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映画を観た日のアレコレ No.87

ミュージシャン
アフロ(MOROHA)の映画日記
2023年9月23日

映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられなかった時を経て、今どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
87回目は、ミュージシャン アフロ(MOROHA)さんの映画日記です。
日記の持ち主
ミュージシャン
アフロ(MOROHA)
Afro(MOROHA)
バンド「MOROHA」のMC。MOROHAは今年15周年を迎えるアコースティックギターのUKとMCのアフロからなる二人組。世代を超えた幅広い音楽ファンから支持を得る MOROHAには著名人の熱烈なファンも多く、これまでドラマシリーズ「宮本から君へ」のエンディングテーマや、映画『アイスと雨音』では劇中に登場する形で熱のこもったパフォーマンスを繰り広げたことも記憶に新しい。『さよなら ほやマン』では制作側からの熱烈オファーと映画の熱いメッセージ性に深く共鳴。自分がやらねばと初主演映画デビューを飾った。

2023年9月23日

俺の故郷は長野県の小さな村。
都会の人が数時間だけやって来て「歳をとったらこういうところで暮らしたいなぁ」と目を細める。
歳をとってない時にそこで暮らしていた人間の前で、よくもそんな事が言えるなぁと思いながら微笑んでみせる。
彼らが老後のパートナーとして見つめている山々と、俺は十代を過ごした。
四方を囲むそれらに
「お前はどこにも行けないぞ」
と言われているようだった。
たった一軒だけコンビニがあって、そこに毎月一冊だけ入荷するファッション誌を必ず買っていた。
そして運動公園という名ばかりの草っ原のベンチに座り、ヘッドホンでHIP HOPを聴く。
ストリートスナップが踊る誌面で視界を塞げばそこはもう東京。

クラブイベントで仲良くなった先輩に勧められて働き初めた裏原宿のアパレルショップ。
店前はデザイナーやスケーター達の溜まり場になっていて、今日も同い年のDJのハヤトが
「今日HARLEM行く?」
と声をかけてくる。
「ごめん、俺ちょっと先輩がVUENOSで回すからそっち顔出すわ」
と答えると、そこにダンサーのサリナが
「一本タバコちょーだい」
と甘えた声でやって来た。
実はこの前のパーティでベロベロになって、手を繋いで帰ってからなんだか意識してしまってる自分がいる。
それを察したハヤトが
「んじゃ、まぁ、朝方タイミング合えば合流しようぜー」
とニヤつきながら去っていく。
後で、本当に顔に出やすいよなぁ笑、と茶化されること間違いなしだ。
二人きり横並びになったところでサリナが
「この前、酔っ払ったね〜」
と呟く。
「あー、マジで記憶ないわー」
とタバコを咥える俺に
「ふーん、、、そうなんだ、わたしは覚えてるけど」
とサリナが前を向いたまま笑う。
ドキッとして、思わず咽込んだ。
高鳴る心臓、揺れる想い、鼻腔に通り抜けていく牛の匂い。

え? 牛の匂い?

そこで現実に引き戻される。
視覚と聴覚を塞いでも嗅覚はノーマークだった。
一気に虚しくなって雑誌を閉じヘッドホンを外す。
もう、これは鼻の穴にティッシュを詰めるしかないのか。
でも鼻の穴にティッシュを詰めているアパレル店員なんているだろうか。
いないよ。
つまり、俺はなれないんだよアパレル店員に。
東京の人に。
真っ赤な夕焼けが目に染みた、18歳の夏。

こんな切ない思い出を綴っているのは、久しぶりに東京を強く感じる映画を観たからだ。
作品の名前は『街の上で』。
舞台は下北沢。
古着屋で働く青年がいかにも下北沢を歩いてそうな女の子達に出会う。
彼女達は全員ちょっとずつタイプが違って、皆とてもかわいい。
「どの子と付き合いたい? どんなデートしたい? 飯どこいく?」
と野郎共で一晩語り合えるくらいに魅力的。カルチャーの匂いがして、東京っぽくて、俺達が絶対に触れることが出来ない感性をもっている女の子。
背景には映画館、喫茶店、雑踏、沢山の人生が交差する景色。
俺が十代だった頃とは違い、ネットが発達してタイムレスに情報はキャッチ出来るし、最先端の服も通販で買える時代になった。
でもどれだけ都会的な服を着ても背景が田んぼ道だったら、どうしても似合わない。
シティポップをどれだけ聴いても、電車が走ってなければ終電を逃すことさえ出来ない。
東京は東京にしかない。
この映画はそんな決定的な事実を突きつけてきた。
あの「街の上で」暮らしてみたい、そう思った奴らが今日も田舎で唇を噛んでる。
迷ってるなら出ておいで、とかつての自分に語りかけるように呟いてみたりなんかして。

アフロ(MOROFA)の映画日記
BACK NUMBER
INFORMATION
『さよなら ほやマン』
出演:アフロ(MOROHA) 呉城久美 黒崎煌代 
津田寛治 / 澤口佳伸 園山敬介 / 松金よね子
監督・脚本:庄司輝秋
音楽:大友良英
エンディングテーマ:BO GUMBOS「あこがれの地へ」(EPIC RECORDS)
アニメーション:Carine Khalife

11月3日(金・祝)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
©2023 SIGLO/OFFICE SHIROUS/Rooftop/LONGRIDE
宮城県石巻のとある離島。漁師の兄弟と、東京からやってきたワケあり漫画家の突然始まった共同生活は、やがて彼らの止まっていた時間を動かしていく─ 自然の豊かな美しい島で生きる青年たちと、都会からやってきた問題を抱えた女性。この風変わりな出会いから生まれるのは、最高に優しくてパワフルで、エモーショナルな“再生の物語”。不器用な人間たちの必死の生きざまが織り成す、笑いと涙に満ちあふれた純度100%の感動作が誕生した。
PROFILE
ミュージシャン
アフロ(MOROHA)
Afro(MOROHA)
バンド「MOROHA」のMC。MOROHAは今年15周年を迎えるアコースティックギターのUKとMCのアフロからなる二人組。世代を超えた幅広い音楽ファンから支持を得る MOROHAには著名人の熱烈なファンも多く、これまでドラマシリーズ「宮本から君へ」のエンディングテーマや、映画『アイスと雨音』では劇中に登場する形で熱のこもったパフォーマンスを繰り広げたことも記憶に新しい。『さよなら ほやマン』では制作側からの熱烈オファーと映画の熱いメッセージ性に深く共鳴。自分がやらねばと初主演映画デビューを飾った。
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