そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
長かった猛暑もだんだんと落ち着き、朝晩は涼しい季節となってきましたね。暑さが落ち着いてきたこの頃に、どっと夏の疲れが出る人も多いのでは?
つい先日、離れて暮らす父親からこんなショートメールが届きました。
「10月におばあちゃんの1周忌があるから、都合つきそうならよろしく」
もう祖母が亡くなってから1年が経つのかと思いながら、これまでの父親のメールに何気なく目を通していると、そのほとんどへ返信をしないままでいることに気がつきました。大抵は1、2行程度のメッセージで「なぜわざわざ?」と思うような内容なのですが、読んでいてもついつい返信することを後回しにしていました。
そういえば、山田洋次監督の『息子』(1991)で同じような場面があったなと、そのシーンがふと頭に浮かびました。東京でアルバイト生活を送る主人公・哲夫(永瀬正敏)に、地元の岩手に住む父親・昭男(三國連太郎)から、バイト帰りの朝方、電話がかかってきて「今日は母ちゃんの一周忌だから、帰って来い」と告げられる場面です。なんとなく観返したくなり、その晩に観てみると、初めての時に比べてより映画の世界に浸っている自分がいました。それはおそらく、今の自分も主人公の哲夫と同じように家族と遠く離れて、一人東京に暮らしているからだと思います。
帰省をすると、両親には色々心配されたり近況を聞かれたり、時には辛辣な言葉を受けることもしばしば。毎回それらの言葉をなんとなく心の片隅にしまい、東京に戻っているのですが、最近はなかなか親に顔を見せることすらできていません。そんな今の自分にとってまるで「帰省」を疑似体験するような場面が、この後に続きます。哲夫は、父親の言いつけ通り岩手に帰りますが、せっかく帰省したのに父親から「お前は頼りにならない」などと、冷たく厳しい言葉を投げかけられます。定職にも付かずフラフラする哲夫は、妻に先立たれ一人で暮らす昭男にとって悩みの種。哲夫は、その言葉に対して反発はするものの、父親の言葉に不器用ながらも耳を傾けます。そして、何かを胸にして東京へ戻っていきました。
東京に戻った哲夫は、自分なりに模索し、鉄工所で臨時社員として働き始めます。そして、取引先の倉庫で一目惚れした聾唖の女性・征子(和久井映見)と出会い、激しく恋に落ち、二人は結婚を前提に付き合うことになります。戦友会へ出席するために、岩手から東京に出てきた昭男は、ついでに哲夫の住むアパートへ向かいました。そこで、初めて征子と対面し、息子が東京で地に足を着けて生きている姿を知ります。そして、昭男は耳の聞こえない征子とのコミュニケーション手段として、哲夫たちとFAXを買いに行くのです。
きっと昭男は、この先、FAXを不器用に使いながら、哲夫や征子と定期的に連絡を取り合うだろうことを想像します。そのコミュニケーションを思うと、とても愛おしく、そしてなぜか気恥ずかしくなるのです。気恥ずかしくなる…おそらく、父親が自分に送ってくる素っ気ないショートメールも、昭男が送ろうとしているFAXと同じなのかもしれません。
映画を観終わり、再び父親からのショートメールに目を通してみました。素っ気ないながらも、必ず自分のことを心配する言葉がその中には入っています。数行のショートメールには、父親なりの想いが込められており、その愛情を感じ取った自分はどこか気恥ずかしさを感じていたのです。しかし、その気恥ずかしさを感じると同時に、父親からの言葉は一人で離れて暮らす自分にとって、確かに効果がある心の栄養でもありました。『息子』での、父と息子が不器用にも愛情を通わせ合う姿を見つめることで、「父からの愛情」とやらを自然に受け止められそうになっている自分がいます。そして、しばらく返していなかったメールを再度、全て読み終え、父親からのショートメールにこう返信しました。
「了解。また連絡する」
- 介護の中、夢を捨てずにいられたのは、あいつの「ただいま」が希望に向かわせてくれたから。映画『大脱走』
- 眠れない夜に私を救ってくれたのは、70年前の名作ミュージカル映画だった 『雨に唄えば』
- ままならない家族への感情……それでも確かに愛してる。『シング・ストリート 未来へのうた』で描く私の夢
- 嘘の中の紛れもない「リアル」。 いつまでも彼の踊る姿を観たいと思った 『リトル・ダンサー』
- 「どんな自分も愛してあげよう」 肩の力を抜くことができた『HOMESTAY(ホームステイ)』
- 映画って、こんなに自由でいいんだ。そんなことを気づかせてくれた『はなればなれに』
- 日々の選択を、愛ある方へ。自分を大切にするための映画『パパが遺した物語』
- 大丈夫。あなたが私を忘れても、私があなたを思い出すから 『43年後のアイ・ラブ・ユー』
- どうしたら色気を醸し出せるのか!?核心を隠すことで見えてくる、エロティックな世界『江戸川乱歩の陰獣』
- 幸せになるには、まず「幸せに気づく」こと。こんな2020年を希望にかえて締めくくる『食堂かたつむり』
- 仕事も休めばいい、恋もなんとだってなる。人生の舵は、自分が握っているのだ『嗤う分身』
- 号泣したワンシーンが、思いを届けるきっかけになる『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
- 「私の人生、まんざらでもないのかも」見過ごしていた“当たり前”に魔法がかかる『顔たち、ところどころ』
- 東京という大きな「生き物」が、 人生の岐路に立つ人を静かにつつんでくれる『珈琲時光』
- 狂気を殺さない!愛してみる。生きていく『逆噴射家族』
- 動き出さない夜を積み重ねて、たどり着く場所がきっとある『ナイト・オン・ザ・プラネット』
- 時代の寵児バンクシーの喜怒哀楽や煩悶を追体験!?観賞後スカッとするかしないかは自分次第… 『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
- 「帰省」を疑似体験。離れて暮らす父親の素っ気なくも確かな愛情『息子』
- 90分でパリの100年を駆け抜ける!物足りない“現在”を笑って肯定しよう!!『ミッドナイト・イン・パリ』
- 映画の物語よりも、そこに流れる「時間」に没入する 『ビフォア・サンセット』
- 慣れない「新しい生活」のなかでも、人生に思いきり「イエス!」と言おう!『イエスマン “YES”は人生のパスワード』
- 夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』
- 人の目ばかり気にする日々にさようなら。ありのままの自分が歩む、第二の人生。 『キッズ・リターン』
- 人に嫌われるのが怖くて、自分を隠してしまうことがあるけれど。素直になりたい『トランスアメリカ』
- 成功は、競争に勝つことではない。 「今を楽しむ」ことを、教えてくれた映画『きっと、うまくいく』
- それぞれの場所で頑張る人たちへ 「声をあげよう」と伝えたい。その声が、社会を変える力につながるから『わたしは、ダニエル・ブレイク』
- 僕が笑うのは、君を守るため。 笑顔はお守りになることを知った映画『君を忘れない』
- 心に留めておきたい、母との時間 『それでも恋するバルセロナ』
- 「今振り返っても、社会人生活で一番辛い日々でした」あのときの僕に“楽園”の見つけ方を教えてくれた映画『ザ・ビーチ』
- “今すぐ”でなくていい。 “いつか”「ここじゃないどこか」へ行くときのために。 『ゴーストワールド』
- 極上のお酒を求めて街歩き。まだ知らなかった魅惑の世界へ導いてくれた『夜は短し歩けよ乙女』
- マイナスの感情を含む挑戦のその先には、良い事が待っている。『舟を編む』
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