーティスト 草野絵美の映画日記 2020年5月10日
- 明和電機・社長 土佐信道の映画日記 2020年5月9日
- 書店「スノウショベリング」店主 中村秀一の映画日記 2020年5月4日
- カメラマン 近藤みどりの映画日記 2020年4月16日