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映画を観た日のアレコレ No.91

タレント
井上咲楽の映画日記
2024年4月27日

映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられなかった時を経て、今どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
91回目は、タレント 井上咲楽さんの映画日記です。
日記の持ち主
タレント
井上咲楽
Sakura Inoue
栃木県芳賀郡益子町出身。
第40回ホリプロタレントスカウトキャラバン特別賞受賞。
トレードマークにしていた太い眉毛を卒業し、話題に。
ABC「新婚さんいらっしゃい!」NHK「サイエンスZERO」に出演中。
趣味はマラソン、発酵食品を使った料理など。
フルマラソンの自己ベストタイムは3時間26分06秒(ネットタイム)。
5/24(金)に初めての料理本「井上咲楽のおまもりごはん」を発売(主婦の友社)。

2024年4月27日

足りない。日々、自分には何もかもが足りていないという気持ちに追われながら生きている。仕事がないことに悩んでいた時期が6年くらい続いたが、デビューした15歳の頃に思い浮かべていた「あそこまで行けたら最高だなあ」という未来が、ありがたいことに現実になることも増えた。それでも、その瞬間はものすごく喜べても、やがてとてつもない不安に襲われ、空っぽの自分に焦るのだ。
同時に、「喉から手が出るほど欲しかった今日なのに、足りないと焦るなんて自分はなんて傲慢なのだろう。もしかして調子に乗っているのではないか」と二重で落ち込む。入れ替わりが激しいとされている芸能界で、自分自身に変化がないことが怖いのだ。
ふと周りを見てみると、関わる全ての人が眩しくて、こんな自分が情けなくてやるせない。自分は稀有な存在だ! 大丈夫だ! と思って安心したいが、そう思える要素はひとつもない。
そんな時、一番手っ取り早く自分を落ち着かせる方法は、何かを吸収することである。最新の場所やテレビで取り上げられそうなチェーン店に行ってみる、新しい本を読んでみる、流行っている映画を観てみる。どれもこれも吸収することで、自分が豊かになったかのように感じられる。

ただ、追われながら吸収を続けるとふと思うことがある。
「私って何が好きなんだっけ」
これを考え始めると鼻がツンとしてきて、目の奥が熱を持ちながら液体を溜め込んでいくのを感じる。内臓に心という臓器はないけど、おそらくこのあたりに存在しているのだろうなという痛みも伴う。考えても仕方ないのにひたすら悲しくて、苦しい。

わかったよ。もう十分だ。心を取ってくれよ。

何も入らなくなった。そんな時、新しいことを吸収する行為をやめて、あえて何度も何度も何度も、『めがね』を観る。
「何が自由か、知ってる」がサブタイトルのこの映画は、特別なことは何も起きない日常がいかに贅沢かを教えてくれる。最高の“穏やか”が詰まった大好きな映画だ。
「たそがれるのは得意ですか?」というセリフがある。
たそがれかたがわからない、主人公。
私もわからないだろうな。

女教師のハルナさんが海辺でかき氷を食べ終え、唐突に「あー死にたい」とか言い出す。この唐突感もグッとくる。そうして学校に戻っていく。それも日常だ。

「よく迷わずに来れましたね。私の描いた地図は分かりにくいみたいでよく迷われるんですよ」
「才能ありますよ、ここに居る才能」
地図を読む才能ではなく、ここに居ることの才能を褒めることにクスッとする。
あんなに悩んでいたのに、『めがね』の日常に夢中になっているうちに心の氷がスーッと溶けていく。
映画を観ている間は、自由もないけど絶望もない。
また、こうやって小さなことで悩む日が来るだろう。そんな時は、 私にとってのおまもりのようなこの映画を観よう。
そして、いつか私も「たそがれ」ができる大人になりたい。

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PROFILE
タレント
井上咲楽
Sakura Inoue
栃木県芳賀郡益子町出身。
第40回ホリプロタレントスカウトキャラバン特別賞受賞。
トレードマークにしていた太い眉毛を卒業し、話題に。
ABC「新婚さんいらっしゃい!」NHK「サイエンスZERO」に出演中。
趣味はマラソン、発酵食品を使った料理など。
フルマラソンの自己ベストタイムは3時間26分06秒(ネットタイム)。
5/24(金)に初めての料理本「井上咲楽のおまもりごはん」を発売(主婦の友社)。
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